第30話 コイン争奪戦 開始
リトはさっきまで怖かったのも忘れて弓の後ろ姿を頭の中から消すかのようにかぶりを振って弓が進んだのとは反対方向に歩き出した。
見覚えのある出店を見回すとひときわ賑やかな集団、女官達がいた。 楽しそうに似顔絵を見せ合っている。
女官の一人がリトに気づき手招きする。
「あ、リト、いたいたー。 どこに行ったか心配していたのよ」
リトは再び彼女達と合流した。
その後リトは女官達と一緒にたわいもない話をして楽しい時間があっという間に過ぎていく。
「あっ、ねぇねぇ、彼が4時半からのコイン争奪戦に出るの。 見に行っていい?」
一人の女官が言った。
「彼って兵士のボルト? あなたたち、別れたんじゃなかったの?」
「失礼ねっ。 ちょっと喧嘩しただけよ」
コイン争奪戦。
そういえばアリドも出るとか何とか言っていたような。
「ね、それってどんなの?」
リトは尋ねた。
それは、このお祭りの目玉的なイベントで、参加者は胸にコインを貼り、首にコインを下げるという。 コインといっても銅貨や銀貨ではなく金貨なので、一つでもちょっとした買い物はできる。 これを奪い合うのである。
奪い合い方も争奪戦という名にふさわしく、参加者は中央広場のロープで区切られた枠内に集合する。 そして開始のかけ声とともにそこにいる者全員で奪い合うのである。
奪った金貨は自分のものにでき、胸と首のコイン両方が無くなった者は失格なのである。
そして最後まで残った者はスペシャルボーナスが出る。
「いわば誰が一番強いかって戦いでもあるのよ」
主催はテノス軍となっている。
「軍のスカウトの場っていう話もあるわよ」
「そんなのどうでもいいわっ。 私。 ボルトがコインを2つ3つでも取ってくれたらそれでプレゼントを買ってもらうことにしてるの」
「はいはい」
みんなで彼女を適当にあしらいながら中央広場に行く。 中央広場では宝物探しゲームの結果発表が終わってすぐらしかった。 舞台から優勝者が降りてくる所だ。 優勝者はあの占い師の少年だった。 なるほど、あの占いの腕だったら宝物探しなどきっと朝飯前だろう。
少年が舞台を降りるとコイン争奪戦の準備が始まった。 まず舞台前に設置されていた観覧席が隅へと置かれ、舞台前から広場のほぼ3分の2を占める位の広さで杭が打たれ、ロープが張られる。 このロープの中が争奪戦の場なのであろう。
魔法の先生がロープの中央に進み出た。 そして杖を持ち出すとぶつぶつ呟いてヒュッ、ヒュッ、と舞台を挟んで左右に杖で空中に何かを書く。 ゴゴゴゴゴ、という地響き音がして今まで何もなかったその空間に階段状になった観覧席が姿を表した。
「さぁー、観客は観覧席へお上り下さい。 急がなくて結構です。 席は十分にあります。 ときおり危険が生じますので最前列は若い男性の方が好ましいです。 年配の方や幼児は高いところは大変ですので最前列以外で下段へお進み下さい。 できるだけ奥から詰めて下さいますようにお願いします」
司会者から案内がある。 その言葉に従ってリトたちも観覧席に登る。 中段あたりのなかなか見やすい席を取った。
「出場される方は舞台側に集合されて下さい。 出場される方は……」
そのアナウンスでぞろぞろと人が舞台前に集まる。 150人くらいはいるのではないか。
「やだぁ。 見て。 ほとんどが兵士よ」
隣の女官が言った。
「だって軍隊長から極力出るようにって命令でてるんだもん。 今日の当番以外は腕に自信のある人は出てるんじゃない? 軍主催だもの」
確かに屈強そうな若者が何人も集っていた。
「やだ、見て、変なのもいる」
