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鬼姫の曼珠沙華  作者: 紫木 千
第一章 『月火神社編」
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【第一章】美を司る鬼神、卯月

 美を司る鬼神、卯月。

 長い白い髪、まつ毛や肌までもが白く印象に残るは明るめの茶色い目だ。金色の卯の花の刺繍が施された白い着物のスリットから色っぽく太ももが見えている。

 その手には、金の椿の簪が握られていた。


「弥生、これはなんだ。説明しなさい」

「はい、卯月様。山に多くの物の怪が住み着いており、姫様を喰らおうとしました」


 弥生がかしこまって答えると卯月は目を細めてまだ生き残っている物の怪たちに睨みをきかせた。


「鬼神一族の姫に、手を出した罪。この卯月の『椿歌』の餌食となるが良い、醜き死に損ないたちよ」


 卯月は金色の簪を物の怪たちに向けた。

 皐月は目を見開いた。


「おい待て卯月、山ごと吹っ飛ばすなよ!?」

「皐月。邪魔をするな」

「待て待て待て!」


 皐月は卯月を押さえた。


「やめろ、土地ごと黄泉に送ってどうすんだ。姫もそう思うよな!?」

「も、もちろんそうね…」


 急に振られた問に美月は慌てて同意する。

 それを見た卯月は眉をひそめながらも簪を持つ手を下ろした。

 卯月とかいうものだからおしとやかな可愛らしい少女をイメージしていたのだが、正反対の大胆不敵な女性だった。


「卯月、山ごとではなく、物の怪だけ浄化を頼みます」


 師走が頼み込むと卯月は溜息をこぼし、簪を空にかざした。


「『椿歌』」


 簪の先から眩い白い光が放たれ、物の怪たちを包んでいく。物の怪は悲鳴を上げながら、粉々に散っていった。



……………………………………………………………………………………………………………………




 すべてを終わらせ、美月たちは山を降りた。


「いつまでその大木を持っているつもり、皐月!?」

「いつ現れても良いように備えているだけだ」

「武器がなくてご苦労さま! 聞いてください、卯月様!皐月は武器を取り上げられて今に至るのです!」


 弥生は皐月を指差しながら小馬鹿にするように卯月に報告する。

 それを聞いた卯月は納得したように頷く。


「ああ、だからさっきから木を無闇に振り回していたのか。頭がおかしくなったと思っていたが、ようやく私の誤解が解けたぞ。よかったな皐月」 

「盛大な誤解を招いていたようだが、全く違う。俺は姫を守るために体を張ってだな…」


 ………後ろが実に愉快だ。

 弥生、卯月、皐月の会話を背中越しに聞きながらつい噴き出しそうになるのを堪えた。

 隣で歩いている師走を見つめてさっきの言葉を思い出した。


 師走が、文月姫の剣術の先生だったのか。

 美月が興味津々に師走を見つめているのに気づき、師走は微笑んだ。


「どうかなさいました? 姫様」

「すみません。さっき、師走様が文月姫に剣術を教えていたと言っていたから気になって」

「ああ。そうですよ、私の武器は刀ですので、睦月様に文月姫の剣術の稽古を見るように命じられたのです」


 新たな事実に美月は驚きを隠せなかった。

 と、同時にあることを師走にお願いしたくなった。曼珠沙華を握りしめて、美月は師走に頼み込んだ。


「あの、師走様!私に教えてください、剣術を。曼珠沙華の使い方を知りたいんです!」


 その願いに、師走は目を見開き、そして微笑み頷いた。


「また、私で良ければ喜んでお教えいたします」


 師走に剣術を教えてもらうことを約束し、ようやく神社に着いた。




「姫様!」


 小桜が美月に向かって走ってくる。


「どうされたのです? 学校は!?」


 心配性の小桜は美月の頬に触れて、切羽詰まった様子で質問をする。

 忍び服が目立つ。だが、ここは人通りが少ないため、心配することはなかった。


「落ち着いて小桜…」

「うぅ…」


 小桜は肩を落として俯いた。

 小桜の隣まで歩み寄る小雪はじっと美月を見つめて、一言。


「とんだ大馬鹿者ですね」

「うっ…」


 突然の暴言に美月は落ち込んだ。

 小雪は構わずふい、と顔を背けた。その眉間には皺が寄っている。


「小桜、小雪。事情は中で話しましょう。卯月もいることですし、一度神社へ」


 師走が神社へと全員を促した。


