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鬼姫の曼珠沙華  作者: 紫木 千
第一章 『月火神社編」
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【第一章】恵を司る鬼神、皐月

「おばさん、お米ちょうだい」


 小桜と小雪を連れて、この小さな町の住人が行き交う米屋に出向く。


「はい、いつもありがとう」


 おばさんは微笑んだ。


「最近、米の値段が高くなって困っとるんじゃ」

「お米の収穫量があんなに減るなんて珍しいものね」

「お米がよく枯れるらしい、変なことも起こるな…」


 おばさんはいつもの量の米を手渡す。


「ありがとう」


 料金を払い、美月たちは米屋を出た。

 いや、思った通り重い。それを見兼ねて小雪が両手を差し出してきた。


「小雪、大丈夫? 重いよ?」

「……。一応僕、男です」


 と、拗ねた様子の小雪を見て噴き出しそうになるのを堪えた。


「ごめんね、じゃあお願い」


 小雪は米袋を抱えて、歩き出す。いつも無表情なので重いのかきついのかよくわからない。でも、大丈夫そうだ。

 小桜は先程の美月と米屋の会話を聞いて眉を顰め、うーんと唸る。


「……米に、異様なものが取り憑いたのでしょうか」

「まさか、米に物の怪がついたとか…言わないよね?」

「それは……ありえますね」


 ありえるのか。米に、小型の物の怪でもいるというのか。どっちにしろ、日本を支えてきた食物がなくなるのは非常に困る。


「鬼神の方々の封印を解けば済む話ですが、どこに封印されているのか…」


 小桜は再びうーん、と唸った。

 鬼神たちの封印を解かねば、次々と被害が起こる。そうなれば、小桜たちが言っていた通り、この世の終わりというものが近々やってくるのだろう。

 三人で鬼神の封印場所について考え込んでいると、背後で何かが落ちたような音が響いた。


「いたーいっ…」


 突然声が聞こえて振り向いた。そこで小さな男の子が転んでいた。美月はすぐに泣きじゃくる男の子に駆け寄った。


「大丈夫?」

「うっ…」


 ダメだ。泣き止まないと話ができない。まず、傷を見る。膝を擦りむいたようだ。


「まったく、男たるもの泣いてばかりではメッです」


 小桜が仁王立ちして男の子を見下ろす。


「小桜、鬼はわからないけど、人間の子供は痛いと泣いちゃうの。意地悪しない!」

「うっ、姫様が、そう言うのなら…」


 少し言い過ぎたと思うが、小桜は渋々頷いてくれた。

 それにしても、この男の子は親が見当たらない。迷子だろうか。


(どうしよう…。まず傷を洗わないと…)

 

 美月が悩んでいると、一人の男性がこの場を通り過ぎる。着物を身に纏う男性。異様な雰囲気を感じてその男性の背中を見て眉を顰めていると、男の子の


「あれ?」


 男の子は目を丸くしていた。


「どうしたの?」

「痛くない…」


 美月たちは目を見開いた。


「え、どういうこと…治った…」


 男の子の膝の傷がすっかり消え、傷があったはずのその場所は元の肌が姿を現している。

 小桜はまだそう遠くまで行っていない着物の男性を見た。


「もしや…」


 小雪も姉と同じようにあの男性の背中を見る。


「ありがとう、お姉ちゃん」


 男の子はすっかり笑顔を取り戻して走り出し、その先には母親らしき女性が立っており、お辞儀をされた。親がすぐに見つかり、ホッとした。美月はお辞儀を返し、親子を見送った。


「変だよね、傷がすっかり治っちゃって……」


 振り返って二人を見てみれば、二人共じっとしたまま反応しない。あの着物の男性を見つめているようだ。


「ああ、この辺では見かけない人だね…」


 美月が呟くと、小桜は切羽詰まった様子で言った。


「姫様、あの方を追いかけましょう!」

「ええ!?」


 小桜に手を引かれ、駆け出す。突然のことで頭が追いつかずにいると小桜が男性に向かって叫んだ。


「お待ちください!あなたは………──皐月様では!?」


 男性はそれに反応し、振り返る。

(───目つき悪…)

 小桜に連れられ男性の元で立ち止まる。小雪も後ろからついてきていた。


「ああ、ええと…。そうだそうだ!姫といつも一緒にいた双子!えっと」

「小桜です。こちらは弟の小雪です」

「ああ!なんかそんな名前だったな。それで、お前が手を引いているそやつは?─何故姫の気配がする…」


 男性、皐月は目を細めて美月をジロジロと見る。それに耐えられず肩を縮めていると小桜が紹介した。


「この方は文月姫様の生まれ変わりです!」


 皐月は目を見開き、再び美月をジロジロと見る。


「姫の…………でも、文月姫は美しい黒髪だったぞ?」


(──美しくなくて悪かったな!)