誰かが指を指した。 そちらに目を向けると出場選手の中でひときわ異質な5人組がいた。 体にドクロの入れ墨をして奇抜な髪型、首をすこしかしげてヒャヒャヒャ、と下品な笑いを響かせる。 歯は溶けて無くなり黒革のジャンパーにはシルバーのアクセサリーがじゃらじゃらとついていた。
リトはその姿を見て寒気がした。 さっきの西の地区で会った者達と同じような風体だったからである。 誰一人あの場にいた訳ではないが、その特徴的な格好から仲間であることは容易に推測できた。
「あ、知ってる。 私。 あいつらスラムの不良達よ。 ほら城下町で入っちゃいけないって言われている西地区の。 暴行とか盗みとか最近激しいって……あ、うちのパパ地区保安官なんだけどね。 ……で、無法者で危険だから絶対近づくなって言われた」
「やぁねっ、あんなのボルトがやっつけてくれるわよ」
と、兵士を彼氏に持つ彼女は言っていたが、リトは果たしてそれはどうかと思った。
危険で、強い。 そんな感じがするのである。
「あいつらって最近、他の国から流れて来たんでしょ? 孤児だって聞いたわ。 親がいないから盗みとか悪いことでしか生きていけなかったのでしょうけど、かなり強くて手に負えないって聞いたことある」
なんだかだんだんいやな感じがする。
あら?
リトは参加者の中に三人の少年の姿を見つけた。
義軍の兄と、巳白と同じ金色の髪をした少年と、黒髪を束ねた少年である。
三人は仲良く話をしている。 その少年達が向いている方向の観覧席を見ると、そこにはターバンとサングラスで変装したデイと、占い師の少年がいた。 巳白はいないのかと会場を見回すと観覧席の一番上のポールの所に立っていた。 そして今度はどこにも弓の姿は見えなかった。
「ねぇねぇ。 あの子、きれいじゃない?」
女官の一人が金髪の少年を指した。 巳白の髪は硬そうだったが彼の髪は猫毛で細くとても柔らかい感じのする少し長めのショートヘアだった。 こちらから左顔半分を見る限りは確かにとても彼が美青年であると告げていた。
ところが彼が右側を向いたとき、きゃっ、と女官達から小さな悲鳴が上がった。
彼の右半分の顔には大きな縦一筋の傷があった。 その傷は額から閉じられた彼の右目の真上を通り頬までざっくりと一本。 傷幅もかなりある。
隠すことも誤魔化すこともできない大きな傷跡だった。
少年は気にもしていないようだったが。
そしてアリドはいないか、とついリトは視線を動かす。 彼は目立つのだ。 いたらすぐに分かるはず。
そのとき、キャア♪という聞きたくない声と一緒に会場にアリドが入ってきた。
アリドは女達を連れていた。
女達は皆疲れたような高揚したような奇妙な表情でアリドにべたべたしている。
「あーあ、またアリドの奴ったらいやらしい」
誰かが言った。
アリドが会場入りするとあのスラムの不良達が頭をペコペコと下げた。 アリドは軽く手を挙げて応えると女達を冷たく追い払った。
女達はぶうぶう言いながらも観覧席につく。 リトはそれを見て嬉しいような寂しいような複雑な気持ちだった。
「あ、見て?」
観客席から同じようなささやきが沢山起こった。
出場者の中にラムールが入ったのである。 おっかなびっくり、という感じで慣れない手つきで胸と首にコインをつける。
「これって、すごくない?」
隣の少女が言った。
「すごいなんてものじゃないわよ。 今までラムール様がこういう催し物に自ら出場された事があって?」
「ないない。 どうなってしまうのかしら?」
リトにも全く見当はつかなかった。
とても博識であるとは分かっていたが、果たしてこっちの腕前はどうなのだろう。 おそらく強い、はずだとは思うが。
司会者が説明を始める。
