表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼姫の曼珠沙華  作者: 紫木 千
第一章 『月火神社編」
24/108

【第一章】どんな形であっても

 小桜と小雪と共にいつもの様に料理して、テーブルに皿を並べていった。

 だが、やけに胸がそわそわとして落ち着かなかった。


「姫様、どうかなさったのですか?」

「…! なんでもないよ。さてご飯ご飯!」


 微妙な表情の小桜と小雪を促して椅子に座らせた。

 今日も上手く料理できたはず。小桜と小雪の方がもしかしたら料理上手いのかもしれないが。


 今まさに食べようと手を合わせた時だった。家のインターホンが鳴り、三人で一斉に玄関を見た。


「ちょっと出てくるね」


 玄関に向かって、ドアスコープを覗いてみると思わぬ人物に息をつまらせた。急いでドアを開けるとその人物が美月に向かって倒れ込んできた。


「桐崎君、なんでそんなに血だらけなの!?」


 応答がないのでますます慌てていると、やっとのことで桐崎は声を絞り出した。


「ごめんな…」

「…えっ」


 徐々に弱々しくなっていくその声に全身が小刻みに震えた。

 美月の声に駆けつけた小桜と小雪は桐崎を見た途端目を見開き、表情は険しくなる。


「小桜、小雪…お願い。助けて…」


 美月の願いに戸惑いながらも行動しない小桜と小雪。だが、どうしても、助けてほしかった。


「お願い…この人を、助けて…!」


 血だらけの桐崎の肩を抱きながら、力いっぱいに叫んだ。するとようやく小桜と小雪は桐崎の肩を掴んだ。

 三人で桐崎を部屋へと運び、傷の箇所を布で塞いだ。小雪に包帯を巻いてもらい、あとは眠ってもらった。


「ありがとう、小桜、小雪」

「………今回だけです」


 相変わらず桐崎に向ける視線は鋭いものだったが、二人のおかげで桐崎の介抱も早まった。


「姫様…安全とは言えません。目が覚めたらそいつにはすぐに出ていってもらいます」

「そんな…! この人は、違うの! 本当に!」

「でもそいつは…!」


 ──あなたを殺したのに…。


 小桜と小雪は眉を顰めた。二人の言いたいこともわかる。だが美月は、桐崎を庇った。今だけは、彼を救いたかった。


「私の、大事な人だから…。お願い、今回だけは許して」


 その言葉に小桜は俯きがちだったが小雪は険しい表情のまま、桐崎と美月を見据えた。

 小桜は不安を抱えながらも顔を上げた。


「わかりました。今日は面倒を見ることにします。ですが、もしものことがあれば、そいつを即殺します」

「姉さん…!」


 小雪は目を見開き、姉に何度も訴える。


「明日まで、そいつをここに置くの!?」

「どうせ傷だらけでこのままでは何もできない」

「それでも…!」


 二人の言い合いは続き、不安げに見つめているとようやく収まった

 小桜は姉としての威厳を見せ、小雪を連れて寝室から出て行った。二人に申し訳ない気持ちになりつつも、桐崎の側についた。

 そして、彼は目を覚ました。


「良かった、どこか痛まない?」

「……十六夜。…………文月」

「……!」


 桐崎は痛みに耐えながらも右手を動かし、美月の頬に触れた。


「俺は………ごめん……本当に…」

「何を……」

「お前を裏切った………」


 ようやく、夕霧としての記憶を辿りながら桐崎は自分が犯した罪を話した。

 命をかけてでも、自分を守ろうとした優しい鬼の命を奪った。挙句の果てに、思い出さえも忘れてしまった。あの日、共に逃げ出せていれば、何かが変わったかもしれないのに。


「私のことは良い…。あなたが無事ならそれで良い…。あなたは何も悪くない」


 桐崎の手を握りしめ、涙を流した。文月を殺すためだけに、葉月と長月に利用されたのだ。何も、悪くない。


 ──だから、思いつめないで。私が、あなたを守るから。


「………俺が、悪いんだ」


 暗い声。夕霧の生まれ変わりは心の中で嘆いていた。なぜ、ここにいるのか。どうして彼は生まれてきたのだろう。






 朝。昨日からずっと桐崎の傍らにいたのだが、目を覚ますとベッドの上には誰もいなかった。

 焦って玄関から飛び出したが彼の姿は既になかった。


「どうして…一人で思いつめるの…」


 美月は唇を噛み締め、冷えた朝の空を眺めた。


「姫様…」


 玄関から小桜と小雪が顔を覗かせた。


「夕霧は…どこに行ったのですか」

「目覚ましたらいなくなってた…。どうしよう、あんなに怪我してたのに…」


