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鬼姫の曼珠沙華  作者: 紫木 千
第一章 『月火神社編」
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【第一章】黄泉の国

「師走様、おはようございます」

「おや姫様」


 神社で掃除中の師走に挨拶をすると師走も微笑んでお辞儀をしてくれた。師走は十二人の鬼神のうちの一人。魂を司る力を持ち、文月姫を現世に転生させた張本人である。つまり、色々とお世話になりっぱなしの方である。

 

「今日は良い天気ですね。どうぞ勉学に励みなされ」

「はい。ありがとうございます」


 前までは月火神社に近寄れなかったのに、今では容易に入ることが出来る。不気味さは全く変わらないが、この田舎町で、学校以外で話す人が一人増えただけでも嬉しい。

 鳥居の前で会釈して立ち去る美月の背中を見つめながら、師走は目を伏せた。


「何事もなければ良いのですが…」



………………



 今日、席替えがあるらしく担任の先生はクジ箱を用意していた。隣に友達が来てほしいとか、好きな人が来てほしいとか女子たちが騒いでいる中で、美月はぼんやりと窓の向こうを眺めていた。


「別に誰が隣に来ようと…」

「もう、美月はそういうとこらがあるからだめなんだよ」


 聞き慣れた高い声がすぐ耳元で聞こえて、ビクリと方をふるわせる。ゆっくりと振り返ると、思った通り、親友の夏海の笑顔が目の前にあった。


「夏海、いつからいたの…」

「さっきからここにいたよ。美月がぼーっとしてるから気づかなかったんでしょ」


 まあ確かにおっしゃる通りだが、頼むから耳元で大きな声を出さないで。しかも全く悪びれた様子も見せないので、完全にわざとだ。

 夏海はため息をつきながら、黒板を指差す。


「窓際に行きたいな。今美月が座ってる場所が一番ベスト」

「私は…とりあえず何でもいいや」

「ほーら、そういう面倒臭がりなところ。しかも、美月は不思議ちゃんとか言われてるんだよ、自覚ある?」

「そもそも何で私の行動が不思議がられるの?」


 夏海は首を傾げる美月の顔を凝視する。


「なんでって…ぼーっと窓の外を見ながら一人でブツブツ何か言ってたり」

「……」


 それは、確かに変だな。実際に独り言がすごい人はこの世の中にたくさん存在しているが、今まで自分には関係ないと思っていた。まさか、自分までそんなことしていたなんて。

 もう少し常識を持って行動した方が良いかもと、一人で悩んでいると、暫くして先生と学級委員がクジ箱を教卓に置いてクラスの注目を集めた。


「じゃあ、そこの席からくじ引いてー」


 前の席から順番にクジが引かれていく。美月も立ち上がってクジ箱に右手を入れて、適当に指先に当たった紙を引いた。


(どうせ、隣が誰だろうと場所がどうだろうと変わらないって…)


…………


 席替えなんてどこに来ても一緒だと、あれほど言っていた美月が、隣に来た男子を横目で確認した途端、眉をひそめた。


「何だよ、その嫌そうな顔」

「別に。桐崎君が来たからちょっと顔が引きつったの」

「つまり嫌なんだな」


 そう、初めて交わした会話が最悪だった相手、桐崎優が隣の席に来てしまったのだ。当然、何でこいつが隣に来たんだと、お互いに顔を顰めて、心の中で文句を言う始末。

 美月も桐崎も、席替えなんてどうでもいいと思っていたのだ。でもこうして隣同士になって、初めて席替えの重要さが分かった。


「おい十六夜」


 ぶっきらぼうに名前を呼ばれて、今度は何を言われるのやらと警戒しながら桐崎の方を向いた。


「何?」

「放課後、月火神社に来てくれ」

「なんで?」

「話があって」

「なんの話?」

「それを神社で話すんだよ」


 とろそうなやつ。それが桐崎の思う美月の第一印象だ。美月は他の女子と違って群れない性格のためか、自分の世界に入り込んで一人で楽しそうにしている。話してみても、意味不明な言葉遣いで会話にならなかった。


「月火神社ならすぐ近くだし、良いけど」


 美月が頷いたのを確認して、桐崎は無言で目を反らした。嫌いなやつからの誘いには乗るらしい。

 美月は桐崎の顔を横目で見て、気がついた。桐崎の目は冷たくて、決して優しい目をしていなかった。それでも、彼の瞳の奥の方から感じ取れる何かに、美月の瞳が揺れた。


 ──私は、この人を知っている。


 桐崎を見ていると、何故かそんな気持ちになってしまう。もちろん、初対面に決まっている。初めて会話をしたのも、つい最近のことだ。小学校、中学校が同じだったのなら有り得るかもしれないが、美月は元々都会からこの田舎町に越してきたので、その可能性は無いに等しい。夏海を除いては。