「えー、お待たせしました。 皆様ルールはおわかりでしょうが、簡単に説明いたします。 左胸には10G金貨をテープで貼ってあります。 首には5G金貨の穴に糸を通してかけてあります。 糸は手で引っ張れば簡単に切れるようになっています。 これを皆様で奪い合って頂きます。 武器の使用は禁止です。 首と胸、両方の金貨が無くなったらその時点でリタイアです。 枠外に出ることも禁止です。 出た者はその場でリタイアです。 取ったコインはそのまま持ち帰って構いません。 リタイアになった人もです。 リタイアの人のコインを強制的に奪うことはできません。 また、一度リタイアした人は枠内に戻る事もできません。 地面に落ちた金貨を拾うのも有りですがあまり必死になって集めますと逆に恥をかきますのでご注意を」
どっ、と観客が笑った。
「すんませーん、魔法も禁止っすよね?」
アリドが質問した。
「勿論です。 体のみで争奪をしてもらいます」
よーっしゃとアリドが気合いを入れる。 ラムールはそんなアリドを横目で見ながら意味深な笑みを浮かべていた。
枠内に総勢168名の出場者が入った。
「制限時間は30分、それでも複数が残った時はサドンデスです! さぁ、はじめっ!!!」
司会者が号令をかけると一斉に、うおおお、っと大歓声があがり、男達が取っ組み合ってすさまじい争奪戦が始まった。
お互いに取っ組み合って隙をみてコインを奪う。 ある者は相手を投げ、ある者はフェイントをしかけ、弱い者から次々に金貨が無くなりリタイアしていく。 砂煙が舞い、前後左右すべてが敵だ。 相手のコインを取ったと喜んでいたら横から胸のコインをもぎ取られる。 何しろコインは玩具ではなくて確かな金貨、しかも貰えるとなっている。 手加減するはずがなかった。 真剣である。
「やれーっ! いけーっ!」
隣の女官ははしたない言葉で声援を送っている。
「やったぁーっ! ボルトーっ! 金貨一つとったわっ! 早くポケットに入れて入れてぇ〜っ!! あーっ、どこ見てるのよぉ〜 危ないっ! 後ろよっ! あ〜〜〜〜〜!!!!!」
立ち上がって応援していた彼女はふぅ、とため息をつくとどすんと腰を下ろした。
「一つしか取れなかったわ、あいつっ。 どうしてくれよう。 あのバック買うのには足りないじゃない……やっぱり別れようかしら……でも買って貰ってからでもいいわよね……」
ブツブツと呟いている。 どうやら彼女の彼はさっさとリタイアしたらしい。 リトは苦笑いした。
少しずつ少しずつ、参加者が減っていく。 その中であまりにも動いていない者がいるので誰かと思えばラムールだった。 ほとんど最初の位置から動いていないのではないか。 腕組みをしてついでに足まで軽く交差させて立っている。
どうやら誰もラムールの所に取りに行かないようだ。 ごくまれに無謀者が向かっていくがラムールと目が合いそうになると方向転換して別の者へと向かっていく。 ラムールはまるで観客の一人のように悠々とそこで周囲の戦いを眺めていた。
「おらー! お前たち! 何を教育係に遠慮しとるんだ、かかれ、かからんか!!!」
最前列の観覧席でひときわ大きな声を上げている男がいる。 軍隊長、ボルゾンである。
ボルゾンの激にも兵士の者たちは、そりゃ無理ですって、と口を動かしお互いにコインを取りあう。
「ちゃんと許可は貰ってる! 教育係を気絶させても怪我させてもおとがめは無い! 分かったらいかんか!!! あんなヤサ男、たいしたことは無い! かかれ、かかるんだ!」
ボルゾンは顔を真っ赤にして叫ぶ。 どうやらラムールにあまりいい感情を抱いていないらしい。
しかしそれでも兵士は向かっていかない。
ドシィン!
