第八話 出会い
今回は二つに話を分けようと思っていたのですが、
一つにしました。すこし長くて見にくいかも・・・・。
「若、おはようございまする。今日は朝ご飯を食べ終えたら一条領内の田畑周りに行きまするので、出れる準備をしておいて下され」
日がまだ完全に昇っていない頃、万千代にそう告げた宗珊は顔には出さないが少し気分が高揚していた。
何故なら万千代が初めて中村御所の外へ出るのだ。
今まで散々万千代に「外へ出ろ」と言っても「だが断る」の一点張りで苦労していたからだ。だが今回の房基による内政委任でさすがの万千代も仕方なしに外へ出る事になったし、しかも最近は槍の稽古までしている。
宗珊が一人心の中で安堵していると万千代は寝ぼけながら宗珊に言葉を発した。
「今日は自室で食べたい。それなら食べた後直ぐに部屋から出られるからさ」
「・・・まぁ今日くらいは構いますまい・・・」
どうせ動くのが面倒なのだろう。
万千代の考えていることを直ぐに見抜いた宗珊は小さなため息を吐いた後、厨房から万千代のご飯を持ってきた。
内容としては、白米に少し雑穀を混ぜたもの・近くの川で取れた魚の塩焼き・その他諸々を入れた吸い物だった。
本当はもっと食材があるのだが、宗珊が「幼い頃から良い物ばかり食べると舌が肥える」という優しい?想いから料理人に対して質素な物で作ってほしいとお願いしたのでこのような内容になった。
ちなみに万千代としては別に気にしていなかった。
そうして部屋で朝ご飯を食べ終える時には、既に日が昇っており、外へ出るにはちょうど良い頃合いだった。
いつもは寝間着のような服で一日中部屋にいたが、今日はちゃんとした服装に着替えて廊下を歩く。顔立ちは中の上で体系も至って普通の万千代は今までちゃんとした服装に着替えなかったので、廊下ですれ違う使用人や名も無き家臣達からは「あれは誰だ」「あれが若様なのか・・・・」と少し驚いていた。
そうして廊下を歩き中村御所の出入り口で草履を履き、門の所まで歩くと既に宗珊は馬を用意して待っていた。因みに万千代はまだ馬に乗れない。
「さ、若。道中は拙者の馬に乗って目的地まで行きましょうぞ。ですが振り落とされないよう気を付けて下され。」
「え、乗らせてくれるの!?」
「早いうちに慣れておいた方が良いですからな、目的地までゆるりと行きましょうぞ。拙者は馬を引きながら歩きまする、先程申した通り若は振り落とされないことだけ注意して下され」
万千代は現代で乗る物といえば、自転車か電車それに車しかなかったので此処で馬を乗らせてくれることに心をウキウキさせた。
そんな万千代を見て宗珊は「どうして外に出たがらなかったのだろうか不思議で仕方ない」と内心呟いたが、これ以上考えても無駄なので思考を切り替えた。
宗珊の助けを借りながら馬にまたがった万千代は人生初の乗馬で心を躍らせた。
馬に乗って宗珊が歩き始めると、初めはグラグラと馬上で揺れていたが、それも慣れてくると揺れが収まってきて、最終的に道中の中頃ではなんの不便もなく馬上から見える野原を楽しんでいた。
「うーん馬に乗りながら景色を楽しむのは最高だね!もっと早く外に出ればよかったなぁ、馬に乗るのがこんなに気持ちいい事だなんてちっとも思わなかったよ」
「ですから今まで散々外に行きましょうと言ったでは御座いませぬか・・・・。」
「い、いやぁあの時はこんな思いできるとは思わなくて・・・これからは槍だけじゃなく馬の稽古もお願いしていい?」
「もちろんに御座る!若を土佐一の馬乗りにして見せまするぞ!」
万千代が宗珊のご機嫌取りに馬の稽古の願いを告げると宗珊は笑顔で万千代の願いを聞き入れた。だが万千代はそういう行いでどんどん自分を追い込んでいることに気が付いていなかった。哀れ万千代。
だが馬の事よりも万千代は別の事が気になっていた。
景色を楽しみながら目的地の主要な田畑を目指していたのだが、既に道中で所々にある小さな田畑を見かけていた。
どうしてこんな所に田畑があるのだろうか。作るならもっと田畑を一ヶ所に集中して作るべきだ。そして万千代は疑問に思った、そういえば此処の米の取れる量はどうやって計算しているのかと。これだけ既に道中で田畑を見ているが、これだと何処の地域からどれ位の収入があるのか分からないのでは?