 畳部屋で弥生、卯月が早速コタツを堪能し始めた。


「どうです?卯月様。こたつですよ」

「温いの。寝ても良いか」

「おいお前ら。今は遠慮しろ」


 皐月は美月たちに目配せして弥生たちを叱る。

 美月は遠慮がちに頭を下げると弥生たちも立ち上がってコタツから離れる。

 師走が美月と小桜と小雪を座らせる。小桜が早速不安気味に質問した。


「姫様、どうなさったのです?具合が悪くなったのですか?」


 美月は両手をこたつの中で握りしめて俯いた。


「あのね、その…。前にさ、学ランを私に貸した人が夕霧の生まれ変わりかもしれないって話したでしょ?」

「はい、お話しました」


 小桜は不思議そうに頷く。その横で小雪が何かを悟ったかのように更に表情が険しくなっていく。


「その人が、夕霧の生まれ変わりだったの」


 部屋にいる全ての鬼たちが黙り込んだ。部屋が静かすぎて居心地が悪い。

 鬼たちにとって、霧の部族頭領、夕霧の名前は警戒せざるを得ないものだった。


「……じゃあ、そいつに何かされたんですね」


 小桜がくぐもり声で言った。

 美月は首を振って「そういう訳じゃ…」と慌てて返すと隣にいた小雪が遮った。


「夕霧を、殺せば良いのでしょう?」

「…! 待って殺さないで!!」

「なぜですか?あなたを傷つけた畜生など、両腕を切り落として両足を潰し、両目をくり抜き喉を潰してしまった方が良い」


 見た目の割にとんでもないことを口走る小雪に、弥生、卯月、皐月は目を見開く。

 師走は殺意に満ちた目の小雪を止めた。


「よしなさい小雪。姫様の話を聞きましょう」


 小雪は自信の意見を押し殺し、師走に頭を下げる。


「なぜ、夕霧を殺してはならないのですか?」


 小桜が眉を顰める。今殺したって構わないのに、そんな思いで美月に質問した。


「………」


 ──夕霧が、前世からの想い人だから。


 これだけを伝えれば良いだけなのに、何故か上手く声を出せない。

 何も話せないでいると鬼たちも首を傾げる。


「夕霧は……」


 夕霧に死んでほしくない。それだけ。


「夕霧と文月は、本当は……」


 美月は今朝蘇った記憶を一言も漏らさずに話した。全部。

 殺されても、愛していた人のことを。


「確かに、姫はよく屋敷を抜け出していました」


 話を聞いた師走が顎に手を添えて、美月を見据えた。

 美月にしか知らない、文月と夕霧の関係。知らなかった小雪にとってとても腹立たしいものだろう。


「夕霧が、姫様の…?」


 小雪が低く唸るように言った。


「ごめんね、つい最近思い出して…」


 小桜は隣にいる弟を焦るように横目で一瞥した。

 美月は知らない。小雪が文月姫を好きなこと。──今でも好きなことを。


「僕は別に、気にしてませんが」


 小雪の対応に、小桜はホッと息を吐く。


「夕霧は……姫様を裏切ったのですか」


 小雪は苦しげに質問した。哀れな姫の人生を考えて、胸が苦しくなった。


「違う…夕霧は……」


 夕霧が、裏切った…?


 でもあの日の夜、彼の姫を見る目つきは紛れもない、鬼を退治しようとする使命感溢れる目つきだった。

 まるで、姫のことを覚えていないかのような。


「姫のことを、覚えてなかった…そんな感じ…」

「覚えていない…?」


 小雪が美月の言葉をそのまま繰り返した。

 小雪が今何を思っているのかわからない。だが姫を殺した夕霧をそう簡単に許せないのは確かだった。


「小雪…」


 小桜が弟を止めるとようやく殺気が収まる。


「夕霧は本当に何も悪くないの。本当に…」


 何故、あの男を庇う?その場にいる鬼たち全員、同じ気持ちだった。


「姫様。たとえ夕霧が何も悪くないとしても、姫様を殺しにかかってくるのは事実。ここは用心して、明日から学校には行かない方が良いかと…」


 師走の提案に、小桜も何度も頷いた。


「そうです、その方が安全です。そうしましょう姫様」


 確かに師走の言うことは本当のことだ。美月は、了承した。


「では、今日は神社にいますか?ここには鬼がたくさんいますし、安全です」

「そうです姫様。弥生、姫様とお話したかったんです」


 そう言って弥生ははにかんだ。


 そこから、美月を夕霧の生まれ変わり、桐崎優から守るために鬼たちは動き出した。

皐月の秘密。

強気だが、弥生と卯月に弱い。

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