その時だった。 地面に何かをたたきつけた、もの凄い音がしてみんなの注意が別の男へと移った。
「ヒッヒッヒッ、ちょーっとやりすぎちゃったよ」
砂煙の舞う中、男は気持ちの悪い笑い声をあげて立ち上がった。 男の足下には兵士が一人白目を向いて倒れている。 そして倒れている男からゆっくりと金貨を奪い取る。
「何? 何が起こったの?」
リトたちは分からなかった。
男はスラムの不良の一人だった。
「おう、次いくぜ!」
男がかけ声をかけると仲間の男が二人、一人の兵士を狙う。 一人の兵士が二人に一斉に腕を掴まれ動きが止まる。 そこに背後からさっきの男が跳び蹴りを兵士の頭にくらわせる。
不意打ちであるのと死角からの攻撃であるせいで兵士は防御もできずまともにくらう。 兵士が前に倒れると腕を掴んでいた二人が倒れ込み、兵士の首と腰に肘を打ち付けた。
ぐわっ、という悲鳴とともに兵士の体が跳ね上がる。 キャア、と少女たちが悲鳴をあげて目を逸らした。 三人はニヤニヤしながら足で蹴飛ばすように兵士を仰向けに転がし、胸と首から乱暴に金貨を取り、持っていた袋に入れる。 金貨が詰まった袋をじゃらじゃらいわせてヒャヒャヒャ、と笑う。
「さぁーて、次いこうか」
三人はそしてまた次の獲物を狙う。
「ひどい!」
リトは思わず声がでた。
同じ手口で何人もやられているのだろう。 救護班が枠内に入りタンカで負傷者を運んでいく。
また、別のところで、いやぁ、っと観客の悲鳴が聞こえた。
見ると身長が2メートル半はあろうかというスラムの仲間だった。 手足が長く、その手で一人の男が頭を掴まれて空中に宙づりにされている。 男は手足をばたつかせるが相手の体にはかすりもせず空しく宙をきるばかり。
巨身の男は空中に浮いて反撃のできない男の腹を、胸を、思い切りもう片方の手で殴りつける。 男の体がサンドバッグのように揺れる。 男の体は激しく揺れ、他の者から奪っていたコインが周囲に散らばる。
男が動かなくなると手を放し、地面に落ちて気を失った男の胸と首から金貨を奪う。 そしてその周りを、倒された男が落とした金貨をかきあつめて自分の袋に入れる卑しい男が這っていた。
「ヒヒヒ。 こいっつ、金貨10枚ももつてやがった。 ヒヒヒ」
男は地面に落ちた金貨を嬉しそうに拾い太陽にかざして見る。
「ひどい……」
思わず観客の中からもブーイングが出る。 しかし全く男達は気にしないようだ。
「うっるせぇ、取ったモンがちなんだよっ!」
と唾を吐き毒づく。
「お前達、やってしまえ!」
ボルゾンの喝が飛ぶ。 兵士達も仲間がひどいやり方で倒されたとあっては黙ってはいられない。 次々に彼らに飛びかかっていく。 しかし彼らは砂で目つぶしをしたり、不意をついたり、そしてとても強く、かかっていった兵士が勝てる相手ではなかった。
「ヒッャヒャッヒャッ。 よっわっちぃなぁ〜」
男達は高らかに笑う。
それを見ていたすぐ後ろの女官が言った。
「ヤバイんじゃない? 兵士が全部負けちゃったら、あいつらこれからどうなっちゃうの?」
確かに彼らがもし優勝したら彼らが悪さをしても止める者はいないだろう。
「大丈夫。 ラムールさまがいるよ」
近くの少女が言った。
「でも……ラムール様は魔法は得意だけど、素手で戦っている姿って見たことないわ? 試合にもお出になったことはないはずよ?」
この試合は魔法は使えない。
ラムールが勝てるのだろうか。
――大丈夫……アリドがいる。
リトは祈るように手を組んで握りしめた。
ところがスラムの男達5人はアリドを見るとへらへらとおじぎをして他へと去っていく。
アリドは何も見ていないふりである。 そしてひょいひょい、とほかの者の金貨を奪っていく。
「アリド……」
なんだかとてもたまらない気持ちになる。
「ねぇ、あの人、あぶない!」
その声でみんなが一斉に向く。 そこには義軍の兄がいた。 義軍の兄はスラムの男二人から腕にしがみつかれ、動きを止めていた。 義軍の兄の背後から蹴り担当の男が狙いを定めて駆けてくる。
「おにいちゃーん、がんばれー!」
義軍の何も知らない無邪気な声援が聞こえた。
リトは思わず立ち上がった。
――ダメ! だれか義軍ちゃんの目をふさいで!
