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陽炎隊  作者: zecczec
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第15話 3個。 とても微妙な数

 そして魔法の授業が終わるとリトと弓は洗濯屋の手伝いに行った。

 場所は城下町のクリーニング店だ。

 乾いた洗濯物をたたみ、アイロンをかける。 あまり人気のない仕事かと思えばなかなかどうしてとても人気のある仕事だった。 仕事は忙しい。 貴族や王宮から毎日沢山の洗濯物が出されるからだ。

 弓はアイロンをかけ、リトはその隣で服を畳んでいく。 リトはまだ手伝いはじめなのでタオルだとか靴下だとかをあてがわれている。

 弓は慣れているらしくドレスや礼服をそれはもう流れるように見事に少しのしわもなくアイロンをかけていく。


 さて、人気のある仕事、とはいったが、一番人気があるのはアイロンをかけたり服を畳んだりする作業ではない。 一番人気は集配なのだ。 品物はかさばり、数も多いのだが普段は入ったり尋ねては行けない貴族の館や王族居住区の玄関まで入ることができるのだ。

 王族居住区へは普通は門前までしか行けないので玄関まで行けることはとても素晴らしい事なのだ。 当然、王族居住区に集配できるようになるには経験と信頼を得ることが必要だが。

 そして、集配が終われば仕事はないし、集配先でお茶に誘われたり、貴族や有力者と顔見知りになったり見初められたりも夢ではないのである。

 よって多くの少女たちは集配の仕事につかんと毎日一生懸命働いていた。


 ただ、弓がそこで手伝っているのはそんな出会い目的の集配をしたいためではなかった。

 弓はアイロン担当なのだ。 どうしてこの仕事を選んだのかと聞けば、アイロンかけは工程上、集配より先に仕事が終わる。 すると通いの弓としては早く家にも帰れるし自由時間があるということになるので便利らしい。


「弓。リト。お茶にしましょう?」


 クリーニング店の責任者、クララ婦人が事務室から声をかけた。

 二人は一息つくことにした。

 事務室の中にはバニラの香りが香ばしいシュークリームと紅茶が入れてあった。


「わぁ、クララさんのパイシュー。 リト。 良かったわね。 すっごくおいしいんだから」


 弓は喜んで席に座る。 リトも隣に座る。 そして弓が一つパイシューをリトの皿に取り分ける。


「紅茶も冷めないうちに召し上がってちょうだいね?」


 クララ婦人が勧める。

 いただきます、と弓は遠慮無くパイシューを食べる。

 なんだか不思議な感じがした。 弓がクララ婦人に対しては、遠慮やおどおどしたところが無いからだ。

 最初に会ったときはあんなにとっときにくくて壁を自ら作っていた気がするのに、今、彼女はリトにも、そしてクララにも全く普通に接している。


 人見知りが激しいのだろうか……?

 でも、人見知りが激しいだけでルームメイト8人から同室は嫌だと断られるものなのだろうか?


「いつも弓は早く来て仕事をしてくれるから本当に助かるわ」


 クララ婦人が言う。 「そのぶん早く帰れますから」と弓が笑う。

 どう考えても、弓と部屋を変わる理由が分からないなぁ

 弓の顔を眺めながらリトはパイシューを口に入れる。

 ふわり、といい香りが広がって……


「おいひい!」

「でしょう?」


 弓ももう一口。


「お菓子屋さんできるよね?」

「できるできる」

「あら、嫌だわ。 あなたたち、上手だこと。 いいわ。 お土産もあげるわね。 弓は――8個?」

「です」


 8個か。父母、母方祖父母、父方祖父母、弓、兄弟、くらいかな?


「リトは? 白の館にいると毎晩泊まり組でお茶会をするのではなくて? 私の時はそうだったわ♪ あんまり騒ぎすぎて女官長によく怒られたものよ」


 クララ婦人に尋ねられてリトは答えに困った。

 今のリトの状況ではお茶会に誘われるなんて思えない。 来た当初ならマーヴェ達がいたからいくつかあっても良かっただろうが…


「あっ、いえ。 3つ、で結構です」


 リトは慌てて言った。


「まだそんなに沢山知り合いになっていないし……」


 クララはちょっと残念そうだった。


「そう? それなら、沢山持っていってみんなに配って、お知り合いになるって手もあるけれど……」

「あっ、あはは。 それはまた今度で結構です」


 顔がひきつってるだろうなぁと思いながらリトは答える。

 弓はどう思っているのかと見てみると少し意外そうな顔をしていた。


 意外?

 何が意外な顔なんだろう。

 1個じゃないからか。 それとも3個では少ないと思っているのか。

 そのときになって初めてリトは弓が昨日の出来事を知っているのか知りたいと思った。


 一仕事終えて弓とリトはそれぞれお土産を貰って洗濯場を後にした。 教会前の中庭で義軍ちゃんと弓は合流し、リトと別れる。

 リトは手に持った袋に視線を移す。 中には3つのシュークリーム。

 一人で3個は……食べきれないこともない。

 3個。 とても微妙な数である。

 1つと言って自分の他に一緒に菓子を食べてくれる者がいないとは思われたくない。 2つと言って弓に、リトは他に一人、白の館で特別に1対1で親しい人物がいるとも思われたくない。

