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鬼姫の曼珠沙華  作者: 紫木 千
第三章 『雪ノ都編』
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【第三章】疾風とお蝶の祝言

「考え込んでんな」


 暫く滞在していた妖怪たちの都から帰ってきた人間界でも異変が起きていたため、混乱してしまっていた。

 優が渡してきたココアを受け取り、一気に口の中に流し込んだ。


「いや、夏じゃないんだからもっと落ち着いて飲めよ。喉乾いてたの?」

「いや、別に?」


 美月は温かいココアの入った缶を両手で包むように持ち、首を傾げる。

 いや、彼女は本当に不思議だ。


「それにしても変だね。私達は確かに学校に来てないのに……。そこで考えました。私達の偽物か何かが代わりに学校に来てたのかも」

「じゃあ、その偽物に心当たりは?」

「………………………まだわかんない」


 美月は視線を彷徨わせ、ぎこちない笑顔で答えた。

 今の状況を説明すると、竜宮から帰ってきて、久しぶりに登校した優と美月。約一週間……それ以上だった気がするが、学校を結構休んだのだ。それなのに、クラスメイトたちが言うには、二人は学校に来ていたという。

 明らかにおかしい。しかも、いつの間にか、二人の教科書やノートも書き込みが施され、習っている範囲も進んでいた。貰っているはずのない宿題も完璧に終わらせていた。

 ここまでくると、やはり二人の偽物がいて、代わりに学校に登校していたのではと考えてしまう。


「小桜と小雪に相談にしないと……」


 呟いた美月に視線を移し、優は溜息をついた。


「あの双子、今だに俺のこと嫌ってるんだが」

「二人共、すごく良い子たちなんだから、仲良くなれるってば。……時間かかるかもしれないけど」


 美月は苦笑いした。双子と優が仲良くしている光景など想像つかない。

 優はそれが当然だと思っている。双子が最も大切に思う鬼姫を殺した男と、今更仲良くなどなれない。今の状態で良い。それで十分だ。


 ───チリン。


 どこかで鈴の音が聞こえた。可愛らしい音。風に揺られ、波打つような音。どこから聞こえてくるのだろう。

 美月はその音源を必死に探した。だが、一つの鈴があちらこちらで鳴っているようで上手く探せない。


『────あなたの探しているものは………』


 鈴の音に紛れて誰かが囁いた。どこかで聞いたことがある。この声を知っている。なのに、なのに思い出せない………。

 その時、宵闇の峠で黒竜が話してくれたことを思い出した。あの鈴は優と美月を結びつけるために、二人の近くにいるのだ。しかもその名前は××だ。

 しかし、そうと決まったわけではない。同じ名前であると考えられる。だから、××ではない……。


「美月、聞こえてんの」


 肩を揺さぶられ、目を見開く。息を思い切り吸い込んだことで、自分が今呼吸をしていなかったことに気がついた。

 そろり、と横を向くと優の心配そうな顔があった。


「え? あ、ごめん。どうしたの?」

「………………」


 優は眉間に皺を寄せ、美月を訝しげに見つめている。確かに呼んでいたことに気づかなかったのは悪かったが、そんな顔されると居心地悪い。


「えっと、ごめんね」


 とにかくもう一度謝ると彼はそっぽ向いたのだった。

 え、拗ねんてんの? かわいい。などと言うもんなら捻り潰されるだろう。

 そんな呑気な思考をかましていると誰かが屋上に上がってきた。

 ひょっこりと顔を覗かせてきたのは親友の夏海だった。夏海は優と美月が仲睦まじく並んでいるところを目にするとすぐに引っ込んでしまった。


「夏海??」

「仲のよろしいことで。お邪魔しました〜」

「え、夏海!」


 帰ろうとした夏海の腕を掴んでどうにか引っ張り出した。


「何よー、私カップルの間に割って入るような趣味は持ち合わせてないしー」

「いや、だからって逃げなくていいでしょ」


 美月はどうにかして夏海を連れてくると隣に座らせた。夏海は唇を尖らせて、美月と優を交互に見る。


「いつから付き合ってんの?」

「いつなのかな?」

「さあ?」

「しっかりしてよ、あんたたち」


 夏海はマイペースすぎる二人に呆れ、溜息をつく。まさかこの二人は付き合った記念日など考えに入っていないのだろうか。美月はそういうのに昔から疎い。だが、まさか優まで似たような性格だったとは。

