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鬼姫の曼珠沙華  作者: 紫木 千
第一章 『月火神社編」
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【第一章】曼珠沙華


 ───最初は楽しい時間を過ごすと良い。


 ゆっくり、じっくり…。思い出を作るの。


 たくさん、たくさん、仲間を作って

 笑い合う日々を送るの。


 そうやって、幸せしか知らないあなたが出来上がる。


 ────そして、ある日あなたの大切なもの全てが奪われると


 あなたは呼吸の仕方も、手足の動かし方も忘れてしまう。


 ゆっくり、じっくり…。思い出を壊すの。


 たくさん、たくさん、仲間を失って

 泣き叫ぶ日々を送るの。


 そうすれば、幸せであったことも忘れるから。


 そうやって、孤独なあなたが出来上がる。



……………………………………………………………………………………………………………………



「ただいま」


 学校から帰宅してすぐに洗面所まで向かい、手を洗う。そして制服から私服に着替え、ベッドに座り、一息つく。

 この家には誰もいない。一人暮らしというものだ。

 十六夜美月、17歳。両親は早くして他界。女子高生だが、早めに一人暮らししても良いと思う。ここはど田舎。その静けさ故に、まあ寂しい。

 小型の冷蔵庫を開けて中を確認して眉を顰めた。


「飲み物が麦茶しかないって……」


 学生の一人暮らしの家に茶以外の飲み物がない、ていうかジュース一つぐらい欲しい。………という学生なりのわがままだ。

 窓の外を見ると当然まだ明るい。今からジュースとついでに今日の夕飯でも買うことにしよう。

 バッグを持って財布が入っていることを確認すると玄関に向かった。


「…?」


 突然、目の前が眩んだ。


『─なぜ…』


 誰かの声が聞こえ、急いで振り返った。

 誰もいない。いや、今のは背後から聞こえた声だっただろうか。それとも、自分の脳内に誰かが語りかけてきたのだろうか。

 気味が悪い。恐怖を振り払うように、玄関から飛び出した。




 コンビニまでは然程遠くない。目的地までは一本道。坂を下ればすぐだ。

 ただ、途中に神社がある。普通の、特に何かあるわけでもない。田舎の神社だ。だが、その場所を美月は嫌っていた。なんというか気味が悪い。異様に暗く、静かで今にも何かが出そうだ。朱色の鳥居は、古びており、表面が剥がれて中の木肌が所々見えていた。そして奥に向かって木が生い茂り、薄暗い。

