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鬼姫の曼珠沙華  作者: 紫木 千
第四章 『頭領一家編』
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【第四章】入れ違い

 長月のあの腹立たしい瞳と視線がぶつかり、歯軋りする。


 ──忌々しい鬼共め……!!


 繭の願いは、ただ一つ。鬼蛇を満足させることだ。そのために、完全な修羅となろうではないか。


「ははっ……食い散らかしておしまい!」


 繭の背後から、羽を生やした化け物の生き残りが飛んできて、夕霧たちを襲う。

 骨まで食いつくてやる。鬼神を全員殺した後、また新たな娯楽を探して、この血塗れの細い道を鬼蛇と共に歩んで行くのだ。

 繭は化け物を一体捕まえると、羽をもぎ取って食べ始めた。すると、みるみるうちに破れた繭の羽が元通りになっていく。


「お前、なんでもありだな」


 長月は鎖で捕らえた化け物を、繭目掛けて投げつけた。だが、回復した繭はその化け物を払い退けて長月に猛突進した。

 大きな羽で風を巻き起こし、長月たちを吹き飛ばす。


 夕霧は野々姫と小桜を気にかけていると野々姫から余計なお世話よと、説教を食らってしまった。

 繭の起こした暴風に、木に刀を突き刺して耐える。

 そう言えば、鬼蛇を見かけていない。先に逃げたのだろうか。



 ──繭、聞こえますか。


「はい、鬼蛇様」


 ──早くその方々を殺しなさい。面倒なものは、さっさと始末しておいた方が良いでしょう。


「もちろんです」



 繭はぶつぶつと独り言を言う。それが終わると、戦闘はもっと激しくなった。

 繭の鋭く尖った爪を刀で払い、腹を切りつける。それでも繭は怯まずに向かってくる。先程傷つけた首筋からは血が止まっていない。


「繭」

「繭の名前を気安く呼ばないでくださいな」

「お前は鬼蛇にそれほどの愛情を注いでいるというのに、鬼蛇はお前の事などどうでも良いらしい」


 繭は訝しげに夕霧を睨み、羽をはためかせて夕霧を風で吹き飛ばす。


「──愛? 何ですか、ソレ」


 ゆっくりと着地して、呟いた言葉がそれだ。人間を嘲笑う繭には、愛などというくだらない感情は理解出来ない。


 ──鬼蛇様に対しての愛?


 生まれてから今まで、鬼蛇は分身の中でも特に繭のことを可愛がっていた。一番最後に生まれてきた一番優秀な分身であると。

 泣いていた時には、慰めてくれた。役割を果たした時は、褒めてくれた。繭にとっての親は、鬼蛇だけだ。


「では、お前は何のために殺しをする」


 夕霧の問いに、繭は鼻で笑う。

 繭を取り囲むように大量の短刀が出現し、その刃先は夕霧と長月に向けられた。それは、鬼蛇と同じ技だった。


 鬼蛇と同じように戦えるのだ。


「鬼蛇様のために決まってる!」


 短刀はとんでもない速さで真っ直ぐ飛んだ。短刀を避けた夕霧に向かって、繭は鋭い爪を振り上げた。

 夕霧はさっと後退し、繭から距離をとる。


「どうした夕霧、守ってばかりでは奴は死なんぞ」

「どうも」


 長月が皮肉そうに言うと、夕霧はやかましいと言わんばかりの視線を送った。

 長月の鎖が繭の体を引っぱたいた。


「おい、餓鬼。夕霧の言う通り、お前は主にさほど大事にはされていないな」

「─ッ……そんな事はありません。繭と鬼蛇様は、いつだって仲良しでしたから」


 攻撃を受けて、苦し紛れにそう答えた繭に対して、長月は鼻で笑った。


「殺ししか頭にない奴に、何を期待している」


 ──殺ししか、ない?


