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鬼姫の曼珠沙華  作者: 紫木 千
第三章 『雪ノ都編』
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【第三章】冬の部屋

 命あるものは、死ぬために生まれてくる。今まで生きてきて、それを学んだ。血の繋がった親など生きることに何の必要も感じなかった。

 捨てられることに慣れてるのに。


───瑠璃、お前はもう要らない。


 あなたには、あなたにだけは、捨てられたくなかった……。

 本当に生きる意味を失ってしまった。また一人になってしまっ……


───一人に、しない。

───私の傍に居て。誰かが手を引いてくれるだけで、孤独ではないと思えるから。






 重い瞼をゆっくりと持ち上げ、僅かな光に嫌悪し、目を細めた。起き上がると背中から腹に激痛が走った。その時、脳裏に浮かんだのは鬼蛇の猫なで声と今のよりもずっと痛い腹の痛み。

 そうか。もしかしたら、鬼蛇は葉月様に私の始末を命じられたのだろう。もう、あの方の元へは戻れない。

  立ち上がり、障子を開くとすぐ側で忍が見張っていた。


「ふん……だろうね。敵も同然の者が竜宮にいるのだから」


 忍は、琥珀と共に襲撃に行った日に瑠璃を捕らえたあの男だ。


「目が覚めたか」

「礼なんて言わないよ」

「我が主が治癒を調べ上げ、お前を治した。慈悲深き我が主に感謝しろ。それに、一応偉い方だ」

「ほう」


 神無月のことか。水無月がいなくなり、代わりに竜宮を支えて居るのだろうが、いつまで持つか。

 しかし、こんなことを考えていても、どうせあの方の元へは戻れない。戻れないのであれば、鬼神がどうなろうと関係ないのだ。


「お、べっぴんさん。まだ動かない方が良いんじゃない?」


 軽々しく口を叩く鬼の登場に、忍は跪く。その鬼は、かつてここに捕えられた瑠璃を尋問したあの鬼神だった。


「ご機嫌よう、神無月。わざわざ敵を治すとはご苦労だったね」

「本当、俺ご苦労さま。姫さんに君を頼まれたんだよね」


 神無月は疲労による溜息をつく。

 また、あの小娘かと、瑠璃は眉間に皺を寄せる。何故助けたのだろう。助ける意味など無いだろうに。


「姫さんは優しい方だよ。きっと前世からなんだろうけど。また今度話でもしてみれば?」

「誰があの小娘と話すってんだい」

「いやー、素直じゃないなぁ」


 神無月は頭を掻きながら苦笑い。何故こんなにも強情なんだろうか。


「とにかく、傷は塞がってないから寝ときなよ。じゃないと俺、姫さんに怒られちゃう」

「知ったことか」

「わかった。疾風、このべっぴんさんが寝ても油断せず、見張りをお願いね」

「……話を聞け」


 神無月は瑠璃の話を完全に無視して背を向け立ち去ってしまった。

 鬼神とは、あのようなへらへら男がなれるものなのだろうか。しかし、鬼神の秩序に従わなかった結果追放されたあの方も、同じことなのだろうか。

 今は誰を信じていいのかわからない。



……………………………………………………………………


 雪ノ都は外はひんやりとしていたが、屋敷の中は何故か暖かい。

 部屋でのんびりと眠っていると部屋の障子を容赦なく開き入室してきた優。


「えぇ……出来れば声をかけて部屋に入って」

「声掛けた」

「……ごめんなさい」


 素直に謝り、目を擦りながら起き上がった。


「知らない場所でよく寝れるな。まさかどこでも寝れる奴なのか……?」

「女の子に失礼ね」


  頬を膨らませ、不満げに呟くと着物を整え立ち上がった。


「で、どうしたの?」

「あ、別に」


 頬を赤く染めて優は部屋に来た口実を考えていると、美月は気になって首を傾げる。

 そのまま優の手を引いて座らせた。


「お話しない?」

「良いけど」


 対応は素っ気ないが優は心の中でガッツポーズを取っていた。


「ねえ、優」


 美月は優しい、まるで母親のように包容感のある微笑みを見せた。


「どうして、泣いたの?」

「え……」

「竜宮門で、何を見たのかなって」


 意外と積極的だ。今までは何も言わずに側に居てくれたが、本当は気になっていたのか。このまま溜めておくのも辛い。彼女になら、話してもいいかもしれない。


「俺の前世の母上は、強力な霊力を持つ巫女の家系だったんだ。霊力に優れた母上は妖退治の霧の部族に嫁いだ。



──その力故に妖との戦いに参戦していた。

  父上と母上の仲は良くもなければ悪くもなかった。政略結婚だったからお互い望んでいなかったのだろう。

 母上は強く優しい人だった。だが一度大きな戦いがあって、母上は姿を消した。



  兄弟の中で唯一母上の血を引いている俺は霊力を使いこなせた。父上は俺が成長して活躍するまでは俺に対して対応が冷たかったけどな」


「何故、あなたのお父様は、あなたに対して冷たいの?」


「父上は、母上との仲は微妙だった。だが、後の再婚相手とは恋愛結婚だったから上手くいっていた。その再婚相手との間に生まれた弟、妹たちには甘かったが俺に対しては冷たかった」


