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鬼姫の曼珠沙華  作者: 紫木 千
第二章 『竜宮編』
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【第二章】黒い影の使い

 竜宮の結界石への見張り。

 鬼たちは七箇所の結界石を巡り歩いていた。


 皐月と師走はある結界石の前に立ち、眉を顰める。


「血の匂いですね」

「趣味の悪い奴らに目をつけられたもんだ」


 この血は間違いなく、今回の美女狩りの犠牲者が流したものだ。

 そして、真ん中に亀裂の走った岩石に、返り血がついている。


「皐月、身を隠しますよ」


 師走の提案に頷き、すぐ側の大樹へと飛び乗る。

 ここで、敵が来るのを待つのみ。


………………


 七箇所のうちの一つである、竜宮の北側にある結界石。

 こちらも真っ二つに割れており、結界の力が弱まっている。


 その結界を軽々と越える、黒い人影。

 それらはゆるりと歩き、何かを探しているかのように辺りを彷徨く。


「ぁ……」


 結界石の近くに女がいるなど、何と不用心な。

 竜宮に住まう女は、その異様な者たちに怯え腰を抜かしてしまっている。

 しかも、それらは人のようで、動きは動物のようだ。


 気味の悪いその生き物は女に狙いを定め、爪を立てて、襲いかかる。


 女の悲鳴と共に鳴り響いたのは銃声だった。


「美人だからってうちの都の者を勝手に持っていかないでくれるかなー?」


 銃を構えた神無月が物陰から姿を現した。

 黒い生き物は二体ほど銃弾を受けて、倒れている。


「ほらー、お嬢さん逃げないと食われちまうよー。そいつら、物の怪だ」

「は、はい…!」


 狙われていた女は一目散に駆けていく。


「まったく……」


 神無月は背後に迫っていた人型の物の怪を背中越しに銃で撃ち抜くと溜息をつきながら前進する。


 まだ、十体ほど生き残っている。


「無能な物の怪共がこんな賢いことできるかな? 誰の命令かな?」


 神無月の問いには答えない。


「やっぱ、コイツら使えないね」


 二体同時に襲い掛かってくる。

 それを避け、頭を撃ち抜く。


 最後の一体になった。

 だが、命の危機を感じたのか、物の怪の腕がどんどん太くなり、爪は短刀の如く鋭さを増す。


「おっとー……弾切れだね〜、さいあくー」


 銃を捨て、神無月は両手を広げ、相手に無力であることを示したが、化け物には通じなかったようだ。


 獣らしく、大振りに腕を振り回す物の怪は、地を蹴って神無月に襲い掛かる。

 神無月は飛び上がり、物の怪の頭を踏み台に、向こう側へと飛び移る。


「………」


 振り返り、再び狙いを定める物の怪を無言で見つめ、神無月は口角を上げる。


 太く鋭い爪を掴み、神無月は物の怪の後頭部へと近づくと袖から除く銃口を押し付ける。


 銃声が鳴り響く。


 紫色の光が弾け、物の怪は花の如く散っていった。


「ざーんねーん。こっちが俺の相棒だよ!」


 袖の中に隠し持っていた紅葉色の銃を見せびらかし、神無月は無邪気に笑う。

 神無月は敵がいなくなったこの場を見渡しながら舌打ちする。


「面白くねーの。『藤乱れ』を使うまでもなかった」



………………


 一方、他の結界も破られ、人型の物の怪が竜宮に侵入する。

 だが、それらは鋭く尖った針で頭を貫かれ、一斉に倒れ込む。


 木の上で吹き針術に使った吹き筒を構えるのは疾風とお蝶の忍夫婦である。


 敵が倒れたのを確認すると静かに別の木へと移動する。 

 そこで爆発音のようなものが、近くで聞こえた。


「神無月様か……。また遊んでおられるようね」

「小さい物の怪など、神無月様にとってはつまらないものだ」

「そうね。こいつら、案外あっさり倒れるんだもの。女を殺すだけだから、油断しているのだろうけど」


