【第三章】隣に居ぬ
絹の醜い笑い声が何度も木霊した。
「……!」
優は目にした光景に言葉を失った。弥生は血塗れの皐月を何度も起こそうと試みるが彼女の願いは虚しく、皐月はまったく目を覚まさない。
その周りを囲う蜘蛛の群れを瑠璃が焼き払っている。
突如、視界の隅に大きな蜘蛛の足が見えて優は刀で身を守った。
「……っ…」
一瞬の隙を作ってしまった優を助けたのは美月だ。
美月は優に襲いかかる蜘蛛の足を曼珠沙華で薙ぎ払い、優の隣につく。
「平気?」
「ああ、すまない」
絹は足で地面を抉り、その衝撃で割れた土の中に美月たちは飲まれていく。優はそれでも這い上がり、美月の腕を掴んで引っ張りあげる。
ボロボロになろうと、頭から血を流そうと二人は決して屈することなく絹とへと向かう。
皐月の元で泣き崩れる弥生の元に、その元凶となった男が姿を現した。途端、今まで皐月が戦ってきた蜘蛛たちはぴたりと動きを止めた。
蜘蛛たちの相手をしていた瑠璃は突如動き出したときのために琥珀を守る体制につく。
「力の強い皐月様は邪魔でしたので。すみませんねぇ、弥生様。あなたを利用してしまって」
弥生を守る体制に入る小桜を見て、鬼蛇は口を三日月形に裂いた。
「ああ、なんと! そうでした、あなたは今の代の卯月様なのですね? そうですか。お二人のその儚きお命、この手にかけてもよろしいでしょうか」
鬼蛇から溢れ出す殺気。小桜は胸元に忍び込ませている椿歌を掴む。弥生は皐月の傍ら、ずっと俯いていてとても戦えそうにない。優と美月も大蜘蛛の絹と戦っていて今は手が離せない状態。自分が戦うしかないのだ。
小桜が相手にするのは最強の敵。ここで死ぬかもしれない。それよりも、この場にいる全員が死ぬよりましだ。
「雪ノ都」
鬼蛇がポツリとそう言った。小桜は自分と弟が住む都の名を聞いて動きを止めた。
「どうですか? いい所ですよね。冬の都でありながら、方々の心は温かい。素晴らしいですよね。現当主の霜月様もねぇ」
「……小雪…」
「私には、分身が居ましてね? 糸と絹。そして繭。繭は今、雪ノ都に居ます。どういうことか、お分かりですよね」
「……!」
鬼蛇の分身の1人である繭が、雪ノ都にいる。まさか、小雪を、殺すつもりなのか。
小桜は血の気が引く感覚に陥ると同時に怒りが募っていった。
「弟を人質にとるというのですか」
「そう聞こえました?」
「何が目的ですか……」
「いえいえ、なんと申しましょうか。そうですね、選んでください。五代目霜月様のお命か───そこの弥生様か」
小桜は目を見開いて、そばに居る戦意消失した状態の弥生を横目で見つめた。
弟か、弥生か。どちらかの命を───。
「卑怯な……」
「繭は私の分身です。ここからでもあなたの弟様を殺すように命じることが出来ます。今、ここで私に攻撃をすれば、弟様がどうなっても知りませんよ。ああ、面白い……」
鬼蛇は嫌らしい笑みを浮かべ、小桜を急かし始める。
ここで何かしなければやられる。鬼蛇はきっと、小桜がどちらかを選んだとしても残った方を即殺すつもりなのだろう。ということは、この選択肢は答えても無意味なのだ。
小桜が考えるべきことは、どちらの命を見放すかではなく、この場をどう切り抜けるか、だ。
「どうなさいました、卯月様。ああ、あなたはお心が清らかなお方。きっと、誰の命も奪いたくはないのですね? 素晴らしい。実に素晴らしいですよ。しかし、それは時には捨てなくてはならないので───」
べらべらと喋る鬼蛇の頬を掠ったのは一本の矢だった。
小桜は鬼蛇の頬から流れ出る血にはっとすると、すぐ後ろから聞こえる弓をきりきりと引く音に目を見開いて振り返った。
弥生は鬼蛇目掛けて萩緑を構えている。その憎しみが込められた眼光は鬼蛇を貫かんとしている。
「おやおや、弥生様」
「動かないで」
弥生は鬼蛇が喋ったのと同時に矢を放った。鬼蛇は瞬間移動で弥生から離れた場所に移動する。
