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鬼姫の曼珠沙華  作者: 紫木 千
第三章 『雪ノ都編』
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【第三章】何故生きているのですか

「桐崎君、こっちに来てくれる?」


 美月の親友である少女に呼び出され、面倒だが仕方なく廊下へ向かった。

 相手は長い時を生きてきた付喪神である為、多少は警戒したが今まで何の害も無かったのは事実。大人しく付いて行くと突然、鈴屋夏海は振り返った。


「ちょっとじっとしててね」


 そう言って彼女の手が額に触れた。


 鈴屋と美月が二人だけで話している光景が頭の中に流れ込んで来た。


 ──『今日、優と一緒には帰れないの。今日の放課後は、私一人になりたい』

何だこれは。

 ──『変な事言うんだね』

 ──『だから、優をどうにかして引き止めていてほしい』



 その光景は消え去り、目の前の少女だけが目に映った。

 鈴屋は真剣な眼差しで腕を組んだ。


「今朝、美月にこんな事頼まれたんだけど。あなた、身に覚えは?」

「ない」

「あの時の美月は今から危険な目に合いに行きますって顔してた」

「それって……」


 気づけば駆け出していた。後ろにいる鈴屋には構わず全速力で走り、階段を駆け上がり、美月が待っているはずの教室の扉を豪快に開けた。

 だけどそこには美月の姿はなかった。


「どこに行った、美月……!」


 考える間もなく教室を飛び出して行った。

 後ろから走り去って行く桐崎優を見送りながら少女は一人呟いた。


「美月が傷つく為の手伝いなんて私がするわけないでしょ」


………………………………………………………………………



 大蜘蛛の最後の一体を切り倒す。

 まだ斬れる。まだまだ倒せる。あの人のためなら、どれだけ傷ついても構わない。

 般若面を付けた糸の不気味な笑い声が林の中に響き渡る。


「あはは…っ……もう倒したのですか!!? 良いですわ! すごく良い!!」


 糸が飛びかかってくる。

 手に握られている短刀の先を避け、腹を狙う。面を付けているのに、何故か糸が笑ったような気がした。


「……っ!?」


 刀を振るった手が動かなくなった。蜘蛛の糸が右手首を固定しているのだ。


「守って!!」


 叫びに応じて影から這い出てきた物の怪が糸を弾き飛ばした。

 その隙に蜘蛛の糸を切り、次に飛び込んできた絹の短刀を刀で食い止めた。


「はい、はい。わかります。あなたの目的は私を殺す事ですよね? じゃないとあの男の瘴気が取れませんよね? だからここに来たんですよね? でも冷静になってください。そんなに殺気立たれると私悲しくなってしまいますわ」

