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鬼姫の曼珠沙華  作者: 紫木 千
第四章 『頭領一家編』
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【第四章】母と安らぎ

 家に帰って早々、ベッドに腰掛けて一息ついた。


「お帰りなさいませ、姫様。どうでした? 上手くいきましたか?」

「うん、練習した成果を発揮出来ました。ありがとう」


 今までよりも上手くいってたがバスケットの持ち手の部分は美月の握力に耐えきれずに潰れてしまった。まあ、コップを割るよりもマシだ。


「ならば、飯だ。早く来い、文月」


 ドアの隙間から顔を覗かせる瑠璃を見て、安堵した美月はそのまま駆け寄り手を握った。面食らってあたふたする瑠璃と、それを見て不快そうに顔を顰めるお蝶に構わず美月は微笑んだ。


「瑠璃ー、ありがとう」

「な、何すんのあんた……」

「お礼だよ。昨日の」



 実は昨日の夜。優からの電話の後に行った力加減の猛特訓中に、瑠璃にこう言われたのだ。

『好きな男なら、正直に話せば良いだろう。あんたのこと理解してもくれないならそれまでだ』



「優に正直に話したら、ちゃんと受け入れてくれたんだよ。瑠璃の言う通りだったね」

「ふん、当然だ」


 腕を組んで得意げに口角を上げる瑠璃。お蝶はそんな瑠璃に慣れてしまってもう何も言わなくなった。

 瑠璃はそういえば、と心配そうに肩を竦める。


「なあ、琥珀が弥生の所にいるんだけど、ずっと帰ってきてないんだよ」

「今から弥生の様子見に行くけど、そこに琥珀がいなかったら探しましょう」

「い、今から?」


 瑠璃は眉間に皺を寄せてすっかり日の落ちた暗い外を窓越しに眺める。まさか帰ってきてすぐにこの時間帯に出かけるつもりか。

 このままだと瑠璃も気が気でないだろう。美月はすっかりやる気になってベッドから立ちあがる。


「今から行くよ。弥生も、琥珀も何があるかわからないから心配でしょ?」


 意外と行動力があって決断力もある美月はさっさと荷物を持って部屋から出ていく。慌ててお蝶と瑠璃も後を追いかけるのであった。



……………………………………………………


「あら」


 神社に到着した美月たちが最初に目にしたのは箒で落ち葉を掃きながら仲睦まじく喧嘩している弥生と琥珀であった。その様子はまるで姉弟のようで美月は思わず笑みを浮かべた。


「おい、琥珀ずっと帰ってこないで何してたんだい」

「る、瑠璃!?」


 まるで家出していたところを母親に見つかった時のように顔を引き攣らせる琥珀がまあ可愛らしいこと。と、頭の中で花を咲かせる美月は顔面蒼白の琥珀の元に向かう瑠璃を引き止めた。


「まあまあ。無事で良かったじゃない」


 美月が微笑みかけると瑠璃も渋い顔で大人しくなった。


「姫様……」


 琥珀の隣で箒の柄を握りしめて恐る恐る美月に視線を送る弥生。


「弥生、琥珀と一緒にいたのね」

「あの、姫様……」


 弥生は美月の元に歩み寄ると肩を竦めた。


「この間は、お見苦しい所をお見せして、誠に申し訳ございません」


 卯月と皐月を失った悲しみから自分の武器である『萩緑』で自害しかけた所を姫に止められた。助けてもらったにも関わらず、その肩に掴みかかって死を懇願してしまった。鬼神として、恥ずべき行為であった。

