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鬼姫の曼珠沙華  作者: 紫木 千
第一章 『月火神社編」
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【第一章】久々のあたたかさ

 目の前に広がる炎。戦火だろうか。

 刀を持った男たちが何やら叫びながら殺意に満ちた目でこちらに向かって来る。それを、赤い刀が斬り倒していく。


 ──これは、私だ。


 黒髪の女が刀で人間たちを次々と殺していく。

 とある男が、すぐ近くまで迫ってきた。この男、見たことがある。知らないわけがない。


 ────夕霧…………。








「姫様姫様」


 誰かに呼ばれて、重い瞼を開いた。

 桃色の服を纏う女の子、小桜が気持ち良さそうに眠る美月の肩を揺さぶっていた。


「おはようございます姫様」

「小桜、もう起きたの?」

「もうって…お天道様が昇ったのなら起きるものですよ」


 美月は時計を見ると針は7時を指していた。休日だからゆっくり眠りたかったのに。起こされたからには仕方ない。美月は目を擦りながらベッドから抜け出した。

 朝はサンドイッチを作ってテーブルに並べた。小桜と小雪は目の前の不思議な食べ物を物珍しそうに眺めていた。


「姫様、これは?」

「サンドイッチ。美味しいよ、食べなさい」


 二人の向かい側に座り、食事を指した。なんか、母親になった気分だ。


「姫様が私達に作ってくださった…ありがたいです」


 小桜と小雪は手を合わせてそう言った。


(これ、いただきますってこと? 拝んでるんじゃなくて?)


 まさか、朝食で拝まれるとは思わず困惑したが、美月もいただきます、と手を合わせた。

 今日はたっぷりと話を聞こう。


「それで、その…。鬼というものをもう少し詳しく…」


 途中で、なんて変な質問をしているのだろうと恥ずかしくなった。美月がしどろもどろに聞くと、小桜はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに頷いた。

 小雪は……説明は姉に任せるようだ。


「鬼族は大昔から生きる妖の祖と言うべきでしょう。私と小雪は小鬼で一族の中では身分は低い方です」

「身分とかあるの? じゃあ、文月姫は姫っていうくらいだし上の方??」


 小桜はコホン、と咳払いをして改めて説明を始めた。


「鬼神は全部で十二人」


 小桜はにこり、と笑ってひとりひとり、指を折って数えていく。


「睦月、如月、弥生、卯月、皐月、水無月、文月、葉月、長月、神無月、霜月、師走です」


「カレンダーね…」

「か…?」


 カレンダーという単語を知らないのは当たり前だ。小桜は首を傾げて聞き覚えのない言葉に反応する。


 睦月、如月、弥生、霜月、師走。『師走』、どこかで聞いたことある名前に美月は首を傾げる。


「妖の国は、頭領の睦月様が治めていらっしゃいます。文月姫様は睦月様の長女です」


 睦月、鬼神の中心人物で文月姫はその娘。


(私、結構すごい地位にいるな…)


 過去。前世の話だが急に緊張感が沸いてきた。元々、先頭きって多くの人々を率いることに慣れていないためか、変に緊張し、焦って視線が定まらない。


「姫様は本当にお優しい方で、身寄りのない私達に手を差し伸べてくれました。どんなに嬉しかったことか…。だから、姫様のお命を奪った夕霧が許せなかった…」


 後半、小桜は眉を顰め、今にも泣き出しそうな顔で話すので、美月は慌てて小桜の頭を撫でた。幼いと思っていたが意外と二人は美月よりも少し身長が低いくらいでこう見えて中学一年生くらいだろうか。

