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陽炎隊  作者: zecczec
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第14話 昼休みと魔法の授業

 昼休みの中庭。 リト達はお昼ご飯を食べていた。


「ねー? おいしーでしょ?」


 おにぎりを頬張ったリトに尋ねるのは、義軍という8才の少年だった。 昨日窓から見えた、弓と手をつないで歩いていた子である。

 義軍ちゃんは中央分けのおかっぱみたいな髪型をしており、ちょうど眉間のところに小豆大の、一見するとカサブタのようだったが、平たい石のようなものが埋め込まれていた。 「小さいときにこけたらめり込んじゃったんだよ。 そして外れなくなったんだ」とは本人の弁。 リトは傷が宗教的儀式かどちらかだと思った。

 義軍ちゃんは白の館に毎日遊びに来ている。 保育園みたいなものだ。

 そして弓は通いなのでお昼は毎日お弁当を作って食べているらしい。


「弓ちゃん、今日お弁当忘れちゃったから巳白にいちゃんに一回家に連れて帰ってもらったんだよ」


義軍が言う。 そういえば巳白とアリドが弓の兄として、と言っていた。 義軍も兄弟なのだろうか。 それにしては顔が似ていない。 きっと、同じ村の幼なじみみたいなものだろう、とリトは解釈した。


「そんな事いわなくていいの」


 弓が義軍をたしなめながら水筒のお茶を入れて二人に渡す。

<私は……2つ、お弁当箱持ってきてるから。 平気>

 あれは、私が遠慮しないようにとの気遣いだったのだろう。

 リトはあえて深くはその話題に触れなかった。

 きっと弓は触れて欲しくないと思ったから。

 でも。


「んまい」


 サクサクの唐揚げを頬張り思わずリトは声が出る。


「弓が作ったんでしょ? ホントおいしい」

「うん。 ありがと。 褒めてくれて嬉しい」


 弓もぱくぱくと食べている。

 ふと気がつくと義軍がリトの顔を見てにこにこしている。


「ぼくね、リトちゃん大好き」

「義軍。 リトお姉ちゃんでしょう?」

「えー? いいよね? リトちゃんでも。 だめ?」


 義軍はくりくりした目でリトを覗き込み尋ねる。

 こんな愛想の良い子に誰が断ることができるのか。


「いいよー。 義軍ちゃん」

「うっわあ、やったぁ」


 義軍はぴょんぴょんとそれは嬉しそうに二人の周りをはね回る。

 途中で弓の背後からむぎゅう、っと抱きつき頬をすりすりする。


「ぎくーん。 かくれんぼしようぜー?」


 少し離れたところから義軍と同じ年くらいの子供が呼びかける。


「おー。 いまいくー。 まってぇ」


 義軍は慌てておにぎりとソーセージを頬張ると「もちぼうばま」とごちそうさまらしい言葉を残して去っていった。


「義軍ったら。 しょうがない子」 


 母親のような口調で弓がつぶやく。

 そしてほどなく二人も食べ終えた。


「ごちそうさま。 弓ってよく料理するの?」

「よく、っていうか、毎日」

「えらいなぁ」

「リトは作らない?」

「食べるの専門」


 弓がくすくすと笑う。


「アリドが上手よ。 一度に三品作ってくれるし。 結構器用なの」


 リトはアリドがすべての手を使って料理をしているという、ちょっと混乱しそうな映像をイメージした。


「午後は魔法だっけ? 初めてだから緊張するぅ」

「リトは魔法は使えないの?」

「うん。 私の村、魔法使いはいなかったし。 隣村にはいたけどね。 ねぇ、やっぱり魔法の授業も席が分かれてるの?」

「そうね。 でも基本だけだからそんなに差があるって訳じゃないのよ。 今は科学が発達してるでしょう? 電気ガス水道もあるし、昔みたいに火を起こしたりする必要はほとんど無いから魔法は廃れる一方ね、ってこれは受け売り」

「そだね」


 実際普通に生活するぶんには魔法はさして必要ではないのである。

 魔法で傷をいやしたり、普通の力では出来ないことをしたり、魔法戦士となったり、ラムールのように空を飛んだりしなければ無くても十分生活できる。


「科学の力で魔法の杖を作ってしまえば誰でも魔法で火が起こせるもんね」


 リトの村にもあった。 赤い珊瑚のような細長い杖。 これを振りさえすれば誰でも思いのままの火が出せたものだ。 電池切れにならない限りとても便利な道具だった。

 少しもじもじしながら弓が口を開いた。


「リト……。 先に言っておくわね」

「何?」

「私、魔法は苦手だから見たらとてもびっくりすると思う」

「わっ、安心した。 仮に私が落ちこぼれたら仲間がいるんだ」

「リトォ〜!」


 弓がふくれた。そしてリトが笑った。 弓もぷっと吹き出して笑った。

 リトはいま、すごく安心していた。





 魔法の授業は思ったより辛くなかった。

 なぜならみんなできないからである。

 特に上流貴族出身の者ほど出来ない割合が高く、よってできない者を馬鹿にする人がほとんどいなかった。

 魔法はイメージ力が大切だ。

 灯りともすなら灯りを、火を出すなら火をイメージしなければならない。

 ところが温室育ちの少女たちは召使いに雑事すべてをまかせるので火をイメージしようにも経験が浅くて具体的にイメージできないのである。

 女魔法使いのヴィッティ先生はかなりヒステリーになって今の少女たちのイメージ力のなさに文句を言っていた。

 また、子供の頃はできたのに成長してから魔法が使えなくなった人も大勢いる。 特に女性に多いのが、子供の時は優秀でも年をとり少女になると基礎向けに戻ってしまパターンだ。

