第45話 かっこよかった?
翌日。 木曜日。 リトはいつも通り朝からラムールの手伝いに事務室につめていた。
今日はハルザが神の樹の世話に来る日だ。 果たして昨日の朝まで具合が悪かったのに今日来られるものなのだろうか。 実はハルザの病気が完治したか等はまったく聞いていなかったが、昨日はラムールが一緒だったのだ。 きっと大丈夫だと思っていた。
しかしそわそわしているのがラムールに気づかれたらしい。 ラムールはふぅ、と息をついてリトを見た。
「そんなに気になるのでしたら、窓から外を御覧なさい」
リトはそう言われると遠慮もせずに窓から外を眺めた。
森の近くに人影は見えない。
リトは窓の側でつま先立ちになったりしゃがんだりしてハルザの姿を探す。 ひょこひょこ動くリトにラムールがまた頭を抱える。
「そろそろですよ」
ラムールが言うと建物の影から一人の老女が現れた。 今日は軽そうな布袋を二つ抱えている。 ハルザだった。
ハルザは5.6才若返ったような軽いしっかりとした足取りで森へと入っていった。
きっとこれからいい笑顔で神の樹と対面するのだろう。
嬉しくてリトは窓に顔をべったりとつけて見ていた。
ラムールがくっくっと笑う。
「外から見えなくて良かったですね」
そう言われてリトは真っ赤になって顔を離す。
「あなたのおかげですよ。 ありがとう」
ラムールはリトの方を向いて礼を言った。
そういえばリトは分からない事ばかりだったので聞いてみた。
「あの、あの赤い実って何の役に立ったのですか? それとあの黒いフードの男の人は本当に死に神なんですか?」
ラムールはちょっと驚いたようだった。
「私はまだ本物の死に神をこの目で見たことありませんから返答しようがないのですが……あなたが見たのなら間違いないでしょう。 あの赤い実はですね、”命の実”といいまして珍しいものなんですよ。 死に神は職業死に神と純正死に神がいてですね、純正の死に神が迎えに来たら完全な寿命ですから逃れるすべはないのですけど職業死に神の場合はですね、人の命を刈るのを仕事としているので人の命のパワーと同じ威力を持つ命の実が代用になるんです。 命の実のほうが珍しいからそっちの方が死に神も嬉しいのでしょうね。 そしてそっちを持っていってくれることで病は去り、死にそうだった者の命は助かる、という訳です」
「ラムール様には死に神が見えないのですか?」
「次元が違いますからね。 あちらがこちらに姿を見せようとしてくれれば見ることもできるのでしょうけれど。 神の樹は次元が重なっているのでしょう。 それで姿を見ることが出来たのですよ、直接神ノ樹から実を受け取ったあなただけには。 違う次元の者から直接、物を受け取ればその次元に触れることができるんですよ」
リトはなんとなく理解した。 そして一緒に疑問だった事も尋ねる。
「あの男の人はなんだったのかな……ラムールさまは見えていないのでしょうけど」
「男の人?」
ラムールが不思議そうに尋ねる。
「ラムールさまの隣に、すっごくかっこいい男の人がいたんです」
「へぇ……」
「黒髪でオールバックの」
リトが何気なく呟いた言葉に弾かれるようにラムールは鋭く反応した。
「どんな方でした?」
ラムールにしては珍しく身を乗り出している。
「え、えっと、黒髪のオールバックで、ラムールさまより少し背の高い学者みたいな人……」
「で、その人が何をしていましたか?」
「え? えっと、実を死に神に渡せ渡せってジェスチャーしてました」
「今は見えないの?」
「え? あ、実をあげてからは全く見えません」
リトの返事を待ちきれないようにラムールは次々に質問した。 何だろう。 何か触れては行けない事に触れたのか。
ラムールはもう一度尋ねた。
「かっこよかった?」
なんだかその口調が女官達と変わらない感じがしてちょっとおかしかった。
「かっこよかったですよ」
「そうですか」
ラムールの表情が崩れる。 にこにこになる。 何だか知らないがとても嬉しいようだ。
「そうですか。 私の隣に男の人がねぇ。 そうですか。そうですか」
そんなに嬉しいかとつっこみを入れたくなるような表情でラムールは喜んでいた。
「えーっと、何だとお思いですか?」
リトは尋ねた。
「ふふ。 何でしょうね。 ふっふっ。 ふふふ。 ああ、いいですねぇ、命の実……欲しいなぁ」
ラムールにしてはとんでもない発言だったのでリトは驚いた。 なにかとても嬉しそうで、でも命の実が欲しいなぁなんて子供のような願望を口に出すなんて、とても想像つかなかった。
その時扉がノックされた。
扉を開けると、やって来たのはハルザだった。
「ハルザ!」
ラムールが嬉しそうに出迎える。
「今回は世話になったね」
ハルザが言う。 ラムールはいいえ、礼ならリトにどうぞ、と告げた。
「リト。 あんたもありがとうね。 おかげで私も、樹も無事じゃよ」
リトはいいえ、と答えた。 実際、一番役に立ったのは8枚も作った弓だったのだから。
ラムールがハルザをソファーに座らせ、おいしいお茶をリトが入れた。
ハルザはおいしそうにお茶を飲みひといきつく。
「旨いね。 いいお茶だ」
「ハルザの全快記念ですから」
ラムールが答える。
そしてラムールとハルザはしばらく雑談をする。 少ししてハルザが変えると言ったのでリトに門まで送るようにラムールは命じた。
リトはハルザと連れだって歩いた。
階段を下りながらハルザが言った。
「まさか神の樹が私を助けてくれるなんて思ってもいなかったよ。 何の役に立つか分からなかったけど、まさかね、助けられたのが私だなんてね。 お笑いじゃよ」
自嘲気味の口調だったが、ハルザはそれでも嬉しそうだった。
「きっとこの老いぼれにも、誰かの役に立つことができるはずさ。 何かの鍵になれるはずじゃよ。 だって生きてるんだものね。 そう思わないかい? リト。 あたしゃ、生きてるんじゃよ」
ハルザはとても生き生きとしていた。
「それはそうと、わたしゃお礼がしたいんじゃよ。 リト」
そう言ってハルザは別に持っていた布袋の中から箱を取り出した。
箱は握り拳大の大きさで、一見ただの木の箱だった。 ただ、緑色の花模様が彫られており、見ていてとても落ち着く。
リトはその箱を受け取って見てみると蓋があくようになっており、開けるとメロディーが流れた。 ……オルゴールである。
「受け取ってくれるかい」
リトはオルゴールを眺めたが別段高価そうなものでもなかったので遠慮せずに受け取ることにした。
「おまえさんの役にたてればいいんじゃけどね」
ハルザはそう言った。
そして二人は門の前で別れた。