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陽炎隊  作者: zecczec
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第23話 お部屋に繋がってる!

 その日も3時を過ぎ、クララ婦人の工場に行くことになったが、弓はリト達が食堂で昼食をしている間に先に行ってしまったらしく姿は見えなかった。 それで(今日から午後の手伝い初参加の)マーヴェたちも含めて10人ほどで歩いていった。 工場に着くとリトは弓の所に行って洗濯物を畳もうかと思ったのだが、簡単な仕事は初心者のマーヴェ達にあてがわれ、それではアイロンかと思いきや配達の方に行ってくれとクララ婦人から頼まれた。


「ごめんなさいね? 昨日、至急配達をしてくれたでしょう? それでお客様の間でリトがここに手伝いに来てるって広まっちゃったのよ。 そうしたらリトに配達してもらいたい、って人が多くて」


 ちょっとした見せ物である。

 でもまぁ無視されて存在感がないよりは多少ましだ。

 あまり地理に詳しくないので二人の女官が一緒に来てくれることになった。

 二人とも気さくで明るく、ベテランなので集配中何度もお宅にお邪魔してお茶を御馳走になったりお菓子を貰ったりした。


「今日はリトがいるから沢山お菓子貰えたね」

「こうやって集まったお菓子は、食べきれないでしょ? だから白の館に持って帰って泊まり組で夜にお茶会するの」

「へぇー」

「今日は金曜で明日は休みだからちょうどいいね。 平日にすると翌日キツイからね」

「この子ったら、どうしても夜にお菓子が食べたくなってこっそり食べて翌日具合が悪くなったことがあるんだから」

「いやぁだ! すっごく前の話をまだ言うー!」


 あははは、と3人で楽しく語りながら歩く。

 3人は大きな広場に出た。 ちょっとした運動場くらいの広さはある。


「明日は三ヶ月に一度のお祭りね。 ここであるの」


 見ると広場の隅には空の屋台などが置いてあった。


「今回のお祭りは景気のお祭りだから商品がいっぱいあって楽しいわよ。 詳しくは夜に」


 それじゃ、帰ろうか、と3人は歩き出した。 ところがリトが広場の西の出口の方に進むと二人が慌てて止めた。


「ダメよリト。そっちに行ってはいけないわ」

「え?どうして?」

「そっちは道が入り組んでいるの。 そして迷ったらかなりたちの悪い地区に入っちゃうから。 絶対行っちゃだめ」


 二人は険しい顔でリトを見る。


「本当よ? このまま進むと道が三つに分かれているのよね。 そこから先は行っちゃだめ。 間違って入ったとしても、ドクロのマークの看板がひとつでも見えたら引き返してね。 絶対よ」


 リトは昨日迷った事を思い出した。

 きっとあの地区に出るのだろう。


「西は危ない、っと」


 リトは西の出口のところにねずみの彫刻が置いてあるのを覚えておくことにした。 その彫刻がある場所が西の出口だと覚えておけば絶対に迷い込まないはずだから。




 

 夕食も終え、お風呂にもゆっくり入って。 今日は今までで一番楽しかった一日だった。

 夜7時50分頃からざわざわと廊下が騒がしくなる。 みんなこの階のラウンジに行ってるのだろう。

 リトも今日、帰りがけにクララ婦人からの差し入れとしてゲットしたパイシューを10個ほど用意して部屋を出た。

 ラウンジに集まっているのはだいたい50人くらいだった。 自宅に帰っている者や参加しない者がいるはずだがそれでもなかなか盛況だった。 みんなパジャマや部屋着で頭にカーラーを巻いた娘もいる。

 ラウンジは入って左半分がカフェ風に椅子やテーブルが並べられており、右半分は一段高くなって座敷になっていた。 ちなみにラウンジの奥は大浴場へと続いている。

 小さなグループで話している者たちはカフェの方を使っていた。 残りの者は座敷の方で床に直接お菓子やお茶を置いて座り込んで何個かの集団になっていた。 集団の中を行き来している者もいる。


 リトが中に入っていくと、今日一緒に工場に行った者たちが手を振って招き入れた。 7人いた。

 マーヴェにロッティ、そして今日一緒にまわったユア、ノイノイ。 他多数。 どうも覚えきれない。 そのうち覚えるだろう。

 みんなが入れ替わり立ち替わり話題に入り、また別のグループと話す。 話す内容もさまざまだ。 好きな兵士の事だったり、貴族の家で見たきらびやかな宝石のことだったり、舞踏会の話や授業の話。 明日の祭りの話もした。 明日はみんなで出かけ、祭り会場では個人行動ということになった。

 明日の祭りは商業の祭り。 商業が盛んでありますようにという願いの祭りだ。 よって出店は大盤振る舞いをし、色々なゲームがあり景品などがゲットできる一番「楽しい」祭りらしい。 お祭りは午前10時から始まるが、最初は奉納の舞や祝辞などでイベントがないから面白くないよ、11時くらいからみんなで行こう、となった。 そして、祭りの中で一番つまらないのは健康祈願のお祭りだとみんなは声を揃えて言った。 健康の為、粗食と運動をするらしい。 また、時期はまだまだだが、「建国祭り」の時は一人の女性を争って複数の男性が勝負をするというイベントがあったり、やはり多くの人が住んでいるので祭りの数も種類も村とは違って多いなとリトは思った。


