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鬼姫の曼珠沙華  作者: 紫木 千
第四章 『頭領一家編』
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【第四章】温もりが宿る

「姫様、なんだか具合悪そうですね」


 お蝶がそう、声をかけると美月は目を擦りながら首を傾げる。


「昨日遅くまで勉強してたからかなぁ」

「夜更かしは良くないですよ。今日は寝ていた方が良ろしいのでは?」


 美月は「そうだね」と笑って頷くとお蝶と共に自室へと向かった。




 今朝、お蝶に指摘されてベッドに入って暫く経った。もう、お昼時だが、全く眠れない。

 仕方なく上半身を起こした。


「寝てな」


 突然声をかけられて肩がビクリと震えた。


「もう、瑠璃、突然話しかけるからびっくりしたじゃない」


 ドアの隙間から顔を覗かせる瑠璃の顔を見てほっと胸を撫で下ろした。瑠璃は美月の元に歩み寄ると眉間に皺を寄せた。


「本当に、顔色が悪い」

「夏バテかな。それに、私一応受験生だから、勉強しないと駄目なの」


 それだけ言って、美月は暗い顔で溜息をつく。


「本当は私、将来何がしたいのかわからない。これから、どうしていけば良いのかわからない」


 瑠璃は床に座って、美月を見上げると不安そうにこう言った。


「お前は、鬼だ。私達と同じ鬼なんだ。これからも、ずっと一緒に居たって良いじゃないか」


 それが、瑠璃が望む未来だ。傍にいてほしいと言ってくれたあなたと、こんな自分を受け入れてくれた多くの恩人たちと共に、ずっと一緒に居られるだけで良い。

 美月には、その思いがちゃんと伝わっていた。

 美月はベッドから降りると瑠璃の手を握って微笑んだ。


「ずっと一緒にいるに決まってるじゃない」


 握られた手が熱い。そして、なんて優しいのだろう。

 答えに満足し、瑠璃は口角を上げる。


「……具合悪いならさっさと寝な」

「えー、もう、わかったよ」


 美月は頬を膨らませて大人しくベッドに横たわった。

 眠りにつこうとする美月を見つめて、瑠璃は胸の前で両手を握る。


 ──葉月様。


 瑠璃は、葉月の事を救いたかった。自分を救ってくれた葉月の事を、心から慕っていたから。


「──瑠璃、葉月と長月の事は大丈夫だよ」


 まるで心を読まれたかのようにそう声をかけられ、瑠璃は目を見開き戸惑った。

 美月は横になりながらにっこりと微笑んでいた。


「心配しないで、私が何とかする」


 そう、答えた美月の微笑みが優しくて涙が出そうになるのを堪えて唇をぐっと噛んだ。

 何とかすると言った顔色の悪い美月は、やっと眠りについた。



……………………………………………………



 陽の光すら届かない闇の峠。塵となって消えかかっている物の怪の死体を通り過ぎて、神無月は銃を懐に仕舞った。


『早かったな、若造よ』


 いくつもの提灯に照らされる、宙を舞う黒い竜が、神無月の前に現れた。


「俺、さほど悩みはないんでね。どんな道も突破出来ましたよ」


 神無月は難しい事では無かったと、皮肉そうに笑った。


「でも、文月の名をもらってしまった鬼神にはちょっと難しいだろうね。何せ、文月は代々心に闇を抱えているものだから、宵闇の峠に付け込まれちゃうしねー」


 黒竜は唸るような低い声で笑う。


『して、我に何を問う』

「俺、鬼神の成り立ちとか色々調べてるんだよね」


 神無月は腕を組んで、黒竜の鋭い眼光を見据えた。

 若造が、きっと何かを知っているな。黒竜は面白そうに神無月を見つめ返した。


「黒竜殿、あなたは鬼神の武器を作った張本人ですね」


 静かに風が流れる。黒竜は長い体をうねらせて、神無月に近寄った。


『ククク……面白いぞ、お主』

「ありがとね〜」


 神無月はふざけた態度で礼を言った。


『如何にも、十二の武器を作ったのは我だ。もう、随分と昔の話だ』

「いやー、勉強はしっかりするものですよね」

『若いの、教えてやる。我が鬼であった頃の話』


 黒竜は神無月が気に入ったようで、面白そうに、おかしそうに笑って、自分の過去を話した。


『鬼神の武器に宿るは、十二人の兄弟で、我が友だ』

「十二人兄弟ね……多くない?」

『普通のことだ。友たちは、我が作った武器で竜と戦って、全員死んだのだ。我はその後、その十二人の魂を宿した十二の武器を作った。仲間を引き連れて、その武器で竜と戦って勝利したが、竜にトドメをさした我は、その代償として宵闇を生きる竜となったのだ』