「お怒りですか、弥生様。そのまま絶望していれば良かったものを……」
鬼蛇は笑顔のまま頬の血を袖で拭うとそこには傷一つなく、綺麗な肌が蘇っていた。
弥生は怒りと憎しみと悲しみが混雑を起こしている頭の中の奥底で、今は亡き卯月と皐月を思い出して、一筋の涙を流した。この男が憎い。憎い、憎い。
「死になさい……!」
弥生の叫びに応じて、弥生の矢が突き刺さった大木が獣の如く動き出した。緑の葉を振り乱し、木は鬼蛇見下ろすと太い枝を振り上げた。
大蜘蛛の絹と戦う優と美月は息を切らしながらも攻撃を次々と避けていく。それにしても、意外と手強い。もしかしたら糸よりも面倒な相手なのかもしれない。
『どうです? 糸よりも強いでしょう? ね? ふふふふははははははは!!!』
絹は笑い声を高らかに響き渡らせると蜘蛛の糸で優と美月を取り囲む。
『僕達分身は、主の鬼蛇様に似てしまいましてね? 戦い方も、殺す相手もこだわりが強くて。でも、あなた方は僕に選ばれた。選ばれたのです』
蜘蛛の糸を刀で切り裂くと優と美月は余裕で語る絹の足を切りつけ崩していく。
『いっったいですねぇ??!』
絹は怒りのまま長い足で土を踏みつけると二人を吹き飛ばした。が、二人は足を踏み込んで体制を立て直す。
ここまで死なないと、そろそろ体力の限界がくる。
そこで美月は亡くなった皐月と弥生と小桜が気がかりで横目で確認する。
───鬼蛇……!
鬼蛇が弥生と小桜と対峙しているのだ。奴の命である絹と繭を殺さない限り、鬼蛇は何度傷をつけても死なない。そんな奴と戦っても不利だ。
それにこっちにも絹がいる。
「面倒だ……」
仲間を救えない悔しさに美月はそう、呟いた。
「また、面倒な……」
鬼蛇は呆れ顔でわざとらしく溜息をつくと瞬間移動で攻撃を避ける。
鬼蛇は皐月の死体を見つめると再び笑顔に戻って両手を叩いた。
「皐月様を殺したましたし、良いですよね。葉月様は満足するはずです」
隻眼を大きく開いて納得すると鬼蛇は周囲で固まっている蜘蛛たちに呼びかけた。
「はい、起きてください。もう、あれなんでそこにいる方々は皆殺しで」
鬼蛇の抑揚のない早口の命を聞いて、蜘蛛たちが動き出した。
突如こちらに向かってくる蜘蛛たちに小桜は顔を強張らせると鬼蛇を睨んだ。
鬼蛇はにっこりと笑って、こう言った。
「ああ、雪ノ都に繭がいるって話は嘘なので」
嘘。その言葉は小桜の怒りを更に増幅させた。あの嘘を真に受けていなければさっさと鬼蛇に攻撃が出来たのに。
鬼蛇は小桜の怒りを察して満足そうに笑みを浮かべて、その場から姿を消した。
蜘蛛たちは弥生と小桜を見て一斉に向かってくる。小桜は瞬時に蜘蛛たちの胴を鎖鎌で抉っていき、椿歌で光を放ち蜘蛛たちは消し飛ばされた。
それでも湧いて出てくるのは親玉の絹がいるせいだ。
(絹が潰れない限り……殺られてしまう……)
その時、弥生の力で動きだした大木がその太い腕で蜘蛛たちを薙ぎ払った。
弥生は立ち上がり、小桜の元へ歩み寄る。
弥生は涙の枯れた瞳を生き残っている少数の蜘蛛たちに向けて静かに囁いた。
「小桜……あなたはそのまま、清らかな心を持っていて。鬼蛇が言ったことなんて、構うものじゃないわ」
「弥生様……」
地面が揺れている。蜘蛛たちの歩く振動が、優と美月が戦う大蜘蛛の絹の大きな足音が伝わってくる。
弥生と小桜はそれぞれ武器を手に今、敵の群れへと突っ込んでいった。
「そろそろ決着をつけたいのだが……」
優はそう呟くと絹も同感だったらしく、しびれを切らして優と美月を薙ぎ払おうと足を振り回し始めた。だが、体の大きさからして小さな二人が細かく動き回って攻撃が上手く当たらない。
『いまいましい! さっさとくたばれ!!!』
絹の叫びと共に透明の大きな蜘蛛の糸が空を覆う。これは逃げ場がない。気づけば右も左も上も下も、蜘蛛の糸だらけだ。蜘蛛の糸の中に捕らわれた優と美月を見て絹は高笑いすると蜘蛛の糸で作られた袋を掴んで思い切り地面に叩きつける。
