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陽炎隊  作者: zecczec
34/47

◆3幕◆第34話 イラクサ布

 その夜もまた、白の館では残った者だけでお茶会が開かれた。

 マーヴェやロッティその他、祭のために親族が遊びに来ている者は帰ってきていないので人数は8人とごく少数だった。 8人だけだと4階のラウンジはとても広く感じる。

 なぁんか寂しいね、ということで談話室に集まった。

 10畳ほどの広さで畳敷き。

 寝具も押入にあるので今日はここでみんなで騒いで寝てしまおうという予定だ。 女官長も今日は実家に帰るそうで不在。 まさに天下である。


「でも結局いつも同じメンバー」


 そう言って笑ったのはノイノイである。 リト、ユア、ノイノイ、ルティ、ナコル。 そしてリンスにプルルにラン、と今日も昨日もよく話をしたメンバーである。

 布団は部屋の隅に折りたたんでおき、中央にお菓子を並べる。

 まずは明日は城下町に服でも買いに行こうかという話になったが、ルティは朝から教会でミサがあるというので断った。 リトはついていくことにした。

 たわいもない話で盛り上がっているとタタタタタ、と廊下を駆けてくる音がした。

 今日は他に女官は残っていなかったのに誰だろうと皆で顔を見合わせたとき、その足音の主が部屋へ来た。


「隠れさせて!」


 そう言って入ってきたのは――


『王子!!』


 全員の声がそろった。 リンスやプルルが慌てて髪を整える。 デイは皆の返事もきかず部屋に上がり込むと畳んである布団と布団の間に丸くなって身をひそめた。

 王子がここに来たということは次に起こることも大体予想がついた。 案の定、程なくしてココン、と扉をノックする音がしてナコルが慌てて髪や服を整えた。

 「どうぞ」とナコルが返事をすると扉が開く。

 当然そこにいるのはラムールで、ラムールは指を一本立てて口に当て静かにするように、とのジェスチャーをした。


「デイは来ませんでしたか?」


 その時ラムールの立っている所でラムールの声がした。 しかしラムールは口を開いていない。 驚く女官達にラムールはどうぞ返事を、とばかりに片手を出して促した。


「あ、あの、王子は……」


 どう答えて良いのか分からずにオロオロしていると


「まったく。 来ていないみたいですね。 仕方のない子だ。 もし来たら部屋にさっさと帰るように伝えて下さい」


 と、これまたラムールの声だけがした。

 ラムールは口を閉じ腕組みして立っている。


「それでは失礼しました」


 ラムールの声だけがまた響き、ドアが自然に開閉し、廊下を去っていく足音まで聞こえた。

 当然ラムールは動いていない。

 音や声だけが聞こえたのである。

 そして待つこと数秒。

 丸くなって隠れていたデイががばっと飛び起き開放感にあふれて言った。


「やったー! まさか女官室には逃げないって思ってるからつっこみが甘かったぁ〜〜〜!」


 両手の拳を天に突き上げガッツポーズまでしている。


「甘い」


 ラムールがぼそりと一言呟いた。


「うわぁああああ????」


 その声とラムールの姿に驚いて飛び上がる。

 ラムールがまず一枚の布をひらりと取り出してデイに見せる。


「まずこれはどういう事でしょうかね?」


 ラムールの手に握られていたのは、イラクサのコースターだった。


「今日、祭で見つけたんだ」


 デイがえへへ、と悪戯を誤魔化す子供のように目をクリクリさせてラムールを見る。 ラムールは呆れたように「悪質な冗談を」と言うと、あっという間にそのコースターは燃えて消えた。

 そしてデイの首根っこを掴まえると


「さぁ今日の昼間、逃げてできなかった歴史と法学の補習です。 いらっしゃい」


 と引きずる。 デイが慌てて言う。


「せんせー、俺たち、少し関係を改めたほうがいいと思うんだ」

「それでイラクサの布ですか」

「そうそう」

「呆れた。 あなたにはきちんとしたイラクサの布の使い方とその物語についてもう一度教える必要がありますね。 まずあなたから先にイラクサを渡した時点で作法が間違っています。 次に布の大きさも違います。 最近はやりの縁切りまじないですが、残念でした。 私はあなたから受け取るつもりはありません」


 縁切りまじない?