 お蝶が溜息をつく横で、疾風は苦笑し、黒い塵となって散っていく物の怪たちを見下ろす。


「こいつらは誰の命令で動いているのか………」


 お蝶は頭巾を深く被り治し、考えられることを述べた。


「物の怪は、悪霊の集合体が獣化したもの。となれば、霊使いである可能性が高い」


 お蝶の言葉に納得した疾風も頷く。

 敵は物の怪ばかり送ってなかなか正体を現さない。これでは根本的な解決まで行き届かないだろう。



………………


「なるほど……」


 屋敷に残っている優は徐に呟いた。

 部屋の縁側で、季節がこちらの世界とずれている竜宮の庭に咲く桜を見つめていた美月は、その呟きを聞き、不思議そうに首を傾げる。


「どうしたの、急に」

「千里眼で結界石を見てみた」


 美月は目を見開くと優の向かい側に座る。


「千里眼を使えるなんて………」

「この力は体力を消耗する。一日使いっぱなしだとぶっ倒れる」


 そう言って頭を抱え顔を歪ませる優。

 その様子に美月は慌てふためく。


「ちょっと……ずっと使ってたの?」

「気になるし」

「だったら、皐月と師走様と一緒に行けば良かったのに」

「これ、妖かしの問題だろ。生粋の人間には関係ないと思うけど」


 優の話は正しいとは思うのだが、言い方考えてほしい。

 それに、ここは美月の兄の都だ。


「そんな言い方しないの。確かに、人間と妖かしには溝があるけど──」


 美月はそこまで言って、口をつぐんだ。

 心の何処かで、前世の自分が泣いたような気がした。

 美月が今放った言葉は、夕霧と文月の間を裂いたのだ。そして、優と鬼たちの関係も。


「………今の忘れて」


 悲しげに呟いた。

 だが、優は気にする素振りを見せずに話を続けた。


「千里眼で見たのは、物の怪だ。人型の」


 美月は眉を顰めた。


「人型……? 物の怪にも種類があるってこと?」

「俺が見たことあるのは、いつものあの怪物みたいな形のものだ。だが稀に、人の形をしたものもいた」


 話に納得したように頷く美月の頭へと優は徐に手を伸ばす。

 それに驚き咄嗟に目を瞑るが、その手は美月の髪に触れるとすぐに離れていった。


「そんなに怖がらなくても良いだろ」


 優は桜の花弁が一枚をつまみ、不満そうに呟く。


「さっき庭覗いてたときに落ちてきたのかな」


 美月は頭上を手で確認しながら、ごめんねと微笑む。


「──姫様」


 突然部屋に響き渡る声に二人の肩が飛び上がる。

 美月は首を巡らせ部屋の入り口にいる双子小鬼に微笑む。

 だが、優は逆に苛立たしそうに声の主を睨んでいる。


「髪なら、小桜姉さんが整えてくれますよ」


 小雪は無表情で、尚かつ、芯の通った声で話すと隣にいる小桜へと視線を向ける。

 小桜は優を見ると一瞬、顔を顰めたが、この状況に溜息をつく。


 双子の性格は大いに違っていた。

 小桜は表情豊かで、比較的穏やかな性格なので、姉らしいと言えよう。

 それとは逆に、弟の小雪は無表情無口。たまに口を開けば毒を吐く。

 外見はそっくりで『二人共』女の子みたいなのに。


「小桜、小雪。こっちおいで」


 美月が手招きすると双子は大人しく美月の傍らに正座する。


「はい、優。さっきのもう一回教えて」

「またかよ」

「そうです。なぜなら、小桜と小雪は私が信頼できる子たちだから」


 優の溢れかけた愚痴を塞き止めるように美月は答えた。

 双子は嬉しそうに目を細めたり、目を伏せたりとそれぞれの反応を見せる。

 優は溜息をつくと、双子の前でもう一度千里眼で見たことを話した。



「はい、話した」

「お疲れ様」


 話し終えると優は一休みするように体制を崩し、美月はそれに対し、穏やかに返した。

 小桜は顎に手を添え神妙な顔で話し出す。


「今、竜宮で起こっていることを整理してみますと………恐らく霊使いである何者かが、人型の物の怪に美女を殺すよう命じ、その死体の一部で蘇りの儀式を行っていると………」


