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鬼姫の曼珠沙華  作者: 紫木 千
第一章 『月火神社編」
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【第一章】厄介



「白い髪の鬼だ。珍しい」

「だが、美しい顔立ちをしている」


 人間たちは口々にそういうとまだ幼い鬼の娘の顔に布を被せ連れてゆく。どこに向かっているのだろう。荷車の上、揺られながら幼い子鬼は膝を抱えて縮こまった。


「こいつは高く売れるぞ」


 そんな声が聞こえた。


 ──ああ、売られるのか。


 子鬼は檻の中、ただぼうっと景色を眺めた。人間共の住処。人間が群れ集う場が見えてくる。このまま売られ、恐らく見せ物にされるか、奴隷にされるか、あるいは両方。

 鬼の子供を捕まえたと大喜びの人間たちは醜い顔で笑いながら、子鬼を乗せた荷車を押し進んで行く。


「すみません。その子鬼売ってはいただけませんか」


 その声に荷車は止まる。

 子鬼は顔を上げた。まだ若い僧侶とその傍らには子鬼と同い年ぐらいの少年が立っていた。


「──しかし……」

「これでどうです?」


 躊躇う男たちに僧侶は束にまとめた小判を差し出す。

 その量に目を輝かせ、人間は少し迷った後、子鬼を閉じ込めている檻に目を向ける。やがて人間の男たちは荷車を僧侶に渡すと小判を持って軽い足取りで何処かへ行ってしまった。


