【第一章】告白
「桐崎君、休みなの?」
翌日の学校。桐崎の欠席に違和感を覚えた美月は親友の夏海に聞き返した。
「そうなんだよねー、結構な病気らしいから、しばらく休むんじゃないかな?」
「………」
もう会わない、そう言ったからだろうか。しかし、この胸騒ぎは何だろう。
「心配なら、桐崎宅に伺ったらどうかな?」
「そうしようかな………」
「マジで…」
冗談だったのになぜか真に受けてしまう美月。夏海は疑い深そうな目で美月を見つめた。
「なら、放課後行ってこい。んでもって、告白ね」
「あのねぇ…」
一応、からかわれたことに対してのツッコミを入れようとしたのだが夏海の言うことは半分本当のことだ。桐崎に対して、何もない、というのは気持ち的にもいい加減過ぎるだろう。
どうせ家も近い。プリントとかを渡すように頼まれるだろうから、そのときに様子を見てみよう。
あっという間の放課後。桐崎の家のインターホンを鳴らすも、なかなか出てこない。
おかしい。桐崎は病気で休んでいるはず。家から出るなんてあるのだろうか。居留守を使っているとしても、彼の性格上、しつこくインターホンを鳴らせば文句を言いにドアを開けるだろう。
「桐崎君、いないの?」
呼びかけてみたが案の定、出て来る気配はない。仕方なくプリントをドアの隙間に挟んで引き返した。
帰り道に曼珠沙華を取り出して、じっと見つめてみたが反応なし。
もし、桐崎の身に何かあれば助けに行かなければならない。
曼珠沙華はいつもなら美月の考えを読んでいるかのように周囲の人間の危険を知らせてくれる。
だがその反応がないのなら、諦めるしかない。
「夕霧……ですか」
帰宅後。小桜と小雪に相談してみるも、やはり二人も首を傾げるばかりだ。
小桜は三人分の湯呑みにお茶を注ぎながら難しい顔つきで考え込んだ。
「夕霧に何があったのかはわかりませんが……」
小桜は美月にお茶を注いだ湯呑みを渡す。「ありがとう」とそれを受け取り、一口飲む。
「小雪が、妖怪の気配を感じたと……」
「小雪?」
茶を啜る小雪に目を向けて、首を傾げた。
「どうかしたの、小雪」
「ここ最近、僕と同じような技を使う妖怪の気配を感じました。異様な妖気を纏っており、なんだか……普通の妖気とは思えないようで」
そして、また茶を啜りながら考え込む小雪。美月は不安げに自分のお茶の茶柱を見つめる。
「あの男がそんなに心配なんですね」
気がつけば、小雪の訝しげな目がこちらに向けられていた。また、怒らせたかもしれないと慌てて視線を迷わせていると小雪はため息をついた。
「別に、怒ってる訳ではありませんよ。馬鹿ですね」
さらっと暴言を吐かれたような気がしたが、小雪相手の会話にはつきもの。気にしていてはだめだ。
「小雪は姫様のことを心配しているのです。この子の機嫌が悪い訳ではないので」
横から弟をフォローする小桜。この姉弟を比べてみれば、本当に戸惑う。もう少し弟には姉のような心遣いが欲しいとたまに思う。
「それで、その妖怪って何なのかな…」
「雪や氷といった、周囲の熱を操れる妖怪はたくさんいます。小雪も熱を操れるのですが種族が鬼ですので、それらとは関わりがありません」
確かに、種族が違えば根本的に違うだろうな。
小桜は湯呑みをテーブルに置くと眉を顰めた。
「姫様が夕霧のことが心配なのは十分わかっていますが、ご自分のことを大切になさってくださいね」
心配してくれているのだとわかると美月は微笑んだ。
「うん。じゃあ、二人共、力を貸してくれる…?」
双子は目を見開くと「当たり前です」と微笑んだ。
「卯月!」
夜空を眺めていた卯月を見かけ、皐月は飛び出した。
「なんだ、皐月。騒がしいの」
「お前何してるんだ? 夜は冷えるぞ」
「月を、見ていた」
卯月は白くぼんやりと浮かび上がる月を見つめながら呟いた。
皐月も隣に並ぶと月を見据えた。
「美を司る鬼神は、美しいものに惹かれるものでな」
「お前以外に美しいものなどないぞ」
「この阿呆が」
卯月は横目で皐月を見つめ、ため息をついた。
「お前はまだ芭蕉が見つからないのか。まったく…あれも主のことを忘れてるのか」
「どこかにあるはずなんだが……」
途端に顔を引きつらせる皐月を見て、卯月はおかしそうに目を細めた。
「私はこの椿歌を失くさぬぞ」
卯月は懐から金色の簪を取り出した。その様子を見て、皐月は首を傾げた。
「お前、髪には刺さないのか?」
「戦の前に、敵に我が武器をチラつかせるのもどうかと思ってな…」
卯月は椿歌を見つめ、胸に抱いた。それほど、椿歌を大事に思っている。人も、物も。全てのものを大切にする、心の優しい鬼。
美を司る、卯月の名に相応しい者だ。
「ならば…」
皐月は懐から銀色の、質素な簪を卯月に渡した。
「何故、お前がそのような物を…」
「奥の蔵で見つけた。これを、お前にやる」
卯月はその簪を受け取るとじっと見つめる。
「………」
「お前が俺を認めてくれたときに、髪に刺してくれ」
「それは……お前が私の人生を託す相手に相応しいかどうかがわかったときに、これを身に着けろということか」
皐月は緊張気味に、頭を掻くと「そういうことだな」と呟いた。それは皐月からの、今で言うプロポーズというもの。
卯月は眉を顰めた。
「まったく…愛してるぐらい言えば良いものを……」
「な、ななな…!?」
「何を慌てている……」
呆れ顔の卯月に、何と返せば良いのかわからず、戸惑っていると胸ぐらを掴まれた。
「この簪を身に着けるかどうか…それはお前の行動次第…」
美しい顔が目の前にある。その事実に目を見開いていると突然笑われた。
「なんだ、その顔は……」
「お前、突然だな…」
「ふふ。………ありがとう、皐月。こんな私を好きになってくれて」
その笑顔は美しく、優しい。卯月は白いまつ毛を震わせ、目を細める。
いつか、卯月がその簪を刺してくれる日が来るのだろうか。
「卯月様ー、布団敷きましたよ」
襖を開けて顔を覗かせる笑顔の弥生と目が合った途端、皐月は眉を顰めた。それは弥生も同様、卯月と皐月を交互に見て、さっきまでの笑顔が消え失せた。
「皐月は………その辺に落ちてる葉っぱでも敷き詰めれば寝れるよね」
「ぶっ飛ばすぞっ!」
弥生と皐月の言い合いが始まりそうな予感がしたので、卯月は椿歌で二人の間に光を放ち、即急に対処する。
光に驚き、目を背けた二人は卯月を見て反省した。
「夜は静かに過ごすものであろう?」
「はい、卯月様。申し訳ありません」
しゅん、の落ち込む弥生。だが、未だ睨み合う弥生と皐月である。
「では、そろそろ眠りにつくとするかの…」
卯月は一度振り返ると皐月に向かって微笑んだ。
「では、また明日。皐月」
皐月はしばらくその場に留まり硬直するのであった。
──なぜ、こんなことになってしまったのだろう。
──もしも…。もしも、あの時気づけていれば…。
──この血塗れの光景を防げたかもしれない。
作者の願い。
卯月と皐月、早く結婚してくれないかな。