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鬼姫の曼珠沙華  作者: 紫木 千
第二章 『竜宮編』
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【第二章】忍夫婦の悩み

「気持ち悪い…」


 客人としてもてなされたのは良いとして、竜宮門は訪ねてきた者全てにかなり疲労感を与える。


 疾風とお蝶を追って飛び込んだ池がすぐに竜宮門だったとは…。


 脳裏に浮かぶは、白い美しい鬼。

 池に潜ったその瞬間、頭に流れ込んできたのは鈴紅に殺される卯月の姿だった。


「てことは、弥生も同じような光景を見たんだろうな」


 卯月は何度も助けを求める眼差しを向けてきた。

 吐き気を催し、掌で口を押さえ付ける。


「卯月………」


 愛しいあの鬼の名を呟いた。

 まだ、まだ簪を刺してもらっていない。

 夫として認めてくれる証に、髪に刺すようにと渡した銀色の簪。

 それを握りしめ、皐月は恨めしそうに呟いた。


「雪女………」


 鈴紅に取り憑いていた雪女。あの妖かしだけは憎くて仕方なかった。

 ただ、鈴紅の娘である美月が気にすると思い、あえて表には出さないようにしているが。


「皐月」


 戸の向こうから聞き慣れた声が聞こえ、震わせていた拳を懐に収めた。


「師走か?何だ」


 戸がゆっくりと開かれ、貫禄のある鬼が部屋へと足を踏み入れた。


「話せますか」

「ああ、俺は大丈夫だ」

「弥生も少し回復したみたいです。食事を取ってますよ」

「そうか、あいつも目を覚ましたのか」


 師走は皐月と向かい合うように畳に座ると、一息置いて話しだした。


「私の元で、お前と卯月は良い子に育ってきました。そこで、これは話しておくべきだと思います」

「なんだよ……」


 深刻そうな師走の表情と話し方に体を強張らせる。

 卯月が何だというのだ。


「私は立場上、黄泉の国の管理、魂の案内もしなければならない。そこで気づいたのです」


 師走は目線を下げ、銀色の簪を持つ皐月の手を見つめた。

 そして、重々しい口調で一言。



「どこにもいないんですよ。卯月の魂が」



………………………


 美月は布団から起き上がって深呼吸。

 その様子を傍らで見つめている優。


「うん、もう大丈夫」


 胸に手を当て、もう一度ゆっくりと息を吸って吐く。

 優の訝しげな視線に、美月は困り顔で苦笑する。


「どうしたの? そんなに怖い顔しないでよ」


 美月は優の手を取り、上下に振る。

 握手だ。だが、優はその行動を不審そうに見つめる。


「ありがとう。もう大丈夫だから」


 優はその手を握り返し、そっぽを向く。


「あっそ。じゃあ飯でも食ったら」

「可愛くないなぁ」

「結構」


 美月の不満そうな顔から目をそらし溜息をつく。

 大体、男に可愛い可愛くないの基準をつけてどうする。

 あれ、と美月は首を傾げながら優を見つめる。


「何で、優は何も無いの? 同じように竜宮門を潜ったはずなのに」


 美月はずっと平然としている優に違和感を感じた。


「見たよ。過去の後悔」

「今は無事だね。私とは大違い」


 優は再度溜息をついた。


「よく思い出せ。俺達が池に飛び込む前に、あの忍は何て言ってた?」


 美月は下を向いて、記憶を探る。


「え………、竜宮門は気を強く持たなくちゃならないってぐらいしか……」

「ちげーよ、馬鹿」


 言い方がきつい。

 美月はムッとして眉間に皺を寄せる。

 さっきはあんなに優しかったのに。


「じゃあ、何て言ってたの」


「『この中に飛び込めば、竜宮門』って言っていたんだよ。あの言葉を聞いて、俺達の大半は池に飛び込んでから、『その後に』門を潜ると考えていたんだ」


 優の話を真剣に聞き、美月は頭の中で整理する。そして、気づいたことを口にした。


「でも、実際………私たちは池に潜った直後に竜宮門の餌食になったよね」


「そう、心の準備も整っていないときに突然、過去の記憶が流れた。あの池は竜宮門と直接繋がっている。それを知らせずにあの忍は池へと誘導した」


 優は顎に手を添える。


「俺はあの忍の言葉に違和感を感じたんだよ。だから突然の事態に備え、心の準備万端で挑んだ」


「そう、だからそこまで取り乱していないのね」


 流石としか言いようがない。

 そんなことを瞬時に考えていたのか。

 優の頭の回転の早さと、用心深さは美月にはないものだ。


「って、私に教えてくれれば良かったのに」

「ああ、すまない。すぐに伝えられなかった」


 確かに、伝えてさえいれば、美月はあそこまで苦しまずに済んだだろう。

 少しだけ、胸にモヤモヤとしたものが溜まった。


「あ、ぅ、でも、良いの。もう平気だから」


 そんな優の様子を察したのか、美月は首を振って、気にしないで、と微笑む。

 彼女の優しさに少しだけ胸のうちが軽くなる。


「でも……あの忍。説明不足、と言うわけでもないだろうな。何か企んで」


「───ご名答」



 突如聞き慣れぬ声が聞こえ、優と美月は一斉に振り返った。


 そこには茶髪の鬼と、今の今まで話題として取り上げていた忍が跪いていた。


「あなた………」

「よ、姫〜。俺は神無月。んで、こっちは疾風な。俺は良いけど、こっちの疾風は奥さんいるから駄目だぞ」


 何を言ってるんだこいつは。と美月は眉間に皺を寄せながらへらへらとしている神無月を見上げる。


「へえ……唯の人間だと思ったけど。冴えてんな、夕霧」


 優も神無月を訝しげに見つめる。


「夕霧。お前が今話していた通り、全ては意図的に実行されたものだ」


 神無月は傍らにいる疾風に目をやる。


「俺が命じたんだ。夕霧の実力を試す為にな」

「水無月に言われたのか」

「いや? お陰で怒られたよ」


 じゃあするなよ、とツッコみたくなる衝動に駆られ、優と美月は蔑むような目で神無月を見上げる。


「まあ、怒るのも仕方ないか。それはごめんな」

「何で俺を試したのか聞きたい」


 確かに、優限定の企みの考えが気になり、美月も耳を傾ける。

 神無月は美月に視線を移し、唇の端を持ち上げる。


「そりゃあ、お前が姫に相応しいのかどうか見たかったから? だってさー、絶対姫に合うのは俺だと思ったし」


 神無月の思わぬ発言に美月は困惑。

 