 箒の柄を胸に抱き、頭を下げていると強い力で肩を掴まれ面を上げさせられた。


「私だって、あなたと同じ事をしていたかもしれない。自分を責めないで」


 まるで神様のような慈愛に満ちた声で励まされ、弥生は感激した。


「それにしても、もう日も落ちたのにお掃除しているの?」

「暫く放置しておりましたのですぐに取り掛かりました。償いをしなければ」


 弥生はもう十分綺麗に見える参道を申し訳なさそうに見渡した。


「それで、琥珀もお手伝いね。偉いじゃない」


 琥珀は美月に褒められて得意げに口角を上げて胸を張った。

 うん、可愛い。

 このまま琥珀の頭を撫でくりまわしてやりたいところだが、プライドがちょっとあれなので二、三回軽く叩く程度にしておいた。



………………………………………………………………




 ──夕霧、今日もお稽古をよく頑張りましたね。


 幼い夕霧の頭を撫でるその女性。凛とした佇まい、慈愛に満ちた微笑は女たちの憧れであった。高い霊力を持つ巫女の末裔にして、妖退治屋の頭領の妻。名を、春日という。

 厳しく、冷めた性格であると言われる事も多々あったが、長男である夕霧には深い愛情を注いでいた。夕霧は母によく似ていた。


 ──夕霧、きっと、父はあなたのことは大切にするはず。


 そう言って、いつも悲しそうに微笑む母の顔が忘れられない。

 春日は夫に愛されず、それにより一族でも孤立した存在であった。それでも、子である夕霧を心から大切に思い、大事に育てていた。


 そんな母が失踪してから、夕霧は一人きりとなった。

 父は自分の大切な後継者である夕霧を大事に"扱って"はいたが、母ほどの愛情は持ってはいなかった。

 やがて父は再婚し、新たな妻との間に出来た沢山の子たちと幸せに暮らし、夕霧を放ったらかしにした。


 継母は夕霧に対して冷めた態度は取っていなかったこともあり、腹違いの弟や妹たちとの仲は良好であった。


 ただ、父親が問題であった。


 たとえ、継母が優しかろうと腹違いの兄弟と仲が良かろうと、父親は夕霧にだけは冷たかった。


 まだ子供であった夕霧は、母が恋しかった。









 カーテンから漏れた日の光に目が覚めた。頭が割れるような痛みに顔を顰めた。苦しい。苦しすぎる。痛みを振り払うようにして起き上がった。


 ──嫌な夢を見た。


 いつまで母親の存在に固執する。もう会うことは出来ないというのに。それでも、度々母との思い出が夢に出てくる。

 小桜と小雪は、暫く母と暮らしていたのだ。一体、どんな気分だったのだろうか。自分もあんな窮屈な屋敷を飛び出して母と暮らしたかった。


 ──馬鹿馬鹿しい。何を悩んでいるのだろう。


「美月……」


 まるで口癖のようにその名を呟くと電話まで重い頭を抱えながら歩いて行く。

 美月の家の電話番号を慣れた手つきで打って受話器を握りしめる。

 呼出音が二、三回鳴って美月の声が聞こえた。自分だと告げれば不思議そうな声が返っていた。


『どうしたの?』


 こんな朝早くにかけるのは滅多になかったので恐らく心配しているのだろう。


「体調、悪いから先に行ってて」

『大丈夫なの? だったら、帰りに寄っても良い?』


 いいや、来なくていい。そう答えようとしたが、


「待ってる」

「優、待っ─」


 受話器をそっと置いて、深い溜息をつきながらまだ痛む頭を抱えてその場に崩れ落ちた。


「──なんだ貴様ら」


 優の呟きに応えようと背中にかかっていた黒い霧が目の前に現れた。

 黒い霧の奥に光る赤い二つの目、馬のひづめのような後ろ足と人の手のような前足、そして獣臭さからその正体がわかった。


「物の怪か……俺の負の感情におびき寄せられたか」


 鬼神が次々と命を落としたことで物の怪が好き勝手暴れていると思われる。


「消えてくれ。約束があるんだ」

『み…んな……キ…エル……』


 物の怪の手が首元に伸びてくる。だが、刀でその手を切り落としてやると、醜い悲鳴を上げられるまえに首を切り落とした。

