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鬼姫の曼珠沙華  作者: 紫木 千
第一章 『月火神社編」
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【第一章】思い出せ

 葉月、長月兄弟の襲撃の翌日、桐崎は今日学校を休んだ。理由は肩に受けた傷。美月の曼珠沙華が桐崎の肩に傷をつけたときから、頭痛が止まらなかった。

 そして、最近変な夢を見る。


 社が見える丘の上で、一人の女に鈴を渡していた。女は黒髪を風になびかせ、笑った。その笑顔がとても美しかったのを覚えているが、相手が誰だったのか思い出せない。


 目を覚ますと肩に受けた傷が熱を帯びている。それが体中に広がり、頭痛が始まる。

 あの女は誰だろうか。どんな人物だっただろうか。桐崎は笑うその人を思い出そうとしたが、結局わからなかった。

 肩に受けた傷が、すごく痛む。



……………………………………………………………………………………………………………………





「美月、おはよう!」


 久しぶりに登校すると、夏海が飛びついてきた。


「どうしたの、心配したじゃない!」

「ごめんね、もう大丈夫」


 弥生と卯月を見ていると、自分も夕霧と向き合わなければならないような気がして、いても経ってもいられずに小桜たちを説得し、ようやく登校できた。

 いつもよりも遅めに来たせいか、教室にはクラスメイトがもう揃っていた。ただ一人を覗いて。


「桐崎君は…?」

「ああ、昨日から休んでるんだよ」


 夏海が桐崎の席を一瞥すると、何か思い出したように目を見開き、美月の肩を掴んだ。


「そうだ、桐崎君に何か言われたの?」

「え!?」


 美月が驚いていると今度は申し訳なさそうな表情になる。


「ごめん、急に。でもなんだかそんな予感がしたんだ」


 夏海は眉を顰めて、不器用にも、美月を心配した。


「ありがとう夏海。私は大丈夫」


 微笑んで、なるべく心配かけないように強気に言うと夏海もようやく笑ってくれた。


「じゃあ何か言ったらいつでも言ってよね! 親友なんだから」

「うん、ありがとう」


 今日、学校に来て良かったと思う。だが、桐崎のことが気がかりだった。彼に会うことを覚悟して家を出てきたのだが…。

 美月はどうするべきか、と考え込んだ。


 ──何もしない訳にはいかない…。逃げてちゃだめだ…。









 夕方。相変わらずの腕の痛み。それに、なんだか頭がボーッとしてきた。体も熱い。傷から熱が出てきたようだ。

 桐崎がしばらくベッドで横になっていると、インターホンが鳴った。


「………」


 誰だ、と眉を顰め、起き上がった。

 玄関に向かい、ドアを開けるとその人物を見て硬直した。セーラー服を身に纏う、茶髪の少女。


「……なんでここにいる」

「プリント届けに来ただけ」


 美月はプリントを渡して目をそらした。

 桐崎はさっさと出ていけ、とでも言いたげにそのプリントを受け取る。


「よく来れたよな。俺はお前を殺すかもしれないのに」

「プリント届けに来ただけ」


 同じ言葉をもう一度繰り返す。桐崎は美月を睨みつけ、背を向けた。


「だったら、で…てけ…………」

「……!」


 突然桐崎は倒れた。


「え、ちょ、桐崎君!?」


 うつ伏せの状態の桐崎に駆け寄り、顔を覗き込む。

 顔色が悪く、息も荒い。もしかしたら熱があるのかもしれない、と額に手を当ててみる。


(熱い…苦しそう…)