 美月からみれば、二人は妹、弟のように思える。こんなにもか細い子たちが昨日の巨大な化け物と戦っていたと思うと想像がつかない。

 そういえば、と美月は話を切り出す。


「あの、昨日神社で襲い掛かってきた黒い怪物は?」

「あれは物の怪。悪霊の成れの果てです。文月姫様は殺し屋でしたので、特に殺された者たちからの恨みが強かったみたいで」

「前世の私が殺した人たちが彷徨ってるの!?」


 美月の前世、文月姫がいつの時代の者かわからないが、何十年、いや、何百年もの長い年月が経っているだろう。

 それなのに生まれ変わりである美月がとばっちりを受けるべきなのだろうか。


「ええ、物の怪とは厄介なものですから」


 小桜は苦笑いをして両手で持ったサンドイッチを一口かじった。美味しかったのだろう、目を輝かせてもう一口かじり、目を細めて口元を綻ばせている。


「あの、おかわりいる??」

「いいえ! そんな、お気遣いなく!」

「いります」

「こら、小雪」


 慌てて首を振る小桜。その横にいる小雪は、表情を変えることなく黙々とサンドイッチを頬張っている。 ごくん飲み込むとゆっくりと顔を上げ、隣にいる姉に話しかける。


「姉さん、曼珠沙華の話は?」

「そうね、ちゃんとお話しておいた方がいいかも…」


 昨日渡された赤い短刀のことか。美月は短刀を持って来ると二人の目の前に短刀を置いた。


「正直、持っておいても…私、刀の使い方なんてわからない…。武器を持ったことさえもないのに」


 不安げに短刀を見つめている美月の手に小桜は自分の手を添えた。


「大丈夫。あなたは曼珠沙華の主だから。ちょっとの間、使っていなかっただけ…。すぐに思い出します」


 その落ち着いた声色が妙に安心できた。

 小桜は微笑み、改めて、鬼神たちが持つ『武器』について話した。


「十二人の鬼神は、鬼神の証としてそれぞれ武器を持っています。主が死ぬと、武器はまた新たな主を求め彷徨います。武器に選ばれた鬼は、新たな鬼神として、自分の役割を全うするのです」

「曼珠沙華の主は文月姫だったんだよね。でも、文月姫は既に亡くなってるんでしょう?曼珠沙華は新しい主を探さなかったの?」


 美月の質問に、小桜はキョトンとするとすぐに微笑んで答えた。


「きっと、姫以上に素晴らしい鬼が見つからなかったんです。それに、姫はこうして今生まれ変わった。その時を待っていたのです」


 当然です。とでも言いたげで、自信たっぷりだ。

 小桜の口調から、相当文月姫という存在を慕っているようだ。この双子にとっての生き甲斐だったのかもしれない。




……………………………………………………………………………………………………………




「姫様、どこに行かれるのですか?」

「コンビニ」

「ご一緒しても?」


 好奇心、というより心配で付いていきたいようだ。昔は常に姫の付き人だったのだろう。しかし、小桜と小雪の服装はあまり場に馴染めないような気がする。いくら、ここが田舎だからとは言え、忍者は浮くだろう。


「よろしい?」

「はい」

「忍者服はいかがなものかと」


 そう問いかけると、二人は自分たちの服を同時に見下ろす。果たしてどうするのか。


「え……?」


 あっという間に、二人は着物に着替えてしまった。なるほど、忍だもの、早着替えはおちゃのこさいさいだ。着物ぐらいなら、この田舎町では目立たないだろう。


「じゃあ、行きましょうか」





 コンビニまで行くのに坂を下っていくと、やがてあの神社の鳥居が見えてくる。


「ああ…あそこ本当、何か出るんじゃないの?」

「そのときは私と小雪が全力で姫をお守りします」


 小桜は両手の拳を握り、真剣な目を向けてくる。小雪も姉と同様、美月をじっと見つめてくる。そう言われると安心だ。

 談笑しながら神社を通り過ぎると、一人の男が鳥居をくぐって現れた。


「ああ、昨日の」

「えっと…確か…」


 あの住職は、名を師走と言っていた。


「あの、師走様って…もしかして…」


 昨日、彼は名前を教えてくれた。師走、その名前には聞き覚えがあった。横にいた小桜と小雪は住職の姿を見つけて目を見開く。


「師走様…」


 双子は師走の元へ駆けて行き、跪く。


(ここに人が通ったらどうすんの…)


 双子の行動を目にして慌てて周囲を見回したが、あまり人気のない場所なのでその心配もなさそうだ。


「小桜と小雪でしたな。ということはやはり、あなたが文月姫様」


 師走は微笑み、美月の元へ歩み寄る。


「姫の面影があります」

「あなたは、鬼神だったんですね」

「いかにも。私は魂の案内人、師走と申します。我が偉大なる姫」


 偉大なる、というのは自分に向けられているとは思うのだがあんまり実感がないため、何と返事をすれば良いのか困る。

 ところで少し引っかかることがあったので師走に率直に質問してみた。


「魂の案内人…。文月姫を生まれ変わらせたのもあなたが?」

「見事です。姫は昔から賢いお方でした」


 急に褒められたため、戸惑い、頬を赤らめた。褒められ慣れていないというか、突然の褒め言葉にはどう対応すべきなのか迷う。一応、褒めてくれたお礼として頭を少しだけ下げると、師走はにっこりと微笑んでくれた。