 でも、嫌いな者同士の彼に対して、何故面識のある人物だと思えるのか。


………………


「それ、絶対告白だよ!」


 放課後の教室で、桐崎に誘われたことを伝えた途端、夏海が目を煌めかせ、食いついてきた。異常に興味を示してくる夏海を両手で押さえて、美月は首を傾げる。


「何でそう思うの?」

「まず、呼び出して大事な話をする時点で告白感満載! もう、美月ったらいつの間に桐崎君とそんな仲に…」

「絶対違うって…」


 美月はため息をつき、今は誰も座っていない隣の席を見つめる。お互い第一印象が最悪だったのに、告白なんてどう考えてもおかしい。それにあの目は、告白する時の雰囲気ではなかった。


「何でそう簡単に言い切れるの!? チャンスなのに! それに桐崎君ってよく見たら良いイケメンだよね」

「よく見ないとイケメンに見えないってこと?」

「そこに疑問を持つな! とにかく、YESと伝えて結ばれろ!」


 ガッツポーズを取る夏海には悪いが、彼は本当に告白のつもりで呼び出したのではないと思う。そもそも、何故わざわざ神社に呼び出すのか。


「夏海、嬉しそうね」

「嬉しいよ、すごく嬉しい!」


 まるで自分の事のように喜んでくれる夏海に、自然と頬が緩んだ。夏海は元々明るい性格の女の子だが、今回はいつも以上に嬉しそうだった。


……………



 放課後。未だ疑問を抱きながら神社の近くまで歩く。あの赤い鳥居の先に桐崎は待っているのだろうか。


「師走様!」

「おや、姫様。おかえりなさいませ」


 微笑みながらお辞儀をする師走の元に駆け寄り、美月は辺りをキョロキョロと見回しながら、師走に尋ねた。


「ここに、私と同い年の男の子、来ませんでしたか?」

「見ておりませぬ、待ち合わせしていらっしゃるのですか?」

「はい。ここに来るように言われたんですけど…」


 再度、来た道を確認して眉をひそめた。女の子を呼び出しておいて待たせるとはどういう神経しているのか。桐崎への悪口を考え出したらキリがない。

 自分を落ち着かせるために深呼吸して、師走に微笑みかける。


「あの、しばらく待たせてもらっても?」

「ええ、構いませんよ。私は色々仕事が残っておりますのでおもてなしはできませんが」

「お気遣いなく」


 美月は師走にお辞儀をすると鳥居をくぐり抜け、神社に足を踏み入れる。石畳の道を歩くこと数秒で神社が目の前に。小桜と小雪に初めて会った場所。そして、初めて物の怪に遭遇した場所。あの時は本当に驚き、下手すればトラウマになるところだった。

 師走は姫の生まれ変わりである少女の背中を見つめて、懐かしむように目を細める。すると、ただならぬ殺気を感じ、辺りを見渡した。


(これは死者の霊の気配…。しかもとんでもない数の集合体…)


 師走は急いで美月に向かって叫んだ。


「姫様、すぐにそこを離れてください!!!」


 駆け出したが遅かった。気づいた時には、美月は黒い渦の中に飲み込まれてしまった。師走はかつて美月が立っていた場所まで辿り着くと、急いで動物霊である白狼を呼び出した。


「小桜と小雪を呼んで来なさい。私はあの中には行けぬ…」


 白狼は白い毛皮を風になびかせて、空へと駆け出した。


…………


 辿り着いた先は不気味なほど暗い場所だった。周りには岩石が並び、寂れていて風の音だけが耳に届いた。

 これは、また物の怪の仕業かもしれない。最初は小桜と小雪に助けられたが今は一人だ。一応、曼珠沙華は持っているが自分にこれが使いこなせるかどうか。

 美月の予想通り、背後に恐ろしい殺気と唸り声が聞こえてきた。黒くて大きな手がものすごいスピードで襲い掛かってくる。それを咄嗟に避けると、目標を失った大きな手はその先にある岩を砕いた。


「物の怪…」

『文月姫ぇえ!!』


 爪は地面を砕き、その衝撃で美月はバランスを崩すが何とか立ち直り、懸命に走る。物の怪は獣臭が酷く、つい顔を背けた。


 物の怪から逃げる美月を、男二人が遠目で眺めていた。


「あれが、文月の生まれ変わり…」

「前世と比べて大したことはないな」


 黒いき物は、美月が最初に会った物の怪とそっくりだ。物の怪は四つん這いになり、地を這いずり回って追いかけてくる。


『文月姫……コロシテヤル!!』

「ちょっとしつこい!!!」


 化け物に追いかけられているというのに、言い返す勇気はあるらしい。更に、美月は曼珠沙華を取り出し、物の怪に向かってかざした。紅い光が発せられ、物の怪が怯んだ隙にまた駆け出す。

