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鬼姫の曼珠沙華  作者: 紫木 千
第一章 『月火神社編」
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【第一章】仲

 大怪我をし、学校を休んで、今日まで師走の元で過ごしてきた。師走が学校に何と説明したしたのかはわからないが、師走なら大丈夫だろうと安心していた。

 それは、同じ学校に通う桐崎も例外ではない。頭の回転が速い師走の計らいで学校を休めているのだ。その間、美月のことは相変わらず小桜と小雪が付きっきりで看病している。

 そして何故か桐崎と弥生と皐月は仲が良くなっていた。最近よく三人の会話が聞こえるが、会話の内容は主に弥生と皐月の喧嘩ばかりだ。しかし毎日退屈することがないため、それはそれで良いと思う。


「吹雪、止みませんね」


 風がガタガタと障子を揺らし続ける。小桜が不安げにそう言うと小雪も頷いた。


「また……奴が……」


 小雪の言う、『奴』とは当然鈴紅のことだろう。また鈴紅が襲って来て、美月を傷つけるのでは、と双子の頭の中は不安や考え事でいっぱいになっていた。

 美月は微笑み、二人の頭を優しく撫でた。


「今度は、気をつけるから……。だから、二人も気をつけるんだよ?」


 小桜と小雪はそれぞれまだ安心しきれないといった微妙な表情を浮かべながら、頷いた。



『──お前が傷つく度に俺はお前を許さないからな』



 桐崎が言った言葉。重みがあり、優しさもあった。鋭く冷たい言い方に聞こえたかもしれないが、美月はあの言葉を聞いた瞬間、涙を流したくなるほどの喜びに駆られた。

 前世の、大昔のことなのに、まだどこかで彼を想っている。それを改めて感じた瞬間だった。


 ──チリン。


 どこかで鈴の音が聞こえた。美月は布団を握り締め、凍りついたように固まった。高く、洗練された音色は美月の耳元で鳴り響く。


「姫様?」


 異変に気づいた小桜が首を傾げ、顔を覗き込んでくる。小雪も眉を顰め、美月をじっと見つめている。

 美月だけ。美月だけが気づいてしまった。鈴の音が、不気味に鳴り響く。外は雪景色でこんなにも寒いというのに、冷たい汗が美月の頬を伝った。



『みぃつけた』



 美月が立ち上がったのも束の間。吹雪が障子を突き破って、美月のいる部屋を突っ切って行く。吹き飛ばされそうになったところ、小桜と小雪が支えに向かう。

 外には、美月たちに向かって微笑んでいる黒髪の、白い着物の女が立っていた。


「鈴紅っ……!」


 切羽詰まった様子で小桜が鈴紅を睨みつけた。鈴紅は美月を確認すると満面の笑みを浮かべる。


「本当ね……。まぁだ生きているなんて、生命力の強いこと……。文月……?」


 美月はすぐ手元まで転がってきた紅の短刀を掴んだ。鈴紅は遠慮なく部屋へと入って来る。


「ふふ…。文月、あなたが死ねば全て終わるのに……。あなたが死ねば、卯月も死ななかったのですのよ?私はあなたを殺すためにここにいるの。あとはどうでいいの」


 一歩一歩と美月に歩み寄りながら鈴紅はほくそ笑む。美月の曼珠沙華を掴む手が震えた。全ての元凶は自分だ。自分のせいで卯月は死んだのだ。


