第28話 それではクリームあんみつ。
リトは出店を見て回りながらも、さっきの弓の姿が頭から離れなかった。
白の館の教場で外を眺めている弓は寂しそうでもあり、ただ周囲に無関心なだけにも見えていた。
自分から他の人に話しかけるでもなく、話しかけられるでもなく。
弓は言わば教場では確かに存在感が無いのだ。 最初に会ったときもとっつきにくそうだと思った。 全然、リトと仲良くしようという感じがしなかったではないか。 そんな彼女は沢山の少年と友達で、デイともあんなに親しく話していた。 リトと話しているときと同じくらい、いや、リトと話しているときよりも楽しそうではなかったか。 アリドからもあんなに心配されて――
”アーリドー♪頑張ってぇ〜♪”
”いよぅ。来たかお前達”
さっきの光景が頭に浮かぶ。
リトのことなんて気にもせず楽しげに話す女達。
沢山の少年と楽しげに話す弓。
「実は……女友達なんて……いらないんじゃないの?」
思わず口からそうつぶやきが出た。
時々、女性にはそっけない態度をするのに、男性の前になると猫をかぶって気の利くしおらしくて可愛らしい女になる者がいる。 「かわいこぶって」 と同性からは疎まれる。
弓は、そんな少女ではないのだろうか。
それならばみんなが愛想をつかして同室を断ったのも、彼女が友達が出来ないのも分かる気がする。
だから弓の本性を知らないリトと友達になろうとしたのではないか。
さっきのアイロン大会でもそうだ。 最初から全力でやれば一次も一番だったのにわざわざ一歩下がって【気の弱い性格のよい子】をアピールしたのではないか。
考えて考えて、そんなリトが自分自身、限りなく嫌だった。
「可愛くない顔をしています」
いきなりリトに話しかける者があった。
聞き覚えのある、暖かく優しいハスキーボイス。
リトは顔を上げる。
いや、顔を上げずとも誰かは分かっていた。
「眉がつりあがってます」
そう、ラムールは微笑んで言った。
極上の微笑みだった。 そして、つん、と人差し指でリトの額をラムールがつつく。 魔法にかけられたようにふうっ、と肩の力と眉間に入った力が抜けた。
「やっといつものあなたの顔に戻りましたね」
「ラムール様」
「そちらの方が何倍も素敵です」
ああ、しまったなぁ。 この人って本当に空想の中の王子様みたいだ。 みんなに人気があるのが分かる。 と、リトは切なく感じた。
「ところで――デイを見かけましたか?」
リトの返事を待つまでもなく表情でラムールは分かったようだった。
「やっぱり……。 まったくあの子ときたら相変わらず抜け出すのだけは上手なんですからね。 でも、たまの祭りです。 良しとしましょうか」
「いいんですか? 危なくないんですか? 護衛とかつけなくて」
リトは尋ねた。
「多分大丈夫でしょう。 陽炎隊が一緒でしょうから」
「陽炎隊?」
聞いたことのない名前だった。
「ああ、自警団の一種です」
それでもう説明は終わったとばかりにラムールは歩き出した。
リトはついて行ってよいものかどうか考えた。 するとラムールは立ち止まって振り返ると不思議そうに言った。
「どうしました? リト。 あんみつ御馳走しますよ、来ませんか?」
リトは嬉しくなって「行きます!」と言って駆け寄った。
二人並んで歩き出す。
「私はかまど屋のクリームあんみつがここのところ大好物なんです」
嬉しそうにラムールが話す。 ときおりラムールは足を止め店の主人と挨拶を交わしたり、すれ違う人から握手を求められたり、金魚すくいで一匹も取れずにべそをかいている男の子のためにとくべつ可愛い金魚をすくってあげたりもした。
少し行くと茶色いテントの【かまど屋】があった。 なかなか盛況である。 5.6人並んでいた後ろに並ぶ。
店主がラムールが並んでいるのに気づくと慌てて先にお通ししようと申し出たがラムールはきちんと並ぶから、と丁重に断りをいれた。
テントの前に置かれた長椅子に座って今日はいい天気ですね、こうやってぼんやり祭りを見るのも楽しいことです、とリトに話した。 少しして店の中があき、ラムールたちの番になったがすぐ後に並んでいた老夫婦を先に通してしまう有様だった。
「むぅ…、リト、ごめんなさいね。 いつになったら食べられるか分かりません」
次々に自分よりも人を優先してしまうのでリトにも同じく待たせてしまう。 ラムールは申し訳なさそうにリトに謝った。 でもリトはそんなラムールのゆったりとした姿勢がとても好きだった。
「ラムール様はいつもではありませんか。 必ず行列の最後にお入りになるんですから」
かまど屋の看板娘がそう言って店から出てきた。
「お行儀は悪いですけど、ご注文を承りにまいりました。 出来上がりまでに席が空きませんでしたらこちらにお運びいたしますね」
「それはありがたい。 構いませんか? リト」
構うはずがなかった。
「それではクリームあんみつ。 リトも? ああそう。 では2つ」
ラムールがクリームをちょっと強調して言うところが少し子供っぼくてリトは笑った。 ほどなく白玉団子と寒天、フルーツ、求肥。粒あんで黒蜜のかかったアイスクリーム入りのあんみつが出てきた。
まずリトに渡して、それから自分が受け取る。
そして律儀にきちんと一礼して「いただきます」と声に出してラムールは食べ始めた。
「やっぱり甘いものはおいしいですね。 ご主人! 今日の出来も最高です」
様子を見に来た店の主人に一言告げる。 確かにとても甘くておいしかった。 リトも喜んで食べる。 ラムールの顔も至福そのものという表情だった。
ラムールと一緒にいると人の視線が集中する。 とにかくこの人は有名人でもあるし目立つのだ。
二人があんみつの後に暖かいお茶を飲んで一服していると「リト!」と呼びかける者があった。
見ると10人以上の女官の集団である。
「あっ、みんな」
リトが答えるとみんな一斉にかけより、「奇遇ねっ?」と話し出した。
そして驚くラムールに、ここぞとばかり「私、リトと友達のプチ=ロノマです」「私もリトと一緒に学んでるフロア=ウォンです。 はじめまして」と自己紹介を始める。 どうやらリトとラムールがここでお茶をしていると聞きつけてみんな揃って飛んできたらしい。
「よろしく。 リトはまだ館に慣れていないと思うのでよくしてあげて下さいね」
ラムールが言う。 みんなすごい勢いで首を縦に振る。
「それでは私は一度、運営本部に寄る時間ですので。 また」
ええー、と残念そうにみんなが声を上げる。
「そんなに言わずに今度、事務室にお茶をしにいらっしゃい」
ラムールが言うときゃあー♪と声が上がった。 みんな、単純である。
ラムールは軽く手を振って去っていく。 ラムールがいなくなるとみんなリトに何を話したのか何を食べたのか何を見たのかきゃあきゃあ言って尋ね始めた。 リトは笑いながら答える。
弓がいなくても、私もこんなに楽しいんだからね――
心の隅でそんな声が、した。