「さて、壊しますか。伏せておいてくださいね」


 僧侶はどこからともかく刀を取り出すと躊躇なく檻を壊す。

 頭を伏せていた子鬼は目を見開き、不思議そうに首を傾げる。


「あ……」

「安心なさい。私達は仲間ですよ」


 そう言った僧侶の頭と少年の頭には立派な角が二本生えていた。

 上半分がなくなった檻で、子鬼は未だ座りっぱなしだった。痺れを切らしたように、少年は荷車の上に豪快に飛び乗る。そのせいで荷車は大きく揺れる。

 少年は子鬼の娘に右手を差し出した。


「俺、この年で鬼神だ。だから名前は皐月。あいつは師走だ。よろしくな!」


 白い髪の子鬼は皐月と名乗った少年を見上げる。

 あの時の、皐月の優しい微笑みに、救われたのだ。



……………………………………………………………………………………………………………………


「卯月。おーい卯月?」


 振り返ると不満そうな皐月の表情がそこにあった。


「ああ、なんだ? 皐月」

「…弥生はどうなった?」


 洞窟に身を潜め、弥生は卯月の膝の上で眠っている。だが、その表情はとても苦しそうだ。


「長月の鎖の毒…。毒消しがあれば良いかもしれないが…」


 弥生が受けたのは鬼神の武器による毒。そこらの毒と比べて格段に強い効果があるに違いない。それに簡単に消えるとは思えない。


「師走なら何かわかるかもしれない……。だが、今は葉月と戦っているだろう。それに今出ていけば長月に遭遇するかもしれない」


 皐月はさほど深くない洞窟の出入り口を睨みつけながら呟いた。

 洞窟は出入り口から差し込む僅かな光をによって照らされている。恐らく見つからないと思うが油断は禁物。長月は若干怒っているだろうから相手にすると本気でまずい。

 隣で弥生を心配そうに見下ろす卯月の横顔を見つめ、皐月は意を決したように右拳を握りしめる。


「卯月。もし何かあったら、弥生を連れて逃げてくれ。俺が時間を稼ぐからそのすきに……いってぇ」


 皐月の額を指で弾き、卯月は冷たい視線を向ける。


「戯け。そんな情けないことなどするものか、この考えなしの阿呆め」

「そこまで言うか…」


 少し顔を引きつらせ、肩をすくめる皐月の耳を摘んで卯月は耳元で話す。


「お前の自己犠牲などごめんだ。───少しは自分を大切にしろ」


 卯月はそう言って皐月の耳を乱暴に離すと再び膝の上で眠る弥生を見下ろした。

 ひりひりする左耳を擦りながら皐月は苦笑した。


「今のはズルいぞ。ますます惚れた」

「死ね」


 軽く毒を吐き、卯月は簪を懐から取り出し皐月に向ける。素っ気ないな、と皐月は卯月の横顔を見つめながら溜息をつく。


「昔はもっと可愛げがあったのにな」

「悪かったな」


……………………………………………………………………………………………………………………



 金色の瞳。赤い刀。

 美月のその姿は紛れもない、かつて多くの命を奪った鬼姫の姿。


「文月、貴様………!」


 桐崎は美月を見据えながら刀を構える。前世の頃と何ら変わらない。


「安心しろ、夕霧。お前を殺したりなんかしない……」


 美月は呟き、曼珠沙華を片手に持ち替え風を斬る。


「姫様……」

「小桜、小雪。大丈夫だから、そこにいて」


 前世の頃の口調と打って変わって今度はいつも通りの優しげな口調に戻る。

 小桜と小雪は眉を顰めた。

 ──彼女は文月姫か、美月か。


「……っ」


 桐崎は地を蹴り、刀を振り上げる。

 だが、それは空を斬っただけで何の手応えもない。美月が消えている。

 背後に気配を感じてすぐに振り返り、刀を防ぐ。


「背後を狙うとは…。汚いな」

「…………」


 金色に光る美月の瞳を見つめながら桐崎は刀を持ち替え下から斜め切りに振り上げる。

 上から防いで飛び上がる美月。

 そこへ刀を向ける桐崎だが美月は彼の刀と己の刀を交えながら降りてくる。

 刀の側面を伝って曼珠沙華はまっすぐ桐崎へと振り下ろされる。


「ちっ……」


 桐崎は刀を押し退け、それを避ける。


(なんだ、あいつは……)


 考える間もなく美月が飛び出してくる。曼珠沙華の刃が捉えるのは……。


「貴様っ、何のつもりで……!」

「──肩!」


 美月は桐崎の刀を避け右肩を斬りつける。


「っ………!!」


 そして、一歩ニ歩と自分の身長ほどの高さを飛びながら後退する。


「ぐっ……ぅ…」


 桐崎の右肩から血が流れ出る。

 そこから一緒に濃い灰色のドロリとしたものが漏れ出て上昇する。


「妖気……」


 小桜は溢れ出る妖気に眉を顰めた。

 それは、夕霧を縛った葉月の妖術。記憶を縛った、全ての元凶。


「うっ……」


 桐崎は頭を抱え、顔を苦しげに歪めた。


 ──何かが頭の中を駆け巡っていく。


 桐崎はそのあまりの痛みに歯を食いしばる。

 

 ───『チリン』。


 鈴の音が聞こえる。


 ──『あいしてる』。


 女の悲しげな声が聞こえる。


 一気に脳内から放たれた。下には赤い鳥居が見える丘の上。人目につかぬあの場所で一人、素振りの練習をしていた。

 そこで出会った。あの優しく強い眼差しを持つ一人の鬼姫。

 成長するに連れ、鬼姫の美しさに惹かれていった。


 ──笑った顔を、守りたいとただそれだけを願って………。




「姫様…あれは…」

「曼珠沙華は滅びの刀。妖術を滅することも可能…。夕霧にかかった葉月の妖術も、もうじき完全に滅びる」


 美月は目を細め、苦しむ桐崎を見つめながら拳を握りしめる。


 ──どうかあの人を守れる力を…。


「小桜、小雪。今のうちに逃げるよ」


 小桜と小雪は桐崎を一瞥すると頷き、美月と共にその場を駆け出した。





……………………………………………………………………………………………………………………



 木々を飛び越え、駆け抜け、長月は弥生、卯月、皐月を探し続ける。


(あの腹立たしい阿呆三人はどこに行きやがった…)