「姫様、耳を貸す必要なんてありません…!」


 小桜が必死に美月を庇う。だが、美月の中ではそれは既に認めていることであるため、どんなにフォローされようと心が晴れる気がしなかった。

 鈴紅の右手に氷によって精密に作られた刀が現れる。その刃先を美月に向けながら鈴紅は眉を顰め、まるで憐れむような目を美月に向けた。

 もうわからなくなってしまった。どうして今ここにいるのか。全てが全て、自分のせいだと言うのなら、何故今、ここに存在しているのか。


「どうして、私を殺そうとするの……」

「愛しているからですよ? 母が娘を愛する。不思議なことではないでしょう……?」


 まただ、鈴紅はいつもこう言うのだ。愛しているから殺すと。


「やっぱりわからないな。お前の頭の中は」


 後ろから聞こえてきた低い声に反応し振り返るとそこには鋭く鈴紅を睨みつける桐崎が立っていた。


「夕霧………。また邪魔をする気ね……あなたのこと大嫌いになりました。その顔を見ただけで胸糞悪い」

「俺はとっくの昔にあなたに同じ思いを抱いていた」

「黙りなさい……」


 鈴紅と桐崎から周囲の人間を抹殺するほどの威力を持ったオーラが漂う。

 桐崎は目を細め、鈴紅の背後を見つめた。


「おかしいな……何故吹雪が吹いていないんだ?」


 桐崎の言葉に、美月と双子も鈴紅の背後に広がる雪景色を眺めた。吹雪は吹いていない。それどころか、あれほどしんしんと降り積もっていた雪も止まり、何故か雪玉が宙に浮いた状態で止まっている。


「………時間が、止まってる…」


 小桜の呟きが全ての原因を突き止めた。時が止まっている。いつの間にか辺りもしんと静まり返っている。

 桐崎は鈴紅に視線を戻し、呟いた。


「時間を操る力を持つ鬼神を、俺は知っている」


 時間を操る鬼神は確かにいた。文月の天敵であり、最大の憎き相手。鈴紅の後ろで音もなく着地した鬼はニヤリと笑って桐崎と美月を見比べる。


「葉月………」


 美月は大鎌を構える葉月の名を不安げに呼んだ。

 最悪だ。まさか鈴紅と葉月が手を組むとは思わなかった。確かに二人共美月の命を狙っているのだが…。


「この状態を作るのにだいぶかかった……」


 溜息をつきながら葉月は鎌を肩に掲げて笑った。


「時を止めるのは苦労するんだ……。それにお前たちだけを残してなんて、尚更疲れる」

「時なんか止めてどうするつもりだ」

「さあな? 言っておくが、今この場にいる者以外、全て止まってるからな」


 曖昧に答え、意味有りげにほくそ笑む葉月。この場にいる者以外、つまり弥生も皐月も師走も、動いていないのだ。

 美月は曼珠沙華を右手で握り締め、立ち上がった。


「小桜、小雪」

「はい姫様」


 呼びかけに双子は応じると身構えた。深呼吸して、美月は鈴紅を見据えた。鈴紅は氷の刀を美月に向けほくそ笑む。


「逃げるよ」

「御意」

「………は?」


 突然、鈴紅たちに背を向け部屋を飛び出した美月たちを桐崎は唖然として見つめ、立ちすくんでいると、鈴紅は目を見開いて手を口元に添えながら「あらあら…」と呑気にもその場から動かない。

