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鬼姫の曼珠沙華  作者: 紫木 千
第一章 『月火神社編」
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【第一章】夕霧の思い

「おかえりなさい、姫様!」


 帰宅した美月の元へ駆ける小桜と、その後ろをゆっくりついてくる小雪にいつも通りただいまを返す。

 小桜は美月の手に持っている服が気になっていた。


「姫様、これなんですか?」

「これは学ラン。うちの学校の男子生徒が着る服」


 それを聞いて納得する小桜だが、すぐに肩を震わせた。


「な、なぜ…男の服を、姫様が?」

「えーと…居眠りしてたら着せてくれた、かな?」


 簡潔に話すと小桜はスッと目を細めた。


「変な男に騙されないでくださいね。どこからでも沸いてきますからね……」

「それは、ないかな」


 殺気を漂わせる小桜の言うことを少し引き気味に止めた。

 桐崎に限ってそんなことあるはずない。でも、意外だ。こんなことするとは。いつも変な奴だと思っていたが、本当は良い人なのかもしれない。


「まあ、その話は後でじっくり聞くとして、ご飯にしましょう」


 じっとりとした目で小桜は美月とその手に持つ学ランを交互に見ながら美月をリビングへと促す。



……………………………………………………………………………………………………………………


 夕食も済ませ、風呂に入って、寝室に向かった。

 ベッドに座り込んでハンガーにかけられた学ランに目を移す。僅かな皺がつき、着崩された学ランを見つめ、ため息をついた。もしかしたら、寒いのに学ランなしで帰ったのかと思うと少し申し訳ない。


 明日、教室に来たら返そう。

 それにしても…。


「あの人が、夕霧だと思ったのに…」

「夕霧、いたんですか」


 突然声をかけられ、肩がビクリと反応した。ドアの所で小雪がじっとりとこっちを見ていた。


「小雪…どうしたの?」


 首を傾げると、小雪は眉を顰めて歩み寄ってくる。


「姉さんに怒られました。姫様が、心配だっただけなのに」


 どうやら、昨日美月に対して厳しい口調だったことを反省しているようだった。小桜が二人の雰囲気を感じ取って小雪を叱りつけたのだろう。


「わかってるよ、私を心配してくれてたんだよね。ありがとう、小雪。……ごめんね」

「………」


 小雪は納得してるのかわからない、無表情で俯いた。


「先程、夕霧の名前を呟かれましたが…」


 そして先程の話に戻る。何て言おう。確かに、美月は桐崎が夕霧の生まれ変わりだと疑ったが…。


「うん…。この学ランの持ち主が夕霧なのかなって思っていたけど…」

「………」


 小雪は学ランを見て、スッと目を細めた。その様子が小桜そっくりで、やっぱり双子なんだな、と思わせる。そして、その行為がどんな心情なのかもさっきの小桜を見て知った。


「その男に何かされました?」

「いやいやいや! 何もされてない!」


 必死に否定するが、小雪は小桜のようにはいかない。さっき、小桜はなんとか美月の言い分を受け入れたが、小雪は全然納得していない。


「ああ、もし姫様に何かしてたならその男を容赦なく叩き割ってたところでした」

「…!?」


 本気みたいだ。叩き割るとは一体どこをどんなふうに割るというのだ…。


「私、あの人にそんな感情まったくないから! だっていつも文句しか言ってこないし、ていうかウザいし、なんであんな…夕霧って疑っちゃうのも無理ないかも…」


 必死に桐崎を否定していると小雪が肩を抱いてきた。美月は座っているため、今小雪よりも身長が低い。実際、本当に小桜と小雪は美月よりもほんの少しだけ身長が低いだけなのだ。だからか、小雪に抱きしめられるときの驚きがとても大きかった。


