【第一章】雪女
もうすっかり元気になった弥生は師走の手伝いを再開し、ばりばり働いていた。そんな様子を見て、美月は笑顔が綻び、弥生たちの手伝いを率先してやった。
そんな美月を縁側から見つめていた小桜と小雪は、違和感を覚え、不安げな表情だった。
「姫様、昨日何かあったのかな…。私の勘違いかもしれないけど…」
「……………」
そんな双子に、卯月はおかしそうに喉を震わせた。
「小鬼。何故にその様な面をしておる…」
「卯月様…。姫様が少し、暗いような…。何かあったのでしょうか。心配なのです」
小桜は不安げに美月を見据えた。それに釣られ、卯月と皐月も美月に視線を向けた。
だが、弥生と楽しげに話す彼女からは何も感じ取れない。双子の察知能力は結構な程偉大なものだ。
「昨日、何かあったのか…?」
「夕方、家を飛び出して行って…。その後は、何事もなかったかのようにお戻りに…」
「戻ったときに、聞けなかったのか」
「何でもない、とだけおっしゃってました」
神妙な顔で俯く小桜。ただ、無表情に真っ直ぐ美月を見つめる小雪。
この双子を横目で見て、卯月は頭に手の平を乗せた。
「う、卯月様…?」
「姫はお主らによくこうするのであろう?」
「…! そうですが……」
「案ずるでない。時には姫自身の手で戦わなければならない。お主らは、見守っておけ」
小桜と小雪は、外見だけでなく、中身がとんでもなく美しい。
隣で見ていた皐月は口角を上げ、惚れた女鬼を見つめた。
「小桜が姉か?」
「はい。小雪の双子の姉でございます」
「しっかり者で、どこか抜けておると、師走から聞いたぞ?」
「うっ…」
硬直した小桜に、小雪はその通りだとでも言いたげな視線を向けた。
そんな弟を若干睨みつつも小桜は反論しない。
「小桜は弥生に似ておるな。無茶をするところとかな…」
更に卯月は小桜に対して悪戯に言葉を放つ。
「おい、卯月。それ以上、小鬼で遊ぶな」
「フフ。姫も面白い護衛をつけたの。さて、私は一休みするか」
卯月は立ち上がり、着物を引きずりながら部屋を後にする。卯月を見送った後、皐月は双子に目を向けた。
「お前ら、卯月に気に入られたな」
「気に入られたのですか…?」
「おう、あれは間違いなく気に入られた」
自信満々に答える皐月。確かに、卯月のおかげでさっきまでの不安も少し軽くなった。
「お優しいのですね。卯月様」
小桜は卯月が向かった先を見据えて、口角を上げた。
昔はあまり接したことはなかったが、こうして鬼神が集い、話すようになってから初めて気づいた。美を司る鬼神、卯月。見た目だけではない、中身まで美しい鬼だ。
「私、卯月様のような、心の美しい鬼になりたいです」
小桜は主を大切に思い、弟思いの優しい鬼だ。だが、小桜はその上、卯月が目標のようだ。
今まで無表情だった小雪は、そんな姉を見つめて、微笑んだ。きっと、姉なら叶えられると信用しているのだ。
その言葉を、卯月は陰で聞いていた。
「既に叶えられているというのに、面白い小鬼だな」
「姫様、あとは弥生がやります!」
胸の前で両手の拳を掲げて、弥生は微笑んだ。
「無理しないようにね」
「はい、師走様もいますので」
美月は頷くと小桜たちの元へ戻った。
「姫様ー! お疲れ様です。持ってきた握り飯を召し上がります?」
小桜は笑顔で美月に飛びつく。
「一緒に食べようね」
「はい!」
桐崎優は何度も何度も、屋上に訪れては文月を思い出していた。それから、空を眺めて、彼女を殺めた自らの手を見つめる。
懺悔。彼はそれだけを思い、毎日を過ごしている。
風が吹き、桐崎の短い髪がなびいた。その瞬間、背後に感じた気配に眉を顰め、振り返った。
「あの子の想い人がどんな人かと思えば……。可愛らしい坊や…」
気品あふれるその声色。全く面識のない、白い着物に黒い髪の女だ。しかも、その女の纏う妖気は、葉月と長月以上のものだ。戦うとしても、葉月と長月と比べ物にならない。
「怖がらないでくださいな。突然殺すなんて、面白くないですからね」
「お前、誰だ…?」
「私の名を聞きたいと。そうですね…ならば、『鈴紅』と名乗っておきましょう」
「文月を知ってるのか」
「ええ。知ってます。あの子のことを、誰よりも。風の噂で聞きました。文月が、人間を愛し、殺されたと」
「………」
鈴紅の話に睨みを聞かせる桐崎。そんな彼の反応が面白かったのか、鈴紅はクク…と喉を震わせた。
殺した。そう、文月を殺したのだ。
「ああ、会いたい、文月に。あなたを使えば、会いに来てくれるでしょうか?」
「……な──っ!?」
突然の寒気が背筋を走り抜けたかと思うと全身が震え出す。
「な、何を…」
「寒いかえ? すぐに眠くなります故、心配なさらないで。私は、雪女なんで」
鈴紅の言う通り、視界が眩み、立ってられなくなる。
そんなことよりも、すごく寒い。どうにかして体を暖めなければ。そう思っても手が、足が動かない。まるで凍ったように。
「おやすみ、夕霧」
「──?」
美月は曼珠沙華に何か異変を感じ、鞄の中から短刀を取り出す。
月火神社で握り飯を食べていたのだが、曼珠沙華が訴えるように瘴気を放っていたので気になり、食事を中断した。
「姫様? 曼珠沙華がまた何か?」
「ううん…。いつもみたいな輝きじゃなくて…なんだか、悲鳴をあげてるみたい…」
曼珠沙華が震えている。まるで、何かに怯えているように。
──チリン。
鈴の音が、曼珠沙華から聞こえた。
卯月の秘密。
たまに皐月に膝枕させてあげている。夫婦と言われても違和感がない。