 人間よりも大きな首が重々しく床に転がり、やがて塵となって消えていった。


「弱かったな……」


 特に暴れ回る様子もなく、ただ偶然目の前にいた優を殺したい衝動のまま手を伸ばしてきただけであった。その方が、今まで戦ってきた物の怪よりも悪霊らしいが。




………………………………………………………………


 優から電話越しに体調が悪いと言われた直後のことだった。受話器の向こうから優とは別に奇妙な声が聞こえてきた。

 その声に心臓が止まるかと思った。


『待ってる』

「優、待って……!」


 切られてしまった。

 あの声は物の怪だ。彼の近くに、すぐに近くに物の怪がいた。


「お蝶、学校に電話しておいて!」

「何とお伝えしましょう」

「十六夜は体調不良で遅れます!」

「えぇ……畏まりました」


 と、言って美月は玄関から飛び出して行ってしまった。

 あれは、夕霧の所にでも行ったのだろう。何か急いでいたようだ。付き従うべきだが、とにかく電話をしなければ。


「文月、飯も食べないで何しに行ったんだ?」

「夕霧様の所ね……」


 お蝶は美月が出ていった玄関を心配そうに見つめながら、電話をかけ始めた。





 物の怪の声が聞こえたとは言ってもたった一体だ。受話器越しからでしか感じなかったがそこまで妖気も強くない。優だったらすぐに倒せるだろうが、体調も悪いし、心配だ。

 優の家へはそこまで遠くないのですぐに助けられる。

 静かな田んぼ道を駆け抜けていた時、


「あらあら、そんなに急いでどこに行くのかしら」


 気品溢れる声が、美月の足を止めた。

 華やかな振袖を靡かせて美月の行く手を阻むように地に着地した女を見つめて美月は目を見開いた。


「野々姫様……」

「ふふ。妾のことを、覚えておいてくれたのね」

「……ごめんなさい、そこを通していただけますでしょうか」


 野々姫はまるで上から見下ろすように美月に微笑みかけると美月の顎を掴んで引き寄せた。


「文月、あなたのしたい事は分かるけれど、それは本当に良いこと?」

「夕霧の事を言っているのですか」

「あなたは鬼であり、あれは人。鬼神は昔ほど厳しくないけれど、人はまた別よ。あなた、頭領の娘であることをお忘れかしら?」


 美月は野々姫の手を振り払った。


「"一族の心配"をしてくださってありがとうございます」

「わかっているのね、さすが。あなたのそういう所が気に入っているの」


 唇の端を吊り上げて、美しい微笑みを見せる野々姫から目をそらさないでいると更に好奇の目を向けられた。

 そう、野々姫は他人の心配などしない。ただし、鬼神族のためならよく考えて行動する女だ。


「申し訳ありません、野々姫様。お話はまた今度」

「あら、今夜は?」

「先約がございます」

「ふふ。冷たいのね」


 横を通り過ぎて先を急ぐ美月を細目で見つめて、野々姫は溜息をついた。


「妾の他に求めるものってなんだと思う? タマ」


 二つに避けたしっぽと猫の耳を持つおかっぱ頭の少女がどこからともなく現れて、野々姫に子供っぽい笑顔を見せた。


「タマは野々姫だけにゃのでわかりませ~ん」

「そうよね? 妾だけよね。ああ、それとも。文月は美しいものは見飽きてしまったのかしら? ふふ」


 野々姫は機嫌の良さそうにタマの頭を撫でた。


「タマ、今夜は文月を妾の元に連れてきてちょうだい」

「あれれ? 文月姫様は先約があるって言ってましたよ?」

「どうでもいいわよ。妾は分かりましたなんて言ってないのだから」


 そっかー、とタマは納得して野々姫の掌にぐりぐりと頭を押し付ける。

 うきうきとした様子で野々姫はタマを引き連れてこの場を去って行った。

鬼姫の曼珠沙華の美女一覧


四代目文月(美月)

四代目卯月

三代目文月(鈴紅)

野々姫

瑠璃

お蝶

春日

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