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陽炎隊  作者: zecczec
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第46話 それしか、なかった

 その後はごく平凡な一日だった。 勉強をして、昼食。 勉強をして、クララの店の手伝い。 リトは女官達と一緒に過ごした。 というよりも、女官達がリトを離さなかったのだ。 おかげでリトは弓と話すきっかけすらなかった。

 そして、夕食を食堂で食べている時だった。

 女官の一人が言った。


「今日の弓、妙に元気がなかったと思わない?」


 実はリトは全く気づいていなかった。 だが他の女官が言う。


「あ、私も思った。 リトに部屋を変わられるとでも思ってるんじゃない? 今までの同室の子が出て行ったときによく似てると思う」

「あ、それそれ。 そんな感じ。 でも変よね。 縁切りOKって言ったのは弓なのに。 やっぱり少しは気にするのかな?」

「私も見た。 昼食食べながらため息ついてた。 今頃リトとの縁切りを後悔してるんじゃない?」


 みんななんだかんだ言ってよく弓の事を見ている。

 そして女の子の話題はすぐ変わる。


「で、今週の土日は何する?」

「どこかで面白いイベントでもやってない?」

「この前お祭りがあったばかりだもん。無いよ」


 リトはそこではっと思い出した。


「リト?どうしたの?」


 フォークを口元まで持っていったまま動かなくなったリトを女官が不思議そうに見る。

 リトは動かなかった。

 女官がリトの目の前で手を振る。


「おーい、リト?」

「え? あっ、ああ、うん。 ごめん」

「変なリト」


 そう言ってみんなは笑った。

 リトは急に食欲が無くなり皿を下げると自室へと戻った。

 部屋の中はいつもと変わらない。 きちんと整頓された弓の机。 何も、何も変わらない。

 リトは自分の席に座ると机にほおづえをついて窓の外を眺めた。


――忘れてた――


 確かに、リトは忘れていた。

 今日は木曜日である。

 今週の土曜日にはスイルビ村で祭りがある。 それに誘われていたのだ。 今回の祭は秘密の会場でするから参加者はあらかじめ登録しないといけないと言っていた。 水曜日までに返事をしてと言われていた気がする。 金曜の朝から参加する者の人形を用意して祭壇に上げると言っていたから、実際は今日がタイムリミットなのだろう。

 名前が登録されて、祭壇に人形が捧げられていなかったら、祭りには参加できない。

 そう言っていた。

 ところが水曜はリトは寝込んで休みだったし、今日もリトは弓と一緒にいる暇すらなく、弓も尋ねなかったし、気づいた時には弓は帰ってしまった。


 もう今さら、遅いよね。


 とリトは思った。 同じ部屋なのだもの、弓もメモなどで知らせるとか、リトの意志を確認することはできたはずた。

 それを弓はしなかった。

 それは縁を切ったからなのか。

 でもそれなら、今日どうして弓は元気が無かったのだろう。

 リトの返事が無くて残念だったのではないか。

 空には白い鳥が旋回していた。 リトは黙ってそれを眺めながら茜色に染まる雲や空を見ていた。

 今、リトは部屋を変えて貰おうとかそういう事は一切考えていなかった。 離れようとも思わなかったが、弓に自分から近づこうとも思わなかった。 だって弓はリトと縁がきれても後悔しないと言ったのだから。


 でも、


 とリトの心で小さな声がわき起こる。

<これ幸いと縁を切られても、それでせんせーが幸せになれるのなら、いーかな。>

 デイの言葉だった。

 弓もそうなのではないか?

 でも、弓とリトの関係は王子とラムールのように深く長い関係ではない。 まだ会って間もないのだ。 そこまで思うものだろうか。

 あの二人のようにお互いが深い信頼で結ばれていたなら、きっとイラクサの布が欲しいと言っても縁切りではなく必要だから頼まれているのだと思えることだろう。

 でも、リトと弓は違うのだ。

 リトは弓がどういうつもりで布を作ってくれたのか判断できなかった。

 親切心からかもしれない。

 縁切りのつもりだったのかもしれない。


「分かるワケ。 ないじゃない……」


 リトは呟いて紺色が混じってくる空を見る。


「縁切りの意味じゃなかったら……今日、祭に参加する? とかなんとか聞いてくるハズよ。 それをしないんだから、来なくていいって……事よ」


 リトはそう呟いてみたがいまいち心は晴れない。

 なんだかとてもよく似ているが実は違うパズルのピースが無理矢理はまっているような感じだった。 


「でもそしたらどうして今日元気がなかったの?」


 リトは口にした。

 別にそれはたまたまかもしれないし、普通に具合が悪いだけでリトの事とは全く関係がないのかもしれない。

 実際、リトは何度か弓の姿は見たのだ。 しかしそのどれもすべてがいつもと変わらない感じだったのだ。

 そう言えば弓は最初にお弁当を分けてくれたときも、2つある、と言った。 女官達から仲間はずれにされても何食わぬ顔だった。 孤児だと分かったときにも、少し表情は変えたけれども普通だった。 イラクサの布を作ってと言ったときも平静だった。 リトが他の女官達と行動を共にするようになっても、妬いている感じも、妬む感じも無かった。 布を届けてくれたときも傷だらけの手をリトには見せなかった。 思えばいつも弓は何事もなかったかのようにしていた。 何にも動じていないようだった。


「意地っ張りの頑固者なんだから……。 全然何とも思わないワケないじゃない」


 リトは弓が孤児だとリトが知ったときに見せたほんの一瞬のとても寂しそうな顔を思い出していた。


「仮面をかぶるみたいに、なんともない顔して……ホント、意地っ張り……」


 だってリトは布を作ったときの手が荒れた痛さを知っているる

 弓はその表情すらみせなかった。

 ”頑張って作った”や、”これだけ苦労した”アピールもしなかった。 でも、平気だった訳がない。 あんなにあんなに丁寧に作ったのだから傷のつきぐあいならリトよりもひどいはずだ。


「意地っ張り……」


 リトは瞳を閉じた。

 弓の笑顔が浮かんでくる。

 リトと普通に話していた頃の笑顔。

 大会で緊張している弓。

 リトの声に反応してにこりと笑顔を返した弓。

【リト!】

 そう言って、入っては行けない地区にいたリトを迎えに来た弓。

 しっかりと握られた手。

 二人で一緒に食べた昼食。

 どこを取っても、弓がリトと縁を切りたがっているなんて思えなかった。


「一言何か言ってくれれば、私だって分かるのに……」


 言葉を説明を必要としない、王子達とは違って。


――違って?


