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鬼姫の曼珠沙華  作者: 紫木 千
第一章 『月火神社編」
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【第一章】山の物の怪たち

「師走」


 文月が亡くなった。しかも、その死体は霧の部族に引き取られた。その知らせが届いたその日、睦月は十二人目の鬼神を呼び出した。


「睦月様。お呼びでしょうか」


 睦月は静かな声で、師走に頼んだ。


「文月の魂を保護せよ。あの子を、連れて行くな。───転生させよ。そして、鬼神たちの命を守れ」


 師走はその願いを聞き届け、深く頭を下げた。





 鬼神族は次期頭領を失ったことによる悲しみに明け暮れ、そして人間と対峙した。

 鬼神は一人一人襲われていった。

 だが師走が鬼神の命を守り、封印されるだけの形となった。

 鬼神たちは封印されたまま何百年の年月を登り続け、文月姫の生まれ変わりが誕生するまで待ち続けた。





…………………………………………………………………………………………………………





 朝早い学校では生徒が見当たらなかった。

 だがある教室で、出会ってはならない二人がそこにいた。


「どうして、私を殺したの、夕霧」


 美月は悲しみに満ち溢れた瞳で、桐崎を見つめた。


「霧の部族の頭領が、鬼を殺して何が悪い」


 桐崎は顔を顰めて答えた。その言葉が、美月の心を深く傷つけた。

 美月は桐崎に背を向け駆け出した。学校を飛び出し、がむしゃらに走った。やがて、月火神社で足を止めた。


(こんなところまで来てしまった)