 それにしても、美月は昔から一人になりたがる子だったのに、随分明るくなったものだ。


「しかも、ずっと気になってたけど、髪染めた? あんた茶髪だったのに……」

「あー、頭髪検査とか面倒だから」

「ふーん」


 夏海は美月の黒髪に触れ、目を丸くする。何と説明すればいいかわからなかったので、美月はとりあえず誤魔化してみると、夏海は納得したようだ。

 「さて」と立ち上がった夏海は二人に笑みを向けた。


「じゃ、私用事あるから帰るねー」

「え、早くない? ……まさかとは思うけど気使ってるでしょ」

「違いますー」


 夏海はにっこり笑うと二人に小さく手を振った。


「また明日ね、美月、桐崎君。念願の夢が叶ったね」

「え?、うん」

「………」


 そう言って、夏海は背を向けた。本当は優と美月を二人にさせてあげたかった。でも、美月は夏海を傍に留まらせたがるだろうから、嘘をつくことにした。本当は美月もそのことに気付いている。だが、親友の話に乗ることにした。

 夏海が去った後、優は美月をちらりと見た。美月は不思議そうにこっちを見返したが、すぐに笑った。


「どうしたの?」

「別に」


 ただ見たかっただけ。とは言えなかった。優は美月に相当惚れているようだ。

 そのとき、どこからかペタペタと裸足で歩いているような音が聞こえてきた。


「何、この音」


 美月は屋上を見渡すも、ここには優と美月しかいない。もしかして、と柵に手をかけ下を見下ろした。

 見えたのは、校舎の壁をよじ登ってくる影。


 ───え、本当に何あれ。


 美月はよく目を凝らしてみると、その得体の知れないものは、緑色の肌をしていた。


「優、変なのがこっちに向かって来てるんだけど」

「妖怪か」


 優と美月は柵から離れると壁をよじ登ってくる妖怪を待つ。

 ペタペタとした音は近くまで迫ると一気にぴょんと柵に飛び移る。


「河童……」


 緑色の肌に頭に皿を乗せた細身の体。絶対河童だ。この田舎は妖怪の王道、河童まで住み着くようになったとは。

 河童はペタペタと二人の元に歩み寄るとびっしょり濡れてしまった文を渡した。


「あ、ありがとう」


 そもそも水に住む河童が紙なんて持ったらこうなることぐらい予測つくだろうに。

 美月はおずおずと河童から文を受け取り、広げてみた。字がにょろにょろのミミズみたいだが、優と美月は前世の記憶を頼りに文字を解読していく。

 文はびっしょり濡れているはずなのに、何故か文字は滲んでいない。むしろ、綺麗にそこに記されている。


「ああ、あなた竜宮からの使いだったの?」


 美月の問に河童は首を大きく縦に降る。………そんな何度も頷かなくても良いから。


「疾風とお蝶祝言挙げるわけか」


 優が呟くと美月はホッとした。


「やっとかぁ」

「夫婦なのに祝言挙げていないのは気になってたんだが、ようやくか」

「お蝶の花嫁姿、綺麗なんだろうな」


 優と美月はじっと大きな目で見つめられていたことに気づき、一旦会話を止める。


「じゃあ、その日に竜宮行くから。月火神社でね」


 河童はまた何度も頷くと、柵の向こうまで歩き、飛び降りた。やがてばしゃん、と水飛沫の音が下から聞こえてきた。