 葉月は案の定キレ気味に眉を顰め、声を荒らげる。


「なんで逃げやがった…………!!!?」

「鬼ごっこは得意よ……?」


 鈴紅はふわりと宙に浮くと美月たちの後を追う。葉月は舌打ちすると外へと駆け出し屋根に飛び乗る。

 残された桐崎は眉を顰め、少し考え込むと同じく部屋を飛び出して行った。






「文月ー? 逃げ足が速いのねぇ?」


 駆ける美月の背中を追いかけながら、鈴紅は高笑いをする。

 廊下を滑るように走り、外へと飛び出す。美月は突如立ち止まり、振り返って曼珠沙華の刃先を鈴紅に向ける。


「やっと死ねるわね……!?」


 鈴紅の刀が美月の首元に狙いを定め地を蹴って向かってくる。それなのに動じない美月。考えが鈍っている鈴紅にはその僅かな違和感を感じ取ることができなかった。


「……っ!?」


 突然鈴紅の動きが止まる。鈴紅の背後に周っていた小桜と小雪が鈴紅に向かって一斉に技を放ち吹き飛ばした。土に叩きつけられた鈴紅は、美月を鋭く睨みつける。


「そんなに睨まないで、母上」


 美月は重々しく口を開くと、倒れ込んだ鈴紅を見据える。前世の自分と同じ黒髪の母親。何故雪女などになってしまったのだろう。


「どうして………? あなたは愛する者を殺すの?」


 美月の問いを無視し、鈴紅は苦痛に顔を歪めながら立ち上がる。


「文月……こ、の…」


 双子の攻撃がかなり効いたのだろう、ふらふらと立ち上がると鈴紅は自分が美月と双子に挟み撃ちにされていることに気づく。


「やはり使えないではないか」


 呆れ顔で呟く葉月は美月の背後を狙って上から鎌を振り下ろす。一瞬のことで、目で追うのにやっとだった。

 葉月は斬った感覚と金属同士がぶつかり合うような音に違和感を覚え、顔を上げる。美月の背には、長く伸びた赤い刀があった。それが鎌を防いだのだと知ると、葉月は面白そうに唇の端を上げる。


「あなたの気配には気づいていた」


 背中で曼珠沙華を構えながら美月は鋭い声で葉月に伝えた。


「葉月……! 文月は私が殺すと言ったはずだ……!!」

「ああ、すまないな伯母上。気付けば体が動いていた」


 ふざけた調子で話す葉月に更に苛立たしげに顔を歪める鈴紅。そして鈴紅を見張り続ける双子に目を向けながら下唇を噛む。


 ああ本当、心底邪魔………と鈴紅が忌々しげに声を震わせて、葉月を刺すように見据える。


「葉月、用意していたもの、全部放ちなさい!!」

「ハッ、仰せのままに、先代文月」


 しばらくすると頬に冷たいものが当たる。それは雪であった。止まっていた時間がいつも通り進んでいく。

 なぜ葉月は急に解除したのだろう。その理由を考える間もなく、地面の振動が伝わってくる。この重々しい生き物の歩き方には身に覚えがある。


「たくさん連れてきたからな」


 葉月がそう言って、鎌の柄を雪に埋もれた地面に突き刺す。


「物の怪………!?」


 月火神社に向かって大量の物の怪たちが四つん這いになって駆けて来る。ちょうどいい時に、タイミングが良い時に物の怪たちを放てるように時間を止めていたのだ。


「姫様!」


 弥生の声が響き渡る。時間がいつも通り動き始め、弥生と皐月、師走が応戦してくる。


「えっと…一体これは……」


 時間と共に止まっていた弥生たちはこの状況に非常に戸惑っていた。


「弥生たちも止まっていたから仕方ないね」


 美月の言葉に首を傾げる弥生。


「そ、それより…何この大量の物の怪たちは!? これ全部倒すの!?」

「そういうことだな……」


 弥生と皐月が引き気味に物の怪の数を数えている横で師走は刀を鞘から引き抜いた。


「だいたい事情は呑み込めましたので、戦いましょうか。弥生、屋根の上からの攻撃を」

「はい、師走様!」


 弥生は萩緑を出現させ、屋根に飛び乗る。

 美月も曼珠沙華を構える。それにしても、手によく馴染む刀だ。長年歴代の文月たちに使い込まれてきた紅の刀は美月に応えるように輝きを放つ。


「文月、あなたの相手は私」


 鈴紅は微笑んでいるのに声は恐ろしい程鋭かった。

 小桜、小雪、弥生、皐月、師走はあの大量の物の怪たちの始末をしなければならない。

 そして、美月は鈴紅を殺さなければならない。葉月は鈴紅に全て任せるつもりなのか呑気にも地べたに胡座をかいて観戦している。随分と舐められたものだ。美月は曼珠沙華を片手に持ち、いつでも戦えるよう、腰を低く身構えた。


「ふふふ………母の刃を食らうがいい…」


 鈴紅は刀を振り上げる。


(あの構えは……)