 夜も更けてくるとだんだんハイテンションになり話も色恋沙汰の話が多くなってきた。 どうしてかアリドの名前がちらほら聞こえた。 優しい人だと言う者もいた。 女たらしという声も聞こえた。 あの悪っぽい感じがたまらないのよと言う者もいた。 どういう訳か皆がアリドを、いいわいいわと褒めるたびリトはイライラし、ダメよダメよと言えばリトはムカムカしていた。

 王子にも憧れている者は大勢いた。 王子がかなりエッチだということには気づいていない。 既に隣国の姫と婚約しているので正妃にはなれないが、でも……と野望を燃やす者もいた。

 しかしというか、やはりというか、まだまだ恋に恋するお年頃である。 やはり一番の白馬の王子様はラムールだという事で話は佳境を迎えた。 一体誰がいつどの飲み物にアルコールを混ぜたのか、それとも話そのものにアルコール効果があったのか、どんどんみんなハイテンションになって、遂に1人の女官が立ち上がって宣言した。


「私ね、今から、ラムール様にこの思いを伝えてくるわ!」


 みんなやんややんやの大喝采である。


「よしー、いけぇ、ナコル!」

「無駄無駄〜♪」

「頑張ってー!」


 ナコルと呼ばれた少女はふん、と気合いを入れてラウンジを出る。 階段を下りて3階に消える。


「きゃ〜どうなるの?どうなるの?」


 ラウンジでは大騒ぎである。

 すると突然ラウンジの奥にある、大浴場へと繋がるドアがトントン、とノックの音を響かせる。

 みんな一斉にしぃんと静まりかえる。

 誰だろう?誰がお風呂場にいたのだろう。

 それにお風呂場から出てくるのに、どうしてノックしなければならないのだろう。

 それぞれが顔を見合わせながら、誰かが「どうぞ」と返事をした。


 バタン!


 勢いよくドアが開き一つの人影が飛び込んできた。


「あ、あの、お話ししたい事があります!」


 そこから現れたのはナコルだった。

 一斉にナコルに視線が集中し、ナコルは逆にみんなの視線を一身に浴びて驚き、右、足下、左、天井とぐるりと見回す。

 何事も無かったかのように、キイ、バタン、と音をたててドアがナコルの背後で閉まる。


「え?」


 ナコルが言った。


「え?」


 皆も言った。

 ナコルがくるりと振り向いて今出てきたドアを開ける。

 ドアの向こうは大浴場への通路だった。


「えーーーー??」


 一斉に声があがる。

 ナコルは再び凄い勢いでラウンジを出て三階に行くと再び大浴場のドアから帰ってきた。


「どうしてぇ?」


 ナコルが裏返った声を出して叫ぶ。


「うわぁ、おっもしろーい!」


 みんな大騒ぎである。

 ドアを開けたままにして出たり入ったり。 ドアの向こうは下り階段。 階段を下りると三階のラムールの事務室の前である。 階段を上ってラムールの部屋のドアを開けると、なぜかそこの空間がラウンジへと繋がっているのである。 リトも出てみた。 確か階段を登ってすぐUターンするような形で王宮側に続く廊下があったと思ったのだが、今見えるそこは全面が壁になっていた。 ラムールが王室側の通路に行かせないために仕掛けをしているのだろうというところまでは想像がついた。

 そうこうしていると、アクシデントが起こった。 リトとナコルが階段側に行ったときドアが閉まったのだ。 誰もドアを押さえていなかったのである。 そこで慌ててリトとナコルが偶然一緒にドアに手をかけ押し開いた。