 わなわなと拳を震わせている美月を余所に皐月は特に気に留めることなく小桜に視線を戻す。


「皐月様!封印が解かれたのですね!ならば、作物への幸をもたらさなければ!」


 小桜は願いを込めて皐月に訴える。だが、皐月はあー、と気まずそうに頭をかく。


「そのだな。封印から覚めたら…俺の槍がどっか行っちまった」

「……」


 小桜はそこで硬直する。そんな二人の会話を聞いて首を傾げる。


「小雪、一体何の話?」


 隣にいる小雪に聞いてみた。


「皐月様は恵を司る鬼神。皐月様がいれば畑は豊作に恵まれることでしょう。しかし、あの様子ですと槍が手元に無いようです」

「槍…?」

「皐月様は恵の槍、『芭蕉』を従え、主に武器として使われています」

「それって文月姫の曼珠沙華と同じ感じ?」


 美月の問に小雪は頷いた。 鬼神一人一人に武器が備わっている。その大事な武器を、皐月は失くしたということでえる。

 それにしてもこの鬼神。大事な槍が無くなったというのにこの余裕。美月も曼珠沙華がなくなったら人生終わる予感がするほど焦るのに。


「えーと、皐月…?」

「なんだ、姫」


 ああ、良かった。呼び捨てで良いみたいだ。


「槍、一緒に探しましょうか?」

「そんな、良いのか?」

「はい。お米なくなるの困るし…」


 皐月はありがたや、とお辞儀をする。それにしても、ちょうど良いときに封印を解いたな、と安堵の息を零すのであった。





……………………………………………………………………………………………………………………






「……。皐月、おかわりいるの?」

「おお、くださるか!?」


 現在、美月の家では大騒ぎが起こっていた。


(─よく食うな……)


 重ねられた皿の数。ザッと数えて十数枚。とりあえず、自宅に招き入れたがこんなことになろうとは…。最初は一緒に夕食を食べていたのだが皐月の食事をする手が止まらなかった。


