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鬼姫の曼珠沙華  作者: 紫木 千
第三章 『雪ノ都編』
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【第三章】小桜と夕霧

糸と絹が去り、地面に張り巡らされていた蜘蛛の巣が消え、優はほっとしたと共に肩に違和感を感じた。

糸の左腕が直撃した場所から瘴気が溢れていた。鬼蛇の関係者だ。何かしら瘴気を纏っているのだろう。

だが、美月が受けた瘴気よりも軽い方だ。


「今すぐには死なないだろうけど……」


このままではまずいだろう。



………………………………………………………………………


「夕霧? ……!」


月火神社に現れた優を見て、皐月は目を見開いた。


「その瘴気は……!」


皐月は優の肩の瘴気を厳しい目付きで見る。





室内に優を上げて、弥生と皐月は肩の瘴気の広がりを抑えた。

優はさっきまでの戦いについて全ての事を弥生と皐月に話した。


「鬼蜘蛛か……厄介だな」

「子供の姿をしていたが、正体は相当大きな蜘蛛だろうな」


優は肩を掴んで痛みに耐えた。

弥生は心配そうに肩の傷口を見つめる。


「皐月なら恵を司っているから楽にできるだろうけど、瘴気を完全に浄化するのは難しいと思うの」


皐月も弥生の意見に頷いた。


「ああ。広がりを毎度抑えることは出来るんだがな。浄化できるのは──卯月だけだ」


優の傷を癒す皐月の暗い声が嫌に室内に響いた。

弥生も眉間に皺を寄せる。


「でも、次の卯月はまだ決まっていないわ……。それまで、夕霧は耐えられるの?」

「俺が限界まで抑えられたとしても……あまり時間が無い」


弥生と皐月は真剣に悩んだ。

優は理解出来ているのかわからないが、弥生と皐月は優のことを友人として認めているのだ。

何とかして、助けたいと思っているのだ。


「なあ」


優は疑問に思ったことを話した。


「美を司る鬼神は、どういう判断で決まるんだ。卯月の武器だった簪が決めるのはわかっているのだが……」

「卯月が決められるのは、よく見た目の美しさと勘違いされるが、実際は違う」


皐月の答えを聞いて、優は意外に思った。

美を司る鬼神、卯月。それは見た目の美しさで決まる訳では無い。


「美を司る鬼神は心の美しい鬼に決められる」

「弥生のお姉さんの卯月様は、人間たちに根も葉もない噂を流されても誰も傷つけようとはしなかった。そして、自分を犠牲にしてでも誰かを守ろうとしていた。だからこそ、『椿歌』は卯月様を選んだ」


