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鬼姫の曼珠沙華  作者: 紫木 千
第二章 『竜宮編』
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【第二章】嫉妬の言葉

 十六夜宅。さあ、これから夕食というときに、小桜と小雪は硬直したまま美月見つめていた。


「その忍に何かされたのですか!?」

「え、いやいや…普通に良い人たちだったし……」

「甘いです!油断したすきに首を持ってかれますよ!私共もつい先程後をつけられたのです!」


 なんて物騒な。

 本気で語る小桜を苦笑しながら頷き返す。しかし小桜も小雪も、心配で心配で仕方ないといった表情で美月を見つめ続け、溜息を零す。


「それで………竜宮に行けば、姫様の兄上様にお会い出来ると……」


 小桜の言葉に笑顔で頷くと二人共眉を顰めた。もう少し美月には警戒心を持ってほしいものだ。

 美月一人を連れていくわけではなさそうなので、少しは安心できるのだが。


「姫様、覚えていらっしゃらないのですか?」


 小桜が話しだしたのは前世での話。

 頭領、睦月の娘である文月姫──本名、美月──は母に似て、いや、それ以上に美しいと評判であった。

 そのため多くの鬼たちが無理矢理にでも結婚を申し込んで来たのだという。

 小桜や、特に姫に好意を寄せていた小雪は警戒心が強まるばかりであった。


「へ〜、でも生まれ変わったらそこまでないんじゃない?ほら、髪も変わってるし」

「………」


 もはや天然なのかわからないが、前世と姿があんまり変わっていないのだ。髪色は黒髪から茶髪に変わっているとして、その姿は一目で姫だとわかる。


「それに、いくらなんでも、私に婚約は来ないと思う」

「………そうですか」

「ほらほら、ご飯冷めちゃうよ」


 美月は手を合わせて、いただきますの一言を発した瞬間、小桜が首を傾げて訪ねてきた。


「あの、前からお聞きたいことがあります」

「どうしたの?小桜」

「なぜ、人間は飯を食う前に手を合わせるのですか?」


 美月は目を見開くと少し考え込んだ。


「あんまり気にしたことないな…習慣づいてるからね」

「お一人のときも、言ってたのですか?」

「もちろんだよ。この魚も、野菜も、元々私達みたいに生きてたものだからね。命を奪って生きてるんだから、感謝しないと。命をいただくって意味で、「いただきます」って言うのかな?」