 曼珠沙華が力を貸してくれたようだが、いつまでこうして逃げられるだろう。周りを見渡しても、隠れられる場所が見つからない。


『待てぇ!!!』


 恐ろしく醜い声が迫ってくる。こんな開けた地で、逃げてばかりでは何も解決しない。やがて体力が尽きて、物の怪の胃の中に収まるのがオチだ。でも、逃げる以外に解決策が見つからない。

 逃げ惑う美月の耳元で、誰かが囁いた。


 ──迎え撃て。


 その時、美月の目が大きく見開かれた。聞こえてきたその声は、紛れもなく自分の声だったのだ。


 ──武器を。


「私に、戦えって言うの…?」


 握っている曼珠沙華の柄が、熱い。ただの人間の小娘が、あんな大きな化け物と対等に戦えるわけがない。それでも、自分の声が戦えと訴えている。

 美月の足がピタリと止まった。物の怪は美月の背中に向かって大きな爪を振りかざし、唸り声を轟かせる。しかし、美月が振り返ったのと同時に、物の怪の全身に衝撃が走る。物の怪の体が、ざっくりと斬られていた。逃げてばかりだった娘が、紅の刀を振るったのだ。


「え…」


 美月はハッとした顔で、物の怪の体に入ったに傷を凝視する。


「私が、斬ったの……?」


 あの巨体を斬った感覚が、この手に確かに残っている。何が起こったのか分からなかった、気がついたら斬っていた。

 物の怪は痛みに悶え、めちゃくちゃに腕を動かし始める。


「……!」


 大きく鋭い爪が、再び目前期迫った時だった。


「姫様!!」


 突如起こった吹雪が物の怪を弾き飛ばした。


「小桜、小雪!」


 美月は現れた救世主の名前を叫んだ。

 小桜の攻撃が直撃し、苦しげに唸りながら固い地面に倒れ込む物の怪。美月の盾になるように双子は戦闘態勢に入る。


「どうやってここに入ったの!?」

「師走様に呼ばれてここに来ました。しかし、入ったら入ったで出られないようですね」

「出られない!?」 

「ここは黄泉の国。死んだ『人間』しか立ち入れない場所。物の怪は死んだ人の憎しみの塊。恐らくあの物の怪が黄泉の国への扉をこじ開けた張本人」

「なら、あれを倒せば…」


 再び重い体を引きずりながら起き上がった物の怪。小桜と小雪は腰を低くし、黒く大きな怪物を睨みつけた。


「姫様、どうか下がっていてください。必ずやあの醜き魂たちを潰して見せましょう」


 小桜は振り返って美月に微笑むと、小雪と共に駆け出した。

 二人は忍としての鍛錬をこなしてきた俊足で物の怪の振り降ろされた大きな爪を避けるとあの背の高い物の怪の頭まで飛び上がる。


『…………!!!!』


 物の怪は頭上にいる小桜に目をつけたが、横から飛んできた無数の刃物に唸りを上げた。頭から倒れ込んだ物の怪に、小桜は吹雪を撃ち込んだ。

 地面に着地すると、小桜は弟に向かって叫んだ。


「こぉら小雪、余計なことはしないんですよ!!」

「姉を助けたこの行動の何が不満か…」

「あれは私一人で防げましたー!」


 姉弟喧嘩を始めた双子。


『うぅぅ………』


 後ろから恨めしそうな声が聞こえ、双子は弾かれたように振り返る。


「まだ生きてるんですか?往生際の悪い!!」


 両手をついて、上体を起こそうしている物の怪を小桜はより一層睨みつける。

 犬のように地を這いつくばりながら、物の怪は美月に向かって走る。


「姫様に……何をする!!!!」


 小桜と小雪は物の怪の目の前に吹雪を巻き起こし、物の怪の行き先を阻む。驚いて一歩下がった物の怪の頭に飛び乗り、再び吹雪を撃ち込んだ。物の怪は悲鳴を上げながら倒れ込むと、しばらくして動かなくなった。


「姫様、無事ですか」

「うん、ありがとう……倒したの?」

「ええ………」


 小桜は眉をひそめて、周囲を見回した。


「姉さん、まだ気配が消えていない……」

「恐らく、まだ何匹かいます………」


 二人の言葉に美月は目を見開き辺りを警戒する。握りしめている曼珠沙華からは、未だに熱が伝わってくる。物の怪を斬ったあの感覚が離れない。


「姫様…悪霊の気配が…」


 小桜が敵を警戒し、呟いた。先程までの騒々しさが消え、静まり返ったこの黄泉の国と呼ばれる場所。だが、何かを感じ取った小桜が弾かれたように叫んだ。


「───小雪、姫様を守りなさい!!」


 すぐに小雪は美月の手を引いて下がった。

 横から飛び出してきた物の怪が、小桜に向かって牙を向ける。


「小桜!!」


 小桜は小刀で牙を受け止めると物の怪もろとも向こう断崖絶壁から滑り落ちてしまった。





師走の秘密。

ものすごく歳をとっているけど外見年齢は35歳。

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