 焦っていると小桜と小雪に両手を握られた。


「姫様は、お優しい。どんな者でも助けようと必死になる。だから…心配になります」


 小桜の不安げな声。小雪の震える手。二人はどんなに辛い目にあっても、美月のために行動していた。

 こんなに良い子たちをおいて逝ったなんて…。そう考えると胸が痛くなる。


「朝は冷えるね…。中に入ろう…」


 三人で家に戻った。

 今日は休日だ。前だったら、ゆっくり家で過ごしていた。一人が好きだったから。でも…。


「今日、弥生の様子を見に行こう」

「弥生様ですか…。わかりました」


 小桜は頭を下げて、支度し始める。

 弥生は長月の闇百合の術にかかって以来、以前のように動き回れないらしい。



……………………………………………………………………………………………………………………



 月火神社に到着すると、師走が迎えた。

 奥の部屋へ向かうとまず、卯月と皐月に会う。


「姫、来て下さったのか」

「うん。弥生は大丈夫?」

「ああ…徐々に回復しつつある」


 卯月は美しい微笑みを返す。


「良かった…。弥生に会いに行ってくる」


 卯月と皐月に一礼して、弥生が休んでいる部屋へと向かった。

 卯月と皐月は美月を見送りながらため息をついた。


「姫も…お可哀想な方だな…。せっかく生まれ変われたというのに、前世同様、命を狙われるなど…」

「皐月、何を言っている。今の姫様には、私どもがついておる」

「…そうだな。それに、他の鬼たちは一体何をしている…」


 皐月は眉を顰め、縁側から空を眺める。睦月、如月、葉月、長月はともかく、水無月、神無月、霜月の行方は未だ不明。

 葉月、長月の兄弟と違い、文月姫の護衛に貢献するこの三人の鬼さえ見つかれば、美月の安全もより一層確保できる。しかし、なかなか会えないのである。


「皐月、もしも見つからなければ我らが守らなければ。姫様をお守りするのが、我らの使命じゃ」

「守って見せよう。それに、卯月もな」

「調子に乗るでない」


 ふい、と卯月は顔を背ける。皐月が卯月を守りたいのは本当だ。

 卯月がもし、悲しんでいるのなら、自ら手を差し伸べる。売り買いされていた過去を持つ、二人の約束だ。


「卯月は俺が守る。だから、笑ってくれ」

「………」


 卯月は戸惑いがちに、視線を彷徨わせるが、おかしそうに笑みをこぼした。


「お前だったら、任せてやってもよいぞ?」

「おう!」


 皐月は笑った。卯月が皐月のことをどう思っているのかわからない。だが皐月は卯月を好いている。

 好きな女のためなら、自分の命を投げ出すつもりである。







「弥生、もう苦しくない?」

「はい、姫様ありがとうございます」


 弥生は布団で横になっていた体を起こして、美月に笑顔を向けた。


「姫様のおかげで、命を救われました」


 弥生は胸の前で拳を握りしめ、微笑んだ。このまま回復も進めば、弥生は無事難を乗り越えるだろう。後ろで控えていた小桜と小雪も顔を見合わせ笑みをこぼした。







「師走様。私たちはこれで」

「おや、もうお帰りですか。お気をつけて」

「はい。失礼します」


 美月は頭を下げて、小桜と小雪と共に鳥居をくぐり抜けた。


「…桐崎君は、ちゃんと家に帰ったのかな」

「と、言いますと?」


 小桜は首を傾げた。


「すごく怪我も多かったし、まだ狙われてるのかも…」

「そんなに、心配ですか」


 小桜はくぐもった声で問いかけた。


「心配だよ…。夕霧は葉月たちに利用されただけ。本当は良い人なの」


 まだ双子は納得してくれない。それでも、少しでもわかってほしい。彼は優しくて、良い人。温かい人なんだ。




……………………………………………………………………………………………………………………



 時間は過ぎ、夕方になった。家に帰って夕食の準備をしていたときだった。


「…?」


 曼珠沙華が赤く輝いている。曼珠沙華が輝くのは何かを知らせているときだ。美月に何かを伝えたがっているのだ。

 短刀を手に取ると、誰かが耳元で囁いた様な気がした。


 ──走って。


 走る?困惑して鞘から刀を抜いてみるとそこには桐崎が映った。

 思い詰めたような、暗い顔。それに驚愕の表情を浮かべていると小桜が顔を覗いてきた。


「姫様?どうかなさいました?」

「……桐崎君が…」


 美月は震える手で曼珠沙華を鞘に仕舞った。


「私、出かけてくる」

