第3話 謁見
「南のオルガノ村から参りました。 リトゥア=アロワと申します」
国王陛下に生まれて初めて対面し口に出せた言葉は、たったこれだけだった。
華美でなく、質素ではあるが威厳もあり、立派な口髭をたたえ堂々たる品格と風格を携えたテノス国王は雰囲気も口調もとても柔らかく暖かだった。
国王は親元を離れて不安もあるだろうが自分の未来の可能性の為に多くのことを学び成長するように、とリトゥアに告げた。
謁見の間には他に何人もの家臣がいたが、全員、態度はとても温かくまるで本当の親戚のようであった。
そして国王の隣にはリトと同じ位の年頃の少年がいた。
部屋に飾られた肖像画−―今は亡き王妃―−の面影を宿した、たった一人の後継者であるデイ王子である。 やはりそこいらの少年とは違い堂々としており王家の風格に溢れていた。
「リトゥアは我が息子デイと同じ年か。 王子がそなたの手を焼かせることもあるかもしれぬが、遠慮はいらぬぞ。 たしなめる所はたしなめてくれ」
「怖いお言葉ですな。 父上」
二人のやりとりに周囲の家臣がどっ、と笑う。
「ははは。 王子の躾は教育係だけではご不満のようですな、陛下」
家臣の発言に王子がおどけながら反論する。
「冗談じゃないよ。 これ以上厳しく躾けられたら僕は家出すると泣き出すかもしれないよ」
「それもそうだ。 わはははは」
「いやいや、王子にはまだ厳しい躾が必要でしょう。 ははははは」
皆は笑っていたが、リトゥアは笑っていいのか悪いのかさえ緊張して分からない。
それに王子は自分と違ってどう見ても非の打ち所がないように見えた。
しかも王子の教育係のラムールという人物は、リトゥアの村でも、いや国内でも、会ったことがなくても名を知らぬ者はいないだろうという位、有名な人物だった。
十才の時に並み居る大人を退けデイの教育係に任命され、現在若干二十歳にて、容姿端麗、頭脳明晰、品行方正。 知に富み魔法・武術に長け、情け深い。 褒め言葉をすべて使っても足りないというような、まさに完璧と噂される人物であった。
そんな教育係がいるのにリトゥアが王子をたしなめる場面があるなんて?! そんな事あるはずがない。
庶民と違って王族貴族の考えは分からない
きっとこの会話の裏には秘密のやりとりや激しい駆け引きが行われているに違いない。恐ろしや、王宮。
リトゥアは一人冷や汗をかいていた。
……にしては、みんな裏表なく会話してるように見えるな、なんて考えながら……
挨拶が終わるとリトゥアは再び白の館へと帰ってきた。
最初に入った中央の入り口からそのまま正面の階段を上る。 ここの階段はらせん状や交差状にはなっておらず上ってフロア、上ってフロア、と一直線で一階から五階まで上れるようになっていた。
「一階は学びの部屋や食堂、女官長の第二事務室や倉庫、男性専用の大浴場があります。 二階は左側の本館側に渡り廊下があります。 階段前の大広間、ティーフロアは誰でも、男女問わずくつろぐことができます。 そして階段の右側は兵士達の居住区になっています。女性は許可を得てからでないと入ることはまずありません」
二階のフロアを横切るとき確かに右側の後方に「これより先男性居住区」の札が置かれていた。
「三階は王子付教育係、女官長、軍隊長等各機関の長の事務室があります。 このフロアの右側奥には四階に続く階段があり、それを上ると教育係の居住部屋、そしてその部屋の前から王族の居住城への渡り廊下が続いています。 雨の日などはそちらから陛下らがお見えになりますが、あなたが使うことはまずあまりないでしょうね」
三階を過ぎる。
「四階は私たち、女性の居住区になってます。 右側後ろ半分は壁で仕切られて教育係の居住区となり、行き来できません。 だから少し狭いのよ。 でもさして不便は無いと思います。 この階は男性は入れません。 五階は予備の居住区。 五階の左側は本館と繋がっているけれどこれも普通は鍵がかけられているからこの階から本館への行き来はできません」
だいたいどの階も階段を中央にして平行にホールがあり、ホールから階段と垂直方向に左右に何本か廊下が延び、そして各部屋が並んでいるような造りのようだった。
四階につくと女官長は180度方向転換をしてフロアを進み、本館側へと進んだ。
廊下を挟んで向かい合いに扉がずらっと並んで見えた。
手前から三番目。 本館側に向かって左側の部屋の前で女官長は立ち止まった。
「ここがあなたの部屋です」
そしてそっと扉を開く。
「二名同室になっているのよ。 机やベット、棚は2人分セットしてあります。 ただし、他の部屋もそうなのですが、1名は通いの者となっています。 だから実質的に寝泊まりするのは一人だと思っていいわ。 勉強道具や荷物などを置くために同室にしています。 休憩もできますから、昼間はもう一人の部屋でもある訳です。 あなたがここで学んでいる間の住まいです。 ただ……」
「ただ?」
それまで穏和だった女官長の表情が少し硬くなった。
「どうしても同室の者が嫌だから変えてくれ、という時は希望すれば変わることができます。 本当は昼間だけしか顔を合わせないので我慢してほしいのですけれど……」
「はぁ……」
女同士だもの、妙なライバル意識などで揉めた事でもあったのかなとリトゥアは思った。
扉が完全に開かれ、女官長がどうぞ、と促した。
おそるおそる中へ足を踏み入れてみると部屋は日当たりも良く、実用的なベットと机と棚が2つづつ、左右対称に置かれていた。
「うわぁ!」
窓も一つずつ。明るい黄色のカーテンが風に揺れていた。
「気に入った?」
女官長が微笑む。
「はい、もう、すごく!」
リトゥアは頷いた。
その時、女官長が視線を廊下の方へやった。
「ちょうど良いところに来たわ。 あなたのルームメイトを紹介するわ。 弓。 こちらにいらっしゃい。」
そう言って手招きをする。
ユミ。
それが私のルームメイト。
少し緊張する。
仲良くなれるのか。
どんな子なのか。
そしてこれからが
本当の始まり。