 その言葉に反応したのはリトだけではなかった。 他の女官も目配せをし、特にルティはさっと顔色を変えた。


「もう一つ、今日の補習が増えましたね」


 ラムールはそう言ってにっこり笑うとデイを引きずり、「お邪魔しました」と一礼して部屋を出て行った。

 デイとラムールの気配が消えるとノイノイが言った。


「イラクサ布の悪戯じゃ洒落にならないわ」

「でもぉ、やりかたが違ったじゃなぁい。 王子はお分かりでいらしたのよ。 だから軽い悪戯心でされたのだわ」


 リンスがかばう。


「王子は布を自分で作っていないし、ラムール様から言われて買った訳でもないわ。 だから簡単な悪戯よぉ」

「え、えっとー、ごめん。 誰か教えてくれる?」


 リトが尋ねた。


「あ、リトは知らないんだね」


 ユアが答えた。


「リト、白鳥の王子って話を知っている?」


 ランが意味深に尋ねた。。

 白鳥の王子って主人公の姫の兄が魔法使いに魔法をかけられて白鳥になってしまい、その呪いを解くために姫は出来上がるまで一言も口をきかずにイラクサで服を作り、それで魔法が解けて王子は元の人間の姿にもどれた、


「……という話よね?」

「そう。 それは昔話の方。 確かにその物語では魔法を打ち破る鍵がイラクサの服なんだけど、イラクサってね、現実にはそんな力ないわ。 物語の姫もよ、イラクサで呪いが解けるから痛い思いしてイラクサで服を作ったんでしょ? 役に立たなかったらそんなことしないわ」


 それはそうだと思う。


「じゃ、イラクサで痛い思いをしてまで布を作ることに何かメリットある?」


 無いと思う。


「そこがこの縁切りの始まりなの」


 プルルが続けた。


「イラクサで布を作れということは、何の役にもたたないけれど痛い思いをしろ、という意味なの。 つまり相手の事を大事に思ってませんって意思表示になるの。 だって相手が痛い目にあっても平気ってことでしょ?」


 なるほど。


「そしてみんながイラクサで布を作っても何の役にも立たないし無意味って事は知ってるわ。 だから相手はイラクサで布を作ってはいけないの。 作ったら」


 作ったら?


「痛い思いをしてももあなたとは縁を切りたい、って意思表示になるの。 絶縁宣言。 普通なら友達でいたくない、って言われたら自然に縁切るだけじゃない? それをわざわざ痛い思いまでして縁切りたいっていうんだから絶縁、絶縁なの」


 まとめると。


「まず【イラクサで布を作って欲しい】が【あなたと縁を切りたい】なの。 それで【布を作らない】と答えるのが【私は友達でいたい】ってことで、友達でいたくないならそこで縁を切ればいいだけなの。 でも【布を作る】は【どんな目にあってもあなたと縁を切りたい】って事になるの」


 なかなかヘビーな縁切りではないか。


「あっ、あのさ、もし私みたいにその話を知らなくてただの善意で布を作っちゃった場合、どうなるの?」


 そそっかしいリトとして聞いておきたいところだった。


「善意だったらぁ、私のためにそこまでしてくれるなんて、って感動してくれるんじゃなぁい?」


 リンスが小首を傾げて言う。

 プルルは首を横に振り、吐き出すように言う。


「それか”バッカじゃないの、だから縁を切りたいのよ”って相手から言われると思う」

「それ以前にぃ、イラクサで布なんて作れないと思う。 痛すぎるよぉ」


 きびしい意見だった。


「でも、中にはホントーに縁切りした人がいるわ」


 強い口調でランが言った。


「ああ、あれ? あれには私もびっくりした。 そこまでやる? って思ったもんね」

「あれって、痛くても”縁きってやるわよ”って思いながら作るんだろうから怨念っていうか、怖いよね」


 ユアやナコルも反応する。


「みんな、その話は……」


 ルティが困ったように話の腰を折った。


「ルティは当事者だから、この話は嫌ね。 やめよっか」


 ノイノイが言う。 しかしランが反論した。


「リトは知らないんだから教えておく方がいいと思うわ。 だってリトって優しすぎるから。 絶対知らなかったら後で痛い目に遭うと思うわ」


 プルルが同意する。


「それは言えてるかもね。 平気な顔して人を裏切る人とはつき合わない方がいいと思うの。 あの事件が無かったらみんな騙されていたわ」


 どういう事?としかリトは尋ねきれなかった。 ルティは目を逸らしてしまう。 ランが代わりに話を始めた。


「だいぶん前になるんだけど、イラクサ縁切り遊びっていうのが流行ったわ。 ちょっとしたジョークよ。 ”イラクサの布を作ってくれる?”って相手に尋ねる遊び。 イラクサの話を知ってる子は、嫌ぁよ、って答えるでしょ? 知らない子はイラクサって痛いわとか何にするの? とかびっくりするでしょ? それが面白くて。 勿論みんなジョークだったわ。 だって本当に縁を切りたいならそんな面倒な事しないでさっさと他の子と仲良くなったりすればいいだけなんだから。 相手がびっくりするのを見るのが楽しかっただけよ。 そんな悪趣味な遊びを流行らせた私達もいけないとは思うんだけれど、これがなかなか、すっごく流行ったわ」

