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鬼姫の曼珠沙華  作者: 紫木 千
第二章 『竜宮編』
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【第二章】瑠璃色のまどろみ

 葉月の仲間であり、彼に絶対的な信頼を寄せる鬼、瑠璃を捕えた夕霧たちは竜宮の牢屋にて、尋問を進めていた。

 だが、瑠璃は葉月に関しての情報を口外することを頑なに拒否し、葉月は愚か、水無月を殺した鬼蛇についてもわからないままである。

 随分と時が過ぎた頃、瑠璃は口を開いた。


「ただ、鬼神を殺すのみ。それがあたしらの目的だよ。何も知らない哀れな鬼共」


 凛とした声から語られたのはそれだけだった。

 そして、彼女を鋭い視線で貫く男が動いた。


「勝手なことを抜かすな、これ以上の被害を増やすつもりか」


 正気を保ってはいるものの、憎悪に満ちたその目を持つ夕霧の目的はただ一つだけだった。


「たとえお前らがどれだけの力を蓄えようと、どれだけの妖怪共を集めようと、全て討ち取ってやる。お前たちがあいつに何をしたか思い知れ」


 静かで優しい微笑みを見せてくれた鬼姫を守れなかった悔しさと怒りが溢れ返り、夕霧の心から漏れ出てきた。

 瑠璃は何も言い返さず、黙って夕霧を睨みつけた。

 最悪な状況に陥る前に、神無月が動いた。


「夕霧、落ち着け」


 ふつふつと湧き上がってくる怒りを必死に抑えようとする夕霧の肩を掴み、制した神無月は溜息をついた。

 何かきっかけが起きない限りこの女は話さない。死ぬまで口を閉ざしたままだろう。


「お姉さん、もう少し利口だと思ったのに」


 残念そうに呟いた神無月は夕霧を連れて瑠璃に背を向ける。


「また来るよ」


 瑠璃は微笑んだ神無月に向けて、もう来るなと心の中で呟いた。

 余裕の笑み。これが鬼神なのだろうか。

 あの方のほうがどんな鬼よりも素晴らしく見えるのに、鬼神という存在は恐ろしいとさえ思えた。

 それでも、瑠璃も余裕の笑みを浮かべた。


「全てはあの方のために」

「───! ───避けろ!!」


 建物が爆発したのは神無月が叫んだのと同時だった。









「今のは、何の音ですか……」


 双子は床下から感じた振動に顔を顰め、足元を見つめた。

 捕えた女鬼は地下にある牢屋にいる。まさかとは思うが、逃げられた可能性が高い。


「小雪、外に行きましょう」


 姉と弟は目を見合わせ頷くと、屋敷の外へ駆け出した。

 外へ踏み出した直後、天に向かって飛び去ろうとした瑠璃と目があった。

 険しい顔つきの女は双子など目もくれずとてつもない速さで去って行く。

 それを見送ることしかできなかった双子の元に、遅れて夕霧と神無月が駆け寄った。


「間に合わなかったか、ちっくしょ」


 悔しげに天を見上げる神無月と無言の夕霧。

 爆発に巻き込まれそうになったのだろう、廃を被った二人の男はそれぞれの反応で逃げられた現実を受け止めていた。


「真っ直ぐ向かってんな」

「何だお前見えんの? そういう力が使えるなら早く言ってよ」


 夕霧は千里眼で瑠璃の後を追った。

 "人間の生まれ変わりである人間"の身でありながら、夕霧は不思議な力を持っている。その理由は未だわからないが。


「後を追っていけば、葉月たちの居場所がわかる。こりゃ運が良いね。頼んだよ、夕霧」


 いつものふざけた話し方の神無月が隣にいるはずなのだが、どこか寂しげで、真剣な眼差しを、夕霧は感じていた。





………………………………


 竜宮から逃れてどれほどの時が経ったことだろう。

 藍色の天を越え、やっとのことで住処に辿り着いた。

 きっとあの方が待っている。ここが私の帰るべき場所なのだ、と安堵した。


「葉月様………!」