 よって教室は基礎向けに多くの侍女、女官。 発展はほんの一握りの少女と多くの年下の者。 幼児にあっては魔法の制御の仕方を覚えきれるまでは基本の魔法以外は教えてもらえないようになっていた。


 まず「光」の魔法を教わる。

 その名の通り、ある程度のレベルの光を発することができれば合格である。

 その次は「水」の魔法。

 これも素直に水を生み出す魔法である。 幼児はどんなに頑張ってもこの二種類以外は教えてもらえない。

 そして最後は「火」の魔法。

 これも単純に火を作ることができれば合格である。

 「光」「水」「火」。 人間が生活していくうえで基本の三つを習得させようという狙いである。 これさえできれば仮に遭難してもある程度生きていけるのだ。 もっとも、この3つも魔法の杖を使えばさしたる努力もせずに作り出すことができるのだが、ここでは道具を使わずに自らの力だけでできるように教えるのである。


 リトはまず「光」からである。


 最初は魔法の杖を使って光を出す訓練をする。

 これはとても簡単な事だった。

 黄色い巻き貝のような細いぐるぐるひねりがきいている杖を持つ。 人差し指を伸ばしその杖で数字の3を書くように先端をくるくるっとタイミング良く回す。 すると手首あたりから金粉のような細かい光がふわっと沸きだし、杖のらせんに沿って渦巻き先端で一つの固まりになって電球の光のように握り拳大の大きさの光が輝く。

 慣れたら光を点滅させたり、大きさを自由に変えたり明るさを変えたり色だって変えることができるようになる。

 リトは初めてということもあって普通に握り拳大の光をつけることができた。

 当たり前のことだから当然良くできたと褒められもせず、さっさと次の段階へと進まされる。


 次は杖を使わずに行う。

 さっきの杖を使ったときのイメージを大切に、手首付近から光がわき上がる感じをイメージして手のひら全体を発光させ、それを一つにして大きな光の球を作る気持ちで……「光よ、輝け」と呪文を唱える。

 いや、呪文というより気合いのようなもので、慣れたら無言でもできるそうだ。 最初はイメージをふくらませる為に口に出して言うのが良いらしい。

 リトも説明を受けてやってみる。

 手のひらは暖かくなるような気がした。

 部屋が明るいので光っているかは分からない。 弱い光ならなおさらだ。

 それで机の上には黒い布が置かれており、初心者は時々布を被って確かめる。 リトも布を頭から被って練習してみるが、手は暖かくなっても、一向に光る気配はない。

 布を被って狭い空間で気合いを入れるものだからすぐ熱くなる。


「ふぅー」


 リトは息をついて布から顔を出す。

 顔を出した途端、女官の数名が視線を逸らして練習に集中しなおす。


……そんなに注目しないでもいいでしょうに。


 じろじろ見られるのはやはり気持ちよくない。


「……あら、田舎育ちだから得意かと思っていたらそうでもないのね」


 聞くつもりはないがマーヴェの声がした。

 私のことかな、とリトは思った。 でも気にしない気にしない。


「シャロンは上手いわねぇ。 でもあの子、必ずヤギみたいなメエエ、って音立てるのよね。 私、それを聞く度に笑っちゃって集中できないのよ」


 マーヴェとその周辺がクスクスと笑う。

 確かに前方にいる一人の少女が水の魔法を唱えるとき「水よ!」と言いながら語尾にメエエ、と小さな音が鳴る。


……マーヴェは誰彼構わず観察してるのね


 不謹慎だがリトは少しほっとした。 自分だけが笑われる対象と見られている訳ではない、と、ただそれだけで。

 人間とは自分がターゲットになるのは嫌だが関係ない人のことは構わないと思うものである。


「弓、またやってくれるわ」


 マーヴェの声がした。

 そこで思わずリトも弓に視線を向けてしまった。

 弓は魔法の杖を使って、光を出そうとしている。

 弓は集中して深呼吸をする。そして杖を持つ。


「光よ!」


 弓が声を出し杖を振る。

 手首から光が――出ない。


「光よ!」


 杖は何の変化もない。


「ほぉら、電池切れ」


 マーヴェが言うと周りもケラケラと笑った。

 弓はしゅんとしている。

 リトもびっくりした。 私ですらできたのに。 本当に電池切れではないのだろうか?