 昔話を終えて、黒竜は峠に響き渡るほどに大きな笑い声を上げた。


『懐かしい。我は別に不満はないがな。友の仇を打てたのだ、満足だ。あの戦いの後、我の作った十二の武器は散らばり、鬼神が出来た』


 神無月は顎に手を当て、ふむふむと頷く。


「貴重な話を聞いた。感謝する」


 黒竜は体をうねらせて風を起こし、神無月はその風に目を細めた。その様子に、黒竜はまた、面白そうに笑った。


『銃を使う鬼神。神無月だな』

「黒竜殿の時代は、銃なんて扱ってなかったんじゃない?」

『我はこの世で最も優れた武器職人。火を放つ武器など、簡単なものよ』


 すごい自信の持ち主だ。鬼神の武器職人がどんな者なのかと思っていたが愉快な御方だった。


『さて、神無月よ、お主に頼みたい事がある』

「聞きたいことは十分聞けた。俺に出来る事なら、喜んでお引き受けしよう」

『それは、有難い。睦月殿に伝えよ。──自分の子を放っておくな、と』


 黒竜は翠色の瞳を神無月に向けて、落ち着いた声色で言った。

 それは神無月も同感だったようで、彼は口角を上げて快く首を縦に振った。



………………………………………………………………



 お蝶は度々竜宮に帰っていた。人間界の土産は評判があり、こっそり忍たちと土産の菓子を食べるのだ。


「良いなー俺も食べていい?」

「えっ、神無月様」


 こっそりとくつろいでいた忍たちは神無月の突然の登場に慌ててお菓子を仕舞って跪いた。

 そのお菓子を持ってきた張本人は慌てることなく神無月にお菓子を提供する。


「神無月様、いつお帰りに?」

「ついさっきだよ。美味しいねー、何これ、せんべい?」

「芋ですよ」


 神無月はポテトチップスを嬉しそうに頬張りながら、「興味深い」と何度も頷き、ごくりと音を立てて飲み込む。


「お蝶、ちょうどいいや、姫さんにこれ、渡しておいて」


 それは、綺麗に折り畳まれた文だ。

 お蝶はそれを両手で受け取るとじっと見つめて、首を傾げる。


「もー、ちゃんと土産も持ってきたって」

「なっ、そういう事ではありません。分かりました、姫様にお渡ししておきます」


 お蝶は文を着物の懐に仕舞う。

 神無月は腕を組んで、口角を上げる。その様子が怪しすぎてお蝶は訝しげに神無月を見つめる。


「何ですか?」

「いやー、やはり、娘がいるとはどんなものなのだろうか」

「……?」


 何言ってんだこの人。色々つっこむめば、もっとややこしい言葉が返ってくるのでお蝶は黙っておいた。





 竜宮から美月と瑠璃の待つ家にって、早速、美月にあの文を渡した。


「姫様、具合の方はいかがですか」

「もう、平気。ありがとう。この文、神無月が?」

「ええ。草木帳の方から帰ってきて、それを姫様にと」


 傍にいた瑠璃も興味津々に美月の隣に座る。

 美月は文を開いて、そこに綴られた文章を目で追っていく。

 お蝶も瑠璃も何が書かれているのか気になりつつも、美月が読み終わるのをじっと待った。


「これは、父上からの……」

「む、睦月様!?」


 まさか、鬼の頂点に君臨する御方からの文だったとは。


「それで、睦月様は何と……?」

「草木帳で待っている、と」


 そこで、お蝶は神無月が言っていたことを理解した。

 難しい顔で文をじっと見据える美月を見て、瑠璃は頷いた。


「ふーん、あっちから来るなんて。会いに行けば?」


 お蝶も美月の肩に手を乗せて、優しい微笑みを向けた。


「私と瑠璃も一緒に行きますよ」