 長月は林を駆け抜けながら鎖で木を薙ぎ倒していく。

 恐らく今兄の元へ向かっても邪魔になるだけ。それに鬼神を一人も倒せなかったことに対して怒りを爆発させるだろう。


「ちっ…面倒な…」


 鎖を大振りに振ると周囲の木を薙ぎ倒し、三人を見つけ出す。

 邪魔になっていた木が倒れていき、視界が開けたとき、洞窟を見つけた。





「──長月か」


 鎖と木の倒れる音。長月がすぐ近くにいる。皐月は腰を低くし、洞窟の出入り口を睨みつける。


「卯月、奴は恐らくすぐそこにいる…」

「まずい……、今見つかっては困る…」


 卯月も警戒し、弥生を守る。

 やがて鎖の引きずられる音と共に足音が近づいてくる。


「───そこにいるのはわかっている。出て来い畜生共が」


 長月の苛立ったが聞こえ、皐月は悔しげに唇を噛む。


「おいどうした……怖気づいてしまったか」


 大木の枝の上で、長月は目を細めた。

 鎖で頭でも潰してしまおうか、それとも二度と逃げられぬよう膝からつま先にかけて骨を砕こうか。そんなことを考えながら洞窟の出入り口を見つめていると、ようやく中から皐月が出てくる。