「あら??」


 ドアを開ける勢いが強かったのはリトだった。

 ナコルの手はドアを20度開けた位の所で止まっていた。 その部分からは女子寮のラウンジが見えていた。

 リトはドアを思い切り60度以上開けた。

 するとナコルがあけた部分より先の40度の空間にはラムールの部屋が見えるではないか。

 開け放したドアの空間の半分半分に二つの風景が現れた。


「リト!」


 リトの開けた側の空間には驚くラムールの姿が見えた。


「開いちゃった!」


 ナコルの開けた空間の方には女官達が異変に気づいて近寄って来た。


「え?どうしたの?」

「こっちから見ると半分だけしか廊下みえてないよ?」


 そしてドアから顔を出し、後ろを振り返る。


「キャア! お部屋に繋がってる!」


 誰かがそう言うと我先にと駆け寄り部屋を覗き込む。


「すごーい」

「ホントだ」

「ふっしぎー」


 まるで動物園のオリを覗く人である。


「あ、あなたたち……」


 そこから見える部屋の奥に立っていたラムールが近づいてくる。

 途端にきゃー!と女官達は悲鳴をあげてラウンジへと逃げ出す。 見事に取り残されたのはリトだけだった。

 ドアの近くに来るとラムールは優しい口調でラウンジ側に入って扉を閉めなさいと言った。 リトは頷き言うとおりにする。

 ラウンジ側に入ってドアを閉める。

 ドアを開けると、やはりそこは大浴場の空間だった。

 みんなで顔を見回していると三階から誰かが登ってくる気配がした。 そして気配は四階まで来ると女官長室をココン、と軽くノックし、「四階に少々お邪魔します」と告げた。


「ラムール様だ!」


 きゃあ、とみんなが声を上げる。 みんな部屋に逃げ帰りたかったがラウンジから部屋に帰るには中央ホールを横切らねばならず、その中央ホールにはすでにラムールがいるので彼女らの逃げ場は無かった。 何人かの少女が往生際悪く大浴場へのドアが再びどこかに繋がらないかと開けてみたが無理だった。

 ラムールが近づく足音がして女官たちは一斉にラウンジの隅へと寄った。

 ラウンジの入り口の壁がノックされる。


 ココン。


 そしてそこにはシャツとズボンというラフな部屋着でラムールがいた。


「こんばんは。 みなさん」


 表情はいたって穏やかだ。


「こ、こんばんは」


 皆でそろって返事をする。


「で、どなたでしょうか? 私に最初に用事がありましたのは」


 ラムールは楽しそうに皆を見る。


「あ、あの、怒っていませんか?」


 一人の少女が誰かの背後から尋ねる。


「フフ。 驚きましたが、怒っていませんよ」


 その言葉でみんながふぅー、と息をつく。


「あれって、魔法ですか?」


 そしてまた誰かが尋ねた。


「科学魔法ですよ。 扉を開けた者が元々いた部屋に戻るように設定していたのですが、リトは髪結いなので効果が無いように設定していたのですよ。 それで効果のある者と無い者が同じタイミングで扉を開けたので機械が混乱したのでしょう。 でもあなたたち、今度からこういう事はやめて下さいね? あと一分早かったら私は風呂上がりでしたので産まれたままの姿であなたたちの目に入ったかもしれませんよ」


 おどけて言うラムールにきゃぁ、嫌だぁ、と少女たちはクスクスと反応する。


「あの、ラムールさま、ナコルが話があるそうでーす」


 ノイノイがナコルの手を掴まえて上げる。

 ナコルは真っ赤になっている。


「はいはい。 どうしました? ナコル」


 ラムールはナコルに近づく。 ナコルはノイノイから押されて、とっとっ、と、つんのめるとラムールに支えられた。


「平気ですか?」

「は、はい……」


 優しくラムールに尋ねられたナコルは耳まで真っ赤である。

 きっと氷をあてたら一瞬で溶けてしまうだろう。 見ているこっちにまで心臓の音が聞こえてきそうだ。

 そしてなんとなく見ているこちらも恥ずかしく顔がにやけてくる。


「話はここでがいいですか? それとも二人きりになりますか?」


 ラムールが尋ねる。 ナコルは慌てて顔を横に振る。


「い、いえ、こ、ここここ、ここで、結構です」


 ナコルの緊張は最高潮である。 これでは二人きりになる余裕はなかろう。


「あ、あの、あのあの……」


 全員がナコルに注目する。


「こいび、恋人はいますか?」


 ナコルの精一杯の質問だった。

 ラムールは微笑んで答えた。


「いませんよ」


 きゃあ、と誰かが奇声をあげた。


「ど、どんな方が好みですか?」

「好きになった人、でしょうか。 それにしてもあなたたちはとても可愛らしい誘惑的な格好ですね」


 その言葉でみんな自分が風呂上がりでパジャマという無防備な姿であった事を思い出し、きゃぁきゃぁ言って丸くなった。


「ラムール殿。 この子たちをからかうのもほどほどになさいませ」


 ラムールの後ろで女官長が苦笑しながら言った。


「ふふふ。 そうですね。 女官長。 あまりにも小鳥たちが可愛かったものですから。 調子に乗りました」


 それを聞いてホホホ、と女官長も笑う。


「ご迷惑をおかけしました」


 ラムールは頷くと、そっとナコルの頬に手を当てて彼女を見つめなおした。


「可愛いナコル? あなたはもっと素敵な女性になれますよ。 頑張って下さいね。 私と話がしたい時はいつでも事務室の方にいらっしゃい。 昼間でしたらいつでもお茶をしましょう。 ね?」


 ナコルは頷くと思いきや――


 ふしゅうううう、と頭から湯気を出さんばかりに、頭がオーバーヒートしたようでふらふらふらと腰砕けになってしまった。


「もうラムール殿っ」


 女官長がナコルを支えて呆れる。 ラムールはアハハと笑いながら去っていった。

 十分キザなラムールだった。

 ナコルは幸せのあまり「い、いいニオイ……」と(おそらくラムールの香りの事だろう)呟きながら目からハートが飛んでいた……。

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