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陽炎隊  作者: zecczec
37/47

第37話 何かヒントを

「リトー! いつまで寝てるのぉ? いいかげん起きたら?」


 リトは揺さぶられた。


「ひゃっ?」


 リトは跳ね起きる。


「……って言っても今日はこの嵐じゃ何もできないわ」


 ユアとノイノイだった。 時間は10時。 リトが起きてこないので起こしに来たらしい。


「今日は買い物に行こうって思ってたのに」

「ほぉんとね、昨日の夜からヒドイ嵐」


 嵐?


 リトは窓の外を眺めた。

 大粒の雨が横殴りに降り雨粒が窓ガラスに打ち付けられる。 風が怒り狂ったようにごおおおお、と渦を巻き木々がしなる。


「一晩中雷も鳴ってたわ」

「だからノイノイは私のベットに来たもんね」


 ユアとノイノイはそう話す。


 あれ?

 夜中、私は確か起きて外に出たはず。

 リトは記憶をたぐりよせる。


「一晩中……嵐だった?」


 リトは尋ねた。


「そうよ? いやだ、リトったら寝ていて気づかなかった?」

「昨日のお風呂で外を見て雨がひどいね、ってリトも話してたじゃない」


 そういえば。

 昨晩のお風呂で外を見てそんな話をした覚えはあった。

 では。


「夢だったのかぁ」


 リトはふぅっと息をついた。

 手足を見る。 寝具を見る。

 どこにも何も変わったところはない。 草一本、砂一粒付いていない。


「変な夢だったぁ」


 そう言ってリトは背伸びをする。


「ね、ね? リト? 今日は何もする事がないからラムール様のところに遊びに行かない?」


 ははぁ。 それが狙いか。


「いいよ。 着替えたら行こっか」


 リトの返事にユア達はやったぁ、と小躍りする。


「早く身支度するのよー♪」

「あ、私、お菓子持って行かなくちゃ」


 そうきゃあきゃぁはしゃぎながら二人は部屋を後にする。

 まったく、とリトは笑った。 ラムールの髪結いになってからというものこのテのお誘いは頻繁にあった。 そしてリトが行けばラムールも快く事務室にみんなを招き入れてくれた。

 そういえばリトもラムールの居室へはここのところ行ってなかった。 リトが起きてラムールの部屋に向かう頃はラムールは既に起きていて事務室に詰めていた。 居室は寝るだけですからね、とラムールは笑っていた。 その位ラムールは事務室にいた。 そして時々王子もいた。


 リトは身支度しながら夢の事を考えた。

 生々しくてリアルで忘れきれない夢だった。

 そのせいもあってリトは早くラムールの部屋に行きたかった。

 もしあれが夢でないならば――夢だったのは明らかなのにそう思うなんて滑稽だったが――きっとラムールは何か言ってくれるはずだ。 何か態度で示してくれるはずだ。 何かヒントをくれるはずた。

 そう思ったのである。

 ほどなくして手作りのお菓子を持ったユア達が迎えに来た。 数人で廊下を進み下の階へ行く。 階段を下る前にリトは大窓から森を眺めた。 嵐の風で木々がしなっている他は何の変化も無かった。

 3階のラムールの事務室の前に来た。

 ノックをして返事がなければ居室なのだろう。

 リトの背後で期待に満ちたオーラを出しながらユアたちがごくりと唾を飲む。

 おいおい、いったいどこに入ると思っているのか。


 トントン


 リトは軽く二回扉をノックした。 扉は一見重厚そうなのに軽く叩いても音は響きやすかった。


「はいー?」


 ひょうひょうとした返事が返ってくる。


「きゃ♪ 王子じゃない?」


 背後でざわめく。

 その通りだ。 語尾を伸ばして返事するのはデイだった。


「リトです♪」


 デイの返事だとリトも軽く答えることができた。


「ああ、入っておいでよ」


 とデイに促されリトはドアを開けて中に入る。

 デイは中央のソファーにくつろいで座っていた。 ラムールは事務机で何か書類を書いていた。


「今、お忙しかったですか?」


 リトは尋ねた。

 ラムールは掛けていた銀縁の細長い眼鏡を外してリトを見た。


「いいえ。 もう少しで終わります。 ……。 中に入ってみんなくつろぎなさい」

「やったあ♪♪」


 ユア達は喜んで事務室になだれ込む。 中央のテーブルを囲んで座る。

 そしてデイと談笑を始めた。

 リトはみんなと一緒に席には座らずラムールの側に行った。 ラムールは指に緑色の香水瓶から液体をつけては紙をさすっていた。 コピー薬である。


「何のコピーですか?」


 リトは尋ねた。


「あのあの、ラムール様って眼鏡をおかけになるのですか?」


 ラムールの返事よりも早くリトの背後から質問が飛んだ。

 ラムールはふふ、と笑って机の上に置いた眼鏡を手にした。

 そして楽しそうに返事をする。


「老眼鏡です」

『ろーがんきょー????』


 思わずリトまで声をそろえて叫ぶ。 そんな反応が楽しいのかラムールは機嫌が良い。


「最近は文字が見えにくくて……」


 そう言って今使っていた書類と眼鏡をリトに渡す。 え、なになに?とみんなが寄ってくる。

 紙には砂嵐のような模様がびっしりとついていた。 どこにも文字が見えない。


「まさか?」


 リトはそう言って眼鏡を模様の上に置いてみた。


――それらの効果が認められ、次に三匹の犬で実験してみたところ――


「すごいっ」


 覗き込んだランが声をあげた。

 砂粒の模様一つに辞書一ページ分くらいの文章が書かれていたのだ。


「今度の国連学会に提出する研究論文の下書きです」


 はぁあああ、と感嘆のため息しかでない。 こうしてしまえば紙も一枚で足りるからかさばらないでしょ? 見やすいし。 とラムールは言ってのけた。


「せんせーのする事は全部普通じゃないからいちいち驚いてたらキリないよ?」


 デイがそう言ったがその通りだと思った。

 それからみんなでユアの作ったケーキを食べて色々な話が弾んだ。 クリームあんみつの話になるとユアとラムールは見事な意見の一致を見せ、今度かまど屋2号店がオープンするときは一緒に朝から並ぼうと盛り上がっていた。

 沢山笑って沢山話して、とても楽しい時間だった。

 午後3時ころからデイが公務があるといのでラムールもついて行くことになっていた。 それで少し前にお開きになった。


「あー、楽しかったねー」

「ユアったら羨ましいわ〜! デートじゃない? あんみつデート」

「えっへっへっ、いいでしょー」

「構わないわ。 私達も一緒に行けばいいだけだわ。 ラムール様は別に二人だけでとはおっしゃらなかったわ。 絶対お断りになんかならないから」

「あー、ダメぇ」


 少女たちは屈託なく笑いあう。 リトは朝一で並んでも、ついつい後の人に順番を譲ってユア達とは一緒に食べられない、または最初に食べてその後、店の手伝いを始めてしまうラムールの姿しか思い浮かばなかったので思わず笑みがこぼれた。

 そして

 ラムールには変わった感じも、言葉も、ヒントもなかった。


 夢、だったんだよね。


 リトがそう思ったとき、外では風が勢いを増してうなっていた。

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