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陽炎隊  作者: zecczec
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第44話 探していた答え

 目が覚めると医務室だった。 もう日は高い。


「あら、起きたの?」


 医務師が目覚めたリトに声をかける。


「あの、私……」


 リトは訳が分からなかった。 すべて夢だったのだろうか。


「疲れていたのね。 今日は病欠ということでラムール様が許可を取って下さったわよ。 朝の手伝いの最中に倒れちゃったんですって?」


 訳は分からないが、ラムールがそうしたのなら、おそらくそういう事に、ということなのだろう。


「本当に紳士だわ。 ラムール様。 自分の事務室で休ませてもいいけれど変な噂が立ったらリトが可哀想だからとわざわざこちらまでお連れして下さって」


 医務師はうんうんと頷く。


「あの、今、何時ですか?」

「二時半よ。 そろそろ午後の学びも終わるわね。 今日はお店の手伝いも休むようにとのラムールさまからの伝言よ。 もう少し休んでいらっしゃい」


 そうですか、とリトは返事をして再び目を閉じた。


 何もかも夢だったような気がする。

 手にも傷ひとつ残っていない。

 夢だったのでは。


 少しすると廊下が騒がしくなった。 医務室の扉が開いて女官達が入って来る。


「リト! 起きた? 心配したわよ。 ここ数日疲れていたみたいだから」

「ああ、みんな……」

「リトが目覚めたってラムール様に伝えにいこうかしら?」

「あらずるい。 私が行くわ」

「こらこら。 みんなすぐラムール様に結びつけるんじゃないの」


 ルティが言った。

 確かに時々、リトをだしにしてラムールに関わろうとする姿勢には不快なものを感じていた。


「弓は?」


 リトは尋ねた。

 今日は学校に来たのだろうか。

 みんなが一瞬押し黙る。


「えっと……大変だった」


 ルティが言いにくそうに告げる。


「来たのよ、来たの」

「そーよ、来たのよ。 今思い出しても頭にくるう」


 堰を切ったように女官達が話し出した。


「まったく平然として信じられないわよね」

「みんな半径一メートル以内には近寄らなかったんだから」

「全員で並んだときは弓のまわりだけぽっかりと空間が空いて面白かったよね」

「私、弓の触ったものはわざわざ目の前で拭いてやった」

「あたし、足かけた」

「あー、それで転んだの?」

「あはは、持ち物散らばって面白かったよね。 しかも誰も拾うのを手伝わないの」


 あはははは、と女官達は笑う。


「あなたたち」


 ルティが厳しい口調で言う。 どうやらそこまで色々なことをしているとは思っていなかったようだった。


「だってー、ルティはそう言うけどさぁ、弓ってヒドイ奴じゃない? リトに縁切りするのよ? そのせいでリトも体調くずしちゃうし、友達が嫌な目に遭わされたら仕返しするのが友達ってもんじゃない?」

「ほんと。 まだやりたりないわよ。 着替えの服でも隠してやりたい位だったんだから」

「私は鞄の中に虫を入れてやろうかと思った」 

「なのに全然泣きもしないし反応もしないのよね。 相変わらずの無表情。 つまんないっていうか、なんか悔しいったらありゃしない。 泣けばいいのに」


 リトは耳を塞いでうずくまった。


「ゴメン。 ありがとう、みんな。 でも、もうやめて。 そんな事しないで」


 リトはそう言った。


「そんな遠慮しないでいいのよリト。 気にすることなんかないって。 やられて仕方ない奴なんだから」

「そうよ。 後悔してる?って尋ねても、いいえ、ってあの子答えたのよ? それに……」

「お願い、やめて」


 リトは再度言った。

 女官達は顔を見合わせる。


「ほらね、だからそんな事をしてもリトは喜ばないって言ったろ?」


 とルティが言う。


「んもぉ、リトは優しすぎよ」

「ホント。 もっとやってもよかったけど……リトが嫌がるなら止めるわ」


 リトは頷いた。

 女官達はつまらないという感じではあったが納得したようだった。


「でもさ、マーヴェは意外だったよね」

「あ、思った」


 女官達はまだ話し足りないらしい。 ところがルティがちらりと時計を見て、「もうそろそろ仕事に行く時間じゃない?」と告げたのでリトに早く元気になってねと告げると慌てて医務室を出て行った。


「まったく」


 ルティが彼女達の後ろ姿を見てつぶやく。

 そしてリトの方を向いて微笑む。


「……ねぇ、マーヴェがどうかしたの?」


 リトはふと気になって聞いてみた。

 ルティはうん、と頷いた。


「あれは確かに私も意外だった。 キれたんだ。 マーヴェリックル。 女官達に」

「女官に?」

「マーヴェリックルは特に何も言わなかったんだけどさ、女官の間で<外で昼食を食べている弓の頭上から泥水をかけてやろう>という手紙が回ったんだ」


 リトは青くなった。 弓はいつも白の館そばの木陰で食べている。 上の窓から泥水を落とすことなど簡単な事だった。


「そ、それで?」


 ルティは肩をすくめた。 


「私は反対すると思ったんだろうね。 私を除いて手紙が回っていたのさ。 そしてその手紙をマーヴェリックルが受け取ったとき」



 

 ガタァン!