…………………………………………………………



 疾風とお蝶の祝言の日。

 美月は小桜と小雪と共に月火神社へと向かっていた。


 竜宮は美月の前世での亡き兄、四代目水無月が治めていた水の都だ。

 そこには水無月の親友であった神無月と、小桜と小雪の忍の師匠である疾風と、水無月の死後より美月と主従を結んだくのいち、お蝶がいる。

 兄の仇である鬼蛇を討ち、竜宮の妖たちを襲っていた瑪瑙を討ち取った美月たちの活躍により、竜宮は元の平和を取り戻しつつあった。

 そこで、疾風とお蝶が祝言を挙げるらしく、こうして出向いていた。


「前行ったときは大忙しだったから、今度は都を見て回ろうかな」

「名案ですね。でしたら、私と小雪もついて参ります」

「本当? 一緒に回ってくれるの?」

「ええ、姫様のためならば、火の中水の中、どこまでもついて参ります」

「……多分今日はそんな危ない所まで行かないと思う」


 双子は相変わらず美月が心配で心配で堪らないらしい。

 美月は夜空を見上げた。流石、田舎にしか見られないこの満点の星空。ホッと息をつき、つい呟いてしまった。


「私も将来花嫁さんとか、良いな」


 そう。このつい呟いてしまったこの言葉。小桜と小雪の中に稲妻が走った。


「姫様の花嫁姿……。ええ、確かにあなた様なら、より一層美しくなられるでしょう」

「姉さん。問題は、姫様の相手はどこのどいつかということ」

「……………」


 考え込んでしまった双子。何かいけないことを言ってしまったようだ。

 双子が思い当たる相手は一人だけ。何でこいつなんだと聞いてみたいぐらいに恨めしい男だ。


「あれ、優」

「ちっ」


 美月は優を見かけ微笑む。

 優は美月の元まで行くと後ろで控えている双子を睨んだ。


「今どっちか舌打ちしたよな」

「何のことだかわからんのだが」

「弟の方か」


 仕方ない。小雪にとって優──夕霧は、想い人である美月を取った男なのだ。


「こら、仲良くしないと駄目」

「申し訳ありません、姫様」


 小雪は頭を下げると夕霧を睨んだ。なので、夕霧も小雪を睨んだ。

 この目つきの悪さ、そっくりなこと。


「あ、姫様たちいらっしゃったー!」


 月火神社の鳥居の近くに弥生がいた。


「師走様はまだ帰ってない?」

「師走様はお仕事が忙しいみたいで。弥生と皐月で神社を守ってます。でも、竜宮には来るみたいですよ」


 美月は草木張以来、師走に会っていないので弥生の話を聞き、笑みが溢れた。

 師走は前世からの剣の師だ。そして生まれ変わった自分の運命わからなくなっていた美月に手を差し伸べてくれた鬼神の一人だ。そして、弥生、卯月、皐月の育ての親だ。


「それなら楽しみね」

「はい、卯月様にも会えますから!」


 弥生はそう言って、血の繋がっていない姉の名を口にした。

 卯月は雪女に憑依された美月の前世の母親に殺され、しかも瑪瑙に人形として蘇生された。瀕死の皐月を自分の命と引き換えに救い、今は竜宮で安らかに眠っている。

 母上が三人の幸せを奪った。それが美月が気にしていることだった。


「姫様は何も悪くありませんよ」

「弥生……?」

「先代文月様も悪くありません。あの雪女が悪いんです」


 気づかれていたようだ。弥生の勘は鋭い。