 小桜と小雪と交代で料理をする。

 まあ、楽しいから良いのだが。本当に美味しそうに食べてくれる。それに不思議なことに、家には食べ物は少ししかなかったはずなのに、気づけば大量の料理を振る舞っていた。


 しばらくすると皐月は落ち着いた。


「いやー、長い間ずっと封印されていたから腹が減っていたんだ…。美味かった」

「どうも…」


 美月は綺麗に平らげられた皿たちを眺めながら軽く頭を下げた。


 息を吐く皐月の頭には立派な角が二本生えている。


「芭蕉は封印された直後に万一に備えて誰かが持ち去ったのだろう。それにしても余計なことを…」


 皐月は参った、と眉を顰めた。


「皐月様を封印したのは誰なのでしょうか」

「夕霧の子孫だよ。夕霧の跡を継ぎ、残りの鬼神の成敗をしていた」

「姫様が亡くなられた後も…鬼神狩りがあってたのですね。私と小雪は師走様に救われ守られてたのですが…」

「おお、師走か!?どこにいる」


 仲間の名前を聞いた途端目を見開き小桜の言葉に食い付く。その勢いに圧倒され小桜は戸惑っている。


「師走様はこの家の近くの神社にいます。…あれ、もしかして師走様にも何か武器が備わってるの?」


 美月は小桜の代わりに答えた。そして師走の武器が気になった。


「あー、師走にもあるぞ!えーと……」


 あると言い張る皐月だが肝心な詳細を全て忘れているようだ。陽気な人だな…、と美月はある意味感心していると小雪が美月の服の裾を引っ張る。


「カタバミ」


 小雪は答えた。


「師走様の短刀、『カタバミ』は魂を霊界に導き、その後の人生を左右する力を持ってます」

「そうか、確か魂を司る鬼神だったよね」


 今まで一人でそんな仕事をしてたのか、と驚くも、そういえば人をばんばん殺してた文月姫がいた時代は大変だったろうな、となぜか反省してしまう。


「しかし、皐月様の芭蕉は夕霧の生まれ変わりが持ってる可能性が高いですね。探さないと…」


 小桜が眉を顰めている隣で小雪は美月を心配していた。夕霧と聞いて、彼女の反応が気になったのだが美月は何も動じてない様子で安堵した。


「夕霧…ね」


 美月の呟きは小雪だけが耳に届いていた。



……………………………………………………………………………………………………………………


 小桜たちよりも先に目が覚めた。ベッドの脇には小桜と小雪が身を寄せ合って眠っている。

 再び眠りにつこうにも、すっかり目が覚めてしまい、観念して起き上がる。


 リビングに向かうとソファには皐月が眠っていた。


「……」


 この人、行く宛がないみたいだ。少し不憫に思う。

 それにしても双子小鬼といい、鬼神といい、家に鬼が住み着くと飽きないな。だが、双子はともかく皐月まで住むのは…。そう考えて考えて、辿り着いた答えは一つ。





「うちの神社でですか?」


「はい。師走様に皐月を頼めないかなって。行く宛ないみたいだけど家にはもう小桜と小雪がいますから…」

「なるほど。良いですよ、皐月は昔からの仲ですので」


 師走は頷いた。同じ鬼神である師走に皐月を引き取ってもらえないか頼んでみたところ案外快く引き受けてくれた。



「ひーめーさーまぁー!!」


 

 足音が猛烈なスピードで迫ってきた。振り返ればやはり必死な小桜とその後ろから無表情でついてくる小雪がいた。


「何故、急にいなくなったのです?目が覚めたらいらっしゃらないから心配で…うっ」


 あー、泣き出した。必死だったのだろう。美月を見つけたという安心感により涙腺が緩みだした小桜の頭を小雪は撫でた。


「ご、ごめん。まだ二人は目を覚まさないと思ってて」


 泣きじゃくる小桜の代わりに小雪が頬を膨らませて言った。


「…叩き起こしてください」

「た、叩き…」


 二人を叩くなどできるわけ無いだろう。



………………………



「では、皐月様は師走様の元に?」


 気を取り直し、皐月のことで相談が始まった。



「おう、師走!頼むな!」

「皐月!?いつの間に…」

「そこの双子の後を付いてきた」


 いつの間についてきてたのだろう、全然気付かなかった。

 陽気に笑う皐月を師走は微笑み頷く。


「ところで皐月。あなたは弥生と卯月と共にいることが多かったようですが、二人の封印場所に心当たりはないのですか?」


 弥生と卯月。名前からして鬼神だろう。皐月は眉を顰めて顎に手を添え考え込む。


「むー、わからん。俺はあの二人がまだ生存しておるときに封印されたからな」


 美月は思い切って聞いてみた。


「あの、どういう方たちなの?弥生と卯月って」

「二人は仲良すぎて本当の姉妹みたいな関係だった。俺は振り回されっぱなしだけどな」


 美月の問に答えた皐月は何か思い出したのか嫌そうに顔を歪める。確かに女二人と上手くいくのか疑問だ。しかし、その二人に会ってみたい。


「じゃあ、弥生と卯月を探さないとね。手伝ってくれる?皐月」

「ああ、姫の頼みなら」


 皐月は快く受け入れてくれた。見た目に反して良い鬼である。


「私と皐月を除いて全部で十人が封印されているのかな」


 疑問に思った美月。だが師走が答えたことに驚きを隠せなかった。


「──それが…、鬼神の中で封印が解かれている者が多数いるのです…」

「!?それって誰が…」

「それが明白にはわかりませんが…。今の世まで天候が安定しているのなら、天候を司る鬼神の霜月の生存が確認できます」

 

 それと、と師走は眉を顰めた。なんだかまずそうな顔をしているのでこっちが不安になってくる。


「時を司る鬼神と闇を司る鬼神の兄弟の可能性も……」


 それを聞いた途端、美月以外の全員が難しそうな顔をする。


「えっと、どういうこと…」


 訳がわからない、と傍らにいる双子に助けを求める。


「姫様の父、睦月様と如月様はご兄弟でして…」


 小桜も困った様子の顔で説明する。


「葉月様と長月様は、如月様のご子息。つまり、お二人は姫様の従兄弟であらせられるのですが…」

美月の秘密。

好きな食べ物はヒラメのお刺身─わさびたっぷり─と蟹。嫌いな食べ物はきのこ。

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