 若干引き気味に神無月を見つめていると、彼の方も興味ありげに微笑み返してくる。


(普通にウザい………)


 何か殴りたい。

 その気持ちを抑え、ふいに優を見てみれば、


 ───彼は禍々しい殺気を放っていた。


 何か良からぬ気配を悟り、神無月は慌てて取り消しを宣言する。


「…………ってのは冗談でー…。個人的に、お前の正体が気になってさ」


「普通にうざったいですね」


 美月の代わりに、今一番言いたかったことを言ってくれたのは、神無月の傍らで跪く、疾風だった。


「神無月様。発言の許可を得たい」

「もう既に発言してるけどね。もう勝手にして」


 では、と疾風は優と美月に向き合うと頭を下げる。

 これは、土下座というやつだ。

 突然のことで二人は戸惑っていると疾風は謝罪の言葉を述べる。


「大変失礼なことをしてしまった。主に変わり、謝罪申し上げる」


 なるほど、主従関係のバランスが崩れそうなほどの関係だ。

 とりあえず神無月と疾風は立場を交代した方がいい。


「えっと……もう大丈夫だから、お顔を上げてください」


 美月の言葉に従い、疾風は顔を上げる。


「神無月様。ここは金か何か差し出すべきでは、ついでに俺にも」

「何でお前にも渡さないといけないのかな」


 疾風の発言に驚き、美月は必死に首を横に振る。


「それは良いの! 本当に!」

「ほら、姫はこう言ってらっしゃる」


 神無月の呑気な態度に溜息をつく疾風。

 変な鬼を主に持ったな、と疾風のことを気の毒に思う。


「それじゃあ、食事の用意を頼んでおくから、後で呼ぶね〜」


 疾風を引き連れて、部屋を出て行く神無月。

 出て行く最後の一瞬、神無月は優のことを訝しげに見ていたような気がした。


………………………………


 竜宮の真ん中に建てられている水無月の屋敷。

 その庭の松の木の上で、お蝶は辺りを見渡す。そこで、夫を見つけ、すぐさま木から飛び降りる。


「疾風!」


 振り返った疾風の元に辿り着くと、お蝶は自身を落ち着かせようと深呼吸する。


「蝶? 何だ」


 お蝶は頬を赤らめながら、気恥ずかしくとも、勇気を振り絞って言った。


「明日、暇かしら」

「いや、神無月様と結界の張り直しを行う」

「じゃあ、明後日は?」

「竜宮を出て使いに向かう」

「明々後日は?」

「一度里に戻って使いに」


 大忙しの夫の日程。だがめげずにお蝶は暇な日を見つけるために問い続ける。


「その次は?」

「神無月様が竜宮の一角に向かうから、護衛を」

「その次は?」

「里に向かう」

「…………」


 お蝶がやけに全身を震わせているので疾風はどうかしたのかと首を傾げる。

 やがて、お蝶は強気な態度で聞いてくる。


「そんな……そんなんで、いつ祝言をあげるの!?ていうか祝言あげる気あるのか!!?」

「空いた日を見つけるか……おぅわ!!」


 突然飛んできた手裏剣を避け、疾風は木の上に避難。

 だが、その後をクナイを持ったお蝶が追いかけてくる。


「じゃあ、いつ空くのよ!?」


 向かう先に大量の手裏剣が飛び、疾風がいた場所に全て突き刺さる。


「お、落ち着け蝶!」


 手裏剣を避け続けた、その先の木の幹に鎌が突き刺さる。

 お蝶は鎖で繋がれた鎌を引き抜くと再び疾風に向けて投げつける。


「この会話を何千回続ければ祝言をあげる気になるのか!! 今まで我慢していたが、限界だ!!」


「わかった! 日が空くように努力する…! 土産に何か買ってきてやるから…」


「いらぬわ!!」


 お蝶はクナイを両手に三本ずつ構え、疾風に飛ばし、疾風に突き立てる勢いで襲いかかる。

 疾風は瞬時にクナイで攻撃を食い止める。


「私たちは夫婦だ! 夫婦! だが何一つ夫婦らしいことをしておらぬではないか!」


「それは……すまない! だが……!」


「問答無用…!!!」









 鬼の女中が淹れたお茶を一口飲み、水無月は庭の方へと視線を向ける。


「庭の方が何だか騒がしいね」


 水無月の言葉に茶を飲むのを止め、神無月は立ち上がった。


 庭へと続く障子を開いた直後に、障子の縁にいくつかの手裏剣が突き刺さる。

 それを簡単に避けた神無月は庭で繰り広げられている激戦に頭を悩ませた。


「おーい、疾風、お蝶。程々にねー」

「神無月様!?」


 思わぬ声の主と目を合わせ、疾風とお蝶の手が止まる。


 茶の間に戻ってきた神無月に水無月は微笑みかける。


「あの二人はいつも仲が良いみたいだね」

「え〜、少なくとも、お蝶はいつか夫を殺しそうな勢いだけど」



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