「気づいてたの。ごめんなさい」

「気にしてるのかなって、前から思ってたんです。いつもそうやってご自分を責めるんですか。それが姫様の良いところですけど、悪いところでもあります」


 弥生は腰に手を当て、可愛い顔でじっと美月の顔を見る。優しくて正義感の強い弥生に、卯月も皐月も支えられてきたのだろうか。

 弥生は美月の手を握って、頬をふくらませる。


「無理は禁物です。反省してください」

「は、はい」


 とりあえず頷いてしまった。

 理解してくれた美月を見て、弥生は安心していた。


「おー! 夕霧よー!」

「その友達みたいな絡みやめろ……」

「良いだろお前を友と呼んではいかんのか」

「別に良いけど」

「よっしゃ」


 隣がやかましい。特に皐月。弥生の目が非常に怖い。

 夜中とは思えぬ程わいわいやっていると、ペタペタとあの音が近くで聞こえた。

 あの河童だ。


「迎えに来てくれたの?」


 美月の問いかけに河童は頷いた。


………………………………………………………



 前に竜宮に来たときのように、青い石を池に落とし、全員で水の中に潜った。

 心配なのは竜宮門だ。あれに引っかかると過去の映像を見せられる。また気絶しては困る。池の中で目を覚ますと案の定白い空間に辿り着いた。


「またか……。どうしよう」


 またあの光景を見る羽目になるとは。恐怖を押し殺し、待ち構えていると近くに気配を感じた。


「美月」


 聞こえてきた声はとても温かいものだった。


「兄様?」


 振り返ると、微笑む兄が待っていた。美月は衝動のまま駆け出し、兄の傍に寄った。


「お蝶たちの祝言に来たのかい」

「そうなの。兄様も行くの?」

「僕は行けない」


 その一言でがっかりした。兄に会えたことがどれほど嬉しかったことか。その分、このあと別れてしまうことが理解できてショックを受ける。


「美月、お蝶を頼んだよ」

「待っ……」


 背を向けた兄を呼び止めようと声を発したのと同時に、泡の音が聞こえた。

 やがて目の前が揺らめき白い空間が水へと姿を変えていく。









「わっ…!」


 投げ出されるように地面に倒れ込んだ。服が水を吸って重くなっていた。前回と違ってまだ良い方だが、こんな仕打ちは聞いていない。


「っ……」


 他にも気配を感じて辺りを見渡すと、頭を押さえ、歯を食いしばる優の姿を見つけた。


「優? どうしたの?」


 美月は優の元へ駆け寄り、顔を覗いた。


「頭痛いの?」

「………」


 優は何も答えず呆然としてる。

 美月は困惑し、優の手に触れた。


『ひめさま』


 どこからともなく声が聞こえ、美月の影から小さな体の物の怪が這い出てくる。


『ひめさまーどうしたのー?』

「優が苦しんでる……」

『あたま覗くー!』

「変なことしない?」

『しなぁーい』


 物の怪は幼い声でそう言うと優の頭に触れる。暫くすると物の怪は美月の手に触れる。

 すると頭に映像が流れてくる。

 映ったのは女の人だ。髪を一つに縛り、袴を着た気の強そうな女性だ。その女性は優しそうな笑みを浮かべ、頭を撫でてくる。


 ───『夕霧』


 そう、囁きながら。


(前世の記憶……)


