第27話 アリドったら
次の種目は早食い大食い大会だった。
その名のとおり、飲食店協会の出す料理を早く沢山食べた者の勝ちだ。
「んじゃオレ、行ってくるわ」
アリドが腰を上げた。
「2.3日分食いっぱぐれないようにしなきゃな」
そしてさっさと会場に上がってしまう。
「出るんだね……」
リトもそのまま見ることにした。
デイも一緒に見るのかと思いきや、周囲をきょろきょろと見回して何かを見つけると、「んじゃ俺も行くね」とリトに告げ去っていく。 見ていると同じ年頃くらいの少年3人組のところに駆けていく。 長い黒髪を一つに結んでいる少年と、金髪のショートカットの少年、そして栗色の髪のおかっぱの少年。 栗色の髪の少年はさっきの占い師ではなかったか。
「おにーちゃーん、がんばれー」
今度は右の背後から聞いたことのある幼い声がした。
中央分けのボブヘアの幼児。 額のかざり。 義軍である。
義軍は友達数人と固まって舞台の上の誰かに声援を送っている。
アリドへの声援かとも思ったが、舞台の上に上がっている人物を見て思わずリトは吹き出しそうになった。
そこに義軍がいた。 いや、正確には義軍をそのまま成長させてリトと同じ年くらいにしたような、額に飾りがないことを除いてその他のパーツは義軍そっくりの少年が立っていた。
「ぎぐーん。 お兄ちゃん、がんばるぜ〜」
その少年が甘やかした声で義軍の声援に応えている。
誰がどう見ても兄弟である。 この家庭の遺伝子というのはきっと強いのだろう。
ふとデイたちがいた方を見るが、すでに姿は見えない。 どこか出店に行ってしまったのだろう。
早食い大食い大会が始まった。 食べ盛りの少年や、いかにも食べますといわんばかりの太った者が沢山出場していた。 巨大な丼に大盛りのご飯がよそわれ、スモールドラゴンの丸焼き、季節の野菜のグラタン、具だくさんみそ汁に焼き鳥、串焼き、スイカ1個にフルーツジュースときたものだ。 大盤振る舞いである。 制限時間20分内に全部食べ切れた者には賞金が、また完食しなくても参加賞がもらえるようになっていた。
「アーリドー♪ 頑張ってぇ〜♪」
リトの隣に派手な女性の集団が5人ほどやってきて、色っぽい声でアリドに声援を送り始めた。 みんなフェロモン全開で化粧が濃く、香水のにおいをまき散らしている。 肉感的で体の線がぴっちりと出るような服を着てスカートは下着が見えるのではないかという位短い。
な、なんなんだこの人たちはとリトは驚いて眺めたが、それは周囲の人も同じだったらしく特に男性は目が離せないようだった。
「いよぅ。 来たかお前達」
アリドは彼女らを見ると軽く手を挙げた。
なんとなくリトは胸のあたりがむかむかした。
そして競技が開催された。
みんな食べる食べる。 まるで何日もこの日の為に食事を抜いていましたといわんばかりの食いっぷりである。 途中で口にものをつめすぎて真っ青になって倒れる者、ジュースが気管に入ってむせる者などアクシデントもあったが、それでもみんな食べる食べる。 特にアリドは食べるし速度も速い。 義軍の兄といえば、この集団では普通だった。
「いゃ〜ん。 アリドったらはやぁい」
隣にいた女の声が耳につく。
「だっていっつもあんなに激しいから食べなきゃもたないんじゃなぁい?」
「イヤンえっちい。 激しいだなんて」
「あっちは早くないのにねぇ。 キャハハ♪」
リトはなんだかとってもムカムカした。
制限時間が終わろうかという時、アリドがすべてのものを食べ終えた。
「終了! 完食は一名のみ!」
司会者が声を張り上げる。 そしてアリドは賞金をもらい満足そうに舞台を降りてくる。
義軍のお兄ちゃんは参加賞である飴の入った袋を持って降りてきて、義軍たちに渡して喜ばれていた。
「よーっしゃー、お前達、今日は賞金で飲むぞ♪」
アリドがリトには目もくれずに、応援に来ていた肉感的美女達にそう告げて賞金の入った袋をみせびらかした。
「まだまだコイン争奪戦もあるぢゃーん♪ 出るんでしょ?」
女の一人が言う。
「そーだな。 ……しっかし食い過ぎたぞこりゃー」
アリドはぱんぱんになったらしいお腹をさする。
「んふふ♪ 運動する?」
一人の女がすり寄る。
リトはなんだか何か近くの物を投げ飛ばしたい衝動にかられた。
「よーっしゃ、大人の運動しよーぜ。 みんないっぺんに相手するぜ」
アリドがそう言うと女たちは、いゃぁん、やったぁ、などと反応する。 そしてアリドにべったりと絡まるようにしてその場を離れる。
アリドは一度もリトの方を見なかった。
リトはなんだかものすごく寂しく感じた。
続いて射的大会が始まったがあまり見る気もしない。
パンフレットを開いて見てみると裏に広場の地図が載っていたがその広場の端の方にゲームイベント会場というゾーンがあった。 リトはまだ見ていないから見てみようと思い席を立つ。
その場所は広場の東角。 行ってみるとそこは確かに色々なゲームが行われていた。 腕相撲勝ち抜き、景品を取る射的、ダーツ……ふとそこに知っている者の顔があった気がして見回してみる。
弓である。
今は休み時間なのだろうか。 弓がうろうろしていた。
声をかけようかと思ったときだった。 もう一人、見たことのある姿が目に入った。
白い翼。 金髪。 巳白である。
巳白はダーツゲームに挑戦していた。 慣れた手つきで矢を持つとボードに向かって投げる。 ボードと糸でつながっているかのようにダーツの矢はトントンとボードの中央に突き刺さる。 何かの景品を取ったようだ。 それを弓に渡していた。
弓はそれを受け取ると誰かに呼ばれたように身を翻して別のゲームコーナーへと行った。
そこにあるのは射的ゲームである。 ここで巳白と同じ髪の色をしたショートヘアの少年……さっきデイと一緒にいた人物だ……が銃を構えパンパンと景品を打つ。 玉は全部、命中して景品を数個手に入れていた。
そしてそれをまた弓が貰う。 そこに長い黒髪の少年が袋を持って駆けてきた。 どうやら多くなった弓の荷物を入れろと言っているらしい。
弓は――弓は、とても嬉しそうな笑顔を見せ、袋を受け取り景品を入れる。
そんな弓の姿をとてもいとおしそうに黒髪の少年は見つめている。
そこに栗色の髪の少年――占い師だ――まで来て沢山の景品を袋にたたき込む。
黒髪の少年が何か文句を言ったようだが結果は3人で仲良く笑っていた。
極めつけにそこにデイが来た。 フードをかぶったままである。
デイが弓に何か話しかけると、弓は袋の中からターバンとサングラスを出した。 デイと弓は何の違和感もなく普通に、いや、とても親しげに話している。
デイは弓の渡したターバンを頭に巻き、サングラスをかけ、やっとフードを外した。 とりあえず完璧な変装である。
リトはなんだかそこにいる弓にとてつもない違和感を感じた。
おとなしくてはにかみやな弓が、きっと男の人とは恥ずかしがって話せずにじっと下を向いているだけのようなタイプの弓が、なんて普通に、なんて楽しそうに男の子達と談笑しているのだろう。 別の人物を見ているような感じすらした。
リトはなんとなくその場に行くのを止めた。 弓に近づきたくなかった。 くるりと反転し、出店の中へと消えていった。