「うん」


 悪趣味だが女の子同士というのは時としてそんな変な遊びが流行るものである。 ランは勢いよく続ける。


「弓は白の館で学ぶようになって間が無い頃で、ルティは世話係だったからとっても親切にしていたわ。 ほら、弓ってなんていうかこう、消極的っていうの? ルティは弓がみんなに溶け込めるようにすっごく世話したり、魔法の時間だって杖すら使えない弓を励ましたり、私達は、ああまたルティが弓の世話やいてるわ、ってよく感心していたわ」

「うん、言ってたね。 ルティはえらいわねーって本当に思ってたね」


 ユアが相づちをうつ。 ランはちらりとルティを見る。 ルティは俯いたままだった。


「それでイラクサ遊びの方はね、流行りすぎちゃって、聞かれない方が仲間はずれにされてるような雰囲気にまでなったわ。 だからルティはまだ誰からも聞かれていない弓に言ったわ。 ”イラクサの布を作ってくれる?”って」

「そしたらびっくりよ?」


 プルルが話を奪い取った。


「弓は迷わず言ったの。 ”いいわよ”って。 …みんなびっくりしたわ。 本当にびっくりしたんだから。 びっくりしすぎてユアはお菓子を喉に詰まらせたんだから」

「プルルー。 嫌なこと覚えてるわねー。 イラクサの布作ってもらうわよ?」

「いやだぁ。あははははは」


 プルルは笑う。 ランがえへん、と咳払いを一つして続けた。


「そうなの。 弓はOKしたわ。 そして翌日にちょっとした中皿くらいの大きさのイラクサの布を持ってきたわ。 翌日よ? 一晩よ?」

「暗い部屋の中ぽつんと明かりをつけて”縁切ってやるー”って思いながら作ったんじゃないの? 怖ぁい」

「本当っに、信じられないわ。 あんなにルティによくしてもらいながら、冗談が分からないわけ? 最初から思っていたけど鈍いのよね。 そしてこっちこそ絶縁を申し込むわって態度のイラクサ布作り。 大人げないというより常識知らずだわ」


 弓がルティに絶縁宣言をした???


 想像がつかないその状況にリトはフォローを入れた。


「弓は本当に知らなかったんじゃない? イラクサ遊び。 ほら、えっとお人好しっぽいところがあるから、何も考えずに頑張って作ったとか」


 しかしリトのフォローも皆からあっけなく打破されることとなった。


「私達もそう思ったの。 だって弓ってぱっと見たらお人好しそうっていうか、気が弱そうっていうか断れなさそうっていうの? そんな感じだからきっとこれは知らなくて作っちゃったんだって思ってフォローしたの。 弓にこの儀式の意味と、それを渡すということは弓から絶縁宣言するようなものだ、って」

「それでどうなったの?」


 リトに思い浮かぶのは、そうだったの?知らなかった、とオロオロしながら布を隠す弓だったが。


「堂々としていたわ。 ”知ってるわ”ですって。 ”でもルティが望むから”っても言ったの。 信じられる? ルティの気も知らないで。 ルティのイラクサ遊びを真に受けたまでは仕方ないとしても、嫌だとか仲良くしてとかごめんなさい、私のどこがダメなの? とか、ひとっことも尋ねもしないで即逆ギレして、イラクサ布作ってあなたが縁切りたいなら私は構わないわよ、貴女が望む「から」私は縁を切って「あげる」わ、って態度は無いと思わない? 非常識なのよ。最低よ」

「結局、弓って実は友達なんかいらないんだわ。 一人でも平気そうだし。 仲良くしてやろうとおもったこっちがバカみたいだわ」

「ホントォ。 ちょっと気に入らない位でイラクサ布を作るような人はこっちからお断りよねぇ」


 当時の怒りが思い出されたのだろう。 皆の口から次々に辛い言葉が出る。

 ルティは弓に絶縁宣言されたのがよほどこたえているのか、辛そうに下を向いて押し黙っていた。


「そして……そうそう、そこにデイ王子が来たんだわ。 そして弓に”俺にもそれを作って”っておっしゃったのよ。 悪戯に使うおつもりだったのでしょうけど。 そうしたら弓ったらあっさりと言ったわ。 ”お断りします”って。 私はそこで確信したわ、弓って友達はいらないのよ。 王子様にお近づきになる為にここにいるんだわ。 でなければルティにイラクサの布を作る訳が無いもの」