地域によって年貢の差が激しいのではないか?
米俵ではちゃんと決まっている年貢の量を納められているが、これは領内全ての米の収穫を合わせて作られている。
もし田畑が少ない村を3、田畑が多い村を7とし毎年納めるの年貢の量を2とすると田畑が少ない村は困窮しているはずだ。
万千代はこの事態について考え込む。このままでは人口は増えないし何より一揆の元になる。凶作が起きてしまえば、考えたくないが村人同士で共食いをするかもしれない。確か江戸時代でいつ頃かは忘れてしまったが、それが起きてしまったはずだ。それだけは何としてでも避けなくてはいけない。人間が人間を食べるだなんて本来あってはならない。人間はカマキリではないのだ。ちゃんと飯や魚を食べて畑を耕しそして妻と子を作り、そうしてまたこれを繰り返す。年代が変わればその子もまた飯を食べ畑を耕し新たな妻と新たな子を作る。これらの繰り返しの中で共食いなんて起きる事態になってしまえば目も当てられないだろう。
考えれば考えるほど問題が出てくる。が、考えようによっては自分の手によって今回の内政委任を機に根本から解決できるかもしれない。
そうして景色を見ながら考えているとどうやら目的地に着いたらしい。
目的地とは、主にここが米の収穫量が多いと「思われる」地域である。
万千代は馬から降りて近くにいた農民から話を聞く事にした。
宗珊も流石に歩き疲れたのか、近くにあった湧き水で喉を潤していた。
この地域は房基が現在行っている豪族撲滅の地域から遠く離れているのであまり危険はない、その影響もあって此処の田畑は荒れてはいなかった。
「これは・・・・どなた様でございますか?」
「自分は一条房基の嫡男、万千代という者です。父から内政について任されることになったのでついでに領内の田畑を見て回ることにしたのです。そこで今の所一番米が取れると思われる此処に来たのですが・・・・・」
万千代が続けて言葉を言おうとするとそれを遮るようにその農民は持っていた鍬を放り投げて地面に頭を擦り付けて土下座をした。
突然の事だったので万千代も驚きを隠せなかったがそんな事を気にもせず農民の男は万千代に対して大声で言葉を発した。
「お殿様!!!お願いします!わしらを助けてください!もうこのままではわしらは飢えて死んでしまいます!どうかお助け下さい!!」
その男の声が静かな野原に響くと、もっと遠い所にいた農民達も歩いてきて、万千代を認識すると同じく皆が土下座をして懇願した。
中には子供もいる。そうして徐々に集まってくる農民達は例外問わず万千代に土下座をして懇願した。
皆が皆口々に言葉を発するので何が何やら万千代は分からない。
すると万千代の後ろからとてつもなく大きな声が響いた。
「静かにせんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
万千代は後ろに宗珊が立っている事に気付いていなかったので本気で心臓が止まりそうになった。そして口々に言葉を発していた農民達も宗珊の声で一気に静まり返った、中には泣きそうな顔をしている人もちらほら居た。
自分ばかり言葉を発してしまい、お殿様に失礼なことをしてしまった、殺されるかもしれない。そう農民達は考えてしまったが、宗珊は短く言葉を告げた。
「若、どうぞ」
え?それだけ?
