【第三章】仇
都の中まで行くと、そこら中に死体が転がっていた。
女も子も容赦なく切り刻まれ、中には氷漬けにされている者もいた。
粉雪は怯えながら弥生にひっつく。
生存者が居ないか確かめる為、民家の中を覗いてみたが、やはり誰も無事ではなかった。
「あの女め……」
死体を見つめながら皐月は憎らしげに呟いた。
「あの雪女は霜月様のお屋敷を見張ってるかも。ここの辺りには気配がないし」
弥生の話に皐月は頷くと霜月の屋敷にに向かって静まり返った道を歩み始めた。
誰も生きていないのだろうか。もう、誰も。
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屋敷では避難した妖たちが身を寄せあって恐怖に怯えていた。
目を覚ました霜月は傷ついた体で立ち上がり、逃れて来た妖たちを見つめ悲しげに俯く。
「僕が止めなければ」
「霜月様、そのお体で力を使えばあなたは本当に死んでしまいます!」
「でも、これ以上犠牲は出せない。ここで回復を待つ余裕なんてない。僕がこの都を守るしかないのです」
そう言って、霜月は懐から薄紫色の扇を取り出した。
突如、屋敷が大きく揺れた。妖たちは悲鳴を上げ、床に倒れていく。屋敷のどこかが破壊される音が聞こえた。
霜月は覚悟を決め、扇を持って外へと出向いた。
「目的は僕の命でしょう。これ以上都の者を傷つけるのはやめて頂きたい」
崩れ落ちた屋敷の一部の近くに、高笑いする子供が一人居た。
「なんと言うことを……。子供の死体に取り憑いたのですか」
「やっと来たのかえ? 憎き鬼神よ」
「雪女よ、ここはあなたの故郷。それなのに、どうしてこんな事を……!」
「故郷でも、私の帰りたい場所ではないんだよ。私の帰りたい場所、それは夫と子が待つ家だ。それを奪った鬼神共め、地獄に送ってやるっ!!」
霜月は扇を開いて一振で雪女の攻撃を全て払う。
「あなたも、辛かったことでしょう。もう、眠ってください。これで終わりです。あなたも、僕も……」
ここで一気に力を起こしてあの雪女を消滅させる。そうすれば、今度こそこの身も力尽きるだろう。
──春日、今そっちに行くよ。
霜月は愛する人を想い、扇を構えた。
死をもって、春日との思い出の詰まったこの都を守り抜こう。
そうして振り上げた直後。
「……!?」
高速で飛んできた槍が雪女に直撃し、そのまま吹き飛んでいく。
子供の姿をした雪女はそのまま槍と共に民家を打ち壊し、地面に放り出された。
「あっちゃー、よく飛んだな」
霜月に歩み寄って来るのは体格の良い鬼神、皐月だ。
「さ、皐月様??」
突然の出来事に頭がついていけない霜月は皐月と、その傍にいる弥生を凝視する。
「霜月様、助けに来ましたよ」
「弥生様、何故ここに……」
「粉雪が教えてくれて」
弥生の後ろに控えていた粉雪は、主の無事を確認し安堵した。
霜月は粉雪によくやったと微笑んだ。
「霜月様、後は休んでいてください」
「ありがとうございます」
その時、雪女が飛んでいった方向から槍が投げ返される。皐月はそれを掴み取って前方を睨む。
子供に取り憑いた残虐な雪女は不機嫌そうに皐月を睨み返す。
「鬼神共が。どこから沸いてきた。まとめて始末してくれるっ!」
雪女が地面に爪を立てると皐月達が立っている場所から氷が突き出た。
それを素早く避け、全員屋根の上に飛び移る。
「し、しし霜月様…っ…」
霜月に抱えられた粉雪は顔を赤くして硬直する。
「粉雪、怪我はありませんか?」
「だ、大丈夫です。ありがとうございます」
と、それは置いといて、弥生は雪女の後ろに聳え立つ大木に目をつけ弓矢、萩緑を出現させ弓を引く。
雪女は放たれた矢を避けたが、その先にある大木に矢が突き刺さる。突如、大木は命を吹き込まれ動き出し、大きな枝を雪女目掛けて振り上げる。
潰されまいと逃れた雪女だが、次の瞬間皐月の槍が振るわれ、衝撃波が巻き起こり雪女はまたしても吹き飛ばされる。
「どうだ、俺と弥生が組むと強いんだよ!!」
皐月は槍を片手に雪女の元へ駆け出す。
そんな事を言われるのが嬉しかったのか弥生は自慢げに胸を張る。
「な、何よ。まあ確かに皐月と組めば強いかもね。うん」