 美月は飛び上がり、距離を保った。美月が立っていた場所には氷が張ってあった。あれに巻き込まれていれば、身動きが取れずにすぐに決着がついていただろう。


「あら、逃げ足の速いこと……」

「………っ!」

「ほら、油断したから」


 鈴紅は話しながら美月へと急接近し、すでに目と鼻の先にいた。曼珠沙華で鈴紅の刀を食い止めるも、ズンと腕に重みがのしかかる。


「ねえ、文月。あなたいつも……なぜ私があなたを殺したがるのか、聞いてきますね……?」


 美月は曼珠沙華で氷の刀を払い、飛び上がって上から斬りつける。だが、それも鈴紅は防ぎ、新たに作り出した氷の刀で美月の横腹を狙ってくる。


「─っ!!!」


 それを足で蹴り落とし、美月は鈴紅の腹めがけて蹴りを入れる。


「ふ、ふふ…」


 蹴り飛ばされ、両足で地を踏みしめながら、鈴紅はゆらりと頭を上げる。


「全部、あなたのため………。あなたが私のようにならないため……?」

「え………?」


 予想外な答えが返ってきて戸惑う。鈴紅に殺されることが、鈴紅のようにならない唯一の方法であるということか。

 美月は眉を顰める。これは大ヒントなのかもしれないが、まだよくわからない。しかし、迷っている暇などない。鈴紅は絶え間なく襲い掛かってくる。


「文月は殺されたと思ったのに、まさか生まれ変わってるなんてね……」


 鈴紅は美月の腹に向かって氷を打ち込んだ。


「かはっ………!!?」

「だから、今度こそ終わりにさせるの………」


 弾き飛ばされ美月は石畳に叩きつけられる。腹を押さえながら立ち上がると、美月は曼珠沙華を握り締める。


「………ったの…?」

「なぁに?? 聞こえません」

「………私に死んでほしかったの!? 母上……!!!」


 怒りを含んだ鋭い声でそう問うと、鈴紅は唇の端を持ち上げ、不気味に笑った。


「やはり生まれ変わってもあなたはあなた。………ああっ!! 早く殺さなければ……!!!」


 笑いながら叫ぶと鈴紅は美月に向かって一直線に飛んでくる。

 美月は下唇を噛み締めて鈴紅を睨みつける。その時、戦闘態勢に入っていた体が宙に浮き、気がつけば屋根の上にいた。


「………!」


 無表情のまま見下ろしてくる桐崎。今彼に助けられたのだと悟った。


「な、んで……」

「感情が高ぶると集中力が欠けていく」


 桐崎は美月を抱えながら、屋根の上から鈴紅を見下ろした。当然、鈴紅は不愉快であった。


「ああ………また邪魔をするのか!!!!」


 鈴紅は獲物を狙う獣の如く、恐ろしい形相で桐崎を睨みつけている。だが構わず桐崎は美月を抱えたまま敵の群衆に背を向ける。


「待て………夕霧ぃいいい!!」


 鈴紅の足元に風が巻き起こり、そのまま鈴紅の体を運んでいく。美月たちを追って行った鈴紅を見送りながら葉月は目を細め、立ち上がった。


「長月」


 弟の名を呼ぶと、影から長月が現れる。


「鈴紅を追う。文月を殺したら、今度は鈴紅を始末する。……邪魔だからな?」

「あやつらはどうする……」


 長月は物の怪たちを相手にしている他の鬼達を見やる。

 やはり数が多すぎたようで、苦戦している。


「体力が底をつくのも時間の問題だな……。放っておけ」


 葉月の言葉に頷くと長月は闇を纏う鎖を出現させる。葉月は鎌を肩に掲げながら笑う。


「鬼神一族は、俺のものだ。邪魔なものは命ごと無くさねばならぬ」


 駆け出した葉月を追って長月も走り出した。




………………………………………


「待って、桐崎君」


 林を駆け抜ける桐崎の名を呼ぶと、動きが止まり、桐崎は美月を見下ろす。


「なんだ」

「戻って」

「やだね、わざわざ戻って殺されるのがオチだ」

「まだ皆がいるのに!」

「なら尚更戻れない。お前の無事を確保できない限り、奴らも上手く戦えないだろう。それにすでに怪我してるしな」


 美月は眉をひそめ、自分を抱える桐崎の襟を掴んで引き寄せた。睨みつける勢いで桐崎の瞳を見つめながらいつもよりも低い声で言った。


「見捨てるの………?」

「いや」