「あら、ルティだけじゃないわよ、知らないのぉ? ラン。 あの後何人かが弓の所へ行って言ったのよ。 ”私にもイラクサの布を作ってくれる?”って。 返事は全部OKよ。 勿論みんなあきれて布を作ってもらうのを待つまでもなく絶交よって言ったけどぉ。 断ったのは王子様のだけでしょ? 友達がいらないってのは正解ね、絶対」

「だからリトも気をつけた方がいいわ。 こっちは友達って思っていても弓はいつでも縁きっていいわ、位にしか考えてないんだから。 後できっと辛い思いすると思うわ。 ……でもどうかしら、リトはラムール様の髪結いだから王子さまにお近づきになる為に絶縁しないかもね。 ねね、弓からラムール様のお部屋に連れて行ってくれとか紹介してくれとかそんな話はされなかった?」


 それは無かった、とリトは答えたが、それは猫をかぶっているだけだとか、そのうち言ってくるからその時はノっちゃダメだとか話を盛り上がらせるだけだった。


「あの」


 そのとき今まで黙っていたルティがやっと口を開いた。

 みんなの視線が集中する。


「多分……いま、リトが弓にイラクサの布を作ってって言ったら」


 みんながうんうんと頷く。

 ルティは迷いながらも言った。


「きっと、イエスって答えるよ」

 



 リトは弓という人物が分からなくなった。 

 

 

 

 しばらくの間、イラクサの話はリトの頭から離れなかった。

 どう考えても想像がつかなかった。

 絶縁宣言を自らやった弓。

 誤解とかではなく、絶縁宣言。

 それも痛い思いまでして。

 そんなんじゃ友達ができなくても仕方ないではないか。

 【弓って友達いらないのよ】

 ラン達の声がぐるぐると頭の中でまわる。

 祭のゲームコーナーで男の子たちと楽しそうにしていた弓が浮かぶ。

 確かに、あの時の弓の表情は全然リトなんて必要としていなかった。

 王子には絶縁宣言をせずに、女官には絶縁宣言をする。

 それだけで弓の本性みたり、という感じである。

 その夜、リトは何度も夜中に目を覚ました。

 眠たいのに脳の一部が興奮している、そんな感じだった。

 

 

 

 それからリトと弓は接する機会がほとんど無くなった。

 日曜日はみんなと買い物に行き、弓とは会わなかった。

 月曜日になって白の館での学びが始まっても、弓と話す機会はほとんど無かった。 挨拶くらいだったと言っても過言ではない。 ただ、特に意識してそうなった訳ではない。 全く意識しなかったかといえばウソになったが。 

 リトはノイノイ達、他の女官達とほとんど一緒に行動していた。 24時間白の館で一緒なのだ、行動が常にべったりになっても何らおかしい事はない。 弓が来る前にみなで教場に行き、皆で近くの席に座り、皆で食堂で昼食をして、クララの工場に行くときも弓はさっさと一番に行っていたので一緒にも行かずにすみ、リトは集配係にまわされたので工場でも弓には会わなかった。 水曜日に一度、弓と部屋でほんの5分、一緒になったとき、来週末の祭が楽しみね、と弓が言った。 リトは正直、今はそこまで楽しみではなかった。 弓に興味を失っていたのである。 弓は全く前と同じような態度だった。 リトが他の人と行動を共にしてもすねたり文句を言ったりする訳でもなく、表情にも行動にも全く変わったところはない。 

 あまりにも何も変わらなかった。

 最初から一緒に行動したことなど無いようなそんな感じである。 その度に【弓は女友達いらないのよ】という言葉がリトの心をかすめた。 

 弓と行動しなくなってからアリドとも会わなくなっていた。 正確には外でアリドは弓と談笑しているのを窓から見かけた。 二人はリトのことなど関係が無いように楽しそうだ。 また弓は時々、巳白に抱えられて空を飛んで城下町に来たり、村に帰ったりしていた。 なぜかそれがリトには面白くなかった。 そしてリトと会っても変わらずにこやかな弓にこれまた何故か腹が立った。

 そしてそんな弓が表情を変えるような出来事があった。

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