万千代はそう突っ込もうとするが、そんな事よりもまず農民達の懇願について一人ずづ話を聞く事にした。農民達も宗珊の短い言葉に目を点にして呆気に取られてしまい、自分達の願いが何だったのか一瞬忘れてしまったが、直ぐに思い出した。
そうして初めに話を切り出したのは、万千代が一番初めに聞いた農民の男だった。
「お、お願いというのは・・・その・・・」
「なんですか?別に斬って捨ててしまう訳ではないので正直に話をして下さい」
「・・・実はわしら此処の田畑の持ち主じゃないんです・・・・、わしらは元々此処より北の方にある山沿いの村の出なんですが・・・そこは米が全然取れなくていつも此処の村の連中から少し米を分けてもらいながら生活してきたんです・・。」
万千代は理解した。
北の方と言えば豪族達と房基が現在戦をしている。
この農民たちは今まで少ない村の米と此処の米で何とかギリギリ村人全員を養っていたのであろう。だが今回の豪族討伐で北の方は戦場になって自分たちの村は荒れてしまい、そこの村人達は此処に流れてきたのであろう。だが今まで自分達の村と此処の村を合わせて養っていたが、その村が荒れてしまったせいで此処の取れる米の量だけでは全員が養いきれないのだ。勿論年貢を減らせば養えるのだろうが、今すぐにそんな事はできないだろう。一条家の備蓄は雀の涙程度しかないからだ。
「なるほど・・・皆さんが言いたい事は分かりました。が、このままただ田畑を増やすだけでは問題は解決できないでしょう。このまま作ったとしても量が分からなければ此処の村人たちと米争いが起きてしまい結局命が減ってしまうでしょうし」
万千代は改めて村人達を見る、此処の村人たちも凄く米が取れる訳でもなさそうだ
と考える。どう見ても痩せているようにしか見えないからだ。
おおかた今まで分けていた米は貯蓄用の米なのだろう。
だが今回は貯蓄用では解決できない事態だ。
足りないだけではない。自分たちが作った田畑はバラバラで、そこから取れる米の量すら分からない。苦労して大きな田畑を作って米が取れたとしても、また個人で米の量がバラバラになってしまい、最後は米の奪い合いだ。
どうすれば奪い合わなくなるか、幸い村人たちは全員含めて千人行くか行かないかくらいだ、これだけいれば田畑改革も難しくはないだろう。
山沿いの村人四百人に此処の村人六百人。
耕し方も村によってやり方が違うだろうが、何とかなる。
万千代は農民の男に続けて答えた。
「いいですか、これから自分の言う通りにして下さい。あとこういう口調は苦手なので素にもどっていいですか?その方が話しやすいですから」
口調は万千代の勝手にすればいいのだが、その前に一言入れて置かないと気が済まない万千代は農民達に対してそう告げた。
農民達も「嫌だ」と言えるわけもなく了承した。
宗珊は「若の好きなようにやってくだされ」と目で言っている。
「よし、じゃあまず一番初めに、俺の事は万千代でよんでくれて構わないよ。ていうかお殿様じゃないから身分的に、気さくに話しかけてくれ。その方が都合が良い時もあるし」
「へ、へい・・・・」
「それじゃあ次は、田畑を四角に統一してくれ。今のお前たちの田畑はどれもこれも形がバラバラだ。これだと何処から米の量が出るのか分からない。どこから四角にするかは俺が決めるから、俺が決めた所に棒を立ててくれ。」
「わ、わかりやした!よし皆!お殿様・・・じゃなかった万千代様がわしらを救ってくださるぞ!皆万千代様の言う通りにするんじゃあ!」
農民の男がそう言うと、そこにいた千人の農民たちは一斉に「おう!」と答える。
先程までの虚ろな表情とは違い、希望に満ちた表情になっている。
万千代はそれを見つめてから「とことんやってやるぞぉ!」と意気込んだ。