「私は魂を司る鬼神。あなたを生まれ変わらせるために、あなたの魂を保護し、封印されていたあの双子を祠によって守っておりました」


 師走は小桜と小雪に目を向ける。双子は感謝の眼差しを師走に返す

 知らない間に随分と師走に世話になりっぱなしだったようだ。


「姫様」


 師走は真剣な眼差しを美月に向けて言った。


「──あなたのお命を奪った、夕霧の生まれ変わりが過去の記憶を完全に取り戻し、近くにおります。どうかお気をつけて」


 夕霧。その名前を聞いてやけに胸の辺りがそわそわとして、落ち着かない。

 ポケットに入れている小さな短刀が赤い光を発していた。それと同時に悲しみのようなものが胸の辺りに沸いてくる。文月姫の感情が、乗り移ったのだろうか。


「姫様」


 服の裾を引っ張られ、肩がビクリと震えた。

 小桜と小雪が、眉を顰めて美月の顔を覗き込んでいた。何も考えるな、とでも言いたげな顔だ。


「大丈夫、ごめんね」


 小桜たちはコクリと頷くが、やはり納得いかない表情だった。




 コンビニの帰り道。小雪はもぐもぐとポテトチップスを食べている。


「そんなに気に入ったのね、小雪」

「小雪! 姉である私にもお譲りなさい」


 小桜がツン、とした顔でポテトチップスを欲すると小雪は無言で包装の開かれた口を姉に向けた。それを美味しそうに頬張ると小桜は頬を赤く染め、口元を綻ばせる。


(いや、もう一つあるんだけどね)


 だが、この光景をもう少し見ておきたいと思い、あえて言わなかった。




 夕飯を作ろうと冷蔵庫を見てみると、まあまあ材料は揃っていたので簡単なものなら作れそうだ。


「オムライスにしようかな…」

「姫様ー、私達も手伝います」


 小桜の小雪が二人揃って台所に来る。


「ありがとう、それじゃあ…」


 待てよ、二人は台所の使い方はわかるのだろうか。今まさにこの場を珍しそうに見回しているというのに。これは一から教えなければ。


「ほら二人共よく見ててね」


 美月の料理を興味津々に見つめる双子の表情はずっと昔の時代に生きていた鬼とは思えない程の幼さだった。


「これはオムライスね」

「西洋ですね」

「でもこれ、日本特有らしいけどね」


 小桜は興味津々に、小雪は無言だ。

 二人は物覚えが良く、手伝ってくれたおかげで夕飯はいつもよりも早めに作り終えることができた。

 テーブルに作ったオムライスを並べていくと二人はキラキラとした目で目の前の料理を眺める。


「こんな料理は見たことありません。人間はここまで考えて進歩したのですか。興味深い」


 小桜はオムライスをじーっと見つめながら大人のような口調で料理の感想を述べている。いや、見た目が子供なだけで年齢はかなり上のはずだ。

 美月はケチャップでオムライスにハートを描くとこれまた二人は真剣な眼差しを送ってくる。小桜はケチャップとオムライスを交互に見ており、自分も描きたいっというような表情。隣にいる小雪も、姉ほど思っていることを表に出さないがケチャップをじーっと見つめていた。


「二人もやる?」

「はい!」


 早速小桜も美月の真似をしてケチャップでオムライスの黄色い卵に向かって何かを書き始める。


「──。それなに??」

「『小雪』って書きました」


 初めて、昔特有のミミズ文字を書いているところを見た。

 続いて、小桜は弟にケチャップを渡す。小雪も何やらミミズ文字で書いている。なんて書いているのか眉をひそめていると、小桜が真っ赤な顔で小雪の背中を叩いた。


「小雪、私と戦でもしたいのですか? 容赦しませんよ」

「ここで戦は困るのでお座りくださーい」


 何が書かれていたのか気になるところだが、怒りで爆発寸前の小桜を押さえつけて強制的に椅子に座らせた。


「それじゃ、いただきまーす」


 美月はスプーンを手に取り、オムライスを一口頬張る。


「うんうん、お腹空いてたからまた格別…」

「……」

「二人共食べないの?」


 さっきから二人はオムライスを見つめたままさじを手に取らない。


「いえ、なんというか…。もったいないというか…」


 小桜が重々しく答える。


「また、作れば良いじゃない。一緒に作ろうね」

「はい、姫様」


 小桜と小雪は頷いてようやくオムライスを一口食べる。途端、二人の目は大きく見開かれた。


「なんて、美味しいの…。さすがは妖一の姫!」

「どういうこと?」


 言っていることはさっぱりだが、結構気に入ってくれたようだ。小桜と小雪はもぐもぐと頬を動かし、目を細め、またさじで一口すくう。

 可愛らしいな、と向かい側で美月は笑顔を綻ばせる。二人を連れてきて正解だった。ずっと一人で暮らしてきた美月にとって二人は楽しく、なくてはならない存在になりつつあった。


「姫様。今度は私と小雪が手料理をしますね」


 小桜は微笑んだ。その隣で小雪もコクコクと頷いている。


「ありがとう。でも、火元に注意してね?」


 美月は目を細めた。

 前世でも、二人はこうして文月姫に仕えたのだろうか。


 ───前世の私も、二人のこと大好きだったんだろうな。



小桜、小雪の秘密。

実は小雪の方が賢い。

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