袋の中で二人がどうなっているのか知らないが、きっと弱っているはずだ。
絹は足を振り上げると袋に向かって突っ込んだ。足が肉に食い込む感触に更に狂ったように笑う。
『あははははっ!! ───はぁ。決着はつきました。二人仲良く息絶えるなんて、素晴らしい』
絹はゆっくりと足を引き抜き、その袋を何度も叩きつける。
『死ほど美しいものはありません。痛かったですか? よく耐えれましたよ』
袋は一切動かない。
呆気なく死んだなと一気に興味が消え失せ、今度は向こうで戦っている弥生と小桜を見据える。
動き出そうとした直後、腹が痛み絹は苦痛に悶え始める。
『──!』
絹が放った蜘蛛の糸で出来た袋がびりびりに引き裂かれているのが視界に入った。
───まさか……どうやって……!?
絹は腹から急激に広がる熱に醜い悲鳴をあげる。
絹の腹は引き裂かれていた。
「油断した、お前の負け」
深い藍色の空に浮かぶ月に照らされる黒髪の鬼姫がそこにいた。
『な、何故……どうやってあれを破いた……!!?』
「私に使えている物の怪たちならあんなの簡単に破ける」
『だが、確かに……! この足でお前達を刺し殺した感触が……!』
「袋の中で物の怪たちが受け止めたの。私達は無事だよ。お前からの攻撃全てを、物の怪たちが守ってくれたから」
絹の腹はボロボロで、やがて力が抜けて倒れてしまった。
絹は怒りのあまり優と美月に殺気を放った。そして最後の力を振り絞って二人に向かって長い足を振り上げる。だが、虚しくもその足は美月の曼珠沙華に切り裂かれた。
絹は再び醜い悲鳴をあげるとその大きな図体を横たえて動かなくなった。暫くすると、その体は蒸発して消えていった。親玉と共に弥生と小桜が相手をしていた大蜘蛛たちも一瞬にして塵となって消えていった。
優と美月は数時間ほどにも及んだ戦闘に疲れきってお互いに背中を預け合いながらそのまま座り込んでしまった。優は全身に傷を負い、美月も手足に傷を負って頭から血を流している。
ふと、顔を上げれば月が目に入った。美しい月を見て、美月は何故か自分が涙を流していることに気づいた。
「どうして……」
訳の分からぬまま涙を拭って、美月は立ち上がった。
美月の元に瑠璃は歩み寄ると泣き崩れる鬼の少女に目を向ける。
「弥生…」
美月の後に優も立ち上がると弥生の方を向いた。
弥生も戦闘と精神的な疲れからその場に座り込んで、そばに小桜がついていた。弥生は家族を二人も失ってしまったのだ。これから彼女は一人で生きていくのだろう。そんなのあんまりではないか。
「弥生は……」
俯いたまま呟いた。彼女の顔は下を向いていてどんな表情なのか分からない。ただ、初めて知った孤独というものに打ちひしがれて、消え入るような声で呟いた。
「弥生は……ずっと、三人でいられると、信じていたのに……」
……………………………………………………………………
月火神社に到着してから数分後。小桜は帰宅の準備を整え、雪ノ都からの牛車に乗り込んで美月たちに一礼する。
「私は雪ノ都に帰って、お蝶様をお呼びします。このことは都の方に報告させていただきます」
「わかった。気をつけて」
小桜は簾から手を離すと同時に牛車は動き出した。
美月と優は小桜が乗っている牛車が空の彼方に旅立つのを見えなくなるまで眺めて溜息をついた。
「弥生を一人には出来ない。私、月火神社に泊まる事になったから。お蝶と瑠璃と琥珀の話も聞かないと」
優も首を縦に振ると、弥生が閉じこもってしまった社を見つめた。
弥生と皐月は、優の背中を押してくれた感謝してもしきれぬ存在だ。優を友として接してくれた、初めての存在だ。それが今、一瞬にして砕けた。
細くも刀を持つのに十分頑丈な手が、悔やむ優の手に触れる。その手は刀を握りすぎてまめが出来ている。美月は何度も努力して、今の強さを手に入れたのだ。