 夕霧の父親はあまりにも身勝手では無いだろうか。

 望んでいなかった女性との間に生まれた夕霧には冷たく当たり、好きになった女性との間に生まれた子達には甘かったとは、酷い話だ。

 それに夕霧と夕霧の母に、冷たく当たる理由などどこにも無い。


「傷ついた理由はそれ? 竜宮門で見たのもお父様のこと?」

「それもある」


  優は顔に影が差した。

 優の心の中は徐々に得体の知れない何かに支配されていく。闇の中で足掻き、やっと辿り着いたのは差し伸べられた美月の手だ。

 その手を握り、優は意を決して話した。


「竜宮門で見たのは、霧の部族から追い出される母上だった」

「追い出される……?」

「何故だろう。上手く思い出せない。竜宮門によれば、俺はそれを見てたはずなのに、何故だか思い出せない。わからない──」


 美月は優の手をより強く握った。

  駄目だ。彼が壊れてしまう。私みたいになってしまう。

 美月は自虐的になってしまう悪い癖があるが、実際に不幸な目に合っているのは事実。誰も自分みたいになってほしくない。


「優、辛いなら思い出さなくていいの。ごめんなさいね、無理させちゃったみたい」

「いい。お前に話したいんだ」


 優がそんなことを言うなんて予想もしなかった。とにかく、今彼が頼ってくれるというのなら、手を貸したい。

 美月が強く優しい眼差しを向けて頷いてくれたのでそれに応えようと優も全てを話す決意を固めた。


「母上は行方不明になっていた。でも、一度霧の部族に帰って来てたんじゃないかと思うだ。俺に会いに来てくれたんじゃないかと。そして、何か父上の怒りを買って追い出されたんだと思う」


 優は眉間に皺を寄せ真相を知るべく難しい顔をしている。

 それにつられるように美月も顔を顰める。


「行方不明になっていた人が帰ってきたら、まず迎えるよね。なのに、あなたのお父様は早々に追い出したというの……? 一体何が……」


「姫様」

「……びっくりしたなぁ、もー」


  話し込んでる時に突然障子が開き、やはり双子が乱入してきた。

 美月は気づいているのか否か定かではないが、この双子は優と美月が二人になるのを全力で阻止してくる。

  防犯双子とでも呼んでやろうか。


「お話中申し訳ありません……声をかけたのですが、お返事がなくて」

「あれ? そうだっけ……ごめんね気づかなくて」


 話し込んで他の音は耳に入って来なかった。


「どうしたの?」

「霜月様が姫様とお話をしたいと」

「私に……?」


 美月は話の途中だった優に視線を送る。


「俺は後で良い」

「ええ。夕霧には私と小雪が相手をしておきますから、ご心配なく」

「用事思い出した。お邪魔しましたー」


 双子と一緒にいて生きて帰れるかわからない。さっさと逃げよう。

 と、立ち上がったところ、袖を掴まれた。


「まあまあ、座ってくださいな」

「話は俺と姉さんが聞いてやる。……な?」


 この後双子に何されるかは美月も察しているのだろう。彼女は苦笑いで優に視線で耐えてと伝えた。

 なるべく早く帰ってこないと優は双子に苛められるなこれは。


「じゃあ、また後でね優」



……………………………………………………………………



  霜月が待っていると思われる部屋の戸は触れるとひんやりと冷たかった。


「お蝶、ここで合ってるのよね?」

「はい。霜月様はこの部屋にいらっしゃいます」


 お蝶は部屋の外で待機するらしく、美月一人で霜月と話をしなければならない。別にその点に関しては問題はない。

 一体どんな話をするつもりなのか。そもそも突然美月たちをこの都に呼んだのには何か理由があるのでは。

 障子に手をかけ、ゆっくりと横に─


「───!」


  冷たい風が美月の顔に真っ直ぐに吹く。

 目の前が白い。目を見開くとそこには白い世界が広がっていた。

  部屋に足を踏み入れるとサクリと小さな氷の粒の擦り合う音が聞こえた。それなのに、足元は全く冷たくもなければ、濡れてもいない。

 息を吐くと白い息がふわりと宙に舞うのに寒さも感じない。


「これは……」


  遠くには白い山が連なっている。この世界はどこまで続いているのだろうか。

 よく見れば、すぐそこに人影が見えた。


「ああ、姫様」

「霜月様……?」


 美月は得体の知れない雪景色を進み、人影に進む。


「驚きました? 僕の趣味で作ったものなんです。まあ、偽物ですから寒さは感じませんし、姫様のお着物に雪がかかることはありません」

「すごい。このような綺麗な場所に呼んでくださるなんて……」

「気にいただけたなら、良かった」


  美月は辺りを興味深そうに見渡す。


「一体どこまで続いているのですか」

「部屋一つ分の広さですよ。向こうに山が見えますけど、あれは偽物ですから、歩き続けても壁にぶつかるだけです」

「面白い……」


 まるで幼い子供のように雪景色を堪能する美月を、霜月は優しい微笑みを浮かべながら見つめた。


「霜月様、何故なにゆえ私をお呼びに?」


  その時、霜月は少しだけ緩んでいた顔を引き締め、美月に向き合う。


「どうぞ、そのまま座っても問題はありません」

「ありがとうございます」


 美月はそっと雪の上に腰を下ろした。着物は雪に濡れることなく、また、雪の感触も感じない。雪の上に座るなどあまり経験がないのだが、何の違和感も覚えない。

  霜月も向かい側に腰を下ろすと落ち着いた声で話を始めた。


「ここに、あなた方を呼んだのには理由があります。個人的な理由が」

「個人的な理由……?」

「まずは、あなたにお話しましょう。あなたに聞いていただきたい」


 美月は緊張気味に霜月の話に耳を傾けた。


「これは、私と、一人の人間の女性の話です」




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