アリドの章〜六本腕の男〜
「陽炎隊」サイトにてUPしている小説です。
第一章は完結済で現在第二章を連載中です。
「陽炎隊ブログサイト」の方では陽炎隊番外編を執筆しています。
作品を携帯でも読めるようにと思い立ちこちらにお世話になることにしました。
なにぶん、初めてのオリジナル小説執筆です。 至らぬ点が多々あるかと思いますが気長におつきあい頂けたら幸いです。
まぁ、そんな簡単に危ない目には遭わないさ。
と、お父さんは言っていた。
たかが山道を半日かけて越えて城下町に行けば良いだけの話。
山道といったって馬車も通るし、獣道じゃないし、見通しもそこそこ良いし。
まぁ、そんなに、危ない目……そんなに?
"そんなに"っていうのがどの位なのかが、いまいち分からない。
今。 野犬に襲われて逃げた先の草原で、私は褐色の肌をした腕を"6本"持つ少年に押さえ込まれていた。 と同時に、空から雪のように白く美しい翼を持った片腕の少年が隣に舞い降りてきたところだった。
これはどの位のレベルの危ない目なんだろう。
野犬に追われていた時に感じていた恐怖も今はどこかへ消え、まるでおとぎ話の挿絵に出てきそうな二人の姿を、私はある意味見とれていた。
そう、見とれていた。
「アリド」
翼を持つ少年がため息まじりに言った。
「分かってるよ」
私を押さえ込んでいた少年、おそらくアリド――は、自然に返事をすると、私を押さえ込んでいた6本の腕を外して立ち上がると、翼を持つ少年と向き合った。
彼は右腕が3本、左腕が3本、計6本あった。
褐色の肌。 濃い金色のカールした短い髪。
よく鍛えられていると思わせる上半身は裸で何も身につけていない。 下は黒い皮でてきたズボンをはいていた。
野生のチーターのような、しなやかな雰囲気だ。
彼は私が木の根につまづき前転びになりかかったとき、どこからともなく手を伸ばして私を捕まえ、まるで風のように木々の間をすり抜けこの草原まで来たのだ。
そして私を押し倒しその6本の腕で自由を奪い「金目のモノは?」と言ったのだった。
山賊。
真っ先に思い浮かんだ単語はそれだった。
だけどその私の瞳を見つめるはしばみ色のまっすぐな眼差しと、洞窟の金塊みたいに濃く輝く髪と、なめらかで、きめが細かくビロードのようにしっとりとした感じの褐色の肌に、私はただただ見とれて恐怖することも忘れていた。
その時、視界の端に私の肘から手首くらいまではあろうかという大きな白い羽が一枚、舞った。
そして音も立てずふわりと、もう一人の彼が降りてきたのだ。
降りてきた彼は言うならば、翼を持ってはいるが天使というには少し荒々しい感じだった。
体と同じ位の長さの大きな翼を背中に持ち、少し日に焼けた生成り色の肌と深海のように青い瞳。
スポーツ刈りの短い金髪は太陽の光を反射する水面のように眩しく輝く。
そして片腕。
左腕が二の腕の中頃あたりで無いらしくシャツが無造作にその部分で固く結ばれていた。
私よりは年上だろうが、二人とも同じ年頃に見えた。
二人はなにやら話していたが、(普通の世間話のようだった)そんじゃ、とアリドと呼ばれた6本腕の少年が言って指笛を高らかに鳴らすと、森の中から熊のように大きな黒い犬が疾風のように駆けてきて彼はその背に乗り、あっという間に森の中へと姿を消した。
「持ち物は?」
アリドが消えていった森の方を見ながらゆっくり起きあがった私に、彼はそう声をかけた。
辺りを見回すと、リュックがすぐ側に落ちていた。
開けた形跡もない。 手にとり確かめていると、大丈夫みたいだな、と再度問われて私は頷いた。
「テノス城に行くんだろ? 時間とらせちゃったからな、送ってやるよ」
言うが早いか彼は片手でふわりと私を小脇に抱え宙へ舞い上がった。
最初は自分の重みがワンテンポ遅れて取り残されるような感覚があったものの、すぐさま彼と一体であるかのように空を飛ぶ。
足下の緑の山々が小さくなって、進む先には開けた土地。
そこには土地を四角く囲む壁が見える。
そしてその中央に佇む大きな宮殿とそれを取り囲む沢山の集落。
ひときわ栄える教会の青い屋根と白く輝く十字架。
あそこが、私がこれから数年間生活をする事になる場所。
テノス国、城下町。
もちろん空から見るのは、初めてだった。
彼は宮殿のすぐ隣にある青い屋根が目立つ教会まで来てゆっくりと空から降りた。
彼が腕の力を抜き、私はすとん、と地面に足をつける。
周囲の人が誰一人として彼を見て騒ぎ立てたりしないので恐らく彼は珍しい存在ではないのだろう。
やっぱり私が今まで住んでいた小さな村とは違うわ。
そんな事を思いながら周りを見回していると彼は正面の大きな扉を指さした。
「そこが教会の入り口。 中に入ったら司教サンがいるから名前を言って。 ま、頑張れや」
そして風を翼で捉えるとさっさと空へ飛んでいった。
教会の屋根に隠れてその後はどこに飛んでいったのかは分からなかった。
私は一呼吸して気持ちを落ち着けると教会のドアを開けた。
奥には優しそうな初老の神官が立っており、お名前は?と尋ねられた。
私は胸に手をあてながら、できるだけはっきりと言った。
「リトゥア=アロワです」
そしてその時になってやっと、翼を持った彼に名前を聞いていない事に気がついた。