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陽炎隊  作者: zecczec
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第32話 アリドvsラムール

 清流とアリドの戦いも簡単にケリがついた。 何しろアリドは腕が6本あるのである。 清流の両腕の動きを一番上でふさいでしまえば後は他の腕でコインを取れば良いだけなのである。


「ずるいなぁ」


 清流が言う。


「便利だと褒めてくれよ」


 アリドがぴかぴか光るコインを太陽に反射させながら誇らしげに笑う。 そこに残った一人の兵士がそっと近づく。 後ろから飛びかかるが、まるでアリドは後ろに目がついていたかのようにひらりとかわし、前につんのめりそうになった兵士の後ろ首を掴み引き寄せ、一番下の腕でひょいっと残った胸のコインを取った。


「おまえさんもリタイアなー♪」


 かかか、と笑うアリドに軍隊長が地団駄を踏む。


「さってこれからが大変な訳だよ、清流くん。 わかるかね?」

「どっちと先に戦うの? 羽織? ラムールさん?」


 二人はそう言って、今、戦ってる真っ最中の黒髪の少年と足蹴りの少年を見た。


「バーッカ。 清流。 まだあいつら戦ってるんだぜ? まだ決着も決まっていないのに戦う相手を羽織とラムールさんに限定しちゃったらあの足蹴りの少年に失礼だとは思わないのかね」


 アリドが仰々しくかしこまった口調で言う。


「アリドだってそんな事ほんの少しも思ってないくせに」


 清流が笑った。





 黒髪の少年は身軽だった。 どんな足蹴りをしてもひらりと紙一重でかわされてしまう。

 彼の長髪は後ろに軽く一握り分だけの幅で長く伸びていた。 それを襟元で縛ってある。

 膝まではあろうかというその長髪を握って動きを止めたいところだがその髪すら鞭のようにしなり掴もうにも動きが鋭くて掴めない。


「ちくしょう!」


 スラムの男は回し蹴りを放つが完全に見切られてかすりもしない。


「さってそろそろ終わりにするかな」


 羽織はそう言って軽く体の重心を下にうつして、両手を肩の上から背中に回し――


「あ、武器禁止だっけ」


 手が空気を握る。 彼は背中に何も背負ってはいなかった。


「あっはは、羽織のやつ、いつもの通り背中に剣を装備してるつもりになってやがった!」


 アリドが腹をかかえて笑う。


「笑うなぁー、素手って久しぶりだな、どーやって戦えばよかったかな?」


 羽織が蹴りから逃げながらアリドに抗議をする。

 男は動きを止めた。


「なめやがって!」


 そして胸元のポケットから刃渡り15センチくらいの折りたたみナイフを取り出した。


「武器は禁止です! 失格! 失格っ!!!」


 司会者が叫ぶ。


「うっるせぇっ!」


 ところが男は聞く耳を持たず羽織に襲いかかった。


「ぶっ殺してやらぁっ!」


 男のナイフが羽織に迫る。

 羽織は体を左側後方に半回転してナイフをかわすと、そのまま身をかがめ裏拳を男の腰に放つ。 男は背をそらして体勢が崩れた。 そこにすかさず左足で男の両足を足払いする。 男は背中から地面に倒れた。 裏拳があたったときの衝撃で男の手からはナイフが離れる。 羽織は回転して落ちてくるナイフの柄を右手で掴まえると人差し指でくるくるとナイフを回転させ、逆手に持ち換えそのまま男のすぐ首側の地面にぐさりと刺した。 首と刃の間は数ミリもない。 男は仰向けにあったまま刺されたと思ったのだろう、気絶してしまっていた。