 美月は桐崎を起こしてなんとか部屋へと運び込む。

 さすがに男一人を運ぶのはキツかったがそれどころではない。ベッドへと運んで布団をかけた。


「…?」


 よく見ると桐崎の肩から血が滲んでいる。


 ──まさか…。


 美月は申し訳ないと思いながら、桐崎のシャツを捲くった。

 思った通り、肩から血が流れていた。それは、美月が曼珠沙華で傷つけたものだ。普通なら傷口は塞がるが、曼珠沙華で傷つけたせいか、治りが遅いようだ。


「待ってて…!」


 美月は桐崎の部屋から包帯を見つけ出し、服を脱がせて傷を包帯を巻いていく。

 ちゃんと処置していなかったのだろう、何も施されていない。消毒をして、丁寧に包帯を巻いていくと服を着せた。


 桐崎は苦痛の表情を浮かべている。美月はタオルを濡らして絞り、桐崎の額に乗せた。


「大丈夫…?」


 まだ目を覚まさない。息も荒いが、傷も治したから後は安静にするだけだ。美月は桐崎の側に居続けた。






 桐崎が目を覚ます頃には、熱も引いており、だいぶ楽になっていた。

 手に何かが触れていた。視線を向けると、傍らに美月がいた。


「……! 目、覚めたの…?」


 美月は起きて、桐崎を見つめた。


「なんで…」

「なんでって、急に倒れたから…」


 美月は首を傾げて答えた。


「助けなくても、良かった…。余計なお世話だ」


 桐崎は目をそらし、美月に背を向ける形で寝返りをうった。そんな様子の桐崎を見つめて、眉を顰めた。


「どうして、私を避けるの…?」


 ずっと疑問だったのが、美月を殺そうするのは理解できる。だが、何故美月を避ける必要性はあるのだろうか。


「別にお前と仲良くする気なんてないからだ」

「うん、もちろんそれは同感なんだけど、避けてたら、私を殺せないよ?」


 桐崎はもう一度、美月を見る。


「なんだよ…。殺されたいのか」

「……。あなたにだったら殺されても構わない」


 そんな変な答えが帰ってくるものだから、桐崎は訝しげな目を向ける。

 美月はそんなことを言っても、笑顔を崩さない。よく考えると恐ろしい思考の持ち主である。


「意味がわからない。俺に殺されても良い? だったら殺そうか?俺は霧の部族の者として、鬼を退治する使命がある」


 桐崎は冷たく突き放した。だが、美月は表情を変えることなく、ただまっすぐと桐崎を見つめた。


「あなたにだったら構わない。でも、それはなんのため? 前世の話でしょ? そんなものに縛られて、自由は?」

「鬼の退治屋。生まれ変わろうとこの考えだけは譲れない」

「そう。わかった、はいどうぞ」


 突然美月が喉元を突き出してきたので、は?と桐崎は眉を顰めた。

 唖然と目の前の不思議な思考の持ち主を見つめていると不満な声が帰ってくる。


「どうぞ」

「お前頭おかしいんじゃないのか」

「私、わからない。さっき別に良いって言ったじゃん。ほら殺りなよ」


 美月は微笑んだ。こんな状況で微笑むなんてある意味尊敬する。

 前から思っていたが、やっぱりこの女は頭が狂っている。


「気持ち悪い。俺は俺が好きな時にお前を殺す」

「………」


 桐崎は美月を睨みつけた。


「……………じゃあ、あの時はどうして殺してくれたの」


 ポツリと呟かれた言葉に桐崎は反応した。

 美月は悲しげな声で、言った。


「あの時は、私を全く覚えてなかったから…? 私を、初めて会ったみたいな目で見てきて…平然と殺したじゃない………」

「何………」

「なのに、今はなんなの…。好きな時に殺す? なんなの、それ。ねえ」


 桐崎は目を見開き、起き上がった。肩が痛むがそれどころではない。

 桐崎は今の言葉に聞き返した。


「今の言い方だとまるで…。俺が文月に会ったことがあるみたいじゃないか…。あの夜意外で…」


 突如、頭に黒髪の女が浮かんだ。笑う、美しい女だ。何故だろう、すごく悲しく、苦しい。そして、愛おしい。


「なあ、どうなんだ十六夜」


 美月が答えないのがなんだか焦れったくなる。彼女の拳と瞳は揺れていた。その様子が更に桐崎を焦らせた。


「俺は、あの夜意外…一族の屋敷のことでしか記憶がない。なにか…忘れているような気がする…」


 やはり、彼は思い出そうとしている。昨日、桐崎との戦いで、彼の肩に傷を負わせた。

 曼珠沙華はどんなものでも滅ぼすことが可能。桐崎の肩を傷つけた際、彼にかかっていた葉月の妖術を解いたのだとすれば。


 今、失われた、奪われた記憶を取り戻そうしている。


 美月は拳を握りしめた。ならば、真実を伝えなければ。美月は、意を決して、桐崎を見つめた。


「あの夜が来る前に、何度も会っている。あなたが、夕霧が子供の頃から」


 美月はこと細やかに、夕霧と文月の出会いや思い出を桐崎に聞かせた。そして、葉月の妖術によって記憶の一部が奪われていた事も。


「そんなもの…俺は知らない」

「知らなくて当然だよ。でも………」


 美月は随分と心を傷めていた。本当は、まだあなたのことを。


「本当…なのか…」

「で、でも! 昔の話だから…。何も、特別に気にすることじゃないから……」


 言ってしまった。言わなければ良かったのに。それでも、口が勝手に動き、自分からその思い出を否定した。

 桐崎は眉を顰めた。今度は何を言われるのだろうと身構えていると予想外のことを言われた。