「一緒に来てくれるの?」

「当然です」


 お蝶は美月を落ち着かせるために、美月の手を握った。

 心強い。とても有難い。


「父上に、会いに行く」


 美月はそう言って、文を丁寧に閉じた。



…………………………………………………………



 父から貰った曼珠沙華の着物を着付け、腰まで届く黒髪を梳かして、目を開いて鏡に映った自分の姿を見つめる。

 そこには、頭上から二本のツノを生やした鬼姫が立っていた。

 今から、逢いに行くのだ。父親に。


「姫様、お迎えが」


 ドアの向こうからお蝶の声がかかり、美月は背筋を伸ばし、返事をした。




 父がいるのは、叔父が守護する草木帳の都。そこへは、大きな牛車で向かう。迎えに来てくれたのは父の使いである、綺麗な着物を着た男女。美月の前にかしずいて、軽く挨拶をすませると、美月を牛車へと促す。

 牛車は動き始め、空へと舞い上がる。壁に寄りかかりながら、美月は簾の隙間から見える景色をぼんやりと見つめる。


「姫様、やはり、体調は優れませんか?」


 美月の様子が気になり、お蝶は心配そうに声をかけた。


「そうね、今朝ほどではないけど、気分は良くないかも」


 いつもの美月なら、大丈夫だと言って笑っていたが、今日はやけに素直だった。


「でしたら……お屋敷に着いたらすぐに横になられた方がよろしいのでは」

「そうはいかない。叔父上様のお屋敷に来てすぐに寝ると、気を遣わせてしまうもの」

「ならば、せめて睦月様にお会いした後にでも、お休みになってください。本当に、顔色が悪いです」


 顔色が悪い。そう指摘されて、自分の頬に触れてみた。よくわからない。

 お蝶も瑠璃も心配そうに美月を見守る。

 その時、牛車が突然大きく揺れて、ある山の斜面で止まった。


「何事ですか!?」


 お蝶は牛車から飛び出し、外の様子を伺うと、その牛車の車に絡みつくそれに眉をひそめた。


「糸……? これは……一体……」


 よく見ると、白く光る細かな糸は牛車を食い止めるように、全体的に巻きついていた。

 蜘蛛の糸のようにも見える。だが、蜘蛛の作る巣とはかけ離れた形。


「そういえば、あの方達は……」


 これ程揺れたというのに、迎えに来たあの男女がいない。辺りを見渡すと、異様なものを見つけてしまった。

 白く繊細な何かに巻き付けられた、人間程の大きさの物体が二つ、転がっていた。


「まさか……」


 美月が牛車から顔を覗かせる。


「お蝶?」

「姫様、そこにいてください」


 今、体調の優れない美月を戦わせるわけにはいかない。幸いにも、戦闘力に関しては、瑠璃もいる。二人で美月を守るしかない。

 お蝶は神経を研ぎ澄まして辺りを警戒する。


 ──気を抜けば、あたしもあんな風に……。


 地面に転がる白い物体。一瞬にして起こった悲劇に背筋が凍る。


 その時、その白い何かがもがくように震え始めた。


「…………」


 やがて、白い表面を破って出てきたのは、背中から鮮やかなの羽を生やした化け物。しかし、顔をよく見てみると、美月を迎えに来たあの男女だとわかる。

 それらはお蝶を見つけると一斉に飛びかかってくる。

 蝶か、それとも蛾か。羽をはためかせて、お蝶目掛けて突っ込んでくる。


「──お許しくださいっ!」


 お蝶は飛びかかってきた男の方の首を掴むとクナイを思い切り突き刺し、鳩尾に蹴りを入れた。

 次に襲いかかってきた女は、お蝶の腕を掴んで、がぱりと口を開ける。


 ──まさか、腕を食らうつもりか……!


