【第三章】復活
翌日。霜月は美月を連れて雪ノ都を回ることとなった。お付に粉雪とお蝶が後ろに控えている。
雪ノ都は相変わらず雪が降り、父からの贈り物であるこの着物を着ていなければがちがちに震えていたに違いない。
雪ノ都に住む妖たちは霜月と美月の姿を見ると必ず頭を下げる。美月はその様子を横目で見つめた。
「雪ノ都の方は礼儀正しいのですね」
「僕は鬼神に選ばれる前は庶民でしたので、こうやって歩き回るのが好きなんです。そうしているうちに都中に顔を知られてしまいまして」
霜月は雪ノ都の妖たちの律儀な態度に照れ笑いし、頭を搔く。
「雪ノ都に住むは心の広い者達ばかり。気候以外は申し分ない」
「ここは夏でも雪が降るのですか?」
「夏はだいぶ収まります。ですが、寒さは相変わらず。なので、ここの都は天候を司る霜月が守護しなければなりません」
なるほど。竜宮と同じく、その都の適性によって鬼神を頭首にしているらしい。
「水は凍ってしまうので近くの竜宮に頂いています。姫様、このようなことを伺うのは姫様のお心を傷つけてしまうやもしれません。……竜宮の頭首はまだ決まらない様子ですね」
「ええ……兄が亡くなってからというもの、水無月の武器、『雨音紫陽花』は次の主をなかなか決めてくれなくて」
「鬼神の武器は不思議なものです。ましてや、鬼神が現れたのは何故なのかもわかりません」
霜月は雪景色を眺めながら眉間に皺を寄せる。
一つの都が危機に晒されると、他の都も何か対策をしなくてはならない。
都の頭首として、霜月は不安だった。
「しかし、五代目水無月となると、検討もつきませんね。姫様は誰か知り合いに水無月に相応しいと思う方はいらっしゃいますか?」
「そうですね……今まで竜宮にいた鬼は疾風とお蝶。このどちらかになると思います」
後ろから「え?」とお蝶の戸惑った声が聞こえてきた。
お蝶は元々水無月に仕えていたのだから、可能性はあるだろうし、疾風も実力のある鬼だ。
「姫様、あたしが鬼神になるなど恐れ多いです。夫も、同じようなことを言っておりました!」
「お蝶ったら慌てないで。兄様の近くに居た二人なら良さそうだなと思っただけで」
「そうですか……。でも、あたしは、鬼神は望んではいません。あたしはただ、これからも疾風と共に竜宮を支えられたらそれで……」
美月とお蝶の会話を聞きながら霜月は品良く笑った。
「姫様は良い忍をお持ちで。欲の無い、優しい方ですね。ですが、一応その時までに備えておいた方が良いですよ。鬼神は荷が重いものですし」
「はい、霜月様。心しておきます」
霜月は優しい声で、鬼神としての言葉をお蝶にかけた。
鬼神は荷が重い。確かにそうだ。都を持つ鬼神は睦月、如月、水無月、霜月だ。この四人の鬼神は特に毎日重りを付けているようなものだろう。
「あ、姫様これ食べます? 僕の好物なんですよ」
霜月が手で指し示す先には、雪のように真っ白な餅だ。
(霜月様ってやはり少しお可愛らしい面があるような……)
さっきまで品の溢れる姿勢を見せてくれた霜月が好物を前に無邪気な笑顔を見せてくれたことにお蝶は瞬きが止まらない。
これに対し、我が主はどんな反応を見せてくれるのかとお蝶が美月へと視線を移したとき。
「はい、食べますとも!」
(姫様……)
まさか美月まで同じような反応をするとは。
霜月と美月は上機嫌に餅を買っては黙々と食べ始める。
「霜月様、このお餅、熱々で実に美味です」
「姫様ならわかってくれると思いました。これが舌に沁みて良いのです」
「すごく香ばしい……」
お蝶と粉雪は自分たちの主がまるで子供のように餅を食す様子を呆然と見つめる。
「粉雪様は、頂かないの?」
「私は熱いものが苦手ですので。お蝶様こそ、頂かないのですか」
「私はお腹が空いていませんので、姫様がお食べになれればそれで十分です。それにしても……」
(お可愛らしい……)
お蝶と粉雪は餅を頬張る主を見つめ、同時に心の中で呟いた。
若干あどけなさの残る美月と霜月は何となく性格が似ている。
「姫様、次は何をお食べになります?」
「まだあるのですか? 食べますとも食べますとも」
「それでは──」
(まだ食べるの!?)
餅を食べて火がついたのか、美月と霜月は雪ノ都のお菓子を食べ歩く気満々といった様子。
お蝶と粉雪は二人して呆気に取られていた。
美月と霜月は他の鬼神たちとほんの少しズレているような気がする。
とにかくついて行くしかなかった。
屋敷に帰った頃には、すっかり意気投合していた美月と霜月の会話は盛り上がっていた。
「姫様、僕達は友と思っても過言ではありません」
「ええ、よろしいですよ。霜月様とお友達になれるなんて……」
──なんだこれ。
帰ってきた二人を迎えた一同はそう思わざるを得なかった。
優と小桜と小雪に、お蝶は歩み寄り、外出中の出来事を全て話した。
「お二人はなかなか気が合うようで。姫様にお友達が出来て良かったです」
お蝶の最後の一言で、優たちは微妙な顔を見合わせあった。
性格が似ている。確かにそうだ。
「霜月様、やはりお餅は砂糖醤油でよろしいかと」
「しかし、今までの経験で学んだのは餅の中にはこした餡の─」
なるほど、訳が分からん。ついていけん。
まさか、鬼姫に予想外の友ができるとは。
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そして、短い間だったが、雪ノ都と別れを告げる日がきた。
身支度を終え、美月たちは白い狼達が引く狼車へと足を踏み入れる。
「来てくださってありがとうございました。また、いつでも来てくださいね」
「はい、ありがとうございます」
霜月は新たな友となった美月に頭を下げ、次に優、小桜、小雪に視線を移した。
三人は、特別優しい目を向けられ戸惑った。その全てを知っている優は、側に居る双子を横目で見つめた。
──やはり、小桜と小雪は霜月の……。
「出発致します」
粉雪の声で、狼達は駆け出した。
美月たちは天空へと上昇し、徐々に小さくなっていく霜月を最後まで目に焼き付けた。
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───まだ、終わらせませんよ。
地の奥深くから、ある男の声が響き渡った。
頭から頭巾を被った、背の小さな二人はある場所まで辿り着くとその土を撫でた。
「我が偉大なる主様」
「そろそろ起きてください」
土に大きく亀裂が入り、そこから這い出てきた一本の手。やがて左眼を布で覆った男が姿を現した。
「フ……」
男は土から這い出てきて早々、唇を吊り上げた。
「フフ……フフフフフフ……」
子供と思わしき二人は、男の前に跪き、無機質な声を発した。
「おはようございます、鬼蛇様」
「おはようございます、鬼蛇様」
そう。鬼姫が倒したはずの男はけたけたと高笑いすると空を見上げた。
「──私がそう簡単に死ぬ訳ないではありませんかぁ! 文月姫様!!」