 映像がぶつりと途絶え、美月は目を覚ます。

 小さな物の怪が、優の頭と、美月の手に触れながら笑っている。


「優、竜宮門で何か見たの……?」


 美月は優の、夕霧の過去を知らない。何も知らない。己が未熟さに心が痛くなっていく。


『ひめさま、ほめて、ほめて』


 物の怪は明るい声で美月に褒美を乞う。


「うん……ありがとう、教えてくれて」


 美月は物の怪の黒い頭を撫でた。やがて物の怪は満足し、美月の影の中に沈んで行く。


「美月……」

「優……もう、大丈夫?」

「ああ……」


 きっと今の物の怪が治してくれたんだろう。絶望は物の怪の好物だ。美月は優の手を握り、安堵する。


「どわっ!」

「!!?」


 叫び声と共に弥生と皐月が門の外から転がって来る。


「さ、寒い。衣が濡れてる……」

「いってーな」


 続いて双子が門から出てくる。小桜と小雪は美月を見つけると即座に駆け出す。


「小桜、小雪。来たのね、良かった」

「姫様、ご無事ですか?」

「うん、大丈夫」


 皆この様子だと竜宮門の結界に引っかからなかったようだ。ただ一人、除いては。

 美月は立ち上がった優に肩を貸すと彼の顔を覗き込んだ。少しだけ不安そうだ。

 やがて門のすぐ近くを流れる川から、髪の長い女が数名、顔を覗かせている。全員恐ろしい程の美女だ。


「文月姫様でいらっしゃいますか」

「うん、そうよ」

「神無月様に代わり、お迎えに参りました」


 美女たちはそう言って川から上がってくる。よく見ると全員下半身は尾びれになっており、川岸に上がる頃には二本の足に変化していった。


「おい、魚共。神無月はどうした?」

「皐月様、ご機嫌麗しゅうございます。神無月様は着物を着飾るのに時間が必要でして……」

「一体全体、主役は誰だと思ってるんだろうなあやつは」


 皐月は仕方ないな、と頭を掻く。

 女の人の姿に変化した魚たちは頬を紅く染めながら神無月について熱く語っている。なるほどあの鬼は相当な女たらしらしい。


「あんな鬼は良いの。屋敷へ案内してくれる?」

「かしこまりました」


 人に変化した魚たちは列を成して歩き始める。その後をついていく。その間、美月は優のことを気にしていた。知りたい。彼のことを知りたい。そう考えてしまっていた。



…………………………………………………………



「元気にしてたー?」


 屋敷に着き、美月たちを迎えてくれた神無月は金の花々が咲き誇る紺の着物を派手に着飾っていた。


「神無月様、あなた様こそ、この世を彩るのに相応しきお方……」

「ま、君も十分に輝かしいけどね」


 先頭にいる美人──人に変化した魚──をさらっと褒めるは、顔は整っている男。人魚たちは恥ずかしそうに顔を背ける。


「か、神無月……」

「姫さん、お蝶に会いに行ってあげてよ。お蝶は君の忍だからね」

「え、ええもちろん……」


 神無月は衣を自分で整えながら奥の部屋を指差す。


「おい、神無月野郎。飯はまだか」

「もー少し待ってよー、獣じゃあるまいし」


 とにかく腹が減っているらしく、皐月は神無月を急かす。まあ、喧嘩しないならいいか。


「私、お蝶に会いに行ってくる」


 美月は部屋を出る時にさり気なく優の袖を掴んだ。優は驚き、目を見開く。美月は何も言わずに無言で優を連れて行った。


……………………………………………………………


 暫く廊下を歩いて足を止めた。

 美月は優の袖を更に握り締める。どこにも行かないで、そんな思いを込めて。


「美月、俺も一緒で良いの?」

「良い」

「何で」

「何ででも」


 最後、言い方が少し強かったかもしれない。でも、それでもこの手を離せば、後悔してしまうかもしれない。そう思った。

 優は仕方ないな、と大人しく美月についていく。

 やがて奥の部屋に訪れたとき、一人の鬼の女中が目を見開き、美月たちに一礼する。


「ご機嫌麗しゅうございます、姫様、夕霧殿。お蝶様のお着替えは丁度終わりました」

「入っても良い?」


 女中は頷くと部屋に向かって声をかけた。


「お蝶様、姫様がいらっしゃいました」