屋根の上の温かな雰囲気を壊さんと雪女は叫んだ。
「貴様らぁ!!! 」
鋭い氷の破片が皐月たちに向かって飛んでくる。
それを避けながら皐月は槍を再び手にし雪女へと振りかぶった。
だが、皐月の足から肘が駆け上がるように凍っていく。
「腹立つクソガキが」
更に氷の大剣が皐月に向かって飛んでくる。
「皐月!」
弥生は氷の大剣に狙いを定め、妖力を秘めた矢で撃ち落とした。
「ありがとよ、弥生! おらっ!」
皐月は半身氷漬けでもお構いなしに暴れて抜け出した。
「おいこら雪女っ! 卯月の仇!」
皐月は地を力いっぱい踏み込んで大きな槍を雪女の頭目がけて振り上げた。
だが、雪女はその隙に避け、地面から氷を突き上げ皐月に傷を負わせる。
「っ!」
皐月は血を流しながらも槍を構えて雪女を殴り倒しに行く。
「何だまだ来るのかえ? 面倒だねぇ!!」
雪女は氷の破片を、そして最後に氷の剣を作り出して飛ばした。
皐月は破片を避け、氷の剣を槍で打ち砕いて雪女の喉元を突こうと構えたが氷の盾で防がれてしまった。
それでも皐月、歯を食いしばり、どんどん押していくと氷の盾に亀裂が入る。
「卯月はなぁ、優しくて良い奴で、俺が一番愛した奴なんだよ!」
「はあ?」
「俺と弥生の大事な奴を、よくも奪いやがったなっ!!!」
皐月の威力が勝り、氷の盾が砕け散る。
「っ!!」
避けようとしたが間に合わず、皐月の槍が雪女の肩に直撃する。
雪女は血を流しながら皐月から距離を取るが皐月はそんな事許さない。槍を振りかぶって雪女を吹き飛ばす。
屋敷の屋根の上で、弥生は粉雪を抱える霜月に逃げるように促した。
「ですが……」
「霜月様、屋敷の中で回復を待ってください。あなたの力は底をつきかけているのですよ? すぐに姫様たちがいらっしゃいます」
「……! わかりました。お気をつけて」
霜月は粉雪と共に屋敷の中へ避難した。
弥生は弓矢を構えて再び起き上がった敵を睨みつける。
皐月との戦いで雪女は激しく移動し、なかなか狙いが定まらない。
「くっ……打てない……」
弥生は悔しげに呟き、目で雪女を必死に追う。
だが、その時、雪女と目が合ってしまった。
「ま、まずい」
と思った瞬間、地面から屋根を突き破って氷が出現する。弥生は咄嗟にそれを避けたが目の前に氷の壁が現れぶつかってしまった。
「え……まさか……!」
氷の壁が弥生を取り囲み、やがて氷の中に弥生は閉じ込められてしまった。
壁を殴っても殴ってもビクともしない。
皐月なら壊せるかもしれないが戦闘に必死の皐月は弥生に気づかない。
弓矢を構え用にも氷の中は狭い。
「寒い……」
氷の中は何故か異常に寒かった。
「皐月、ごめん……!」
そのか細い声も氷の壁によって遮られてしまう。
皐月は血だらけだ。まずい、このままだと皐月が……
「竜宮忍び隊、参る!」
紺色の装束を身に纏う忍たちが雪女へと駆け抜けて行く。
「何っ!? どいつもこいつも!!」
腹立たしげに叫び散らす雪女に皐月は言い返す。
「お前の負けだよ!!」
「黙れぇえ!!」
雪女は怒りのままあちらこちらに氷の剣を撒き散らし、更に地面から氷の柱を大量に突き上げた。
それの犠牲になった忍たちもいたが、残った忍たちは雪女に素早く攻撃を仕掛ける。
氷の中で凍えながら弥生は皐月を見守る。だが、皐月の背中を狙って破片が飛んでくるのを見て弥生は叫んだ。
「あっ! 皐月!!」
更に誰かが皐月を助けに刀を振るう。
氷の破片が砕け散る。皐月を助けたのは刀を片手に持つ優と美月だった。
「夕霧! 姫! 助かった!!」
「あれ」
「お前、弥生は?」
美月と優に指摘され、皐月はそこでようやく弥生の存在に気づく。
見れば、氷の中で弥生が凍えていた。
「弥生!」
忍び隊が雪女の相手をしている間に皐月は弥生の元へ向かう。
氷の中で、弥生はようやく皐月が自分に気づいた事に喜び氷の壁越しに叫んだ。
「皐月!」
「竜宮の忍び隊も夕霧も姫も来た! 今なら安心だ。すぐに助けてやる!」
「ありがとう!」
皐月が壁を壊そうと拳を振り上げた時。
「──調子に乗るな粉々に砕いて塵にしてやるっ!!」
都中が揺れ動き、衝撃が走る。