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陽炎隊  作者: zecczec
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第43話 死に神

「おばさま、おばさま」


 そして今、リトはオクナル家の一室にいた。

 ベットに横たわったハルザは死人のように顔色が悪く、微かに、本当に微かに息をしていた。

 リトがここに来ることが出来たのはラッキーだった。 一回、門の前まできたのだが、早朝ということと、既にハルザは臨終間近で意識もなく、今は親族が最後の別れをしようとしている状況でそこまで親しくない少女がお見舞いを申し出ても拒否されるのは当然であった。


 だがリトが門番に断られて途方に暮れていると、トン、と肩を叩く者がいた。 振り返るとラムールだった。 ラムールはなぜここにリトが居るのか本当に不思議がっていたが、リトがどうしてもハルザに会いたいと言うとため息をついてリトを抱き上げた。 そして彼はリトを抱えたまま空を飛び、勝手知ったる感じで大きな屋敷の中の一つの部屋の窓の外まで来た。

 窓から中を覗いてみると大きなベットにハルザが寝ており、その周囲に医者や看護士、祈祷師に魔法使いと多くの人間がハルザを見守っていた。 ラムールはぷつぷつと呪文を唱える。 すると、部屋の中に居た者がすべてぞろぞろと部屋から出て行くではないか。 そうして部屋の扉が閉められると窓の鍵がひとりでにカチャンと音をたてて開いた。 そしてラムールはリトを抱いたまま部屋の中に入っていったのだ。


「人払いの呪文はあまり長い時間の効き目はありません。 リト、お別れなら早くなさい」


 ラムールがせかす。


「ちが、違うんです。 ラムール様……」


 リトはおそるおそるポケットの中から赤い実を出す。 しかしこれが一体、何の役にたつのか、どうすればよいのか、全くリトには分からなかった。 

 ところがやはりラムールには分かったらしい。 ラムールの表情が一気に明るくなる。


「ハルザ。 起きなさい」


 ラムールがそう言ってハルザに駆け寄った。 すると、ラムールの声が届いたのか、ハルザはうっすらと瞳を開けた。


「……ああ、ラムール。 時間じゃね……。 約束通り迎えに来てくれたのかい。 私を……私を樹のところに……」


 そう言ってハルザは力をふりしぼってラムールに手を伸ばす。 ラムールの両手がしっかりとその手を包む。


「残念でした。 それはまた今度の事になりそうです」


 ラムールの返事にハルザは信じられないという顔をして答えた。


「何を言うんだい。 もう私には死に神のお迎えの姿も見えているんじゃよ?」


 そうしてハルザの視線が宙をさまよう。


「今回は帰って頂きます」


 ラムールはそう言った。


「リト。 あなたがその実を受け取ったのなら、周囲をよく見回して見て下さい。 死に神がいませんか?」


 ラムールはハルザを見つめたままだ。 リトは訳が分からなかったが赤い実をしっかりと両手で握りしめたまま部屋の中を、ハルザの視線の先を見た。 

 すべての動きが止まったような気がした。 息も、心臓も。 すべてが驚いて動くことを忘れたかのようだった。

 そこに「それ」はいた。 背が高く闇色のフードとマントをしている。 顔は見えない。 それは左手に闇夜に輝く三日月のような妖しい発光をする大鎌を持っている。


 死に神だ。


 リトは本能的に分かった。

 リトの表情でラムールは分かったのだろう。


「その実を渡して下さい」


 そう言った。

 しかしリトはとても恐ろしくて近づくことができなかった。 近寄れば暗闇の泉に飛び込むように自分が吸い寄せられて消えてしまうような気がした。 その周りだけ空気が冷たい。 氷が溶けているように。

 死に神はずっとハルザを見つめていたようだったが、リトの持っている赤い実に興味を持ったのか、リトの方を向いた。

 リトは後ずさりする。


「どうしました?」


 ラムールには何も見えていないらしい。 リトの行動を不思議そうに尋ねる。


『わ、私、怖くてできません』


 そう告げてラムールに変わって貰おうとリトは思った。 それでラムールの方を見るとラムールの隣に一人の青年が立っていた。 青年はハンサムで背が高く知的な学者のような感じがした。 青年はリトと視線が合うと首を横に振り手でリトが実を渡すように促した。

 はっと気づくともう死に神はすぐ側まできいた。 リトはラムールの横の男を見る。 男は手を伸ばして渡せ、渡せとジェスチャーした。


 リトはおそるおそる手をのばす。


 死に神の手が伸びる。 蝋のような生気のない手が赤い実をゆっくりと掴む。 赤い実が光を放つ。 死に神は満足したのか、そのまま宙に浮き天井も突き抜けて空へと消えていった。

 ラムールの隣を見ると、もう男はそこにいなかった。

 彼は一体何者だったのだろう。

 空気が暖かくなる。 それは一気に春になったようだった。

 ラムールを見ると嬉しそうに、頷く。

 ハルザを見ると、目を閉じて眠っている。 しかしその顔は赤みがさし、何の心配もいらないように見えた。


「さ、いきましょう」


 ラムールが声をかける。 リトは慌ててラムールの側に行く。 ラムールがリトを抱き上げ窓から外に出る。 ラムールは空を飛んで帰っていく。 ラムールの肩越しにハルザの病室が見えた。 部屋に人が入ってくる。 そして部屋の中が騒がしくなる。 飛び上がって喜んでいる者もいる。


 ああ、良かった……


 リトはそう思うとほっとして、深い眠りについた。

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