 その言葉を受けて、繭の思考が鈍くなった。

 確かに、何故自分たちは殺すのか分からない。殺したいからという感情しかない。それなのに、鬼蛇に対してのこの思いはなんだ。


 頭の中が混乱してしまい、それを振り払うように繭は羽を豪快に広げた。

 大きな羽が巻き起こした風は、まるで鋭い刃のように木を切り倒していく。あれにあたれば体は真っ二つだ。夕霧と長月は周囲の建物を使って上へ下へと移動し、風を避ける。

 夕霧は繭の動きをしっかりと観察すると、そのまま前線へと飛び出した。


「おい、夕霧!?」


 長月の声が後ろから聞こえたが、構わず向かう。

 小桜と野々姫をとにかく守らなければ。


 夕霧は、刀の鎬部分を繭の方向に向けて、真っ向から風の刃を受けた。途端、攻撃は跳ね返り、風の刃は繭を裂いた。


「──!」


 胴を斬られ、繭は苦しみの声をあげる。繭の混乱に陥った目が、夕霧を捉えた。


「に、人間のくせに……繭の攻撃を…跳ね返した……!?」


 人間に負けたのが悔しかったのだろう。繭は怒りに燃えた瞳を夕霧に向けて、血を流しながら夕霧の胸倉に掴みかかった。

 夕霧は繭の手を掴み返して、言った。


「お前が生まれてきた意味、お前が誰かを殺す理由。その全てが、鬼蛇への愛なのだろう?」


 その瞬間、繭の手が止まった。繭が、自分が今ここにいる理由を、この感情の理由を、夕霧が全て言葉にした。

 もう、分からない。分からない。既に化け物とさほど変わらない見た目へと変貌してしまった繭の目は、大きく見開かれ、夕霧を捉えていた。


「消えろ……お前なんか……」


 たとえ、全てが偽りであったとしても、鬼蛇を裏切らなかった自分が誇らしかった。だからこそ、そんな自分が哀れに思えた。


「お前なんか、消えてしまえ!!!!!」


 ──それは、誰に向けて放った言葉なのだろうか。


 繭はもう一度大量の短刀を夕霧たちに向けて放った。長月がすかさず繭の体を鎖で捕えて自由を奪い、夕霧は短刀を見事に跳ね返し、その切っ先は繭に向けられた。


「───」


 短刀は真っ直ぐ飛んで行く。


 繭は、静かに微笑んで、腹部への侵入を受け入れた。自分が放った短刀に、腹を貫かれたのだ。

 我ながらなんと惨めで、愚かなのだろう。だが、それよりも、終わりの見えない苦しみからようやく解放されたような気がした。


 ──誰かに愛されたい……。


 繭が鬼蛇に対して抱いている感情は、子が親に愛されたいと願うのと同じだった。

 体からふっと力が抜けた時、鬼蛇の顔が見えた。いつも不気味な笑みを浮かべている印象があった鬼蛇。


 繭は初めて、笑っていない鬼蛇を見た。


 鎖の拘束が解けても、繭は襲いかかって来なかった。体は塵となって風に飛ばされて、もう半分以下しか残っていない。完全に消滅する寸前、繭は夕霧を見つめた。

 もし、生まれ変わって違った生き方が出来るのなら、誰かに愛される、そんな来世を歩みたい。


 囁かな願いと共に、繭であったその塵は、風に攫われていった。




 繭消滅後、野々姫と長月が生き残った草木帳と雪ノ都の兵と共に城に残り、夕霧が負傷した小桜を連れて草木帳へ帰ることが決定した。

 どこに鬼蛇が潜んでいるのか分からないので野々姫と長月は広範囲に渡る菊ノ清城の警備を行った。


 夕霧と小桜は天を舞う牛車に乗り込んで草木帳へと急いで帰った。

 長月はそこで、地面に落ちている血痕を見つけた。


 ──誰の血だ、これは。


「どうかしたの?」


 長月の背後で、野々姫は不思議そうに首を傾げた。長月の視線の先にはただの血痕があった。


「さっきまで戦だったのよ? 血ぐらい落ちてて当然でしょう?」

「この量だと、この血の主は死ぬだろう」

「そうね。何が言いたいの?」


 長月は鼻をひくつかせ、顔を顰めた。


「この血、嗅いだことがある」


 大量の血。この匂いはまさか。

 長月は目を見開き、空を見上げた。





 牛車の中で、小桜は破いた服で止血をしていた。これほど血を流したまま帰ると、小雪に怒られそうだ。ついでに、雪ノ都にいる粉雪にも心配をかけるだろう。


 牛車の中は、自分の血の匂いで充満していた。


「大丈夫か」


 夕霧が声をかけると小桜はゆっくりと顎を引いた。


「ありがとうございます、夕霧……」


 夕霧が助けに来てくれなかったら、今頃死んでいただろう。

 心から愛していた姫が亡くなって、夕霧の心には余裕がなかったはずなのに、体を張って助けてくれた。


「夕霧、教えてあげます。睦月様は始を司る鬼神。滅を司る姫様とは対の力を持っています。つまり、生き物に寿命を与えることが出来るのです。きっと、睦月様なら、姫様を生き返らせる事が出来ます」


 きっと、文月姫様は生き返る。生き返って、日暮様と夕霧と一緒に幸せに生きていける。

 夕霧は満足そうに微笑んだ。


「夕霧、あなたにも、家族が出来たのですね」

「…………」

「きっと、幸せになれます」

「…………」

「──夕霧?」


 何も返答がないので、外の景色から視線を動かし、夕霧の様子を見てみる。

 牛車の中は暗くてよく見えない。その時、牛車が風に揺れたのか激しく動いた。その際に、簾が揺らめき、外の明かりが牛車の中を差した。


 夕霧の胴は、血に染っていた。


「その血は……!」


 夕霧は俯いたまま動かない。


「夕霧?」


 小桜が何度呼びかけても夕霧には何の反応もなかった。

 先から牛車の中に広がっていた血の匂いは小桜のものではなく、夕霧のものだったのだ。


「そんな……!」


 急いで夕霧の服を捲ってみれば、腹から胸にかけて、大量の血が溢れていた。

 夕霧は知らぬ間に繭の攻撃を受けていた。


 ──その日、夕霧は死んだ。







 睦月はすっかり冷たくなってしまった娘の頬に触れ、瑠璃の寿命を流し込んだ。

 全て流し終えると、睦月はゆっくりと手を離した。やがて、頬に紅みを取り戻した娘は、睫毛を震わせて、目を覚ました。


 つい先程命が途絶えた夕霧と、入れ違いに目を覚ましてしまった。




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