「黙れお前とお喋りをしに来たわけではない」



 刀に力を込め、絹を追いやると糸に向かって走り出す。

 地面を踏みしめ、横から刀で斬りつけようと試みてみたが短刀で阻まれる。

 糸は片腕しか使えないはず。それなのに、その小さな短刀で今のを食い止めるとはなかなかの握力の持ち主だ。


「私達と鬼蛇様の目は繋がっているのです」

「…………」

「だから見ましたよ? あなたのお兄様が死んだところ」

「…………」

「あ、お喋りはお嫌いですか? ですが話す事というのは大事なことでしょう? 私もあなたとお話してみたかったんです」


 背後から絹が迫ってきていたのに気づいていた。

 糸と刀を交え、もう片方の手で飛びかかって来た絹の手を掴んだ。


「家族、大好きでしたか? お兄様のこと、大好きでしたか? ──可哀想ですわ」


 その瞬間、八つ当たりの如く絹を地面に叩き落として物の怪達で拘束すると糸から距離をとる。


「──って」


 美月は素早く糸に接近すると糸の頭を殴りつけるように刀を振るった。

 衝撃により吹き飛ばされ、般若面が破壊された糸は倒れ付した。

 やがて起き上がった糸の顔は顕になっていた。頭から血を流したその顔は兄様を殺したあの男によく似ていた。


「黙って! 黙れ!! 兄様の話をするな!! 喋るなって言ってんだよ!!!」


 叫び散らした美月の感情を表すように絹を拘束する物の怪たちの力が強くなっていく。


「ふふ……」


 糸は着物についた土埃を払い落とし、口に手を当て上品に笑った。


「苦しい思いをなさっているのですね」


 突然、糸は人間には到底叶わぬ速さでこちらへと駆け出す。避けようとした時、体の自由が聞かない事に気づいた。

 手、胴体、足。美月の体中に蜘蛛の糸が巻きついている。

 それに気づいた瞬間腹に衝撃が走った。

 糸の拳が美月の腹にめり込んでいる。


「……っ!」

「苦しいのに何故生きているのですか」


 影から物の怪を呼び出し糸を殴り飛ばした。

 その隙に物の怪たちは美月の体に巻きついている蜘蛛の糸を噛みちぎる。


 自由を得た美月は地に膝をつき、腹を押さえて咳き込んだ。

 だが休む暇なんて無い。刀を地に刺し、立ち上がると前方にいる糸を睨みつけた。

 その時。


──絹の拘束が解けた!?


 背後に回った絹に短刀で肩を傷つけられた。

 美月はその痛みに耐え、絹の足を切りつけた。


「あなたには大切なものがありますか?」


 前方にいる糸に問われ、美月は叫び返した。


「大切なものの為に、ここに居る!」

「──死ねよ」


 突然、糸の体を突き破って大蜘蛛が姿を表した。


『絹、お前は邪魔です。離れておきなさい』

「奥の手使うの早くないですか?」


 絹は呆れたように話すと何処かに姿を消した。

 ついに正体を現した糸。その姿は先程襲ってきた蜘蛛たちよりも圧倒的に巨大だ。

 だが、左の前足一本が欠けている。


『あなたを殺したら私の腕を奪ったあの男を殺しに行きますわね』


 蜘蛛の巨大な足が頭上から振り下ろされる。大きさの割に素早さがある。

 美月は間一髪避けると蜘蛛の下を駆け抜ける。


「私の次にあの人を殺すと。ならば私は死ぬ訳にはいかない」


 美月は蜘蛛の下を潜り終えると同時に蜘蛛の足を一本切り落とした。

 続いて黒髪を靡かせ飛び上がり、もう一本を切り落とそうと試みたが避けられた。だが、傷を付けることには成功した。


『──貴様ぁあ!!! 私の足を!!!』


 蜘蛛の足が振り上げられ、落下。美月は避けられないと分かり、曼珠沙華で食い止めた。

 刀が悲鳴を上げているかのように震えている。


──ごめんね、もう少しだけ力を貸して。


 曼珠沙華を労わるように心の中で呟くとそれに答えるように刀は紅色の光を放つ。


 ──使うとすごく辛いけど、今しかない。


「……っ…沙華の呪い!!」


 物の怪達が一斉に現れ蜘蛛の腹を穿いた。蜘蛛は悲鳴を上げ、暴れ回る。

 美月はそれから逃れると苦しみ藻掻く蜘蛛から離れる。


「あ…っ……ぐっ……」


 心臓が締め付けられるような痛み。気がつけば血を吐き出していた。

 でもこれで、奴は確実に死ぬ。

 そう確信して、油断した。

 気づけば蜘蛛の鋭い足が目前に迫っていた。


──そんな……。


 今は体が弱って動けない。間に合わない。

 その時。

 迫り来る蜘蛛の足が切り落とされ弾き飛ばされた。蜘蛛は再び悲鳴を上げると地面に倒れ伏し、やがて動かなくなった。

 その巨大な死骸を呆然と見つめ、そして、その側で刀を握る一人の男の背中に視線を移した。


「ゆ……う……」


 男は振り返ると美月の元へ歩み寄り、まず美月の肩に触れ、腕に触れ、顔に触れた。そして抱きしめた。何も話さず美月という存在を強く抱きしめた。




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