 専門的なことはわからないが、多分そうなのだろう。

 小さい頃から習慣づけられ、今は当たり前のように言っているが考えてみれば、今目の前に並べられているものは、ほんの少し前まで生きていたものなのだ。

 前世では、多くの命を奪ってきた。ただ殺せと命じられた者を躊躇なく殺してきた。その罪滅ぼしなのかわからないが、なぜだか切なくなるのだ。


「そういえば、姫様って物知りですね…?昔も頭が良かったんですよ」

「小さい頃から勉強が好きだったの。調べたりするのが好きだったな」


 新聞やニュースを観るのが好きだった。

 皆がゲームに熱中する中、一人で本を読んでいた。


「勉強とかが好きすぎて、一人暮らしが決まったときは自然がたくさんある田舎に住むことにしたの。静かだし、良い環境だと思って」


 そう言って美月は小桜が作った味噌汁をすすった。

 本当に料理が上手だ。


「あ、でも静かな所が好きとは言っても、賑やかなのが嫌いというわけじゃないの。友達と遊ぶのも好きだし」


 人とズレている自分を受け入れてくれたのが親友の夏海だった。

 不思議な言動にツッコんではくるものの、美月を傷つけるようなことはしないのが、夏海だった。

 それに………。


「だから、弥生や、皐月、卯月、師走様、小桜、小雪も大好きなの。私に会いに来てくれたこと、すごく嬉しかった」


 美月が微笑むと小桜は何度も頷いた。


「姫様がいる所ならどこへでも駆けつけますよ!」

「かわいい…」


 可愛らしく微笑む小桜を抱きしめたい衝動に駆られたがぐっと我慢する。その隣にいる無表情の小雪は黙々と食事を続けている。


「小雪もかわいいな…」


 突然の言葉に、小雪は目を見開き箸を止める。。

 いつも無表情で無口な小雪だが、小桜や美月の前では表情豊かである。


「…………姫様はお美しいです」

「……はい!?」


 小雪はそれだけ告げるとそっぽを向く。隣で小桜は笑いを堪え、涙目になっている。それはもう半分告白と言って良いだろう。

 誰かに美しいと言われたことのない美月は戸惑い、視線を迷わせる。


「……私のことを言ったの?」

「姫様は、お美しいし、お優しい方です。それに、姫様以外に誰がいるというので──」

「小雪、私は違うと言いたいのか」


 小雪の答え方に機嫌を損ねた小桜が美月と小雪の間に乱入する。

 せっかく美月が小雪のことを意識してくれたところで小桜が邪魔したので小雪はギロリと小桜を見つめる。

 双子が喧嘩をし始めそうな雰囲気を放つ中、美月は未だ戸惑っていた。


…………………………………………



 翌日。一番乗りで教室に入る………と思ったが先に優が来ていた。

 席につくと隣で読書に没頭している彼に声をかける。


「おはよう」

「…………」

「おーはーよー」

「……ああ」


 絶対気づいてた。隣で物音がしたにも関わらず気づいてないわけがない。わざと無視したのだろう。

 苛立たしげに目を細め、優を見つめる。

 そして早速、名前を呼んで見る。


「優……?」

「…………」

「…………」

「なんだよ………」


 反応してくれたことが嬉しくて自然に口角が上がる。本から視線を移し、美月を睨んでいる優に微笑みかけると、呆れ顔で溜息をつかれた。


「何でいつもこんなに早いの?」

「家に居てもつまんないから」


 淡々と答え、その視線は再び本に戻される。

 あまり美月との会話に興味はないのだろうか。少し寂しくなり、肩を落とした。

 会話が止み、教室は恐ろしいほど静かになる。まあ、読書の方が好きなのであれば、仕方ない。

 納得し、鞄の中の教科書を取り出す。


 お弁当を取り出し、小桜と小雪の顔を頭に浮かべる。そこで、昨日の小雪の言葉を思い出し考え込んだ。


 ───私が美しい?


 なぜそう思うのだろう。小雪はどうしてそんなことを言ったのだろう。


───『姫様はお美しいです』


「………………」


 脳内にその言葉だけが繰り返され顔がカッと熱くなる。


(自惚れないで美月………。あれは………)


 頭の中がぐちゃぐちゃに掻き回され、思考が追いつかなくなったところで肩を掴まれる。


「はい!!何ですか!?」

「………いや、何で突然敬語…」


 訝しげな目の優がすぐ隣に立っていた。

 美月は未だ冷めぬ顔がさっきよりも熱くなるのを感じ、俯いた。

 優が話しかける前から隣で顔を真っ赤にしながらあたふたと慌てふためていた美月。何事かと話しかけてみれば、顔を赤くしたまま、まごついている。

 そうして、ようやく美月は口を開いた


「小雪って………」

「…………」


 まさか顔を赤くする理由が双子小鬼の弟の方だったとは。

 美月が赤面したまま小雪の名を出した瞬間、優の機嫌が一気に悪くなる。


「小雪が何……」

「え、いや、別に───」

「いやじゃなくて、聞いてるんだけど」


 厳しい口調に驚き、顔を上げる。美月を睨みつけたまま見下ろす優の顔は恐ろしい以外何も思いつかない。

 何かしたっけ、と怯え、逃げ出そうとする美月の手を容赦なく掴んで優は禍々しいオーラを放つ。


(うわー、なんか怒ってる…)