美月の手を握り返して、優は微笑んだ。だが、その微笑みから感じ取れるのは悲しみだった。
「優……」
「それじゃあ、俺は帰るよ。学校から帰ってきたら月火神社に来るから」
「わかった……」
美月はやるせない顔で頷いた美月に手を振って優はそのまま鳥居をくぐって出ていってしまった。
美月も小さく振り返した手をゆっくり下ろすと同時に俯いた。優は落ち込んでいるのだろうか。だとしたら、無理して干渉するのも良くないだろう。
後ろから足音が聞こえて振り返ると腕を組んだ瑠璃が厳しい表情で美月の元に歩み寄って来る。
「どうかしたの?」
「あんたの恋人は意外と隠すことが苦手らしいね」
「やっぱり落ち込んでるのか……頼られてないな、私」
「可哀想、とでも言ってほしいの」
「出来ればその言葉は言ってほしくないかな」
そんな言葉、聞き飽きた。
優はいつも頼ってはくれない。あんなに無理をしたら、いくら頑丈な壁であろうと一瞬で砕け散るのだから。
直接聞いても何も教えてくれない。無愛想だ。そこが良い所なのかもしれないが。
「瑠璃、ここに泊まるよ。弥生ともお話したから」
「好きにしな」
こちらもまた素っ気なくぷい、とそっぽを向いた。 相手が美月でなかったら激怒されているだろう。
その時、何かが頬を伝っていく感覚に美月は手でそれを拭う。手の甲には月明かりに照らされて輝く透明の涙だった。
頭の中に、温かな記憶が流れてくる。弥生、卯月、皐月は心優しくいつでも背中を押してくれていた。もうあの時のようにこの神社で食事をすることも出来ないのだろうか。
その様子に気づいた瑠璃はぎょっとした顔で美月を見て、眉間に皺を寄せる。
「なんだ、冷たくされたくらいで泣くのかい、あんた」
「そんな事で泣かないから」
美月は流れてくる涙を拭って、これ以上、泣くことは許すまいと心を落ち着かせる。
───これで、何人死んだのだろう。
卯月、皐月、兄様、霜月様。
鬼蛇は美月の大切な者たちを死なせておいて平然と笑っている。寧ろ、それを美と称して楽しんでいる。
許せない。美月の鬼蛇を殺す決意は更に強まった。
「鬼蛇……殺してあげる………」
美月は月明かりの下でそう、呟いた。闇色の髪、相手を貫かんとする金色の眼光。それは、そばに居る瑠璃でさえも怖気付くほどの圧と迫力があった。
そこで、人間の頭上からは生えるはずのないものに瑠璃は絶句した。
「あんた……ツノが……」
これが、鬼神の頭領、睦月の娘。
───今の代の文月を殺せば、お前が文月になれる。
葉月はそう言った。しかし、そんな事出来ない。こんな鬼を相手に、戦えるはずがない。
それでも、葉月を捨てることも出来ない。
───私は、何のために、生まれてきたのだろう。
………………………………………………………………
何のために、生きているのだろう。
何のために、ここにいるのだろう。
わからない。わからない。夜が、闇が怖い。
───また、泣いているのか、弥生。
優しいあの方の声が聞こえた。ずっと慕ってきた、大好きなあの方の声が。
───おいおい、泣くなって言っただろ。これだからお前は……。
「うるさいな、もう……」
なんで、言い返さないの。皐月。
いつもみたいに文句言って、喧嘩して、いつの間にか仲直りして……。卯月様を困らせて……。
────弥生、ごめ…………
「……!!!!」
外から、皐月の声が聞こえたような気がした。
転がるように駆け出して、障子を開いて、外へと飛び出した。
「卯月様……皐月……?」
恐ろしい闇を照らす一筋の月の光。そこに、卯月と皐月が並んで笑っているような気がした。
「ずっと、一緒だもの……ね……」
弥生が微笑めば、二人も微笑んでくれる。そう思ったのに、もう二人の気配が感じられなくなった。
「ねえ、行かないでよ……弥生を……」