 先生が呆れた顔で杖を受け取ると、振る。 途端に光の球が3つ4つ出てきてふわふわと漂いポン、ポン、ポンと弾けて消えた。


「故障ではありませんね」


 先生の顔も苦々しげである。


「あれもすっごい才能だと思わない?」


 マーヴェが言う。


「弓にかかったら魔法の杖はいつでも不良品として返品できるわよね」


 アハハ、と笑い声が上がる。 

 弓は先生から叱られている。


「弓さん。 私には分かりません。 あなたが特異体質者というのならまだ分かりますが、全くの凡人。 なのに杖を使っても光ひとつ生み出せないとは……」


――特異体質者?


 リトが疑問に思ったのと同じで他の者も疑問に思ったのだろう。

 一人の生徒が尋ねた。


「先生、特異体質者って何ですか?」


 他の生徒も、うんうん、何それ、とざわめく。


「説明しましょう」


 先生はみんなの方に向き直った。 弓がほっと胸をなで下ろす。 リトと目が合い、弓はぺろっと舌を出した。


「特異体質者――魔法文化が廃れるもととなった原因の一つでもあります。 数は多くないのですが――というより、何百、何千万人に一人いるかいないかといわれる程、珍しい体質の者です。 その者たちは、あらゆる魔法の効かない体なのです」

「魔法の効かない体?」


 誰かがオウム返しに言う。


「そうです。 あらゆる魔法が効かず、またあらゆる魔法を使えない体質なのです。 魔法という現象を無と化すのです」

「先生、もっと詳しく教えて下さい」


 みんな興味津々で先生の話に耳を傾ける。


「例えばその者を魔法で作った火で燃やしても何のダメージも与えられません。 自然界の火ではダメージはあたえられます。 病気になったとき、具合の悪いときに体力回復や毒消しの呪文を受けても全くききません。 薬なら効きます。 つまり魔法一切と関わりがもてないのです。 ですから魔法の杖すら役に立たないのです」


 へぇー、と生徒が頷く。


「弓は違うの?」


 生徒が聞いた。 先生はふぅ、とため息をつき、「風よ!」と呪文を唱えた。 ひゅうう、と風が教室中をかけめぐり、みんなの髪は乱れ、本は飛び、黒布は舞った。


「ひゃあ」


 リトは髪を押さえて机に伏した。

 ひゅうううう……

 風はすぐ静かになった。

 教室の中は色んなものが飛んで散乱し、髪を乱した少女たちがお互いの顔を見合わせた。

 当然、弓も髪はぼさぼさである。


「……と、いうように、特異体質者ならばこんなときもその者の周りだけ何事もなかったかのようになっているのですよ」


 先生はポン、と手を叩く。 すると布も本も元の場所に戻り、みんなの髪も櫛でとかしたかのように整った。


「先生。 どうしてそれが魔法文化の廃れるもとになったのですか?」


 一人の生徒が聞いた。 ところが答えたのはマーヴェだった。


「あなたそんな事もわからないの? 当然じゃない? いくら魔法で武力を持っても特異体質者がいればそれはすべて何の役にも立たなくなるのよ? 魔法の使えない魔法使いなんて翼をもがれた鳥と同じよ。 でも科学ならそんなへまはしないわ。 すべての者にすべて同じように効果があるならそちらを選ぶのが当然だわ。 それに科学は魔法と違ってそんなに訓練しなくても力は維持できますでしょ」


 ふむふむ、そうだとリトも頷く。 人間は楽な道や確実な道が好きだ。


「じゃあさぁ、魔法なんて習う意味ないじゃん」


 誰かが地雷を踏んだ。

 それを言ったらおしまいだろう。 先生のこめかみがぴくぴくと動いた。


「あなたも、馬鹿ね」


 ところがこれまたぴしゃりと諫めたのはマーヴェだった。


「科学は、その道具が無ければ何もできないのよ。 ところが魔法は自分の体ひとつあればたいていの事はできますのよ? それがどんなに素晴らしい事か、あなたおわかりにならなくて? 魔法、それは日々の訓練の積み重ねのたまもの、尊い精神を持つものだけが操れる奇跡ですわ」

「素晴らしい! マーヴェリックさん!」 


 先生は感動して喜んでいる。

 いえいえ、とマーヴェは謙遜する。

 すごいわ、マーヴェ。先生に対するヨイショは上手かもしれない。


「あぁらゴメンなさい。 弓。 あなたはもう何年も訓練されていらっしゃるから積み重ねだけは人一倍でしたわね。 では魔法が使えないあなたの精神ってさぞや救いようが無い……なぁんて言ったら失礼ねぇ?」


 オホホホホ、とマーヴェは笑う。

 そこさえなければリトも素直に感動していたのに。

 弓は困ったような笑顔のまま席についた。

 リトとしては何とかして、弓が魔法が使えるようになって欲しいと思った。


……その前に自分ができるようになれとつっこまれそうだが。


 弓はリトを見る。


「あきれたでしょう?」

「というか、びっくりした」


 リトは素直に答えた。


「子供の頃からなの。 魔法って苦手で。 もう慣れちゃったけどね」


 そう肩をすくめる弓は、どこか自虐的な感じがした。


「いっしょに、ガンバロうよ?」


 リトは言った。 その一言に弓はとても驚いて、そして頷いた。

 とても嬉しそうに。

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