 美月は帰れる気がしなくて、神社から離れようと来た道を引き返したとき。


「姫様!」


 誰かが美月を引き止めた。


「弥生…」


 金色の花柄の袴を身に纏う巫女が不思議そうに見てきた。


「どうかなさいました? なぜ、ここに」


 今頃学校に行っている時間だというのに、美月はなぜかここにいる。弥生はじっと美月を見つめて、首を傾げる。美月は見つかってしまった、と混乱する。


「神社、寄って行かれます?」


 そんな美月を見兼ねて、弥生の方から誘った。

 今はどこに行けば良いのかわからない。弥生の誘いに甘え、神社に入ってみることにした。

 そこにはもちろん、師走がいて、皐月もいた。


「おや姫様。学校は?」


 師走も不思議そうに聞いてくる。美月は、学校でのことを話そうと心に決めた。


「師走様、お話があって…」


 その言葉に弥生と皐月も目を見開いてお互い顔を見合わせた。


「聞きましょう」


 師走は真剣な表情で頷き、全員、奥にある和室に移動した。


 コタツに案内されるとまず皐月が飛びついて、師走に頭を引っ叩かれた。

 弥生は美月を気遣いながら側にひっついた。


「姫様、お話とは…」


 師走が聞くと美月は頷いた。


「学校で、夕霧の生まれ変わりに会いました」


 美月が静かに告げると弥生と皐月は目を見開き、師走は冷静に美月を見つめた。


「すぐ近くに、ずっといたんです」


 恐ろしい話だ。だが、夕霧が美月…文月にとってどれだけ大切な人なのか、誰も知らない。


「それは、小桜たちは知りませんね」

「………はい」


 小桜と小雪がこのことを知った途端、美月を学校に行かせまいとするだろう。

 師走は考え、そして頷く。


「とにかく、今日は学校に行かない方が良いでしょう。連絡をして、もしあれでしたらここにいますか?」


 師走の提案を快く受け入れ、心底安心した。

 ここには仲間がいる。それだけでも、美月は心強かった。




 美月が学校に休むと連絡を入れている最中、師走は縁側で犬の霊、白狼に言った。


「小桜と小雪に伝えなさい。姫様がここにいると」


 白狼は頷く代わりに師走をじっと見つめ、空高く飛んで行った。



「姫様、がっこうとは一体何ですか?」

「えーと…勉強するところ?」

「楽しいですか?」

「まあ…楽しいよ?」

「それでは弥生も行けますか?」

「えー…」


 美月は質問攻めする弥生に困り果てていた。

 その横で話を聞いていた皐月が呆れたように溜息をついた。


「お前が人間の集う所で生活などできるか」

「武器のない鬼に用はない! 早く豊作もたらしなさい! そして卯月様に愛想つかれろ!」


 弥生は皐月に突っかかる。その言葉には皐月もムッとした顔で言い返す。


「芭蕉がなくても俺がいるだけで田畑は豊かになる!」

「でもお米に物の怪が住み着いているのがわからないのかな?!」


 会話を聞いていた美月は目を見開き、弥生に聞く。


「やっぱり、お米に物の怪がついてるの?」

「はい!近くの田畑に物の怪の気配が。弥生は土を司る鬼神なので、武器を持たない皐月の代わりに、何とかお米を枯らさないようにしているのですが…」


 皐月が武器を持っていなくとも、田畑が今でも無事でいるのは土を司る弥生が手を貸しているからだ。

 仲が悪く見えて、お互いに助け合っているようだった。


「む…?」


 弥生が急に顔を上げ、眉を顰めた。


「どうしたの?」

「物の怪の気配…」

「え…?」


 弥生と皐月が外へ飛び出して行く。


「師走!近くにおるぞ!」


 皐月が神社に響き渡る声量で叫んだ。


「え、待って…物の怪?」


 美月が混乱した様子で聞くと弥生が切羽詰まって叫んだ。


「姫様は危ないのでここに…!」


 しかし、そこで鞄の中に入れておいた曼珠沙華が眩い光を発した。

 それを見た師走が弥生の提案に首を振った。


「いいえ、姫様も連れていきましょう」


 師走の考えに弥生は目を見開くが、すぐに頷いた。

 美月、弥生、皐月、師走は神社を飛び出した。





 山に向かって駆けていくと、曼珠沙華がより一層輝く。


───これは、鬼神が近くにいるということでは…?