皐月と弥生の話を聞き、優は思い悩んだ。

心の美しい鬼……。思い当たる者達は既に鬼神なっている。ならば、残った鬼神ではない者は、疾風とお蝶。それと、半分人間の血が流れているが小桜と小雪。

忍組の辺りが鬼神に選ばれていない。


「心の美しい鬼が見つかるまで……か」

「すぐに見つかるわ。何とかできないかな……」


弥生は夕霧を安心させようと励ましの言葉をかけた。

弥生がもし土を司る鬼神に選ばれていなかったら、彼女も卯月に選ばれる可能性があったのだろうか。


「痛みはないと思うが、まだ瘴気は残っている。仕方ねーな。次代の卯月が見つかるまでだ。俺の力だけで何とか抑えておこう」

「ありがとう、皐月」


月火神社に来たのは正解だった。

ひとまず、ここは弥生と皐月に頼ろう。

次代の卯月が見つからないうちに瘴気が広がれば、死んでしまう。


「奴らは美月を狙っている。このことを伝えなければ」

「姫様のお家の場所は敵に知られていないと思います。明日お話しましょう」

「あと、俺の瘴気のことは黙っておいてくれ」

「…………」


弥生と皐月は顔を見合わせ、眉をひそめた。


「あなたも姫様みたいに一人で抱え込む性格ね。似てる。弥生と皐月には頼ってくれたけど」

「俺と美月が似てる……か」


まあ、正直嬉しいんだが。


「わかったわ。でも、弥生と皐月はこのことを知っているから」

「そうだぞ夕霧。俺らに頼れよ」

「ありがとう……」


その日、優は二人に泊まっていくようにと頼まれ、半ば強引に月火神社に泊まることとなった。



………………………………………………………………………



いつものように朝は美月の家へ向かう。待ってれば彼女が玄関から出てくるはずだ。

皐月のお陰で肩の痛みは引いたが、今朝見た時、肩から肘にかけて痣が広がっていた。

美月にバレないようにしなければ。


「おはよう」


考え込んでいる間に美月が家から出て来ていた。


「ごめんね、毎度お迎えに来てもらって」

「いい」


あー、また無愛想に答えた。

美月はこんな感じの悪い奴によくにこにこできるな。


「優、夏海のことなんだけど……」


そういえば、問題はまだあった。


「今のところは大丈夫なんじゃないかと思う。いつも助けられてたし」

「お前がそう言うなら……。でも少しは警戒しておいた方がいい。あいつは、お前の為なら手段を選ばないような気がする」

「うん……」


瘴気のことは話せないが、昨日の敵のことは話しておこう。

優は鬼蛇がまだ生きていることと、糸と絹という鬼蜘蛛が襲ってきたことを話した。

美月は驚いた表情で隣にいる優を見る。


「鬼蛇……まだ生きてたの? 確かにあいつは簡単には死なない。だから地の底まで埋めたのに……」

「ここまで来ると悩む。どうすればあいつを倒せるんだ……」

「父上は……。父上は鬼蛇と戦ったことがある。何か知ってるかも」

「でも、鬼神の頭領などどこにいる?」


美月は険しい表情で悩み始めた。

前世の記憶がない訳ではない。だが、父親はいつも何処へ仕事に行っていたのか知らない。


「美月」


優に肩を軽く叩かれ、美月は自分がぼんやりしていたことに気付いた。


(あれ……)


優に触れられ、何か違和感を感じた。

優の手から、何か、冷たいものが流れ込んでくるような気がした。


「ねえ、優……」

「なんだ」

「…………。ううん、行こう。遅刻しちゃう」


美月は気にする素振りを見せずに、足を速めた。



………………………………………………………………………


学校に着けば、夏海が飛びついて来た。昨日のことなんてまるで無かったかのように。

夏海のこともあるが、もう一つ気になることが出来てしまった。


授業中、美月は優に視線を移す。

優に触れられた時に感じた違和感。あれは──。


『姫様、姫様ぁ』


その時、美月の体の中に宿っている物の怪のうちの一体が美月に話しかけてきた。


(もう、突然話しかけないで。びっくりしたじゃない……)

『ごめんなさい』


周囲を確認すると物の怪の声は誰にも聞こえていない。美月にしか聞こえないようだ。


(どうしたの?)

『あのね、あの人のことね、調べられるよ』

(あなたたちの力で調べられるの?)

『うん、調べられるよ』

(……お願いする。気づかれないようにね)


物の怪の声は聞こえなくなった。恐らく今、優のことを調べているのだろう。

美月は薄々気づいていた。


───あれは、瘴気だ。




………………………………………………………………………



放課後。

部活動にも入っていない優と美月は特に用もないので早々に教室を出て帰ることにした。


「美月、桐崎君。また明日ね」


その時、先程から姿の見えなかった夏海の声が聞こえ、振り返ると廊下の先に、微笑んでいる彼女が居た。


「夏海……。うん、また明日ね」

「…………」


正体が分かってから、夏海は不気味だ。もう隠す必要もないと思っているのか。

だが、夏海は美月と優に危害を加えるつもりは無いらしい。

夏海は二人に手を振ると背を向けどこかへ行ってしまった。



………………………………………………………………………


そして帰り道。美月の家に着いた時だった。


「優、家に来ない?」


突然だった。


「え、何?」

「家に、来ないかって聞いたの」

「それって良いの? だって双子は……」

「大丈夫」


どこからその自信が湧いてくるのか。

美月はとにかく優を家に誘いたがった。

そういえば、美月の家に来たのは二度目だろうか。葉月たちに襲われて傷を負って帰ってきた時だ。その日以来、双子に警戒されていることもあり、あまり家へは行ったことがない。