 身震いすると、そそくさとその場から立ち去ろうと歩く足を速めたとき。


「寄っては行かれませんか」


 突然低い声が聞こえた。

 足を止め、振り返るとそこには住職が立っていた。その微笑みから何かを感じ取り、警戒を怠った。

 普通なら、急に話しかけられれば警戒するものだが、相手がお坊さんだからだろうか緊張すらしない。


「いえ…。申し訳ありませんが急いでまして…」


 というのは表向きの理由で、本当は気味の悪い神社に近づきたくないのだ。住職は微笑む。


「私の名は師走と申します。また、いつでも来てくださいね」


 もし、ここがもう少し雰囲気が良かったら喜んで訪ねていただろう。だが美月は、謝罪もかねてお辞儀をすると颯爽とその場から立ち去った。






 コンビニからの帰り道、小さなレジ袋を下げてさっきの坂を上っていく。

 また神社が目の端に入ったが気にせずに通り過ぎようとした。その時、


『姫様』


 声が聞こえた。子供の声。


『姫様』


 今度は別の声が聞こえた。それは酷く懐かしい声だった。

 すでに日は傾いている。もうすぐ暗くなる。神社の不気味さが更に際立っている。


 ──だが、引き込まれるようにして美月は初めて神社に足を踏み入れた。




 木々が生い茂る。その木たちが作る大きな影が美月を迎えた。

 風が吹いていないため、静かすぎて居心地が悪い。やはり、引き返そうか。そんな考えが頭を過り、立ち止まる。

 そもそも何故こんな神社の中へ向かおうとした。この町で唯一嫌っていたこの場所に引き寄せられた。

 美月は不安げな表情で、来た道を引き返そうと振り返る。


「え…」


 さっき来たときはちょっと歩けばすぐ出口だったのに。


 ──石造りの道が果てしなく続いていた。


 遠くまで木が、道が、風景が続き出口がない。


「どういうこと………」


 ああ、ほらだから不気味な神社に近寄らなければ良かったのに。

 振り返れば神社がそびえ立つ。また振り返れば、果てのない道。


「うそ……私…」


 これは、世に言う怪奇現象。平々凡々と暮らしてきた単なる女子高生が、何故こんな目に合わなければならない。


 冷や汗が額に滲み出、足が震えた。さっきまで静かだった神社で、木の葉が揺れ動く。


「……」


 何もない、何もない。そう信じて首をぶんぶんと横に振り、深呼吸。


 ──ガサ。


 ビクリと肩を震わせた。

 やはり、後ろに何かいる。それがはっきりとわかった瞬間、美月は遠くにある出口まで駆け出していた。

 後ろでは息の荒い、やたら足音の大きいものが迫っている。

 走りながらチラリと振り向く。


「何あれ……!」


 それは断然人よりも大きい、虫の形した黒い化け物。


『文月…姫…』


 化け物は太く大きな手足で木を薙ぎ倒しながら襲ってくる。

 走っても、走っても、出口まで辿り着かない。同じ風景が流れて行く。


「夢……!?」


 やけにリアルだ。だんだん疲れてスピードが欠けていく。もう、無理だ。そう悟ったと同時に躓き、横転する。持っていたレジ袋を手放し、中の物が放り出される。


『文月姫えぇぇえぇ!!』


 化け物の鋭い爪が急降下してくる。


「っ!!」


 何とか体をそらして、それを避ける。自分が倒れているすぐ横に化け物の爪が突き刺さる。まともに受けてたら当然確実に死んでいただろう。


「何なの!!?」


 涙目になりながら美月は立ち上がり、全力疾走。

 運動をまともにしないでもこういうときはいつまでも走れる気がする。


「追いかけてこないでよ!!!」


 とりあえず何か叫んどけば何とかなるという考えはやめておいたほうが良い。化け物に言葉は通じないようだ。

 化け物はなりふり構わず爪を振り回し、ギリギリ美月のスカートの裾をかする。そのせいで、再び横転した。

 見上げれば満点の星空を隠すように化け物の大きな爪が美月を見下ろしている。

 美月は目を固く瞑り、両腕で頭を守る。


『…っ!!』


 突如、神社の祠が赤い光を放ち、化け物は思わず目を背けた。大きなかまいたちが起こり、化け物は石造りの地面に放り投げられる。その振動が伝わり、美月は短く悲鳴を上げる。

 何が起こった、と薄っすらと目を開くとまず、目に飛び込んできたのは横転する化け物と二人の……二人の…


「お、鬼…」


 そこには頭から小さな角を二本生やした、15歳前後くらいの小鬼が二人いた。服は異様な格好をしており、テレビとかでよく見る、忍者のようだ。


「いや……え……?」


 美月はその光景を見て倒れたまま固まっていると、小鬼のうちの一人が、化け物に向かって指を指して叫んだ。


「この無礼者! 姫に刃を向けたその罪は重いですよ!」


 化け物は無駄に大きいその胴体を引きずりながら、立ち上がる。

 二人の小鬼が手を前にかざすと、暴風が巻き起こり、美月は顔の前で腕を交差させ目を瞑る。


(ちょっと、勘弁して……)


 化け物は暴風に巻き込まれ、やがて耳を塞ぎたくなるような醜い声を上げる。二人の小鬼も耳を塞ぎ、唸り声に耐えている。


「───っ!姫様、来てください!」


 小鬼が差し出した右手を迷うことなく掴み、立ち上がる。


(速いっ………)