「はい」


 中から少しだけ嬉しそうな声が返ってきた。

 襖が開かれ、中に白無垢姿のお蝶が座っていた。


「綺麗ね、お蝶」

「あ、ありがとうございます」


 お蝶は赤くなった顔を隠すように頭を下げた。


「疾風と上手くいってるみたいね」

「夫は相変わらずで……」

「仲良いのね」


 美月はにっこりと微笑む。お蝶は美月が来てくれたことが本当に嬉しいようで、目を輝かせ、顔を赤くしながら美月を見つめている。

 兄が残していったくのいちは美月に心を開いていた。


「姫様も、どうか幸せになってください」


 お蝶は後ろにいる優に視線を移しながらそう言った。突然何を言い出すんだこの子は。

 美月は顔がかっと熱くなるのを感じた。一体優はどんな顔をしているのだろうか。彼のことだからそこの辺りはあまり気にしていないのだろうけど。

 お蝶と会話を交わしてから、暫くして、そろそろ部屋を出ることにした。


「それじゃあね」


 美月は優と共にお蝶のいる部屋を後にした。

 疾風とお蝶の式が始まるまでどう暇を持て余そうか悩んでいるときに隣からの視線に気づき、美月は顔を上げる。


「何?」


 美月は優に視線を移し、首を傾げた。

 優は美月をじっと見つめ、「別に」と顔を背けた。






美月は竜宮に預かってもらっていたあの着物を再び身につけた。

 白い生地に赤い彼岸花が鮮やかに咲き誇っている美しい着物だ。裾が広がっており、黒い足袋を履いた足元が見える珍しいものだ。そのおかげで動きやすい。

 これは父である睦月が弟の如月を通して娘である美月に与えたものだ。どこかで見守ってくれている、そう思うだけで嬉しかった。


「美月」


 着替え終えたのを見計らい、優が部屋を訪ねてくる。

 優は着物姿の美月を見て少しだけは目を見開いたが気にしていないふりをして話しかけた。


「着替えたなら行こう」

「ここは一言感想を述べほしい」

「似合ってるよ」

「ありがとう」


 どう聞いても棒読みにしか聞こえない感想に、美月は素直に礼を言った。


「その着物ってどこで手に入れたんだ」

「父上からの贈り物。私が草木張にいたときに届けられたの」

「お前の居場所知ってるんだ」


 優は美月の着物をじっと見つめた。それにしても、良い着物を贈られたものだ。彼女に合う色だ。

 美月は優と話すとき、嬉しそうに楽しそうに会話を交わす。だからずっと二人きりで話していたい。

 君が好きだ。優は心の中で呟きながら、美月と共に縁側を歩いて行った。


…………………………………………………………



「蝶にございます」


 花嫁は畳に手を付き頭を深く下げる。花嫁の登場に宴に参加している妖たちは歓声を上げた。新郎新婦は仲睦まじく並び、酒津木を交わしたところで美月は憧れを抱いた。自分もあんな風に着飾れたら、などと思った。

 その相手がこの人なら、私はどれほど幸せだろうか。そう思いながら隣に座っている優に視線を向けた。

 彼はどう思っているのかわからない。



 宴が進むにつれ、騒々しさはますます大きくなった。竜宮という名だけあって、水妖怪たちが多く参加していた。着物を着た蛙や、真ん中で舞を披露しているのは濡れた髪以外は非の打ち所のない美しい女の妖怪だ。

 現在、竜宮の頭首代理となっている神無月は美女に囲まれている。

 弥生と皐月が久しぶりに師走と会えたようで、何やら楽しげに報告しあっている。


「文月姫様、ですか?」


 疾風とお蝶と会話を交わしているところで、一人の男性に話しかけられた。

 優しそうな目つきの、物腰の柔らかそうな鬼だ。

 疾風とお蝶はその鬼を見て、目を見開くとサッと頭を下げた。


「ああ、そんなに畏まらないで頂きたい。おめでとう、疾風、お蝶」

「ありがとうございます。──霜月様」

「し、霜月様……!?」


 美月は目を見開き、男をもう一度凝視する。男はふわりと微笑んだ。


「ご紹介が遅れて申し訳無い。僕は天候を司る鬼神、霜月と申します」


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