 リトの脳裏に別の回答が浮かんだ。

 弓とリトはラムール達の関係と違って、言葉の説明が必要なのだ。

 なのにお互いに説明をしていない。

 弓も分からないのではないか。

 リトが布が必要だったのか、それとも縁を切りたがっているのか。

 弓は孤児ということもあって8人から同室でいる事を拒否されたのだ。 弓はリトが彼女の環境を知っていても気にしてないのだと思っていたのだろう。 ところがリトが知ったことにより、リトも前までのみんなと同じように弓と疎遠になりたいと考えるようになったと思うのではないか。 現にリトは少し距離をとりたいと思ったのは事実なのだ。 

 どちらかといえば拒否される要素は弓のほうにある。 ならば積極的に彼女から行動が起きなくてもそれは当然ではないのか。 そう。 今やラムールの髪結い係として白の館内外に問わず大事に扱われるようになってリトを拒否するほうが珍しい。 ラムールに関わりたいがためにすり寄ってくる人たちは多少面倒だが……


 ラムールに関わりたい?


 リトはそこでも気づいた。

 弓は、リトがラムールに関わっても関わらなくても、態度が同じだったということに。

 一度もラムールに会わせろだの話を聞かせろだの言わなかった。

 弓にとっては「ラムールの髪結い係のリト」ではなくて「リト」だったのだ。


 そうだよね?弓?


 リトは頭の中で尋ねる。

 でもこれはすべてリトの想像の中での話。

 もしかしたら弓はラムールとそのうちお近づきになれるのをしたたかに狙っていたのかもしれないし、リトの事なんて気にもかけていないのかもしれない。 リトが「あなたの事誤解していたわ」と謝れば「何言ってるの、私はあなたと縁をきれてせいせいしてるのよ」と嗤うのかもしれない。 ……いや、それはない。 弓が嘲り嗤うなんて、それだけは無い。 だって、だってあの子は優しくて……


 何を悩んでいるの。 答えは出てるじゃない。


 リトの心が伝えた。


 どうしてあなたはこんなに彼女の事を考えるの? 

 それは友達でいたいからじゃないの?

 トモダチでいたい。

 それがリトの出した結論だった。

 でもどうすれば?

 何を伝えればいいのだろう?

 そして怖かった。

 弓に拒否されるのではないかと。

 こんな愚かなリトとは縁を切りたいのかもしれない。

 だから祭の話を以後一切しないのかもしれない。

 いいや。

 弓も全く同じ事を考えているのかもしれない。

 怖いのかも知れない。

 どうすれば。

 


 一回、信じてみることさ。

 


 ……それしか、なかった。

 

 



 リトは立ち上がると何も持たずに部屋を出た。 廊下を走り、階段を駆け下り、白の館を出る。 空はほとんど藍色に変わってしまい、日が沈んだ山の向こうだけがうっすらと赤いだけだった。

 リトは駆けて教会のところまで来る。 人影はない。

 でもきっと大丈夫だと思った。


「アリド? アリド、いる???」


 リトはそう叫んで教会の周りを回る。 

 教会の周囲にある樹でよくアリドは休んでいた。

 風に吹かれて葉がかさかさと音を立てる。 一つ一つ樹を見上げるがアリドの姿は見えない。


「アリド? アリド? いないの?」


 少しずつ空気が闇に変わるのと同じようにリトの不安が増していく。

 リトは気を抜くと泣きそうになるのをこらえてアリドを呼んだ。


「アリド? いたら出てきて? お願いがあるの」


 リトは叫んだ。 

 ここでアリドがいなかったら、リトにはもう打つ手がないのだ。


「アリド……」


 リトは今すぐにでも泣き出しそうだった。

 黙ってその場に立ちつくす。

 カサ、と音がした。


「何の用だ?」


 現れたのはアリドだった。


「アリド!」


 アリドは少しふてくされた感じだった。


「オレも忙しいから用があんならさっさと言えや」


 義理で出てきてやった、そんな態度だった。

 それでも良かった。 今、頼れるのはアリドだけなのである。


「お願い。 今からスイルビ村に連れて行って欲しいの」


 リトは言った。


「は?」


 アリドはリトの言葉が想像外だったらしく間の抜けた声で返事をした。 


「そりゃー、……またどーして」


 アリドの口調は乱暴だったが雰囲気は少し柔らかくなっていた。


「弓に……誘われてた村祭りに参加するって返事がしたいの。 お祭りは土曜日だから期限は昨日までだったんだけど、でもまだ今日ならギリギリ間に合うかなと思ったの。 ダメかもしれないけど、でも、伝えたいの。 でも弓とは連絡とる方法がないしスイルビ村の場所しらないし、でもアリドは知ってるし……」


 リトはしどろもどろになりなから言った。

 アリドはポン、とリトの頭に手を置き、軽く撫でて言った。


「送ってやる」


 優しい眼差しだった。

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