「!? 一体、どうなさったのですか!?」

「ごめんね、小桜、小雪!」

「姫様!!」


 美月は曼珠沙華を片手に玄関から飛び出した。










 学校の屋上。桐崎はいつの間にかここにいた。

 この場所はなんだか落ち着く。ここは一体、何なのだろう。どうしてこんなにも安心できるのか。

 見渡せば、神社の鳥居が見える。


 ──見覚えがある場所。


 桐崎は目を閉じて息を吸い込んだ。

 ここにいる意味を、生まれ変わった意味は何なのか。


「桐崎君!」


 その声に驚いて顔を上げた。

 走ってきたのか、息を切らした美月が立っていた。


「傷は、大丈夫なの?」

「別に…」

「ぁ……あんなに怪我して……それに……」

 

 顔を背けると美月は眉を顰めた。

 あんなに、傷だらけで、ここまで来たなんて…。


「十六夜、もう俺はお前に会わない」

「……」

「わかったんだ。俺と一緒にいたって、お前は幸せにならない。前世でわかっただろ。俺はお前を裏切ったんだ」

「それは…!!」


 美月は目を見開き、必死に否定の言葉を探した。


「それは、葉月たちのせいでしょ!? あなたは何も悪くないのに…!」

「何も悪くないわけないだろ!」


 突然の怒鳴り声にびくりと肩を震わせた。


「お前を殺したのは事実。それに、この間お前を神社に呼び出したのは、お前を殺すためだったんだ」


 あの日だ。桐崎に呼び出されて神社に来てみれば黄泉の国に引き込まれ、物の怪に襲われた。あの時は小桜と小雪もいて、曼珠沙華の力を使えることができたから難を逃れることができた。

 あれは桐崎の罠だったのか。


「俺はもうお前に会わない」


 俯いた桐崎の元へ、美月は歩み寄った。


「どうして…当時の私は、人を、命をたくさん奪ってたから。すごく苦しかった。誰も助けてくれなくて…。でも、あなただけは、私を励ましてくれた。なのに…」

「そんなもの…」

「あなたは私に、笑うことを教えてくれた。嬉しいって気持ちを教えてくれた。楽しいことをたくさん教えてくれた」


 桐崎は唇を噛んで、首を振った。


「それでも…、結果的にはお前を傷つけることになった…!」

「あなたは私を救ってくれた。あなただけが。生まれ変わった今でも、私を救うためにこんなことを言うのでしょ?」


 桐崎は尚も首を振るが、美月は微笑んだ。


「あの日の夜。あなたが私に刀を向けたとき、私は覚悟を決めた。受け入れられた。私を殺してくれるのが、あなただったから」

「俺はお前が……嫌いだ」

「あなたが私を嫌っても。私はあなたを守ってみせる。今度は私があなたを救うから。だから……泣かないで」


 桐崎は声も出さずに、静かに涙を流していた。


「どんな形であっても構わない。──あなたに会いたかった」


 桐崎の拳が震えた。どう説得すれば美月は諦めてくれるのだろうか。彼女の性格は不思議なものだ。いつだって他人優先である。


「諦めろ。俺はお前のことをなんとも思ってない。………ただ、これ以上、人を傷つけたくないだけだ」


 美月はその言葉に動じることなく、真っ直ぐ桐崎を見つめた。

 わかってた。なんとも思ってないことぐらい。あなたは優しいから、わざとこんなことを言うんだ。


「あなたとの時間が、また振り出しに戻ったとしても。私は後悔しない。ありがとう、桐崎君」


 微笑んだ。精一杯。美月の笑みを見つめたまま、桐崎は眉を顰めた。


「この場所、なつかしいね」


 突然切り出された言葉に、桐崎は違和感を覚えた。


「覚えてない? ほら、そこに月火神社があって、夕日があって…」


 見渡してみた。なんだか見覚えのある風景。


「ここは、文月と夕霧が出会った丘。屋上が丁度、その場所だったんだよ」


 美月は両手でその場を示した。


「鈴をくれたのもこの場所だった。ごめんね、もう見つからないの」


 少し寂しげな微笑みを、桐崎に向けた。耐えられなかった。桐崎と、上手くいく気がしない。それでも、彼を救いたいと思うのはいけないことだろうか。


「無茶をしないでね。心配かけないでね。………また、会おうね」


 美月は、まるで会うのが最後になるような予感に密かに怯えながらも、最後まで笑顔を崩さず、彼に背を向けた。

 屋上を去った美月を追いかけられなかった桐崎は、俯いた。最後の最後まで笑って耐えた美月に対しての桐崎は、自分の無責任さに悔やんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