「皐月……卯月………ああ、やはり弥生は闇百合の毒を受けたか」


 愉快そうに呟く長月を睨みつけながら卯月は怒りを含んだ声を放つ。


「貴様……弥生の毒を解け!!」

「そう簡単に解くと思うか。その毒を受けた者は夜には死ぬ。心のぞうが止まり、呼吸もできなくなる」

「何っ……!」


「この長月の妖術を甘く見るな」


 弥生を抱える卯月は悔しげに歯を食いしばると怒りに燃えた目で長月を睨みつける。

 皐月はすぐに腰を低くし、戦闘態勢に入る。


「既にお前たちは負けたも同然」


 長月は哀れむような目を向け、口角を上げた。


 頭上から金属の擦れる音が聞こえ急いで上を見ると皐月たちを捕らえるかのように鎖が空を覆い尽くしている。


「これは……!」


「闇百合は俺の意識に従ってどれだけでも伸びる。お前らは袋の鼠だ」


 避けなければ。そうは思っても前も後ろも、右も左も鎖に塞がれ、下手に動けば弥生と同じ毒を受けるだろう。


「くっ…」


 皐月は自分たちを囲む鎖を睨む。


 ──このままでは全員…。


「……!」


 闇百合の威力が一瞬弱まった。


「誰だ…」


 長月は気配を感じ、身構える。


「………」


 誰かが近くにいる。警戒心を強め、周囲を見渡していると手元に手裏剣が飛んでくる。それを闇百合で弾き飛ばした。


 だが、その鎖に食いついてきたのは紅色の刀。


「……!!」


 長月の闇百合を切断したのは美月の持つ曼珠沙華。


「文月……!」


 途端、皐月たちを囲んでいた鎖が一瞬にして消える。


「姫…!」


 皐月は長月と対立する美月の姿を見つけ口角を上げた。

 長月の闇百合が美月の背後に周る。それを曼珠沙華で振り払い、長月に斬りかかる美月。


「こ、の……!」

「滅びろ………!!!」


 美月の曼珠沙華は弧を描き、長月の鎖を避け、長月の肩から腰にかけて斜め切りにする。


「あああぁあ…………!!!!!」


 悲鳴を上げながら血飛沫を上げる長月。そのまま木から真っ逆さまに落ちて地面に叩きつけられる。

 長月が倒れたのを見計らい、小桜と小雪が美月の元へと駆け寄る。


 皐月たちも美月たちと合流する。


「長月は……、死んだのか…?」

「…………死んでない」


 美月は呟き、後ろを振り返る。おびただしいほどの血溜まりが残ったまま、長月は姿を消している。


「弥生は…」


 卯月に抱えられ、ぐったりとした弥生を見て美月は眉を顰める。


「長月の闇百合の毒を受けてしまって…。今夜中に死んでしまう……!」

「……!」


 卯月の切羽詰まった声に全員顔を顰めた。


「一度神社へ戻ろう。師走と葉月がどうなったか気になる……」


 皐月の提案に頷き、全員で固まって神社へと引き返した。



……………………………………………………………………………………………………………………



 葉月の大鎌を避け、師走は刀を振るうも刃先は空を斬る。

 まさか、と師走はすぐさま振り返り背後から迫っていた大鎌を食い止める。


「ほう?さすがは師走…」

「…………」


 瞬間移動。いや、これはそういう類のものではない。

 師走は刀を振るい、迫り来る大鎌を何度も払う。

 そして、飛び上がり上から斬りつけようと試みるも標的は一瞬で姿を消し、師走が着地したのを見届けると右横から斬りかかってくる。


 それを刀で防ぐと師走は目を細めて、殺気に満ちた葉月の目を見つめた。


「どうもおかしいと思った。葉月…一瞬、時を止めて移動していますね」

「ご名答………!」

「ずる賢いと言いますか……何と申しましょう……」

「こっちはちょいと本気なんで。十二人殺すのに、まずお前だけは厄介なんでな!」


 葉月は鎌の弧を描いたような形を利用し、師走の刀を伝って回転すると師走の背後に周る。

 それをまた刀で振り払い、師走は涼しい顔で言った。


「言っておきますが、厄介なのは私だけではないことを忘れない様に」


 葉月の斜め後ろから紅色の刀が現れ、それを片手に持った大鎌に払われる。


「文月………」


 美月を睨みつけるとその後ろにも皐月たちがいることに気づき、鎌の刃先を下ろした。


「戻ってきやがったか……長月はどうした…」


 美月たちはそれぞれ葉月を目でしっかりと捕らえている。


「葉月、無駄な戦いなどしたくありません。お引き取り願おう」


 師走はカタバミを片手で構え、まっすぐ葉月を見据える。

 葉月を囲む様にして、鬼たちは武器を構え、戦闘態勢に入る。


「ちっ……」


 短く舌打ちをすると葉月は刃先が土に突き刺さった大鎌の柄を掴み、引き抜くと肩にかけて低く唸った。


「今は長月を探すしかない…か…」


 葉月は鎌を抱えて、神社の屋根、木を伝って退散した。


「師走…!弥生が…!」


 弥生をおぶった皐月は師走の元へ向かう。

 師走は弥生の首元にくっきりと残る黒い鎖の跡に眉を顰めた。


「闇百合に捕らえられましたか……。姫様」

「はい」


 師走は美月の曼珠沙華を見つめ、真剣な眼差しで言った。 


「あなたの曼珠沙華なら弥生を救える」

「……!」


 美月は目を見開き短刀を見つめる。


「夜になる前に、毒を解かなければ。部屋へと戻りましょう」


 師走に連れられ、全員神社の中へ駆けていった。



……………………………………………………………………………………………………………………



 美月は苦しむ弥生の首に巻き付くように残った闇百合の跡にに短刀の先を突きつけた。


「弥生、少しだけ我慢して」


 短刀の先が喉元に触れるとそこに僅かに切り込みが入り、血が流れていく。

 それと共に鎖の跡がどんどん薄まっていく。

 完全に鎖の跡がなくなると弥生は落ち着きを取り戻し、規則正しい呼吸を始める。


「これで大丈夫です」


 師走の言葉に全員安堵の息を吐く。


「良かった。もう大丈夫……」

「弥生……」


 卯月は安心しきった声で弥生の名を呼び、手を握る。


「姫様、ありがとう…。弥生を救ってくれて」


 卯月はホッとした様子で美月に向き合う。美月は首を振って卯月の手を握り、微笑んだ。



皐月の秘密。

小さい頃、卯月に告白したことがあるけど相手にされなかった。

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