「お前と会うと、変な気分になる…。頭が痛くなるんだ。それに…前世の記憶が何度も蘇ってくる。黒髪の女…あれは文月なのか」


 桐崎が記憶を取り戻しつつあることを悟った。


「文月は黒髪の鬼神だ…。ならあれはやっぱり」


 美月は頷いた。確か、皐月に聞いた。文月姫は美しい黒髪だったと。生まれ変わりである美月は茶髪だが。


「…話すことはもうない。そろそろ帰れ」

「断る」


 美月ははっきりと否定した。


「まだ、苦しい? 熱が下がってないみたいだし…」

「下がった下がった」

「………」


 適当に返してくる桐崎に手を伸ばし、額に手の平をつけた。

 突然の行動に動揺する桐崎。だが、美月は彼を放ってはおけない。


「ほら、やっぱり熱い。このまま無理をする気なら、絶対に帰りません」


 桐崎は更に面倒くさそうな表情で美月を見るが、彼女の目尻には涙が溜まっていた。


「は…、お前なんで泣いてんだ…」 

「泣いてない、変なことばかり言わないでよ」


 美月は涙を必死で拭った。

 ──嬉しかった。

 どんな形であろうと構わない。夕霧が、自分のことを思い出してくれるのなら、それでも良かった。たとえ、彼が愛してくれなくても、側にいて、守れるのなら、それでも良い。


「泣くなら帰れ」

「だから…」

「泣いてるお前、嫌いなんだよ」


 言い方は毒々しいが、その言葉は驚くほど温かい。少し、嬉しかった。


「ごめん、泣かないから。……お腹空いてない?」

「空いてない」

「分かった、お粥作るね!」


 全く噛み合っていない会話を終えて美月は台所へ向かう。

 そこを見て目を見開いた。


(何だ、ちゃんと整理整頓されてるし、綺麗じゃない)


 桐崎の意外な一面に感心し、早速料理に取り掛かった。



「できたー、お粥ー」


 美月はお粥を机においた。


「俺は食べない」


 実を言うと朝から何も食べていない。でも、ここで食べるのもなんか負けた気分だ。


「………はい」

「うぐっ!?」


 突然のことで咳き込みそうになる。美月が粥をすくい上げたスプーンを桐崎の口に突っ込んだのであるり


「てっめぇ、殺す気か!?」

「失礼ね、病人には食べさせた方が良いと判断したの」

「やっぱりこの場で退治してやろうか!」

「やめて。近所迷惑」


 やけに冷静な美月に無性に腹が立ってくるが、今は上手く体を動かせない。

 美月は粥をすくい上げて口元へとスプーンを突き出す。


「はい、あーん……しないとこじ開ける」

「なんだその脅迫は」


 桐崎は眉を顰めながらも、躊躇いがちに口を開けた。そこに今度は突っ込まずに落ち着いて入れた。

 美月は料理上手なようで、お粥の味も絶品だ。だが声には出さず、桐崎は口だけ動かしそっぽ向いた。


「ああ、美味しかったのね」

「なんでそういう判断ができたんだ」


 さすがクラスで不思議ちゃんと呼ばれるだけのことはある。

 美月はもう一度スプーンですくい上げると桐崎に口を開けるよう命じてくる。


「ほら、あーんしなさいな」

「自分で食える」

「はいどうぞ」


 スプーンを手渡すと桐崎は自分で食べ始めた。その様子を見ながらつい微笑むと桐崎に気味悪がられた。








「じゃ、そろそろ帰るね。心配しちゃうから」

「さっさと帰れ」


 桐崎に見送られ?ながら颯爽と玄関から出て行った。

 まあ、意外と楽しかったな、と美月は微笑んだ。また来れたら…とは思ったがさすがに何度も来れない。


「明日には良くなってると良いけど…」





……………………………………………………………………………………………………………………




「おそーい!」


 帰ってくると早速怒られた。小桜が飛び出してきて抱きついてくるので慌てて受け止めた。


「何してたんですか!」

「えーと、学校に用事があって…大したことではなかったけど…」

「本当ですか!?」


 疑いの目で見てくる小桜に何度も頷きながらリビングへ向かった。

 案の定、小雪がご立腹。この子だけは怒らせると厄介だ。


「ごめんね、本当に」

「…別に、僕は怒ってませんので」


 いや、怒ってるな。どう返すべきか迷ったが、謝罪して次から気をつけるということだけを伝えた。







 美月が帰った後、桐崎はベッドに横になりながら考えていた。

 文月との思い出を。思い出す度に肩の傷が熱くなる。


 ──『なぜ、私を……』


 確か、あの女が死ぬ前に…こんなことを言っていた。

 なぜ、私を殺した。私はお前を。それだけ聞いたが、よく覚えていない。


「もうわかんないな」


 美月は、文月だ。彼女は一体どういう人物だっただろうか。残虐な鬼、人間の敵である怪物の姫。それぐらいしか知らない。どんな人生を歩み、どんな気持ちであの夜、死んでいったのだろう。


『──────思い出せ。』


 肩の傷が疼いている。


『─────思い出せ』


(誰だ…)


『───────私は…』


 肩が痛み、熱が沸いてくるようだ。頭の中に何度も何度も、誰かが語りかけている。

 桐崎は目を見開き、その声に耳を澄ませた。


『──愛してる。夕霧』


「………文…月」


 それを呟いた瞬間、肩の痛みが嘘のように消えていった。

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