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鬼姫の曼珠沙華  作者: 紫木 千
第二章 『竜宮編』
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【第二章】必死になるくらい

 少し前の時間に遡る。


「ねえ、待って! 小桜と小雪は…疾風とお蝶も……!」


 優に手を引かれ懸命に走る。

 屋敷の広い庭園を駆け抜け、見えてきた屋敷に安堵するも、置いてきた仲間を思い、美月は迷いを見せていた。


「今戻っても駄目に決まってるだろ。とにかく水無月か神無月を探さないと……」

「兄様……」


 動揺してはならないと、仲間のために足を止めてはならないと自分に言い聞かせるも、優に握られた右手が強張った。

 最愛の兄だが、すっかり変わってしまったと知った今では、顔を合わせることに躊躇してしまうのだ。

 だが彼女のその僅かな変化に、優は気づいた。


「兄様は、何処に…」


 屋敷が見え始めた所で、優は突然足を止めた。

 不思議に思って、美月は前方を確認した。


「随分と騒がしいようだから来てみたんだけど」


 すぐ目の前に、暗い瞳で微笑む水無月と、その傍らで控えているお蝶がいた。

 水無月は都を傷つけられたのが余程不愉快のようで騒ぎの起こっている方向へと冷ややかに視線を送っていた。


「竜宮の結界を破り、勝手に住人を殺して連れ去ってた外道は、この先にいるんだね」


 水無月は左手に藍色の不思議な色を纏った刀を握りしめた。


「兄様、無理をしたら……」


 美月は怒りを顕にする水無月の背を見つめ、眉間に皺を寄せた。

 体の弱い兄が本気で戦えば体にどれほどの負担をかけることになるのだろう。

 兄との思い出は、優しい顔しか思い浮かばない。兄が怒りを見せることなどないと思っていた。でも、もう何もかも変わってしまった。


「行こうか」


 水無月が呼ぶとどこからともなく、木の上にいたとされる神無月が飛び降り、水無月の背後に着く。


「兄様…!」

「美月は待ってなさい。あの獣を片付けたら、話をしよう」


 話。何の話だろうか。決まっているではないか。水無月の復讐だ。

 兄のことは全く怖くない。優しい、大好きな兄を嫌うはずがない。ただ、心のどこかで怯えているのを、美月は感じていた。そんな美月の手を強く握る体温も。


「ごめんねー、水無月も姫のことが心配みたいでさー」


 へらっと、答える神無月の言葉には優しさがあった。

 納得いかないが、水無月を説得しても無駄な予感がするのと、ここで時間を食うのも惜しい。

 選択肢は一つ。優と大人しく待つことしかない。


「良い子だね。美月」


 水無月は刀を持ったまま歩み出す。その後ろから神無月とお蝶もついていった。


「待って、行ってはいけない……」


 その背中に向かって弱々しく手を伸ばすも、その手は隣にいる優によって引き戻された。優は感情を顕にすることなく、美月に静かな目線を送っていた。ただ、その瞳に宿っているのは優しさだった。


「ここで、待とう」

「…………」


 仲間はあの化物のような敵と苦戦中。更に、美月の最愛の兄もその戦いの嵐の中へと挑んでしまった。

 だが、それは一人の女、美月のためである。優は彼らのその考えを尊重し、彼女を連れて遠くへと逃げた。

 優は美月を選んだ。


(今度こそ、必ず、守り抜いてみせる)


 愛する人の手を強く握り、優は自らの命に代えて誓った。今度こそ、彼女を守るため。今度こそ彼女を傷つけないため。あの月火の社の見える丘の上で、彼女を守るために、二人で逃げようと誘ったあの頃のように。