 美月は頷く。が、小桜は納得のいかない顔で美月を見返した。


「ですが、気になることが一つ。蘇りの儀式で死んだ者を生前の姿で生き還らせる目的とは一体………」


「大切な人を生き還らせたいか、もしくは悪趣味で行っていることなのか………」


 小桜の話に、美月は可能性として挙げられることを言ってみた。

 相手が美女狩りである時点で悪趣味であることを悟れるが。



………………


 長い廊下をゆっくりと歩き進み、周りを見回す。

 なんだか屋敷が淡い水色に包まれているように見える。

 それは竜宮が水の中にある都だからではないかと一つの答えに辿り着く。


「ちょっと良いかな」


 呼び止められ、振り返れば黒髪を束ねた美青年がいつの間にやら立っていた。

 人間の世界に行けばすぐにでも女が寄って来そうな美しい顔で水無月は微笑む。


「君と話がしたいんだ。夕霧」







 水無月の向かい側に座り、優は彼の顔を真っ直ぐ見つめる。

 微笑むその様子は妹にそっくりである。


「夕霧、一応確認しておくけど、君は美月と将来を約束した人で良いのかな?」


 茶を噴き出しそうになるのをなんとか堪え、済ました顔で答えた。


「いや、まだそこまでは……」

「おや? 君が美月のことを本名で呼ぶ時点でそうなのかと思ったんだけど」


 水無月は自分の手の中にある茶を見つめ、穏やかな口調で話す。


「鬼神の本名を呼べるのは、血縁者と夫婦だけだ」

「あいつはもう鬼神じゃないし、人の間では本名で呼び合うくらいよくあること」


「………美月は、鬼神だ」


 最後の言葉が何故だが妙に重々しく感じた。

 優は眉間に皺を寄せる。


「美月は何度死のうと、何度生まれ変わろうと滅を司る鬼神としての運命は変えられない」


 水無月の言葉の一つ一つが優の心を捻り潰す。

 定められた大きな運命が美月を絶望の淵に追いやる光景が頭の中に流れ込んでいく。


「滅を司る鬼神は、自身も滅んでいくんだ、母上みたいに。だからこそ、だからこそ死んだ方がマシだと考える者もいる」

「………………」

「だけど、妹は………何度死が訪れようと、運命は変わらない。文月という名の枷を引きずりながら闇を彷徨う」


 優は拳を握りしめ、なるべく取り乱さぬよう、慎重に言葉を進めた。


「何で………人間に生まれ変わった美月が、鬼神なのか。それが聞きたい」


 水無月は瞼を閉じ、胸に手を当て、苦しげに答えた。


「鬼神の時期頭領は、本当は僕がなるはずだった。だけど僕は体が弱い。美月はそんな僕を気遣って、自ら頭領になることを名乗り出たんだ」


 水無月はゆっくりと目を開くと闇を持った瞳で優を見つめた。

 優もその瞳に動揺しつつも静かに話を聞いた。


「女が頭領になるなんて、簡単なことではない。だけど、美月は構わず頭領を目指して突き進んでいった。………父上は、美月を頭領に推した」


 優は僅かに水無月の様子がおかしいのを感じ取った。

 明らかに、何か隠している。


「美月は、命令に従いながら多くの者を殺していった。母上も僕もいないその時を孤独に過ごして、生きていることに疲れを感じ始めた。そんなときだろうね、君に出会ったのは」


 その瞬間、優は心が抉られるような痛みに襲われた。

 美月を殺したあのときの記憶は鮮明に覚えている。

 あのとき、どれほど彼女を傷つけたのだろう。


「そんな顔をしないでくれ。あの件は葉月たちが仕組んでいたとわかっている」


 水無月はいつもの穏やかな雰囲気に戻っていた。

 ついさっきの違和感は何だったのだろう。水無月から、闇を感じた。


「妹も、君のことを許しているんだろう? ならば、今度はあの子を守ってくれ」


 水無月は優に微笑みかけた。

 その笑みは兄妹そっくりだ。


「まだ聞きたいことがある」


 水無月はスッと目を細め、優の顔をじっと見つめて囁いた。


「君は、何者なのか」


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