 3つ……親しくもなく、仲間はずれでもなく、ベストな数だったと思った。


「でも3つはキツいなぁ」


 リトがまた独り言を呟いたとき、頭上からアリドの声が聞こえた。


「3つって何だよ?」


 見るとやはりアリドが木の枝に座っていた。

 リトは心のどこかでこうなることを期待していた。


「パイシュー。 食べる?」


 アリドは「貰う」と言うとさっさと木を降りる。 リトから袋をとりあげ中を見て一つパイシューを取る。


「お、クララさんのじゃん。 うめーんだよな、これ」


 アリドはさっさと食べてしまう。


「あと二つは弓とお前か?」


 アリドに尋ねられてリトは首を横に振る。

 伏し目になったリトで何かに気づいたのだろう、アリドはクリームのついた指をくわえてきれいにすると空いている手でリトの頭に手をやり髪をくしゃくしゃにした。


「バーッカ。 んな顔すんなって。 温室育ちだろ? お前。 しょげすぎ」


 ぶっきらぼうに、でもどこか暖かくアリドが言う。


「大丈夫だって」


 アリドはリトの手をひいて側の木陰までくるとそこに腰を下ろし袋の中からもう一つパイシューを取りだした。


「もいっこ貰うぜ? どうせやる奴なんていないんだろ?」


 痛いところをつく。 リトは返事をしなかった。

 アリドは気にもせずにを食べる。


「あのな」


 アリドはリトを見ないで言う。


「どーせ鐘ぶつけ事件のせいで」

「鐘じゃなくて洗面器」

「……洗面器ぶつけ事件のせいで自分の処罰は気になるわ、周りの女官たちが『王子さまにお怪我を負わせるなんて信じられないわぁ〜』って感じでいびったり仲良くしてくれねーってだけだろ?」

「だけ、っていうけどしんどいんだよ?」


 リトは昨日、女官達が言っていたことを話した。

 アリドはなぐさめてくれるのだろうか。

 ところが予想に反してアリドはケラケラと笑った。


「わっかんねーなぁ? 裸を女に見られてそれを兵士に伝えられたからって何が恥ずかしいよ? 洋服が無ければ他の奴の服を着てもいいし、別に裸でもいーじゃん? 兵士に襲われる訳じゃねーんだから。 ま、オレだったらぜーんぜん平気。 すっ裸を女に見られても全然恥ずかしくないけどなぁ?」


 なんだかどこかで聞いたような台詞だと思った。


「だって私は嫌だもん」

「兵士に裸を知られるのが?」


 リトはこくんと頷く。

 いったいどこの世界に自分の体型を面白おかしく広められて喜ぶ人がいるだろうか。

 アリドはリトにデコピンをすると笑った。


「ガーキ」


 リトはかっ、と赤くなる。


「オレなんかお前の裸見なくても体型わかるぜ? 胸はあんまりないな。 形はお碗形。 乳首の色はピンクつぅより桜色。 おしりは……」

「きゃあきゃあきゃぁ!」


 リトは慌ててアリドの口を押さえた。

 アリドは上の両手で口をふさいだリトの手を握り、真ん中の手でリトの頭をなで、下の手でリトを抱き寄せた。 そしてゆっくりリトの手を自分の口から離す。


「ちなみに予想な。 見た訳じゃねーんだぜ? フフ、オレくらい経験つめば、朝飯前」


 経験って……


「アリドはずるいじゃん、これじゃ、抵抗できない」


 3本の腕は少女の抵抗を奪うには十分だった。


「だろー? 便利なんだこれが」


 憎ったらしく挑戦的に微笑む。


「安心しろや。 女官や兵士から聞かなくてもオレはお前の体は分かるし、そーだな、違う体型になってたら訂正してやってもいいぜ?」

「ちがーう」


 リトは呆れて抗議する。 でもアリドがあまりにもひょうひょうとしているせいか、自分がそんなに悩んでいるのが何となく馬鹿らしい気持ちにはなった。


「ま、オレが思うに実際そんなアホな事を実行する女官はいねーよ。 もし不安ならルティに頼ればいいさ。 あいつもなかなかいい女だからよ。 ……残ったパイシュー、ルティにやっとけや。 そしてどうしても不安なら相談するんだな」


 ルティは、頼っていいのか。

 不思議だった。 アリドの言葉には何の裏付けもないのにリトは素直にそれを信じる気になれた。

 アリドが帰った後、リトはパイシューをルティに差し入れした。

 ルティは具合がまだよくなっていないのに、今日、発熱で伏せっていたのでリトにしきたりや色々な事を教えてあげる事ができなかったのを詫びた。 いつもは最初はルティが新人と一緒に行動し手本を見せるのだという。

 弓が色々と教えてくれた事を伝えるとルティは驚くかと思いきや「やっぱりね」と答えた。

 そしてルティは――ルティは、女官達の悪口や企み、何もかも知っていた。 昨日、リトが女官達の悪態を聞いた後、実は続きがあったらしい。 ルティは彼女らをたしなめ、そのような行為を行えばそれ相応の処罰を申請する、と厳しく注意したそうだ。

 でもそこまで馬鹿な事をする子も、あなたの事を興味本位で聞くような度胸のある兵士もいないわよ、つけくわえた。


「だってあなたはアリドに目をつけられているのだから」


 ルティは意味深に笑った。



 夕食も終え、結局その日はシャワーだけにしてリトは部屋に戻った。

 隣の部屋はロッティなのだが、何人かで集まっているのだろう、話の内容までは分からないが時折楽しそうな笑い声が漏れてきた。

 当然だが誘われることもない。

 リトは早い時間に床についた。

 また、明日もある。

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