「きみも失格ーーーーーーーーーっ!」


 司会者が羽織も指して叫ぶ。


「えー?」


 羽織は不満そうに声を上げた。


「ま、武器を手にしちゃったのは確かだからなぁ。 首の近くに刺さなきゃ言い訳もきいたのに」


 アリドがニヤニヤと笑って近づいてくる。


「ちくしょー」


 羽織は悔しそうにしながらも特に逆らう事なくその場を後にする。

 そしてアリドとラムールが残った。


「さて、最後の二人です! どちらが勝者でしょうか?」


 司会者が叫ぶと会場がわああ、っと盛り上がる。


「どっちが勝つと思う?」

「やっぱりラムール様でしょ」

「でもさっきラムールさま、サえない男にコイン一つ取られたわよ」

「アリドが勝つんじゃない? だって腕が6本よ?」

「ラムール様よ、ラムール様にきまってる!」


 みんなの意見はまっぷたつに分かれている。


「アリドさーん! そんなやつ、さっさとやっつけて下さいよー!」


 スラムの5人組はアリドの応援をしている。

 どうやら、というかやはり、アリドは彼らに一目置かれているらしい。


「アリド〜♪ がんばってぇ♪」


 黄色い歓声も聞こえてくる。

 アリドは困った顔をしていた。


「自信はねぇんだよなぁ……」


 ラムールが意外そうな顔をする。


「おや。 血気盛んなあなたがめずらしい」

「ま、予定通りっちゃ予定どおりなんだけどさ」


 アリドは集めた金貨を入れた袋を地面に置く。


「ラムールさんならオレの戦利品、横取ったりしねぇよな?」

「当然です」


 ラムールが笑う。

 アリドは初めて斜めに構える。 三本の両腕それぞれが違うカンフーの型である。


「魔法、無しだよな」

「そうですよ?」

「絶対無しだよな? バレなくても無しだよな?」


 アリドが念を押す。


「誓いましょう」

「ならオレの勝ちだ」


 アリドの言葉に満足そうに頷きながら、ラムールははっきりと言った。


「残念でした」


 その言葉と同時に先に飛びかかったのはアリドであった。 ラムールを掴まえんと、あるいはダメージを与えようと六本の腕が次々に襲いかかる。 ところがラムールはそのすべてを見切り次々と払いのけ、かわし、一発もラムールには当たらない。


「ちっ、すばしっこい……!」


 アリドは蹴りを放つがラムールは既に飛び退き、間合いの外へと身を移していた。

 うわぁっ、と歓声が沸く。

 ラムールはにこりと笑った。


「これは何でしょう?」


 見るとラムールの手に金色のコインがある。 アリドは慌てて自分の胸を見た。 コインがない。

 おおお、と観客がうなる。

 アリドは額に汗を浮かべた。


「やっぱやるじゃん」


 ラムールは言った。


「あなたはまだまだですね」

「言ってくれるなぁ……手さえつかめればこっちのモンなんだけどな……」


 アリドのつぶやきにラムールの瞳が光った。


「いいですよ? 手を掴まえさせてあげましょう」


 えええ、っと観客も驚く。 無謀である。


「ラムールさん、あんまナめると後悔するぜ?」

「あなたもですよ?」


 ラムールはそう言うと堂々と近づいてきて両手を前に突き出した。

 アリドはしっかりと一番下の両腕でラムールの手首をつかんだ。

 すぐ手をのばせばラムールの胸のコインはすぐそこである。


「では始めましょうか?」


 ラムールが言う。


「やってやらぁ!」


 アリドがラムールの胸に手を伸ばした。 ラムールは軽く身を逸らしたかと思うと掴まれた自分の両手を交差させアリドの勢いを利用して体の下に入る。 さっき、普通の男を投げたときと同じような背負いだ。

 アリドはラムールを一番下の腕で掴んでいたので体の下に潜り込んだラムールを上と真ん中の腕では掴むことができなかった。


「ちっ!」


 アリドは投げられる寸前に自ら地面を蹴った。 ラムールに投げられるよりも自分で先に同じ軌道を飛べば、投げられた後で反撃がしやすいと考えたからである。


「かかりましたね? 空中に先に浮いたら負けですよ」


 ラムールの声が聞こえた。 アリドがしまった、と思ったときは既に遅かった。 ラムールはアリドが自ら背負い投げの軌跡を飛んだとみるや自らも地面を蹴り交差していた腕を戻してアリドと向かい合う形で宙へと舞った。 そして掴まれた両腕を内側から外側へと円をかくように回すとアリドの持ち手が逆になり自然と掴んでいた両手が離れた。 そして体から離れて宙に浮いているコインを握ってアリドのお腹付近を蹴って後ろにジャンプすれば――

 ドサッ、とアリドは背中から地面に落ちた。

 ラムールはくるくるっとまわって華麗に降り立った。

 その右手にはアリドの首にかけてあったコインが光っている。


「以上です」


 ラムールは軽く一礼した。

 一瞬、会場がしいんと静まりかえったが瞬時に大歓声で埋め尽くされた。 ものすごく大きな歓声で地面が揺れるようだった。


「あいたたたた……やられたなぁ。 早くて掴めなかった」


 アリドが頭をさすりながら身を起こす。


「ナめたら痛い目みますよ、って言ったでしょう?」


 ラムールが笑って手をさしのべる。

 アリドはその手を取り立ち上がる。

 ラムールは言った。


「私に武術を教えたのが誰だかはあなたも知ってるでしょう」

「確かにそーっすね」


 アリドは完敗、という感じで全く悔しそうではなかった。 それよりも晴れ晴れとした感じで、むしろ嬉しそうですらあった。


「優勝者、ラムール教育係!」


 司会が告げると会場は割れんばかりの拍手と声援で再度埋め尽くされた。

 スラムの不良達がラムールを憎々しげに見つめた。

 ラムールは強い眼差しで見つめ返した。


――私がいるからには好き勝手はさせません


 そんな視線だった。

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