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【序章】
どこかで、誰かの泣き声が聞こえた。まだどこかあどけない、幼い声。
『──どうしたんだい』
少しだけ、大人びた声が聞こえた。
『転んで怪我をしたの……』
幼い声が、助けを求めるかのように、もう一人に縋り付く。
『このくらいの傷なら、手当てをすればすぐに良くなるよ』
それでも声は泣き止まない。
やがて、もう一人はため息をつく。
『仕方ないな。おいで、僕がおぶって行くから』
その声はとても優しく、あたたかい。そして、とても懐かしかった。
『母上には内緒にしてくれる?』
『どうして?』
『このくらいで泣いてたら、怒られちゃうから……』
「母上はそんなことで怒ったりしないよ。まあ、黙っておいてあげる』
大好きなその背中におぶられながら、幼い声は眠たそうな声で、その人を呼んだ。
『──兄様』
『眠いのかい? 屋敷につくまで寝ていなさい』
幼い少女は、そこまま夢の中へと入り込んでしまった。
「…………」