「ヒャヒャヒャ」
「……おい、これは何の真似だぜ? 両腕を二人で押さえるってのは……」
義軍の兄は尋ねた。 男達は構わず笑う。
「いぃじゃねぇかよ?何でもありさ」
「……そうか」
義軍の兄は呟いた。 背後から仲間の男が蹴りを入れようと走ってくる。
「うわっ?」
「うぉっ?」
ところが、叫び声を上げたのは義軍の兄を押さえていた二人だった。
「おととっ、」
蹴りをいれようと走ってきていた男も慌ててブレーキをかけて止まる。
「すごいっ!見てっ!」
歓声が上がる。
宙に二人の男が浮かんでいた。 スラムの不良二人である。 中央にいる義軍の兄の腕にしがみついている。 よく見ると兄の手が不良の腰の辺り、ズボンとシャツを一緒に握ってそのまま宙に持ち上げていたのである。 不良たちは宙に横向きになるように持ち上げられていた。
義軍の兄は両手を広げて独楽のように回転する。
「う、うわっ!」
スラムの男達は手を放すが義軍の兄の手がしっかりと服を掴んで離れない。 義軍の兄は回転を速め、ほどよい所で地を蹴り宙に浮く。 そしてまるで風車が回って地面に落ちるかのようにドドン、と男二人を一気に地面にたたき付ける。 義軍の兄はくるりと宙で回転してストンと地面に降り立った。 男達は目を回している。 ふりまわしたせいで男たちが集めていた金貨がポケットなどから飛び出し、辺りに散らばっていた。
「地面に落ちたのを拾うのはみっともないぜっと」
そう彼は呟いて目を回している男二人の胸と首からだけ金貨を取る。
「おにーいちゃーん」
義軍が手をちぎれんばかりに振る。
「おー! ぎーぐーん。 お兄ちゃんやったぞー」
と、兄は明るく応える。
「チッ!」
残った蹴り専門の男の一人は舌打ちをすると別の者をターゲットにして向かっていった。
「あ、あっちもあぶない!」
誰かがまた指をさす。 みると巨身の男が新たな標的を見つけたようだった。
男の 右 側 か ら 近づいて行く。
あの、右半分だけ顔に傷を負った金髪の少年だ。
少年は油断していたのか、それとも右側からの攻撃が見えていないのかあっさりと巨身の男に頭を掴まれる。
「いやぁっ」
さっきの光景が蘇るのか何人かが目を逸らす。
巨身の男は少年を高々と持ち上げた。 少年は頭を掴む巨大な手を離そうと両手でその指を持つがびくともしない。
「ヒッヒッヒッ、おめぇみたいな細っそい奴の骨がバキバキいうのがたまんねぇんだよ」
男は言った。
ところが少年は暴れたり慌てたりせずに、ただ口元に笑みを浮かべた。
「恐怖で頭いかれちゃったかい? 僕ちゃんよぉ??」
男は拳を振り上げ少年の腹めがけてたたき付ける。
少年の両手が殴りかかる男の手を掴んだ。 そしてその向かってくる腕の力を利用してぐん、と体を反らし体をサソリのように曲げると足先を交差させ巨身の男の首にかける。 そして掴んだ頭を軸にして体を反転させながら元に戻す。
「ぬおっ」
巨身の男の体は宙に浮き半回転して背中から地面にたたき付けられる。 途中で少年を掴んでいた手は離れ、少年は地面に男をたたきつける寸前に男の首にかけた両足を外して軽やかに地面に降りたった。