 いつの間にか駆け足になっていたことにも気づかず、葉月のいる部屋へと向かった。


「瑠璃か……」


 その低い呟きは間違いない。望んでいた、愛しいあの方のものだ。


「はい。瑠璃、ただいま戻りました」


 部屋に入れば、葉月と目が合った。

 闇を抱えた瞳は誰かを殺めるためのもの。だが、その冷たい瞳に、救われたのだ。


「瑠璃」


 愛しい声に名を呼ばれ、次なる言葉を期待して待った。


「………お前はもう要らない」


…………………………
















 ───目を覚ませ。


「………………」


 知らない天井。知らない香り。

 懐かしい、大好きだった誰かの声に起こされた。

 体が重い。でも、眠る直前に感じた苦しさよりも大分マシだ。


「目が、覚めましたか。姫様」


 いつも朝、目を覚ますと傍らには双子がいたはずだが、その姿は見当たらない。代わりに側で正座していたのは双子の恩師の妻だ。


 ──お蝶?


 声をかけようとしたが目覚めたばかりで声が出ない。

 それはお蝶も十分理解っているようだ。


「ここは、草木張です。姫様の体に刻まれた瘴気を取り除くため、この都に」


 草木張………。どこかで聞いたことがある。確かに聞き覚えのある都。

 記憶を辿っていけば、それは確信へと変わった。


「叔父上様………? ここは叔父上様のお屋敷?」


 問に、お蝶は静かに頷いた。

 ここは、父、睦月の弟である如月の屋敷だ。

 何百年か前。まだ鬼であった頃、父と共に訪れたことがある。覚えている。この草木や花で溢れた平和な都を。

 懐かしさに安堵したのは良いが、何故、お蝶しか見当たらないのか疑問を持った。


「ねえ、皆はどこ? 小桜と小雪は? 優は……」

「姫様と、姫様の忍である、あたしだけが、この都に」


 突然の状況に戸惑った。

 他の皆はまだ竜宮にいるのだろう。

 思えば、当然だ。如月は鬼神の頭領である睦月の実の弟。その屋敷に、親族以外の者が簡単に足を踏み入れられる訳がない。

 美月は如月の姪であるため、運良く通れたわけだが。


「お蝶は……どうして……」


 黒髪を束ねたくノ一は姫を真っ直ぐな瞳で見つめた。日本人のはずなのだが、純血の鬼のためか、お蝶の瞳は夜が更ける直前の空の色だ。


「あたしが、あなたをお守りします。それが、水無月様の最後のご命令なので」

「兄様………」

「ご命令を、我が主」


 お蝶は敬意を表し、頭を深く下げる。

 兄と主従関係にあったくノ一が、今自分と手を結ぶことになったのだ。

 やっと理解した。だからか、お蝶が共に草木張に来たのは。


「お蝶、疾風と離れたの?」

「………」

「良いの? これからしばらく疾風とは会えないんでしょう?」

「あたしが優先すべきなのは、姫様です」

「あなたが、静美だから?」


 故郷の名を聞き、お蝶の顔は僅かに引き攣った。


「私に前世の記憶がないとでも思った? あなた達の一族が、頭領の血縁者を守る定めにあるのは知ってる」

「ならば、どうかわかってください。疾風とは、永遠に会えないわけではありません」


 それでも、静美の血を継がない疾風は、如月に許可を得られない限り、この都に入ることはできない。

 守るべき主を死なせたお蝶は、この先どうなるかわからない。


「お蝶───」

「目覚めたか。思うていたよりも遅かったものよ」


 男の声に息を詰まらせ、目を見開いた。

 お蝶は美月にやったのと同じように、頭を下げ、跪く。

 美月は下男下女を引き連れた気品ある鬼を見上げた。


「どうした文月よ。あの頃の威圧も無ければ、強さもない。お前は情けなど持たぬ子であったはずだが」


 そう、知っている。この鬼を何度も見てきた。


「叔父上様……お久しぶりです……」



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