 何故話さなければならないのだろうか。これは美月のプライベートの話で、優にとってはどうでもいいはずだ。

 しかし何か話さないと殺されるのではないかと思い、美月は恐る恐る口を開く。


「小雪ってたまに変なこと言うからちょっと頭の中の整理をしていたの」


 間違ってはいない。

 美月の答えに満足しているのか否か、複雑な表情を浮かべながら溜息をつく優のことが、不思議に思い、首を傾げる。


「ご、ごめんなさい。私何か気に触ることした?」


 眉を顰めて心配そうに顔を覗き込む美月を見つめ、優も自分の顔が熱くなるのを感じた。


「美月ってさ…」

「おお、名前……!」

「ちょっと黙れ」


 余程嬉しかったのだろうか、美月は目を見開き、戸惑いつつも口角を上げた。


「……天然?変人?」

「馬鹿にしてるのかな。でもあえて答えるとすれば、わからない」

「何で」

「天然も変人も、自分では気づかないものだから。自分の意見だけで決めつけるのは良くないと思った」


 変なこと考える奴、それが美月である。

 彼女はクラスでも変わり者として扱われている。とにかく行動が変なのである。


 ただ、人と違うことを進んでやりたがる彼女に惹かれる部分もあるのだが。

 彼女が、他の男のことで顔を赤くしていると考えると腹が立って仕方なかった。


…………………………………………


「ほほぉ、それは嫉妬というやつですな」

「はぁ?」


 屋上で久しぶりに夏海と昼食をし、ついでに今朝のことで相談してみれば、先程の答えが返ってきた。


「嘘……」

「嘘じゃない!多分、美月のこと好きなんだと思われます。ていうか美月が恋愛なんて、珍しいな〜」


 まるで自分のことのようにはしゃぐ夏海。そこまで言われるとそうなのか、と考え込んでしまう。

 小雪に突然美しいと言われ、それに動揺してしまっただけである。特別な感情というものは沸いてはいなかった。

 美月の本命はもちろん、ただ一人だけである。


「でも、どうして?あんなに怒るなんて…」

「美月?自分が大切に思っている人が、自分以外のことで嬉しそうにしていたら、どう思う?」

「嬉しそうになんかしてません」

「どう思う??」


 夏海に問い詰められ、言葉を詰まらせた。

 自分が大切に思っている人は、優だ。ずっと前から彼のことが大切だ。美月はよく考えた。

 他の人のことで嬉しそうにしている優。自分から離れていくのではないかという不安に駆られ、途端に寂しくなっていく。


「………嫌だ」


 離れないでほしい。

 置いていかないでほしい。

 もう自分を忘れないでほしい。

 そんな思いが募っていく。


 夏海はニッと笑って頷いた。


「ほらね?嫌でしょ。多分、桐崎君ヤキモチ焼いたんじゃない?美月はそういうの慣れてないから、よくわからなかったのかもしれないけど、特別な人にとっては、そんな簡単な気持ちではいられないんだよ」


「なんか、難しい」


 美月自分の胸に手を当てて、俯いた。


 優のことを考えると、胸が痛い。



………………………………


「夏海ー……………」


 放課後。道は違えど、門まではずっと一緒に行動するはずの夏海の姿は跡形もなく消えていた。

 そう、鞄も何もかも。


(に、逃げられた……)


 恐らく優と一緒に帰れという夏海からのサインなのだろうか。

 でもここまでしなくても良いのに、と逆に困ってしまう。

 隣を見やれば、優が本を読んでいる。放課後なんだからいい加減帰る準備ぐらいしろ、とツッコみたくなる衝動を抑え、深呼吸。

 この状況は、一緒に帰るべきなのでは…。


「………優、月火神社まで一緒に行こう」


 とりあえず話しかければ読書を中断してくれた。


「神社まで?」

「だって他の皆も竜宮まで連れて行ってくれるみたいだし。今から神社に行く方が早いと思う」

「へえ…」


 へえじゃねえよ、と心の中で呟きながら美月は溜息をつく。

 とりあえず、腕を引っ張って立ち上がらせると彼の鞄も持って教室を出る。


「……読書中だったんだけど」

「うん、早く行かないと日が落ちてしまう」

「会話になってない」


 大人しくついてきてくれるのでまあ、良しとしよう。

 取り上げた本と鞄を渡して優の腕を引っ張り歩いて行く。

 優は握られたその手を見つめたまま、美月の後ろを歩く。


 校門を出ると、辺り一面に広がるは田畑の数々。美月にとってはこういうのが一番好きなのだが。


「はい、もう自分で歩いて下さい」


 握っていた手を離した。が、離れない。

 優は美月の手を、握ったまま離さなかった。


「…………はい?」


 美月は眉間に皺を寄せ、握られた自身の手と、それを離さない優の手を見つめる。

 一体どういうつもりだ、と彼を見れば感情の読み取りにくい見事の無表情がそこにあった。

 そのまま、優は美月の手を引いて歩き出した。


「何で離さないの?」

「…………」

「私、冷え性だから手冷たいよ」

「…………」


 歩きながら、優の背中に向かって何度も問い続ける。


「どういうつもり……?」

「…………」

「…………」

「…………」


 しばらくして二人共無言で歩き続けたが、美月はそっぽ向いて呟いた。


「無言でも小雪の方がかわい──痛い痛い!」


 この言葉がまずかったのか、優は美月の手を一層強く握りしめる。

 美月はその痛みに耐えながら、何故このような行動に及んだのか考え始める。

 その時、優は振り向いてやっと口を開く。


「今朝、小雪がどうとか言ってたけど」

「まだ言ってるの、あれは………。………………」


 あれは───。何も言えなかった。

 正直に言えば、文月と夕霧の関係が崩れる予感がした。小雪に美しいと言われた。このことを伝えて、勘違いさせたらどうすれば良い。


 ────だって初めてだった。美しいなんて、優しいなんて言われたのは。


「惚れた男でもいんの?」


 突然の低く恐ろしい声色に驚き、顔を上げる。

 優は美月を睨んでいた。

 ああ、また怒らせてしまった。美月は逃げるように下を向くが、頬に手を添えられ、優の視線と混じり合う。


 心臓が高鳴った。今、呼吸をしているのかわからない。

 目の前の人物は怒っており、本来なら警戒すべきなのに。その表情に、不覚にもときめいてしまった。


「ち、近い!目悪くなるからどけ!!」


 優の胸を押してひとまず距離を置く。そのときに短い舌打ちが聞こえた。

 顔を赤くした美月がそっぽ向いていた。その仕草が愛おしいと思った優の心境を、誰も理解できないだろう。


「あっ、ちょっ………!」


 美月の手を握ったまま、優はまた歩み始める。

 美月は優に振り回されっぱなしで頭が追いつかなくなる。


「まだ握ってるの……?」

「犬の散歩に似てる。ああ、もちろんお前が犬な」

「………馬鹿にしてるの?」


 

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