美月はどうしてもと優を家の中へ引っ張った。

昨日に引き続き、よく家に誘われるものだ。







「むーっ」

「…………」


こうなることは予測していた。

小桜は頬を膨らませ、小雪はいつものように無表情で美月の部屋の前のドアを睨みつけている。

我が姫が帰ってきたと迎えてみれば、とんだお荷物を連れてきていた。

美月と優の二人は部屋の中で話し込んでおり、小桜と小雪は嫉妬心剥き出しでドアの前でじっとしている。


「夕霧、姫様に手を出したらこの小桜が痛い目に合わせて差し上げますよ」

「夕霧め……羨ま──」


小雪は出かけていた本音を急いで引っ込める。

口惜しい。もしも自分が姫と結ばれていたら、二人で仲睦まじく話せたのだろうか。

あの人間のどこが良いのだろう。どうしてあの方は自分を殺した男を愛せるのだろう。















外で双子が口惜しげに待っているのに気付かぬ美月は優に満面の笑みを向け、優しい声で話しかけた。


「ところで、昨日の帰りに鬼蛇と繋がりのある子供二人が襲ってきたんだよね?」

「おう」

「怪我はしてない?」

「してない」

「本当に?」

「本当」


手強い。何がなんでも隠し通す気か。

確かに普段通りで、特に無理している様子もない。本当に傷は負っていないのだろうか。


「絹と糸だっけ……覚えておく」

「……一人の時は気をつけろ」

「うん、ありがとう」


優はじっと、美月を見つめる。

探り過ぎただろうか。美月はとりあえず目をそらした。


「お前……」


はいはい、何を言うつもりですか。

美月は気まずい空気を和ませる方法を必死に考える。


「何企んでんの」


そんな直球に聞くものでしょうか。

ちょっとでも違う質問をしてくるだろうと期待してしまっていた。


「別に何も」

「それ本当?」


何故立場が交代しているのだろう。

さては狙っているのだろうか。


「本当だよ。もう、何なの」

「いや、気になって」

「別に何も無いよ」


それでも優はじぃっと見つめてくる。いや、何か隠してるのはそっちでしょうが。


「なら良いけど」


ようやく詮索を止めてくれた。

心配してくれているのだろうか。だったら嬉しい。


「美月、今何時?」

「6時……」

「んじゃ帰る」


優は立ち上がり、そのままドアへと向かう。


「もう帰るの?」


美月の家から優の家まではさほど遠くない。だが、昨日襲われたのであれば、一人は危ないのでは。


「今日だけ一人で帰るのはやめておいたら?」

「え、別にいい」

「じゃあ、私が送っていく」

「あいつらの狙いはお前だ。無理」

「…………」


考えろ。

今は優を一人には出来ない。

待てよ、双子はどうだろう。どちらか一方が送っていけば良い。

小雪は特に優と仲が悪い。となると、小桜しかいない。多少渋るかもしれないがこれは小桜にしか頼めない。


「じゃあ、小桜に頼む」

「正気?」

「うん、正気。お願い、昨日のこともあるし今日だけでも小桜について行ってもらって」


美月は真っ直ぐに瞳を優に向け、頼み込む。

ここまで言われると断りきれない。


「わかった」

「良かった。私は小雪がいるし大丈夫」


全然大丈夫じゃない。よりによって小雪だ。つまり美月は小雪と二人きりになるのだ。


「あのさぁ……」

「安心した。ほら早く部屋を出なさい」

「おい……」


美月は優の背中を押して部屋の外へと促す。

優がドアノブに手をかけた時。


「──!」


優の背中に温かい重みがかかった。美月は優の背中に身を預けていた。



「──好きだから、無事でいて」



突然の告白を聞いて、優は体中が熱くなっていた。背中から美月の体温を感じる。

