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陽炎隊  作者: zecczec
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第41話 受け取って?

 火曜日の午後、仕事が終わってからリトはさっさと部屋にこもった。 日、月、火、とこの3日で3枚と半分はできた。 授業や仕事があるので一日一枚が精一杯である。 この数日は友人達とのお茶会やらすべてを断り部屋で一人もくもくと編んでいた。 部屋には女官長からの差し入れである万能腫れ引き薬があった。 幸い、女官長はリトがクララの店で洗濯をして手が荒れているのだと勘違いしていた。


 イラクサの布を作って欲しいと、リトはもう誰にも言えなくなっていた。 自分で作るしかないと思っていた。 

 水曜日。 明日が期限だ。 なんとか明日までにあと8枚と半分、作ってしまわないといけなかった。 

 だがどう考えても無理だった。 それでもリトは何かに取り憑かれたように頑張った。 もしかしたら奇跡が起こるかも知れないと思った。 いや、奇跡が起こって欲しいと思ったのだ。 このイラクサ布つくりを止めたらハルザが死んでしまうような恐怖があった。 今、必死に頑張っている間はハルザは無事だと何かが思わせていた。

 リトは夕食は食べなかった。 部屋で黙々と草を編む。 時々軟膏を塗りながらまた編む。


「いっ……」


 棘が爪と指の間に刺さった。 血が出る。 別にめずらしい事ではない。 何度も何度もあったことだ。 リトは指を軽く口に含んだ。


 自分はいったい何をしているんだろう。

 そんな思いがかけめぐる。


「!」


 リトは声にならない叫びをあげて編みかけの布を解いた。 せっかく半分までできていたものをすべて解いてしまう。 手がずきずきと痛んだ。 でももうどうでも良いと思った。

 この三日、ほとんど眠らずに編んだ。 間に合わないのだもの、何の根拠もないのだもの、もうどうだっていいじゃない。 そうリトは繰り返した。

 ハルザは確かに病気だが、死ぬかもしれないが、それは決してリトのせいではない。 そう、リトのせいではない。 ただたまたまハルザが病の床に伏せているときに変な夢を見ただけのこと。 ハルザとラムールの約束も本当かどうかすら分からない。 いや、夢だったのだから本当であるはずもない。 仮に約束していたからといってどうだというのだ。 それに本当にラムールがハルザを病の床から救いたいと思うようならばきっと既に手を打っているはず。 そうだ、そうに違いない。 変な夢を見たせいで情緒不安定になり変な事をしてしまっただけなのだ。 イラクサの話がどこかでひっかかっていてそれが心に浮かんだだけなのだ。 だってイラクサはきちんとした布の材料になるというではないか。 なぜわざわざ草のまま編まなければいけないのか。 意味が無い。 そう、意味が無いのだ。

 何も考えたくないというようにリトがベットにうつぶせになったとき、廊下が急に騒がしくなった。

 リトは時計を見る。 時間は午後10時。 騒がしさの質が変だった。 はしゃいでいるとかそういう類ではなく何か信じられないことが起きたような騒がしさだった。


 トントン


 扉がノックされる。


「は、はい。 ちょっと待って」


 リトは慌ててイラクサの布をベットの中に隠す。 こんなものを作っている姿を他の女官に見られたら何と思われるか分からない。

 すべて隠してしまうとリトは何食わぬ顔で扉の鍵を開けた。


「だ……」


 誰、と言おうとしてリトは硬直した。

 そこには弓が立っていた。


 弓が? 一体どうしてこんな時間に?


 リトの頭の中は混乱したが、廊下が急に騒がしくなった理由はこれだと、それだけは分かった。


 何をしにきたのだろう。 謝りに来たのか? それとも?


 弓はいつもと変わらなかったが、ほんの少しだけ疲れているように見えた。

 その表情からは何も読みとれない。


「弓」


 リトの言葉を待っていたかのように、弓の下げていた両手がゆっくりと持ち上げられる。


「……はい」


 そう言ってリトの目の前に差し出されていたのは、草のままで編んだイラクサの布が何枚も。

 弓は布を出したまま動かない。

 リトも動かない。

 廊下にいる他の女官の視線が釘付けになる。


「受け取って? リト。 ……私、巳白を待たせているから帰らなきゃ」


 弓が困ったようにほほえみながら告げた。 リトはゆっくり布を受け取る。

 布を渡した後の弓の手は奇妙な程の早さで後ろに下げられた。


「おやすみなさい」 


 そう弓は言って振り返ることなくその場を後にした。

 リトは慌てて窓から外を見る。 白の館から出た弓は教会の所で待っている巳白のところまで駆けていくと巳白に抱かれて飛んでいった。 そして白い翼が闇に溶けて消えていくのはあっという間だった。

 手元にある布を数えてみる。

 1枚、2枚…8枚あった。

 弓はこれだけの数を三日で作ったのか。

 そのために学校も仕事も休んだのか。

 不意に涙が出そうになった。

 どうして彼女はそこまでしたのか。

 どうしてそこまでできたのか。


「見た? 弓の手、傷だらけでボロボロだったわよ」

「見た見た。 あそこまでして布作る?」

「どうしようもないわね。 根暗だわ。 最低」


 廊下で騒ぐ女官達の言葉がリトの耳に届く。


「リトー。 あなたも気にしないのよ? 残念だったわね、せっかくリトが弓に仲良くしてあげていたのに。」

「部屋を変えてもらった方がいいんじゃない?」

「そうよ。 あっちも縁を切りたがっているんだからリトが申し訳なく思うことないって」


 弓はここまでしてリトと縁を切りたかったのだろうか。

 リトには分からなかった。


「ねぇリト?」


 女官が返事をしないリトを心配した。


「……ごめん、ちょっと一人になりたい……」


 リトは背を向けたままそれだけ答えた。

 女官達はお互いに顔を見合わせ、当然か、という顔で目配せした。


「気にしなさんな、リト。 今日はランの部屋でお茶してるからいつでもおいで? 気の済むまで話きいてあげるから」


 そうしてそっと扉を閉めて出て行く。

 リトは窓の向こうの漆黒の空をただ眺めていた。

 ヒョオオ、と風が窓に当たって音をたてていた。

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