 桐崎は動じずに淡々とした口調で告げた。


「十六夜、お前は家に帰れ」

「は?」

「俺だけ戻って、鈴紅を殺す」

「何それ、私がそう簡単に頷くと思う!?」


 桐崎は美月の問いを無視して、駆け出す。腕の中で暴れるも、桐崎は一向に離してくれない。腕力が強いようだ。

 それでも足掻きながら美月は叫んだ。


「なんでわざわざ私だけ家に帰らなきゃならないの!」

「………」


 桐崎はただ、前を向いて、黙り込んでしまった。今度は何も答えないので苛立ちを抑えるように下唇を噛んだ。


「………見せたくない」

「何を」


 やっと何か話したと美月はすぐ近くにある桐崎を見上げる。桐崎は暗い声で、俯きがちに話す。


「見せたくない。お前の目の前で、刀を見せたくない」

「………どうして」


 桐崎はまた黙り込んでしまった。だが美月はゆっくりと掴んでいた襟元を離した。

 夕霧の刀。文月の命を奪った刀。そんなこと、気にしなくても良いのにとか、そんなことを思うのは美月だけなのかもしれない。


「私を殺したのは、あなたじゃないから」


 葉月だから。それでも桐崎は答えなかった。


「………!」


 駆ける桐崎の目の前に吹雪が通り、雪に塗れた地面を砕く。振り返れば鈴紅が微笑んでいる。


「そんなに殺されたいのねぇ……? 本当、邪魔…、皆邪魔!」


 桐崎は美月を下ろすと鈴紅を睨みつける。


「………やめてよ、その目。人間って本当に汚いんだから………」


 鈴紅は氷の刀二本をそれぞれ両手に持ち、徐々に歩み寄って来る。鈴紅に踏みしめられた地面は氷に塗れていく。


「今まで生きててご苦労様。………さっさと娘を寄越しなさい、このど畜生が!!!!!」


 二本の刀を振り回しながら鈴紅は桐崎と美月へと向かってくる。だがそれを避けながら桐崎は鈴紅の刀を蹴り払う。


「遅いんだよ、化け物」

「…………〜〜っ!!!!!?」


 一本は弾き飛ばされ、遠くの地面へと突き刺さる。腕ごと蹴られたため、鈴紅は苦痛の表情を浮かべながら左手を庇う。

 そのすきに、桐崎は美月の手を引いて逃げる。


「待て………待て夕霧! 文月ぃ!!!」





 桐崎は美月の腕を引き、体を抱えて全速力で逃げ出す。


「本当に武器無しで戦うつもり? 無理だよそんなの!」

「無理ではない」


 後ろから鈴紅の怒りの唸り声が聞こえてくる。


「あいつ、精神が病んでるのかわからないけど、考える力が欠けてる。所詮威力だけだろ」

「それでも………私の事気にして武器を使わないなんて……」

「多少の怪我ぐらいどうだって良い」

「ほら怪我するんじゃない」

「…………」


 また黙ってしまった。小雪よりも無口かもしれない。小雪は美月と小桜以外はあまり口を開かないが、桐崎は誰に対しても、都合が悪くなると黙り込んでしまう。だがなんとなく小雪に似てる。

 しかし、美月が目の前にいると桐崎はいつもの刀を使わない。それならこのまま家に帰っても何の解決にもならないだろう。


「刀、使いたくないなら、曼珠沙華を使って」

「…………は?」


 流石に桐崎も目を見開き、戸惑っていた。


「曼珠沙華を使って! これで戦って!! 私に戦うなと言うのなら、あなたが全力で戦って!」


 そう言って美月は赤い短刀を差し出す。桐崎は足を止め、美月をおろした。美月は自分の足で立つと、短刀を強引に押し付けた。


「使って! もし怪我したら、絶対に許さない!!」


 桐崎が言った言葉をそのまま返した。桐崎は戸惑った。鬼姫の武器である曼珠沙華、主以外の者が使うことができるのだろうか。鈴紅がもうすぐそこに迫って来ている。やむを得ず、桐崎はその短刀を受け取った。


「待て………待てこのっ…!」


 鈴紅の氷の刀が理不尽に振り回される。だがその刀は斬り落とされてしまった。


「何故……何故、何故!? 貴様がその刀を!!」


 鈴紅は桐崎の手に握られた赤く輝く美しい刀、曼珠沙華を凝視し声を荒げた。

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