その言葉で、彼女は心から心配していたのだと気付いた。


部屋から出てみればドアに張り付いて会話を盗み聞きしようと試みていた小桜と小雪が倒れ込んできた。

美月は双子に駆け寄り慌てて謝り、さっそく小桜に優の護衛を頼んだ。


「お願いしてもいいかな、小桜」

「わ、私ですか。しかし、姫様の護衛が……」

「それまでは小雪が居てくれるから大丈夫」


小桜は顔には出さないが、何故この男の護衛をせねばならんのだと心の中で嘆いていた。

小雪は美月の言葉を聞いてドヤ顔を姉に見せつけた。


「……姫様のご命令なら」


小桜は仕方なく頷いた。



………………………………………………………………………


日が沈み薄暗くなった田舎の景色を眺めながら優はいつもの帰り道を歩いていく。

そのすぐ後ろから小桜が付いて来るのだが、若干距離を感じる。心の距離が。

しかも、いつもの笑顔は消え失せ無表情だ。こういう小桜の顔は小雪と瓜二つだ。


「夕霧のお家は近くだとお聞きしたのに何故か時が経つのが長く感じられますね」

「俺と歩いているからじゃないですかね」


なんて憎まれ口叩く割には付いてきてくれる。

小桜の顔は、よく見てみれば霜月にも似ているし、あるいは──。


──こいつが俺の妹、ね。


にわかに信じ難いが霜月と美月の会話からして、夕霧の父親違いの兄弟に当てはまるのは小桜と小雪しかいない。


「なあ、小桜」


ならば確かめるしかない。

名を呼ばれた愛らしい顔の少女は首を傾げる。


「何ですか」

「お前らの母親の名前は、何ていうんだ」

「突然ですね。何故そのような事を?」

「昔の……俺の母上を思い出してな」


小桜は瞬きを繰り返し、今まで適当な対応だったがやっと優の顔を見た。

改めて見られると逆に困るものだ。


「夕霧のお母様ですか……」


日は沈み行くその瞬間まで二人のことを見守るように照らす。


「私と小雪のおかあは……」


その時、小桜の言葉が途切れた。

突然黙り込んでしまった小桜を見つめ、「おい?」と声をかけてみると、戸惑ったような声が返ってきた。


「わから…ない……」


小桜は顔を顰めて、何か真剣に悩んでいた。


「何だ?」

「……おかあは、私と小雪が幼少の頃に亡くなっています。ずっと、『おかあ』と呼び続けてきましたが、本名は…わかりません」


小桜は俯いた。

母の名前を知らない。そういえば、母が人間であること以外については何も知らない。

軽く落ち込んでしまう。


「覚えていないだけなのかもしれません。遠い昔に、一度でもおかあの名を聞いたことがあるのかもしれません」


それでも思い出せない。

幼い頃は母と小雪と三人で人目につかぬ山奥でひっそりと暮らしていた。

母が息を引き取った時、母の死体が腐るまで、皮膚も血も乾き切って骨だけの姿になるまで、縋り付いていた。

やがて泣き疲れた頃、ようやく小雪と共に外に歩み出すことにしたのだ。


「小桜」


記憶という名の泥沼に浸かっていた小桜を、一人の男が引っ張り上げた。


「思い出せないのなら、構わない」


こいつも意外と優しいことを言うのだなと、小桜は溜息をついた。

普段は見せぬ優しさを温もりが欲しい時に見せる、この男のこういう所に姫様は惹かれたのだろうか。


「……余計なお世話です」


それだけ返してそっぽ向くと、何故か笑われた。


「夕霧、何を笑っているのです?」

「お前子供みたいだな」

「はあ!?」


見た目は多少子供っぽく見えるかもしれないが、人間のくせに何と無礼な。

怒りをぶつけに夕霧を叱りつける小桜。

二人の間には、もう距離など無かった。

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