【第一章】変われるのなら
「姫様、学校ですよ」
早起きの双子はベッドの両サイドに立って美月の体を揺する。
「もう少し…」
「山盛りの椎茸食べさせますよ」
それは困る、椎茸は大の苦手だ。美月は飛び起きた。朝から椎茸など食うものか。
「まったく、椎茸を食べないとは勿体無いです。………姫様、いくつですか?」
「…十七歳です」
小雪は嫌味ったらしく言った。十七で好き嫌いはみっともないとでも言いたいのか。
まあ、わかるが。
(桐崎君、今日は来るかな…)
昨日の傷を見る限り、もう少しは用心しておいた方がいい気がする。
いつもの様に早めに家を出て、学校へと走って行く。
彼が学校に来てる可能性は低いが、もしかしたらという思いで下駄箱に突っ込んでいく。
上履きを履いて階段を駆け上がり、教室へと向かった。
「………」
まさかとは思ったがそのまさかだった。桐崎が机に顔を突っ伏して眠っていた。
「…うるせーな。廊下は走っちゃ行けないって小学校で習わなかった?」
「なんで、いるの!?」
美月は驚愕の表情で桐崎の席まで歩み寄る。
桐崎は機嫌悪そうに眉を顰めた。
「来たら悪いのか」
「だって、傷が…」
「もう治った」
え?、と美月は目を丸くした。
「治った………? 治ったって、え?」
非常に戸惑った。一日で治ったというのか。それでも心配になって焦っていると、腕を引かれた。
「……」
「えっと、どうしたの?」
突然、掴まれた右手が熱い。すごく緊張する。桐崎が何も言わないから更に心臓が高なってくる。何か言ってよ、と目で訴えるとようやく話した。
「文月……」
「え、あの…」
ようやく話したと思えばなぜ急に前世の名前で呼んだのだろう。困惑していると、思いもよらないことを呟かれた。
「少し、思い出せたんだ…。俺は…お前を……」
思い出した、本当に?
美月は目を見開いた。やはり、曼珠沙華がつけた肩の傷が、葉月の妖術を解いたのだ。
「それだけだ」
桐崎は美月の腕を離した。少し寂しさを感じながら、掴まれた右手首を胸の前で抱いた。
「そう、良かった…。思い出してくれたんだ…」
「………」
微妙な空気が流れた。この雰囲気は、なんだろう。桐崎が前世のことを思い出してくれたのは嬉しいが、何だか、微妙だ。
「美月おはよう!ちょっと早く来すぎちゃった!」
後ろから飛びつかれ驚いて振り向くと、天真爛漫な夏海がいた。本当にグッドタイミングである。
「あれ、桐崎君。おはよう」
「…おはよう」
美月は慌てて夏海の気をそらす。
「夏海、一緒に勉強しようよ!」
「え? 良いよ。私の席に来る?」
「うん!」
そそくさと桐崎の席から離れている夏海の席へと移動した。
桐崎は美月の後ろ姿をずっと見つめていた。
授業中、美月はあまり集中できていなかった。
隣りが桐崎だからだ。しかも今朝あんな話をされるとは思わなかった。
「おい、十六夜」
「……何」
「あとでノート写させろ」
美月は目を見開く。なんだそんなことか。
安心したように頷くと桐崎は前を向いた。隣の席って本当に怖い。
休み時間に前の授業の内容をまとめたノートを桐崎に渡した。
「もしかして、目悪いの?」
「まあな」
「眼鏡は?」
「面倒だから買ってない」
桐崎は美月のノートを見ながらシャープペンを走らせる。
意外と字が。
「雑…」
「急いでんだよ、仕方ねーだろ」
美月は桐崎のノートを見つめながらつい笑ってしまった。
彼のことだから絶対に不機嫌になるかもしれないが、前に比べて話しやすくなった気がする。
「でも、なんで私…?」
「………」
「そういえば、あまり友達とか作らないの?」
美月の質問に、桐崎はため息をついた。
「そんな面倒なもの作ってどうするんだよ…」
「さあね」
やはり、友達がいないとかそれ以前に、友達という存在自体、興味ないらしい。
美月も友達は少ないが、皆と仲良く、なんて考えは頭になかった。夏海と一緒にいる時間は楽しいし、今が続くのなら、それ以上のものは望まない。
「じゃあ質問して良い?」
「なんだよ」
「私は、友達?」
首を傾げた。答えは気になるが、どうせ友達じゃないの一言で終わるだろう。
「お前は…違う。………他の奴らと違う」
「どういう意味ですか」
「自分で考えろばーか」
桐崎はノートを写し終えるとゆっくりと閉じてため息をつく。
ノートを無言で返してきた。せめて礼ぐらい言えよ失礼なやつ。と心の中で呟き、それを受け取った。
「俺は寝る」
「おやすみ、隣の席に居てもいい?」
「お前の席だからお前の勝手だろ」
桐崎は顔を突っ伏して、眠りに入る。やれやれ、と美月は次の授業の準備を始める。
本当は、まだ話したいことがあった。桐崎は、文月との思い出を思い出したと話した。
───まだ、美月のことを殺そうと考えているのだろうか。
聞けない。そんなこと。怖くて、仕方ないから。
「美月、帰ろー!」
夏海が美月の元へと駆け寄ってくる。全て教材を鞄に入れると立ち上がった。
隣にいる桐崎に視線を移し、試しに話かけてみた。
「桐崎君、怪我したら直接家に来ていいよ」
「お前の所の双子が怒るだろ」
「でも、無理したら駄目だからね」
美月はそれだけ伝えると夏海と共に教室を出た。
夏海からは散々、「桐崎君とどういう関係なの!?」と質問攻めされ、困り果ててしまった。
桐崎は一人で校門を出て、家へと向かった。
その帰り道だった。
「迷っているようだな」
その声に目を見開き、警戒した。
「長月……!!」
鎖の音が不気味に鳴った。闇を纏い、無表情の長月が現れた。
「お前、無事だったとはな…」
「兄上もご無事だ」
長月は鎖を引きずりながら、歩み寄る。桐崎との距離は数メートルだ。
「貴様は文月を殺さないと見た…」
桐崎は拳を握りしめた。もし、今文月を殺せと言われれば、間違いなくこう答える。
「──俺は、文月を殺せない」
彼のはっきりとした返答に長月は目を細めた。
「では、もうお前は用はない。そうであろう? 兄上」
桐崎は目を見開き、背後を確認する。
後ろには大鎌を構えた葉月がいる。
「見損なったぞ夕霧。でも、貴様が裏切ることはわかっていた。……我が『鬼百合』は血に飢えているようだ」
大鎌を構え笑う葉月を睨みつけながら桐崎は右腕をかざして現れた刀を持つ。
この兄弟との衝突が起こることを予期していた。美月は殺せない。他の人間と同じ目で見られない。もしこの兄弟が美月を傷つけるのならば、躊躇わず刀を抜くだろう。
桐崎は刀を構えて、兄弟に立ちはだかった。
「そうだ………。前世でのお前も、そのような目で俺を見てきた。その目を見ていると無性に血を見たくなるのだ………!!!」
葉月が地を蹴ったのを合図に長月は桐崎めがけて鎖を振った。
美月の秘密。
なんでも得意そうな顔していて実は椎茸食べれない。