 弥生のときもそうだった。曼珠沙華が鬼神の封印場所まで美月を導いた。

 ならば、この近くに鬼神がいるはずだ。そして、物の怪がいる。

 師走は耳を澄ます。


「静かですね…」


 警戒していると弥生がふと、顔を上げて右手をかざす。

 そこから黄金の光と共に萩の印が彫られた弓矢が現れた。


「『萩緑』」


 弥生はある箇所に矢を放つ。矢は美月たちのいる場所から数メートルほど離れた場所に飛んでいく。


『あ"あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"!!?』


 とんでもなく恐ろしい叫び声が山全体にこだまし、美月たちの目の前に、黒く大きな化物が倒れ込んだ。

 その額には、弥生が放った矢が突き刺さっている。


「よくやりました。弥生」

「地面から僅かに振動を感じたので」


 美月は驚きに満ちた表情で弥生を見た。地面からの振動で敵の居場所を把握したのだ。さすがは弥生。土を味方につけているようだ。

 物の怪が倒れて来たのと同時に、転がり落ちてきた大木を皐月が抱えた。


「…! 振り回さないでよ皐月!」


 弥生は自分の弓矢を庇いながら皐月を睨みつける。


「芭蕉が無いならこれで我慢するしかないだろ」

「自分の武器も守れない阿呆は、すっこんでなさい!」


 弥生と皐月はお互い睨み合い、今にも殺し合いをしそうな雰囲気を出し始めたので師走が止めた。


「待ちなさい。まだこれだけではないようです」


 師走の言葉に全員前方を向いた。


 ──そこには大量の物の怪たちが地を這いつくばっていた。


『姫ぇえ…』


 物の怪の狙いは文月の生まれ変わり、美月の命だった。


「姫様!」


 弥生が弓矢を構え、美月を庇う。手元の曼珠沙華が震えている。

 熱い…。曼珠沙華は熱を持っており、美月は手に汗かいた。


 ────滅ぼせ。


 突如聞こえてきた声に美月は目を見開いた。


 ───殺せ。


 美月は高鳴る自らの心臓に怯えた。



 その時。


「『カタバミ』」


 物の怪の大半が一瞬にして、木っ端微塵にされた。そこには、刀を持った師走がいた。

 美月たちはパチクリとその光景を眺め、驚きのあまり唖然とした。 


「い、今の師走様が!?」


 美月が聞くと師走は微笑んだ。


「お忘れですか、姫様。あなたに剣術や武道を教えたのは私ですよ?」


 衝撃の事実に呆気に取られていると師走は次々と物の怪たちを切り落としていった。

 強い…。美月は動きに無駄のない師走の戦いぶりに圧倒されていると物の怪がこっちに向かって突進してくる。


「おらよっ!」


 美月の側にいた皐月が大木を振り回してその物の怪をふっ飛ばした。


「ありがとう、皐月」

「姫! ここは危険だから弥生と一緒にいてくれ! 俺は暴れてくる!」

「あ、暴れ……?」


 そして皐月は大木を片手に物の怪の大群に突っ込んで行く。若干楽しそうにしているのは気のせいだろうか。


「まあ、なんて野蛮な…」


 それを見ていた弥生が呆れた目つきで皐月を見据える。


「姫様。弥生と一緒に来てください」

「わかった」


 美月は弥生に連れられ、山へ登っていく。

 上から下を見下ろすと、師走と皐月が物の怪と戦闘を繰り広げている。

 弥生は弓矢を取り出し、狙いを定める。放たれた矢が、皐月の近くの物の怪に命中する。


「おい弥生! 今俺を狙ったか!?」

「体が鈍っているようだったので刺激を与えようとしただけ!」


 弥生の悪巧みに皐月は物の怪を倒しながら器用にも反論する。


「弥生、このままじゃキリがないかも…」


 美月が心配そうに言うと弥生は右手の拳を胸の前でかざし、笑顔で答えた。


「ならば、私は本気を出させていただきます!」


 弥生は再び矢を引く。放たれた矢に導かれるようにして周囲の草木が伸びていく。

 草やら木の根っこやらが突如として現れ、物の怪たちを押さえつけていく。


「すごい、弥生」

「ふふん、弥生は本気を出すとすごいんですよ!」


 これで、皐月と師走の戦いも楽になるだろう。

 そのとき、曼珠沙華が赤く輝いた。


『────鬼は、すぐ近くに』


 誰かが、美月の耳元で囁いた。


「弥生」

「はい?」


 美月は曼珠沙華を握りしめ、弥生をまっすぐ見据えた。


「近くに、鬼神がいる…」


 その言葉に弥生も目を見開いた。


「曼珠沙華が私に封印を解くように言ってるの…」


 弥生は考える仕草をすると下で戦っている師走に向かって叫んだ。


「師走様! 鬼神の封印場所がわかりました!」


 師走は下から叫び返す。


「では、今向かってください!」


 弥生は頷くと美月と目を合わせた。


「こっち!」


 美月が指差す先に、弥生も駆け出す。二人は曼珠沙華に導かれるまま、進んでいくとある箇所で曼珠沙華が一層眩い光を放った。


「ここだ…」


 美月と弥生はその箇所の土を掘り返すと札が見えた。

 弥生が封印されているときと同じだ。美月は赤い短刀を手にし、すぐに札に突き立てた。


「─っ!」


 曼珠沙華の光に、美月も弥生も思わず目を背けた。






「師走! こりゃ終わりが見えねーぞ!」

「…もう少し、待ちなさい」

「誰をだよ!?」


 物の怪の大量発生に皐月も師走も疲れ切っていると…。

 白い光が辺り一帯を照らし、物の怪たちは一瞬にして塵となった。


「騒がしいこと…」


 角を生やした白い髪の美女が現れ、その後ろを美月と弥生がついてきていた。


「お前……!」


 皐月はその鬼を見て、目を見開いた。


「なぜこのような醜い獣を、私が始末せねばならんのだ」


 美女は白いまつげで何度も瞳を伏せながら、眉を顰めた。


「卯月………」


 皐月は目の前の鬼の名前を呟いた。


作者の秘密。

最近のものより、昔あったアニメの方が好みのものが多い。

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