「平気かい?」
そして爽やかに尋ねた。
「返事するわけないだろ〜」
義軍の兄が少年に近づく。
「清流もムキになって子供だぜ」
義軍の兄の言葉に金髪の少年は不本意そうに返事をした。
「世尊だって義軍が見てるからって余計に回しすぎたんじゃない?」
義軍の兄――世尊は、ありゃ、バレましたか、と舌を出した。
そして二人の視線が巨身の男の周囲で金貨集めに走っていた男に注がれた。 男は慌てて場外へと向かう。
「あ、ずるっ。 あいつリタイアするつもりだぜ」
世尊が言う。 勝てないと分かったのだろう。 相手に金貨を取られるよりも自分でリタイアすれば少なくとも拾って集めた金貨と、自分の胸と首の金貨二つ分は手に入る……そんな考えからだ。
「ちっ、まにあわねぇ」
世尊が呟く。 男はすごい勢いで柵の側まで行きロープをそのまま飛び越えようとした。
ヒュン
何かの物体が飛んだ。
男がジャンプをしてロープを飛び越える。 男の体はロープを超えて地面に足をつく。
「はいそこ、失格です!」
司会が言う。
男は肩で息をしながらも満足そうに手に持った袋に目をやった。
いや、袋の紐に目をやった。
紐に????
そのとき、ジャララ、という音がして金貨の入った袋が地面に落ち、袋の中から金貨がこぼれ落ちた。
「あー! 何ということでしょう! 袋の紐が切れて袋は会場の中に落ちています!」
司会者が興奮して叫んだ。
男は手に持たれた紐と会場の中に落ちて金貨が見える袋と交互に見渡した。 そして慌てて会場内に戻ろうとする。
「お待ちなさい」
ローブの内側から男を呼び止めたのは他ならぬラムールであった。
「いったんリタイアした選手は会場に戻ることはできないのですよ?」
そう言って、にこりと笑う。 男は歯ぎしりをした。
「ずっと見ていましたがあなたは直接誰の金貨も取っていませんでしたね。 胸と首の2枚で我慢なさい。それともその二枚も諦めますか?」
ラムールは笑ってはいたが有無を言わせない雰囲気だった。 男は舌打ちをして会場に背を向けた。
「さすがだぜ」
世尊が言う。
「石を投げて紐を切っちゃうなんてあの人らしい」
清流も言った。
「何、あれ、石だったん? オレ、見えなかったぜ」
「実はぼくも見えてないんだけどね。 指先に砂が少しついてるから多分間違いないと思う。 そういうやり方が実にあの人らしい」
二人はふむ、と腕組みをしてラムールを見た。
「あっ」
「うおっ」
二人が同時に声を上げる。 胸のコインが二人とも無くなっている。
「おめぇ達、隙ありすぎ」
片手に二つのコインを持ちアリドが笑って立っていた。
『アリド!』
「おらおら、隙みせてっと首のも取るぜ?」
アリドはそう言うとまず世尊に飛びかかった。
「くっ」
世尊は後ろに飛び退きながら、掴みかかろうとしているアリドの両腕を掴んだ。
「後ろに飛ぶと首に紐でかけたコインは取り残されるぞ?」
アリドはそう言ってにやりと笑うと真ん中の腕で世尊の首のコインを奪い取った。
「あっ!」
世尊が気づくが後の祭りだった。
「ほい世尊、失格と」
そして清流の方を向く。
「次はおめぇな? 清流♪」