「小雪、どうしたの?」


 それでも、子供が抱きついてきた感覚で接すると上から不満そうな声が降ってくる。


「子供扱いしないでください」


 その言葉の意味を、美月は理解できていなかった。

 小雪は愛おしげに、より一層、美月を抱きしめる。


「小雪…」


 男の子に抱きしめられるのは初めてで、さすがに頬を赤く染めずにはいられなかった。


「…夕霧なんか、死んでしまえばいいんですよ」


 突如、どす黒い小雪の声が降って来た。その言葉に若干怖気づきながらも、何もいえずにいた。小雪はこの伝わらない想いを、悔しげに胸の奥にしまった。




………………………………………………………………………………………………………………





 翌朝、制服に着替えながら、昨日の小雪の行動を思い出していた。抱き締められた感覚が、まだ残っている。あの時、小雪が男の子なんだ、と思わせられた。


「なんか、暑いな…」


 一気に体中が熱を帯びたような感覚になる。美月はその熱を追い出そうと顔を思い切り振った。


「そうだ、学ラン…」


 桐崎の学ランを手に取り、俯いた。




………………………………………………………………………………………………………………




 一方、月火神社では。


「師走様。落ち葉たくさん拾えましたよ」

「ありがとう、弥生」


 師走は働き者の鬼が来て心底助かっていた。そして、それと同時に弥生と皐月を比べざるをえなかった。


「皐月、弥生はこれほどまで働いてくれるというのに…」


 こたつにこもりっきりの皐月に嫌味ったらしく言ってみるが効果なし。


「芭蕉がないとやる気が出ないんでね」


 それとこれとはまた別だろう。師走は呆れ返ってしまった。本当に、昔から変わらないようで。


「それにしても、なんで皐月だけ武器が取り上げられているのでしょう?」

「弥生、皐月を見てればわかりますよ」

「そりゃどういう意味だよ師走」


 皐月は鬼神一、根性が図太い。そして、横暴なのである。

 封印される前、皐月はその横暴さ故に人間たちから槍を取り上げられてしまったのだ。


「まったく、皐月がそんなだから卯月様も呆れていたのですよ」

「うるせー、卯月は俺がいかに男らしいのかわからなかったんだ」

「どこがですか。弥生からしてみれば皐月に惚れるくらいだったら山男の方がマシです」


 弥生のその態度に不満を抱きながらも何も言わない皐月。

なぜなら事実だから。

 ぶすくれる皐月などに目もくれず、弥生は仕事の手を進めた。









 教室に入るとやはり朝早いため誰もいない。だか、一人だけ机に突っ伏している男子生徒がいた。


「桐崎君」


 呼んでみたが起きる様子はない。彼は学ランを着てないため、長袖のシャツだけだ。寒いだろうな、と学ランを彼の肩にかけた。


「違う、よね?」


 ポツリと呟いた。美月の声は明らかに暗い。


「あなたが、夕霧…?」


 そんな訳ない。ありえない。でも、この胸の内から沸き上がる不安が美月を襲った。彼を見ていると辛くて仕方なかった。今すぐ立ち去ろうと彼から目を反らしたとき、腕を掴まれ歩みが止まる。


「…!」

「いつから……」


 いつの間にか起きていた桐崎が呟いた。


「桐崎君、離してくれる?」


 美月の言葉が桐崎を鋭く攻撃した。


「離してってば、意味わかんない…!」


 桐崎の手を退けようと腕を振り回すも、なかなか彼の手は外れない。


「十六夜、お前…」


 桐崎は眉を顰めたまま、美月を見つめる。美月はその先の言葉を聞きたくなかった。


「いつから、気づいてたんだ…」

「……何の話…」


 なんとか逃げ出そうと藻掻く美月に桐崎は自らの正体を告げてしまう。


「俺のこと、夕霧って言ったよな」


 その瞬間、乾いた音が二人以外、誰もいない教室に響き渡った。美月は桐崎の頬を引っ叩いた手を握りしめ、彼を睨みつけた。


「何の話か全然わかんないって言ってんの!!」


 美月は沸き起こる感情を全てぶつける気持ちで叫んだ。桐崎の、目が、声が、全てが美月を不安にさせる。

 なぜ、こんなにも悲しく、苦しくなるのかわからない。桐崎を見るたびに、自分を殺す夕霧の顔が頭の中で何度も再生された。


「お前、文月なんだろう…? 俺のこと覚えてるんだろう」

「……!!」


 ────やめろ。


「…もう一度私を殺すつもりなんでしょう。殺すためにあなたも生まれ変わってきたんでしょう!?」

「………」

「離してよ、ねえっ」


 苛立ちを隠せなくなり、美月は思い切り腕を振るった。やっと、桐崎は手を離した。


「なぜ、どうして……」


 美月は、何度も頭の中で繰り返された、前世の自分の言葉を口にした。


「どうして、私を殺したの…夕霧っ」


 

弥生の秘密。

幼少期は卯月と皐月と共に師走の元で育った。皐月とは喧嘩ばかりだが、ちゃんと兄として見ている。

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