 小鬼の足は想像していたよりも速い。だが、美月のペースに合わせているのか、不思議とついて行ける。

 やはり、走っても走っても、景色は変わらない。生い茂る大きな木々を通り過ぎる。背後からは荒い息と大きな地響きが聞こえる。


「ねえ、あなた達強いの!?」


 初対面のはずなのだが、なんとなく信用できる気がする。

 小鬼に手を引かれながら叫ぶと、桃色の着物を着た小鬼が答えた。


「あの物の怪一体を追い払うぐらいなら!! どうにかして隙ができれば良いのですが!」


 美月は横目でチラリと怪物を見る。あれぐらい大きいなら、美月たちの細かな動きについていけないだろう。それに、知能は低くそうだ。


「アレ、私が狙いみたいだから、引き寄せようか?」

「まさか囮に!?」

「私が引き寄せてるから、そのすきに攻撃して。そうすれば、私は無事でしょ?」


 美月の提案に微妙な反応の小鬼たちだが、迷っている暇はないと判断し、承諾した。小鬼は美月から目を離さないまま、その場から瞬時に離れる。

 一人走り続ける美月は懸命に足を動かし、ギリギリまで怪物を引きつけると、


「──ほいっ!」

『────ッ!!!?』


 美月がその場にしゃがみ込むと、怪物は前足からつこけて滑り込んでいく。上手くいったらしい。


「うわっ!」


 美月の体がふわりと宙に浮く。藍色の着物を着た小鬼が美月を抱えて大木に登っていた。


「ありがとう」

「…………いいえ」


 こっちの小鬼は、もう一人の小鬼と比べて物静かで無表情である。だけど、その無愛想な態度が誰かに似ている。

 もう一人の小鬼がどこからともなく現れ、どこに隠していたのか鍬を取り出し、倒れ込んだ怪物の頭部に打ち込んだ。再び醜い声を上げ、怪物は粉々に消えて行った。

 人生で一番の大仕事を終えた気がする。


「姫様!!」


 桃色の服を身に纏う小鬼が、飛びついてきた。


「やっとお会いできた! このときをどんなに待ち望んだことか!」

「え、あの…」

「何もおっしゃらないで…。わかっております。これまで数々の試練を得て、今こうして巡り会えたのです!」

「えっと…」

「私も小雪も、あなたに会うためならと必死になって…」

「あの!」


 美月が叫んだことで小鬼はやっと正気になり、桃色の忍びは抱きついていた手を放した。


「申し訳ありません。こうして再び会えたことに嬉しくて、つい……」

「いや、会えたも何も…」


 美月は申し訳なさそうにお辞儀をする小鬼に、困り顔で告げた。


「私、あなたたちのこと知らないんですけど…」


 暫く、間が空き、十秒後くらい経った時、小鬼の一人が首を傾げた。


「?」


 突然、美月に抱きついて来た方の桃色の服が震えた。


「そんな、え? だって、私達の封印も解いたし、どう考えたって…」


 慌てふためき、もう一方の小鬼の方を向く。


「小雪、どういうこと」

「さあ?」


 もう一方に聞いたのが悪かった。会話は約三秒程で終わった。桃色の服の小鬼とは対象的に藍色の服の小鬼は冷静だ。


「姫様!!」

「うわっ!?」

「私、小桜です!わかりませんか!?」

「えぇ…?」


 命がけで聞いてくる小鬼、小桜をじっと見つめたがやはり知らない顔だ。微妙な顔の美月を見て小桜はへたり、とその場に座り込んだ。


「そんな、姫様が…私達のことをお忘れに……」

「小桜姉さん、それ正直しつこいよ」


 もう一方の小鬼、小雪は落ち込む小桜の頭を撫でながら悠長に、毒を吐いた。なんだか申し訳なくなり、美月は立ち上がって小雪と共に小桜の頭を撫でた。


「えっと、よくわからないけどごめんね?」


 小桜はキラキラとした目を向けてきた。


「いえ…私も焦りすぎたようです。しかし、たとえ姫様が私達のことをお忘れになっても、あなたが確かに文月姫様なのです」


 さっきの怪物も『文月姫』という人名を叫びながら美月に襲いかかってきた。生憎、美月はそのような名前ではない。十六夜美月という名前が既にある。だがあまりにも複数の者からその名前で呼ばれて、本当にそうなのかもしれないと思い始めた。