弥生は無意識のうちに呼び出していた自分の武器である矢を握りしめた。涙で霞んで、見えなくなっていく世界。見えなくなったって良いではないか。こんな世界など、いらない。
消えてしまえ。
「消えてしまえ」
弥生は矢の先端を自分に向けて、振り上げた。
────お前、鬼神でありながら何故、奴隷のような扱いを受けている。名をなんと申す。
────緑……。
────それは、本当の名か。
────ご主人様がつけてくださいました。
────お前を奴隷扱いする者から貰った名前など、要らぬであろう。鬼神の名を名乗れ。
────弥生、です。
────こっちにおいで、弥生。このような場所にいる必要はない。
────誰かに抱きしめてもらえるのは、初めてです。
────良かったな。行こう、お前は自由だ。
────はい、卯月様。
「───っ!?」
矢が弥生の喉を貫く直前、誰かに矢を掴まれた。
目を見開いて、目の前にいる人物に戸惑った。
「──姫様……」
黒髪の少女は弥生の矢を握りしめて、離さない。弥生も顔を顰めて、負けじと矢を自分の方に引き寄せようと力を加えるも、ビクともしない。
鬼と人間では力の差というものがあるはず。それなのに、人間として生まれ変わった美月の方が明らかに力が強かった。
「……ほっといてくださいっ」
どうせ死ぬんだと、無礼を承知でそう言い放った。
だが、美月はそのまま矢を片手で折った。
「……!」
弥生が驚いて油断した隙に、美月は折った矢を取り上げてその辺に捨てた。
愕然とした弥生は美月の肩を掴んで泣きながら死を懇願し始める。
「だったら、弥生を殺してくださいよ! もう、思い残すことなど何もないのだから! もう、ここには卯月様も皐月もいないんだもの! 何もない!」
美月はそんな弥生の肩を抱いた。
その腕の中が、幼い頃に卯月に抱きしめてもらった時の感覚に似ていて、涙が溢れた。
この温もり。さっきまでの不安がじわじわと消えていった。
その時、美月の頬にひんやりと冷たいものが触れた。見上げると、空から白く小さなものがたくさん降ってきていた。
「雪…………?」
…………………………………………………………
雪ノ都の者達は全員外に出て、降り積もる雪を眺めて、雪女襲来の際に死んでいった大切な誰かを思い浮かべながら涙を浮かべている。
霜月の屋敷の庭で、現当主の小雪は空に掌を翳した。
「初めて見ましたよ、あなたの笑顔」
「姉さんは、もう休んでるの?」
「お部屋で雪を眺めていらっしゃいます」
そばに居た粉雪が話しかけると小雪は白い息を吐きながら振り返る。
二人はしんしんと降り積もる美しい雪を見上げるとやはり、思うのは先代の霜月であった。
「何故、雪を降らせたのです?」
「別に。大切な者たちへの、僕に出来る精一杯の贈り物だ」
小雪の言葉を聞いた粉雪は、憂いを帯びた微笑を浮かべた。
屋敷の二階で、小桜とお蝶は障子戸を開いて外の雪景色を共に眺めていた。
「こんな怪我治して、早く姫様の元に帰らなければ……」
「無理をなさってはいけませんよ、お蝶様」
「気をつけます」
お蝶は微笑むと手を伸ばして天から舞い降りてくる雪に触れた。冷たい。それなのに優しい温もりを感じた。
───愛おしい夕暮れ
隣に居ぬ
臍を噛む御前が労しい
どうか生きて 恋しい夕暮れよ
御前がいかなる所に生を変へたりとも
会いに往く
第三章 完
霜月
立場 ── 天候を司る鬼神。雪ノ都当主。
住居 ── 雪ノ都の大屋敷。
種族 ── 鬼。
武器 ── 扇 桔梗。
属性 ── 風、氷。
粉雪
立場 ── 霜月の召使い。
住居 ── 雪ノ都の大屋敷。
種族 ── 雪女。
武器 ── 雪。
属性 ── 風、氷。
糸
立場 ── 鬼蛇の分身。
住居 ── ?
種族 ── 鬼蜘蛛。
武器 ── 蜘蛛の糸。
属性 ── 闇、土。
絹
立場 ── 鬼蛇の分身。
住居 ── ?
種族 ── 鬼蜘蛛。
武器 ── 蜘蛛の糸。
属性 ── 闇、土。