 教場中がその物音に反応して注目した。

 勢いよく立ち上がって椅子を倒したのは他ならぬマーヴェ。

 マーヴェは最前列に座っていた。 肩がふるふると震えていた。

『……ですわ』

 最初の一回は声が小さくて聞こえなかった。

 『え?』と隣のロッティが尋ねた。

 するとマーヴェはきっ、と後方を振り返り女官達に向かって言った。

『このような愚かな真似、死んでもできませんわ! 卑しい人種よりも更に卑しくなるような行いはおやめあそばぜ!』

 そしてずかずかと歩いて弓の席まで行き、バン、とその手紙をたたきつけた。

『あなたの浅はかな行いでこのような事態になるのよ、後悔なさい!!』

 そこで弓が一言だけ言ったのだ。

『いいえ、後悔はしてないわ』

 その言葉で教場中がざわめいた。 マーヴェは顔を真っ赤にして怒って手紙をびりびりに引き裂いてキイー、と叫んだ。

 教師が慌てて、弓に殴りかかろうとするマーヴェをおさえた……



 

「……確かにちょっと意外だったかも……」


 リトも言った。


「あの子、口は悪いけどいいプライドの高さがあるよね」


 ルティも笑う。


「あと、どうするかはリトにまかせる。 私も教会に手伝いにいかなきゃ。 じゃね」


 ルティは手を振って去っていく。

 リトは後ろ姿を見送った。


 どうする、か。

 どうすればいいのだろう。

 もう弓はクララの店に行っている時間だ。

 明日、どうするかだ。


 リトはベットから降りた。 医務師にもう部屋に戻るからと伝えると、ラムールが心配しているだろうから一言挨拶してから行くようにと言われた。 リトは従った。

 女官達が仕事に出た白の館はやはり静かだ。 1階や2階では兵士の声がしていたが、3階より上に上がるとまるで別の建物の中のようだ。

 リトはラムールの事務室に行く。 ノックをすると返事をしたのはデイだった。 リトは中に入る。

 中ではデイが机で一人何かを書き写していた。 ラムールの姿は見えない。


「あ、りーちゃん。 せんせー今留守だから。 座りなよ。」


 リトは頷いて座る。


「何の勉強?」


 リトは尋ねる。


「歴史。 今度ちょっと遊びに行くんで今のうちに先取りしてんの。 宿題終わらなかったら遊びに連れて行ってくんねーってせんせー言うんだ」


 デイはそう言って本とノートを見比べて書き写す。

 宿題しなかったら遊ばせない……ラムールがいいそうな事だと思ってリトはおかしかった。

 部屋の中にデイがペンを走らせる音がする。

 窓から見える空が少しずつ朱色に染まっていった。


「りーちゃん」


 デイは書きながら続けた。


「今日、体調悪くて休んだんだって? 無理すんなよ」


 少し意外だった。


「ありがとう」


 リトはお礼を言った。


「無理はいけないよな、無理は。 でもさ、この宿題の量って無理っぽくね? 無理だよなー、無理だって。 無理無理。 ……でも遊びに連れて行ってくんねーからなぁ……。」


 デイは恥ずかしかったのかもしれない。一 人でぶつぶつと呟いていた。


「あの、王子……」


 リトは尋ねてみたくなった。


「もし、ラムール様から”イラクサの布を作って”と言われたら……どうします?」


 ラムールがいないからこそ尋ねることが出来た質問だった。

 デイは迷わず答えた。


「作るよ。」


 リトは更に尋ねた。


「縁を切るために?」

「切らないよ?」

「どうして?」


 デイはちょっと考えた。


「せんせーは縁切りがしたくてそんな事頼む人じゃないから。 せんせーが作って欲しいっていうんなら何か理由があるんだろ。 だから、作る」

「でも、不安になったりしない?」


 リトは間髪を入れず尋ねた。


「……なんないよ」


 デイは答える。 


「せんせーは……あれで、せんせーは……俺のこと一番大事にしてくれてるし俺の為になることなら自分の事よりも優先する人だから。 俺が一番……せんせーには言うなよ? ……信じてる人とゆーか、信じられる人だから。だから不安にはならない」

「そっか」


 リトは返す言葉がなかった。デイはおまけのように付け加える。


「でももしせんせーが本当は縁を切りたがっていて……これ幸いと縁を切られても、それでせんせーが幸せになれるのなら、いーかな。 って思うよ」 


 リトはもうひとつ尋ねてみた。


「どうしたら信じ切れるようになるの?」


 デイの答えが聞きたかった。 デイは迷わず答えた。


「一回、信じてみることさ」



 きっとそれが、リトの探していた答えだった。

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