 周りを見渡せば、果てのない道などなくなり、いつもの神社に戻っていた。



………………



「姫様姫様!真に美味しい!これは何です?」

「…ポテチです」


 ポリポリと本当に美味しそうにポテトチップを頬張る小桜。その横で無言、無表情で食べ続ける小雪。


 ──家に連れてきてしまった。


 あの場に置いて行くのもあれだったので悩んだ末、連れてきた。これからどうしよう。色々と疑問が沸いてくるのでひとつひとつ、質問してみようと口を開いた。


「それで、その…。文月姫とは?」


 美月が切り出すと小桜と小雪は食事の手を止め、頷いた。


「あなたは、文月姫様の生まれ変わりです。鬼神一族の一人で、鬼神の頭領の娘であらせられます」


 何か話が壮大だな。しかし、自分が鬼の生まれ変わりなのはにわかに信じ難い。小桜は眉を顰め、話を続けた。


「姫様は夕霧という男に命を奪われたのです。最後に、私達にこれを託されました」


 小桜は懐に手を入れると真っ赤な鞘に包まれた短刀をテーブルに置いた。


「これは?」

「姫様の愛刀、曼珠沙華です。これは姫様にしか使えません。さあ、受け取ってください」


 綺麗な紅色の刀。引き寄せられるようにその刀を持つ。触れた瞬間、生気を感じた。

 小桜は曼珠沙華を見つめながら恐ろしいことを話し出す。


「曼珠沙華は血を浴びれば浴びるほど、力が強くなります。血によって生かされるのです」

「え、今、なんて!?」


 艶やかな紅色が、全部血に見えてしまう。刀を貰うべきなのか返すべきなのか戸惑い硬直していると、小雪が欠伸をした。


「あ、眠い?」


 まだ子供だ。この時間になると眠くなるのだろう。小桜は小雪の背中をバシッと叩いた。機嫌悪そうに小雪は姉を横目で見つめる。


「全く、姫様の前でだらしない」

「そうは言いっても、欠伸は出るもんなので」

「しっかりなさい、男の子でしょう」


 小桜の言葉に、美月は目を見開いた。


「え、君、男の子なの!?」


 美月は小雪を見つめながら聞いた。小雪は無表情のまま、頷く。小桜に酷似しており、顔も綺麗に整っているためてっきり女の子だと思っていた。

 小桜はクスクスと小さく笑った。


「小雪は私の双子の弟です」


 なるほど双子か。美月は納得した表情で小桜と小雪を見比べた。


「……えーと、二人は今日はベッドの横にお布団を敷くからそこで休んでね?」

「ありがとうございます」


 小桜はペコリとお辞儀をする。小雪もそれに続いてお辞儀をする。



 寝室として使っているもう一つの部屋に布団を敷いた。


「小桜と小雪はここで良いかな?」

「感謝致します、姫様」

「ありがとうございます」


 笑顔で答える小桜と無表情の小雪。正反対な双子は再びお辞儀をする。礼儀正しい子達で良かったと安堵しながら、カレンダーを見る。明日は学校が休みだからちょうどいい、詳しく話でも聞いてみよう。

 頭の中でスケジュールを立てていると、双子がなにやら真剣な眼差しで見つめてくるので「どうしたの?」と首を傾げた。


「では姫様。いつどこの輩が襲ってくるかわかりませんので私と小雪は寝床を見張っておきます」

「任せてください」


 小桜と小雪は自信満々に言うと、侵入者を容赦なく斬り捨てんばかりの表情で寝室から出ようとするので、慌てて引き止めた。


「いや、ここ安全だから!寝よう!」


 説得すると二人は渋々頷いてくれた。


作者の秘密。

主人公を身体的+精神的にいじめるのが大好きです。

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