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陽炎隊  作者: zecczec
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第20話 一つだけ言っておくけど

 リトは白の館に帰ろうかと思ったが、まだ時間は十分に有り余っていたので少し城下町を散策してみることにした。

 まずこの館がどの位大きいのか確かめてみたくなり、この館の塀に沿って道を歩いてみた。 すると小道があるので入ってみる。 中流家庭の家が沢山並んでいる。 それぞれの家が庭先や門扉を花を飾ったり、石でかざったり、色々なカラーがあった。

 階段の坂があった。 枝分かれしている小道へも入った。 犬を飼っている家、空き家、銭湯、駄菓子屋……どこもかしこも心暖かな空気で満たされており都会と田舎の丁度中間のようなそんな町並みだった。


 途中からリトは帰り道が分からなくなったが別に気にもしなかった。

 まるで危険のない探検のような感じがしたからである。

 ところがしばらく行っていると、閉まっている商店街というか、小道の割には両側に沢山の店が看板を掲げているのにどこも閉店中という、不健康的な香りのする所に出た。

 道には何日も寝ていないかのように目の下に真っ黒なくまを作った男がだらしなく座り上目遣いにリトを眺めていた。

 骸骨のように落ちくぼんだ顔でコインを弾いては地面に落とし、拾い、落とし、拾い、と目だけをぎらぎらさせて焦点の合っていない男もいた。 店の二階の窓のカーテンの隙間から覗く瞳、傷だらけの野良猫がリトを見て威嚇する。

 リトは早くここから出たくなり、脇の小道に入った。


 狭い路地は古ぼけた、ペンキが剥がれたアパートが並び、壁には見るに耐えない落書きのオンパレードだ。 道の先にはどうみてもあまり賢そうには見えない、にやにやしている男が3人立っていた。

 リトは脇道に逸れる。

 犬に吠えられ別の道に入る。

 行き止まり。

 また別の道。 どこからか馬鹿笑いが聞こえる。

 建物が目をもっているかのように何かの視線がからみつく。

 また別の男達が通路の先にはいる。

 別の道。

 別の道。

 だんだん不安になる。 空気が一気に冷えて濁って重くなった。 早く出なければ。 早く出なければ。

 迷子ちゃんがいるねぇー

 路地を反響して声が聞こえる。 複数の男の声がひゃひゃひゃ、とこだまする。 しかし誰の姿も見えない、が、気配がある。 積み重ねられていた物が蹴り飛ばされて崩れ落ちたような音があちこちで聞こえる。

 そして突然だった。

 誰かが背後から近づいてきたと思った。

 いや、思ったときには手首を掴まれていた。

 そして口をふさがれた。

 リトは体中に冷たい氷のナイフを埋め込まれたように硬直した。

 息が止まる。


「アホ。 こんなトコにいたらアブねぇぞ?」


 ところが予想と反して聞こえてきたのは知った声だった。

 目だけを動かして見る。

 すぐ肩の横にアリドの顔があった。

 途端に体の力がふっと抜ける。

 アリドが慌てて空いた手で支える。


「しゃーねぇなぁ」


 それだけ言うとアリドはリトを抱きかかえた。 何故かリトの口は塞いだまま。 それでもリトはアリドの体にしがみついた。

 まだ怖かったが、さっきまで冷えてしまったと思った空気は確かに暖かくなっていた。


「よ、っと」


 アリドは駆けだした。 いや。 登りだした。 どこを? 壁をである。

 一番下の腕でリトを抱き、真ん中の左手でリトの口を押さえる。 それでもアリドにはまだ上の両腕と真ん中の右腕があった。 壁を斜めに走って登ったかと思うと壁を蹴り、向かいのビルの空いた窓に手をかけ更にその窓を足場にして踏み蹴り、再び反対側の安アパートの壁を登る。

 リトなんて抱いていないかのようである。 リトの視界は壁が斜めになったり空が地面に見えたり、今まで体験した事のない状況に驚く他なかった。

 屋上まで来るとアリドは適当な建物の屋根をまるで川を石を飛んで渡るようにぴょんぴょんと進み、最後は小さな小屋の屋根からひゅうんと地面まで飛び降りた。


 タン。


 リトを抱えて地面に降り立ったにしては物足りないくらいの着地音だった。

 アリドが手を放しリトを下ろす。

 見回すとオクナル商人の家のすぐ側だった。


「こっからなら白の館にも帰れるだろ?」


 アリドが言った。


「あ、あの、ありがとう」


 リトは礼を言った。 アリドは少し口をとがらせた。


「まったくだぞ? テノス国城下町は治安がいいとはいってもフツーの奴が入り込まない方がいい場所だってあるんだ。 あ、でも騒がれたら面倒だったんで口ふさいで悪かったな。 怖かったか?」

