【第一章】裏切りの兄弟
鬼神は全部で十二存在する
睦月。全ての鬼を統率する、鬼神頭領。
如月。睦月の弟君。
弥生。土を司る鬼神。
卯月。美を司る鬼神。
皐月。恵を司る鬼神。
水無月。水を司る鬼神。
文月。滅を司る鬼神。睦月の娘であり、鬼神一族次期頭首とされる姫。
葉月。時を司る鬼神。如月の息子。
長月。闇を司る鬼神。如月の息子で葉月の弟君。
神無月。守を司る鬼神。
霜月。天候を司る鬼神。
師走。魂を司る鬼神。死者の魂を見送る定めを持つ。
この十二の鬼神がそれぞれの役割を持ち、世を支え続けてきた。
鬼神一族の次期頭首とされた文月姫を妬む、姫の従兄弟、葉月と長月の兄弟は何度も姫の命を狙うが失敗。この兄弟は一族から追放された。
やがて、夕霧率いる鬼退治の一族が文月姫を始め、多くの鬼神を狩ったため世が崩れ始めた。この兄弟の行く末は未だ誰もわからない。
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師走の神社に皐月を残し、美月と小桜と小雪は家へ向かう。
「そういえば、二人が来たってことは…玄関の鍵は?」
「それなら、妖術で鍵をかけておきました」
「さすがね」
二人がしっかり者で良かった、と安堵する。
しかし、鬼神がこれだけいっぱいいると誰が封印されているのかわからない。
「とにかく、今は弥生と卯月を探せば良いのよね」
「はい。お二人は一体どこにいらっしゃるのか見当もつきませんが…」
小桜が唸ると、一番理解してない美月が困る。聞いた限りでは姉妹のように仲が良かった二人なら、然程遠くに離れていないのかもしれない。
「でも、封印の解き方とかわからないよ…。皐月は自分で解いたんだっけ?」
「はい。皐月様は鬼の中でも最も根性があるお方として有名ですので」
有名になるほどすごいんだ。
色々頭の中で整理していくと、今封印されていない鬼神は知る限りでは皐月、葉月と長月、霜月、師走。そして、文月の生まれ変わりである美月だ。
こんなにいるならこの世の中もなんとか保てるだろう。
だが、卯月はどうだろう。
「卯月は美を司る…だっけ?」
「はい」
「…」
封印解いてあげたらもう少しスタイルを良くしてくださいって頼もう。
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「ご馳走さまでした」
双子は夕飯を食べ終わり、満足げに手を合わせる。
「じゃあ、片付け手伝ってくれる?」
「姫様、全部私達がやります!」
「全部はちょっと…」
相変わらずの二人だが、このテンションなら毎日が楽しい。ずっとこのままがいいな。そんな願いを密かに心に秘め、双子を見つめた。
「そうだ、洗濯物干してたことすっかり忘れてた。小桜、小雪、あと頼むね」
「はい!」
台所を双子に頼んで庭に駆け込むと干してある洗濯物を全て取り込んでいく。
「?」
月明かりに照らされて見えた異様な光景に美月は眉を顰めた。
──庭に多くの虫の死骸が転がっていた。
「お皿洗い終わりました。手伝いましょうか?」
小桜がひょっこりと窓から顔を覗かせる。
「小桜、何でこんなに虫が死んでるの?」
美月は屈み込んで既に息絶えた小さき命を見る。
小桜も庭に出て、乾いた土の上に転がった虫たちを見て首を傾げる。続いて小雪も外へ出てくると二人の雰囲気から察して足元を見つめる。
「やはり、鬼神を全員復活させるしかないようですね…」
「これ鬼神がいない影響なの?」
「この世を支える者が欠けていては、生命にも影響を及ぼすでしょう」
小桜の言葉はまるで、迫り来る壮大な危機感を察知しているようだった。このままでは、人間でさえも滅んでいくのでは。そんな恐ろしい考えが、美月の頭を過ぎった。
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次の日の朝。早寝早起きがだんだん定着してきた美月は小桜たちと同じ時間に起きれるようになった。朝ごはんを食べ、いつもよりも早めに支度を終えて玄関に置かれている鏡で最終チェックをした。
「よし。いってきまーす」
「お待ちください、姫様…」
学校に向かおうとした美月を、小雪が引き止めた。
「どうしたの?」
美月の服の裾を掴んでいる小雪。小桜も不思議そうに弟を見つめる。
「どうか、夕霧もですが…葉月様と長月様にもお気をつけください」
ますます敵が増えてしまったこの状況を小雪が一番心配していたのだろう。それを感じ取り、美月は安心させるために微笑み、小雪の頭に手を乗せた。
「ありがとう。気をつけるからね」
美月はそう言って玄関から出て行ってしまう。それでも尚、不安そうな小雪を小桜がなだめる。
「もう…心配なのはわかるけど……」
「………」
小雪は俯くと、まっすぐな目線を小桜に向けた。
「──それでも、愛しい人を守るために必死になってしまうのは当然のこと」
はっきりと言ったその告白を聞いた瞬間、小桜は「まあ」と口元に手を添え目を見開く。
「気づかぬうちに、大胆な性格になりましたこと…」
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美月の中には、一つだけ。気になることがあった。夕霧の生まれ変わりだ。生まれ変わっても尚、前世の記憶と鬼を狩らなければならないという使命のために行動する彼の目的は文月の生まれ変わりである美月。ならば、美月の近くにいるはずなのだ。
前世の彼のことや、自分自身のことは知らないが、話を聞く限り大まかな性格を予測することができる。
それに、もしかしたら考えすぎかもしれないが、美月が通っている学校にいる可能性だって有り得るのだ。
いつものように教室に入り、席につく。
まず、教室を見回した。いつも通りの、なんの変哲もないこの見慣れた部屋。それでも警戒心が高まるばかりだ。
「曼珠沙華…」
美月は鞄に入れている赤い短刀の名を呟く。
二度目に物の怪に襲われた際には、力を貸してくれたが、次もそう上手く行くだろうか。
「夕霧の生まれ変わりが…近くにいる」
言葉にしてしまえば胸に溜まったものが開放された気分にもなるが逆に不安になることもある。
「夕霧…」
呟いた、この男の名前が教室中に響き渡る。
───『夕霧が、私のことを覚えていなかった……』
美月の中の誰かが、そう呟いたような気がした。覚えていなかった?どういうことだ。
美月は誰もいない静かな教室で、机に突っ伏して考えた。
「文月姫は、どうして死んだの?」
また新たに疑問が沸いてくる。本当に、ただ夕霧に成敗されただけ?こんなこと考えてたって無駄なことぐらいわかるが、知りたくて知りたくて、仕方なかった。
「───びっくりしたぁ、桐崎君?」
「なんだよ…」
「いたなら言ってよ。怪しいね」
「は?」
美月に話しかけてきたのは桐崎だった。ある意味怪しい。まず、非常識な態度と暴言は怪しむのに十分だ。本当に。
「びっくりしたよ、本当に…」
「だいたい、登校してきてわざわざお前に話しかけるつもりはない。それにさっきからボーッとして何考えてんだ?」
「別にー?」
無愛想に返して美月は席を立ち上がる。
クラスの子が来るまで暇だからそこら辺をウロウロしてようと思う。教室で桐崎と二人きりなど絶対に嫌だ。
…………美月はその時気付かなかった。
──桐崎は背に刃物を隠し持っていた。
小桜、小雪の秘密。
二人とも母親似。