 このままでは、腕が食いちぎられてしまう。

 咄嗟に身構えた時、女は青い炎に飲まれて灰となって消えていった。


「瑠璃、ありがとう」


 瑠璃は右手より出現する青い火をふっと、息を吹きかけて消した。


「敵は……?」

「まだ分からない。この糸……鬼蛇の元にいた鬼蜘蛛とはまた違ったものに見えるけど……」


 牛車にまとわりつく白い糸。


「お蝶、瑠璃」


 牛車の中から声がかかり、お蝶は簾越しに美月と会話を交わす。


「姫様、ご無事ですか」

「私は平気。二人とも、怪我は?」

「ございません」


 美月は簾から少しだけ顔を覗かせる。


「あの死体から、瘴気を感じる」


 美月はそう言って、お蝶が倒した男を指さす。


「鬼蛇と関係があるのは間違いない」

「困りましたね。草木帳に行こうにも、まともに動けませんし」


 困り顔のお蝶は動かすことの出来ない牛車を見つめて、溜息をつく。

 外で警戒する瑠璃は、向こうから近づいてくる何かに眉をひそめた。


「なあ、なんか来てる」


 瑠璃に呼ばれて、お蝶もその人物を見据える。

 見たところ、身長的にはただの子供だった。だが、顔につけている般若面から全てを理解した。


「弱かったですね……もっと、やってくれると思ったのに……」


 愚痴をこぼしながら般若面の少女は徐々にお蝶たちに近づいてくる。


「止まりなさい」


 これ以上主に近づかせるわけにはいかない。お蝶は少女の向かう先、牛車を背に、戦闘態勢に入る。


「ごめんなさいなんだけど……」


 少女はお蝶と瑠璃が守る牛車を指さした。


「鬼のお姫様、頂戴」

「貴様っ!」


 お蝶が怒りのまま叫ぶと、少女はびくりと肩を揺らし、半歩後ろに下がった。


「そ、そんなに怒らなくても良いではないですか。繭は、鬼蛇様に言われて来ただけなのに……」


 今にも泣きだしそうな声。

 美月はそっと、簾から外を覗く。


 ──あれが、繭だ。


 鬼蛇のもう一人の分身、繭。糸や絹とは違い、誰かを下に見る態度は取らない様子。

 だが、油断出来ない。それに、もしかすると近くに鬼蛇が潜んでいる可能性だってある。奴はお蝶と瑠璃の背後を取るかもしれない。


「泣けば許してもらえるとでも?」


 瑠璃の刺々しい言葉を受けた繭は更に縮こまる。


「鬼蛇様はお優しいのに、お姉さんたちは意地悪なのですね? 悪しき者は、倒される運命なのですよ……」


 そう言って、繭は両手を翳した。お蝶と瑠璃は戦ったことのない相手に、いつも以上に警戒する。

 その時だった。


「ぐぁっ──!?」


 繭の体が、頭から真っ二つに斬られた。能面に亀裂が入り、素顔が顕になる。その顔は鬼蛇にそっくりであった。

 繭は斬られた場所から塵となって消えていく。

 繭を斬った刀を静かに鞘に収めるは、溢れんばかりの威厳を持った鬼だ。


「……!」


 美月は牛車から身を乗り出してその鬼を凝視した。

 お蝶と瑠璃もその鬼に目を見開く。


「まさか、睦月様……」


 娘である文月姫がまだ存命だった頃と比べて、少しだけ歳をとった様子の鬼の頂点に、お蝶と瑠璃はサッと跪いた。

 睦月の目的は、ただ一人。牛車で身を潜めている娘だけだ。


「文月よ、顔を見せろ」


 父親に呼ばれて、美月はそっと簾を捲って、自分の姿を見せた。

 あの頃となんら変わらないその姿を見ただけで、すぐに娘だと分かった。


「──。我らが頭領、お久しゅうございます」


 美月は地に手を付き、頭領に頭を下げた。まず、ここで意識すべきは相手が誰なのかということ。父と娘として会話する前に、頭領と娘として会話するのだ。


「──おもてをあげい」


 太い声に命じられるまま、美月はその綺麗な顔を父親に見せた。


「───」


 だが、父親からは何の反応もない。いや、父親は僅かに目を見開いていた。どうしたのだろうと、不思議に思ったが黙って静かに父親の反応を待った。


「文月、お前……」


 睦月は娘の元へ歩み寄ると眉間に皺を寄せた。


「お前、人間の子を……」


 父は、何をおっしゃっているのだろう。わけが分からず、眉をひそめた。


「お前、腹に子を……」

「──え?」


 美月はゆっくりと視線を自分の腹に移した。特に、気になることはない。

 しかし、睦月にはしっかりと見えていた。


 美月の腹には、確かに生命の輝きがあった。


 ──まさか……。


 お蝶と瑠璃も突然の事態に驚愕し、とんでもない事を口にする睦月を凝視している。

 心当たりはある。相手が誰なのかも、この場にいる全員が悟っていた。



 ──鬼姫が人間の子を身ごもったというのか。




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