「ううん、そんな事ない」


 リトは首を横に振った。

 アリドはそんなリトの顔を眺めていたが、


「やっぱ心配だ。 白の館まで送るわ」


 と言ってリトの手を引いて歩き出す。

 リトは引かれるがままに歩く。

 歩いているうちにやっと落ち着いてきたようだと自分でも分かった。


「ありがとう」


 リトは再度礼を言った。


「お? だいぶん復活したみたいだな? 町の中は弓にでも案内してもらえや。 あいつが行くところなら平気な場所だからよ」


 リトはつぶやいた。


「……弓はいい子だね」


 それを聞いたアリドはどこか嬉しそうに見えた。


「私ね、今度弓たちの村の村祭り行くの」


 リトは続ける。


「弓に誘われた」

「そっか」


 アリドはやはり嬉しそうである。


「アリドは今度の村祭り、出席するの?」

「いーや」


 そっけない返事が少し残念だった。

 そうしていると教会の青い屋根が見えた。 もう迷わない。


「もー大丈夫だな」


 アリドがつないでいた手を放して言った。


「アリドも家に帰る?」


 リトの問いにアリドは首をかしげて、知らないの?という顔をした。


「オレ、家出少年」


 ああ、とリトは頷く。


「それで村祭りも出ないし、弓がたまには帰ってきてって言ってたんだ」

「そゆこと」


 ひょうひょうとアリドは言ったがリトは心配だった。


「……お父さんやお母さんが心配するからたまには帰った方がいいと思うよ。 余計なお世話かもしれないけど……」


 心配そうなリトの口調とは違ってアリドはフッ、ハハハ、と軽く笑った。


「知らないのか」

「何を?」

「そーだな、弓も人にべらべら喋る奴じゃないし」


 アリドは独り言のようにつぶやいていたが急にはっとした顔でリトに向き直った。


「待て、ってことは弓の事も知らないのか?」

「何を?」


 リトの返事を聞いてアリドは少しの間考えてから言った。


「ま、お前なら平気だろーと思うけどさ。 これはオレから聞くことじゃないな。 正直なところお前が知らないならもう少し知らないでいてほしいがね。 弓のためにも」


 だが、アリドは動きを止め、気になることがあったのだろう、ぶつぶつと呟いていた。


「待てよ? つう事は弓もお前が知らないって事知らないんだな? ありゃー。 いや、ま、オレらを平気な奴だから平気だとは思うけど、でもやっぱり……いや」

「アリド?」


 リトは訳が分からずアリドの顔を覗き込む。 アリドはリトの瞳を見つめていたが、これ以上考えても無理だと思ったようで、ひとつ息をつくと言った。


「お前さんを信じるわ」

「アリド?」

「そして一つだけ言っておくけど……。 弓は一個だけ早とちりはしてるだろうけど、お前そのものだけを見て心を開いてる。 だからできたらお前も今の状況とかそんなんじゃなく、弓そのものだけを見てやって欲しい」


 リトは血がすっ、と引くのを感じた。

 何かが図星だった。

 リトは去っていくアリドを見送った後、白の館に入り廊下を歩きながらアリドの言ったことについて考えた。


――今の状況とかそんなんじゃなく――


 そんなつもりは無かったが。 無意識の部分を見透かされたようだった。


――女官達のリトに対する悪態を聞かなかったとしたら


 聞かなかったとしたら?

 どうなっていた?

 女官達がリトに好意だけを持ったままだったならば?

 洗面器の事件がなかったならば?

 どうなっていた?

 自分は、初めて会ったとき、弓の事をどう思った?

 

 仲良くなれないかもしれない。

 『しんどぉーーーーーい』

 ダメだ。

 肩こった。

 気をつかった。

 この子とは仲良くなれない。

 きっとそう。 

 

 おどおどしていて、どこか影があって。

 友達になりたいタイプじゃなかった。

 でも。

 朝、ベットで寝ているリトを起こして世話を焼いてくれて

 午前中の授業で教室のしきたりを教えてくれて。

 助けてくれた。

 四面楚歌の状況を知っていて、助けてくれた。

 そう、思っていた。

 そして

 心のどこかで弓は仲間はずれにされており友人がいないため、同じような境遇になったリトに近づいて来たと。

 外れ者同士だから選択肢がないから

 わらにもすがるような気持ちで

 弓と仲良くなる心の扉を開いた――?


 リトの胸にごうごうと渦を巻いた激しい嵐のような空洞がうずまいた。

 空気が再び、重く冷たく色を変えた。


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