……………………


「騒がしい。躾のなってない獣だね」


 物の怪を意のままに操る瑪瑙と、息を切らしながら戦う忍たちの元に現れたのは竜宮の主であった。


「ああ、君が水無月……」


 瑪瑙は神無月と、くノ一を率いる美青年を見つめて溜息をつく。


「面倒だな。僕もここまでの人数を相手になんて面倒なことしたくないな。ああ、だから手っ取り早くすませたかったのだが」

「君は少しも静かにすることができないんだね」

「お前、綺麗な顔をしている。流石、兄妹といったところだろうか。まあ、僕は女しか受け付けないが」


 水無月は刀に手をかけると侵入者を睨みつける。


「貴様の目的は」

「教えてあげれば叶えてくれるのか」


 瑪瑙は唇の端を持ち上げ、物の怪に寄りかかりながら水無月を見つめる。


「それが二度とこの都に来ない条件なら、聞いてみよう」

「なんと喜ばしい。なら、まずお前の妹をくれるか」

「今すぐこの地で朽ちろ」


 いつもの穏やかさとは程遠い、怒りを込めた鋭い眼差しの水無月がゆるりと刀を抜いた瞬間、瑪瑙目掛けて向かってきた。

 突然の水無月の行動に驚くも、呆れたように笑った瑪瑙は物の怪たちを掻き集め盾を作り、水無月の攻撃を跳ね返す。


「どうやら怒らせてしまったようだ」

「妹をどうするつもりだ」

「一度殺して、僕の人形として作り変えるのだ。僕好みの生きた人形だ」

「それが女たちを殺した理由か」

「如何にも。竜宮の女は皆美しいからな」


 瑪瑙の片手の指示に従い闇の集合体が水無月の腹目掛けて突っ込んでいく。

 が、水無月はそれを全て斬り捨て瑪瑙と距離を取る。

 瑪瑙は水無月の行動を鼻で笑う。


「諦めたか? まだ早いのでは?」

「よく周りを見ることだね」


 瑪瑙は片眉を動かし、視線を動かした。

 小桜、小雪、疾風、お蝶、神無月。そして水無月が瑪瑙を包囲していた。


「残念だけど君は袋の鼠。僕は優しいからね。楽に死ぬか苦しみながら死ぬか、選ばせてあげよう」


 瑪瑙は腹立たしげに水無月を見据える。

 水無月もまた、決して優しくのない選択を迫ったところ、怒っているのだろう。


「睦月の長男だけあって、面倒だ」


 瑪瑙は物の怪の闇の大群に手を突っ込むと鉄色の金棒を引っ張り出した。瑪瑙の合図とともに物の怪たちが四方八方に広がり瑪瑙の周りを囲む鬼たちに突進していく。


「神無月!」

「任せてよ、我が主」


 神無月は物の怪へと銃を放ちながら突っ込んでいく。殆どが瞬殺であった。

 続いてそこに双子と夫婦の忍が瑪瑙の取り押さえるため物の怪を全て薙ぎ倒し、進んでいく。


「忌々しい……」


 鬼たちを睨みつけて、瑪瑙は物の怪を縦にしながら、右手を翳しその手の平に水晶玉が現れる。


「なんとしても、姫は手に入れたい……」



………………



「姫様」


 屋敷から出てきたのは弥生と皐月だった。


「師走様は……」

「急なご用があると、今朝出掛けて……」


 最悪だ。刀の腕前も良く、この場をまとめてくれそうな師走がいれば、この自体はなんとか防げたかもしれない。

 時期頭領などと呼ばれた文月の生まれ変わりとはいえ、美月にはどうしようもないことだった。とにかく師走に頼るしかなかったのだ。


「竜宮を襲っていた奴が侵入してきて、今、兄様たちが戦ってる」

「……そいつが、今近くにいるということだよな」


 美月の話を聞いた途端、皐月は拳を握りしめ、歩み始める。美月は目を見開き皐月を引き止める。


「さ、皐月! 何処に行くの!?」

「すまねえな姫。そいつとっ捕まえるのは俺だ」

「卯月の居場所突き止めるの!?」

「……何で知ってんだ」


 皐月が目を丸くして美月を凝視するが、やがて何かを悟り、隣にいる弥生に目を向ける。

 弥生は両手の拳を握りしめ、背の高い皐月を見上げる。


「卯月様を早く助けてあげたいの…。卯月様を守るためには、私達だけの力じゃ足りない……!」


 か細くもはっきりとそう叫ぶ弥生の言葉に皐月は眉間に皺を寄せ悔しげに歯を食いしばる。

 弥生も皐月も己の無力に苦しげに俯いていた。

 美月はどうすれば卯月を救えるのかわからなかった。そして、弥生と皐月を救う方法もわからなかった。


「美月、お前……」


 優は美月を見つめる。彼女はまた自分を犠牲にしてでも誰かを助けようと考えていた。そしてまた、誰にも相談しなかった。

 誰かを守りたいと思う強い感情が、波となって四人の心に押し寄せてくる。

 まるで竜宮の穏やかな風とは思えぬ程の冷めた風が頬を撫でた。


「避けろ!」


 皐月が叫び、全員その場から飛び上がり避けた。

 さっきまで立っていた場所は巨大な黒い手が叩き込まれ、ひび割れていた。


「……見つけたっ!」


 黒いその手は指が四本で人間とは違う生き物の前足にも見えた。

 そう、それは物の怪だ。そしてその物の怪を操る者は、竜宮を襲撃する瑪瑙だ。


「っ…」


 再び振り下ろされる無数の闇の手を美月は反射的に避け、全て曼珠沙華で切り裂いた。

 だが背後から向かってきた物の怪の前足に気づくのが遅れ、身構えた。

 だが、それは目の前に迫る寸前でばらばらに砕け散った。


「美月」


 手を引かれ、ようやく理解したのは優が助けてくれたということだ。

 右手に握られた刀に黒い血が付着していた。


「ここにいたか……姫。大人しくついてきてくれれば、僕もこの都には手を出さない」

「何で……私に何の用?」

「お前はどの女よりも美しく、僕の人形に相応しい。そうだな……あの美を司っていた鬼神のように」


 瑪瑙の言葉を聞いた皐月が、元々鋭い目つきを更に光らせ瑪瑙を睨んだ。


「お前が……お前が…卯月を……!」


 皐月の怒りに震えた声に、瑪瑙は首を傾げた。


「何だ」

「卯月の魂を捕らえているのはお前か!!? 今すぐ解放しろ! 卯月に自由を与えろ!!」

「うるさい、武器を持たぬ鬼神よ。雪女に敗北し愛する者を死なせたのはお前だろう。僕は僕の趣味のために、死体の一部を頂いただけのこと」


 それは皐月の怒りを更に増幅させるのに十分な言葉であった。石畳を踏み潰すと皐月は瑪瑙目掛けて突っ込んでいく。


「何を必死になっている? お前も、姫の隣にいるそいつも」


 瑪瑙は鼻で笑うと皐月と優に目を向けた。優は美月の手を握りしめた。

 物の怪たちを放たれる。だがそれらは全て皐月が殴り倒してし、徐々に瑪瑙へと近づいていく。








 ―――『皐月、どうしてそんなに必死になる? また師走に怒られるぞ』









「うるせえ……。大事な者のために必死になって、何が悪いっ!!!!」

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