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万千代が指揮官となって四角に決められた田畑はとてつもなく多く、そしてまた大きな田畑を確立させた。その田畑の多さは道中馬で景色を楽しんでいた道まで遡る。勿論まだ開墾できていない所の方が多い。
既に日は沈みかけており、作業は次の日に持ち越されることになった。
農民達は驚きながらも何故万千代が田畑を四角にするのか分かった。
今まで農民達が作ってきた田畑はバラバラでその間を通れる道は殆どなく、ほぼ真っ直ぐな田畑の通り道は皆無と言って間違いなかった。
だが万千代が田畑を四角形に統一したおかげで、田畑と田畑の間の道が真っ直ぐになり、とても歩きやすくなった。
それに付け加え、どの田畑も米の収穫される量がほぼ統一された。
今までなんとなくの目分量で確認されていたので、地域によって収穫量はバラバラだったが、田畑の大きさや形を統一したおかげでどの地域でも米の取れる量がほぼ正確に分かり、もし量が合わなくても少しの誤差程度に収まるであろう。
米俵丸々一個分の誤差は絶対に起きない。
流石の万千代も疲れたのか、綺麗だった服は泥と土で汚い。
だが農民達は自分達の土地を治めている人が泥まみれになりながらここまでやってくれたことに感激していた。
普通の殿様はこんなこと絶対にしない。口だけしか動かさない。
だが自分達の殿様は違う、自分達と同じ泥まみれになりながら一所懸命に自分達を助けようとしている。多分どこの場所に行ってもこんな殿様はいない。
農民達全員は帰り際に万千代に頭を下げながら「ありがとうございます、ありがとうございます」と涙を浮かべながら礼をして行く。
宗珊も陰ながら農民達の飲み水や昼飯などを運んでいたため、その評判はうなぎ登りと言って間違いないだろう。
農民達は感謝してもしきれない。もし今やっている開墾作業が終われば、此処にいる千人の農民達だけではなく、ほかの場所にいる同じ領内の農民達にも分けてあげられる、いや、分けても手に余るだろう。
農民達が皆胸に希望を持ちながら帰ると万千代はつぶやいた。
「これでいけるかな・・・・」
それを同じく泥まみれの宗珊が聞くと万千代に言葉を発した。
「若・・・・よくやりましたな。民の悩みを聞き、そして同じ足で田畑を作っていく・・・拙者は嬉しゅうございますぞ・・・うう・・」
「な、泣くなよ~、まだ物事は解決していないんだからさ。これが終わった後、秋に結果が出るんだから。それまで油断はできないよ。」
その言葉を聞き宗珊は目を拭うと少し笑いながら万千代に言葉を返した。
「そうでしたな、まだ油断はできませんな。ささ、それよりも早く御所に戻りましょうぞ。今頃殿や千代様、そして千姫様広姫様が若を待っていますぞ。」
そうだね、早く帰ろう。
そう万千代が告げてまた宗珊の助けを借りながら馬に乗ろうとすると、
ふと万千代は木の陰に隠れている人を見つけた。いや、正確には座ってもたれ掛かっているという方が正しいだろう。
万千代は急いでそれに駆けつける、宗珊も万千代について駆けつけた。
恐る恐る座りながらもたれ掛かっている人物に近づいていく。
そして少し小さな声で呼んでみた。
「も、もしもし・・・?大丈夫です・・・・か・・?」
声をかけながら万千代は近づいていくと言葉が出て来なくなった・・・。
髪の長い女性・・・と思っていた万千代は驚愕した。
顔立ちや唇の薄さ、きめ細かい肌に体の細さ、それに万千代と同じくらいの背丈の人物はほぼ目が虚ろで半開き、それに褌も何もつけていない。
薄い大きな布で身体を纏っていたのだろうがそれも解けて、もはや布を地面に敷いてその上で全裸で座っている状態だ、勿論大事な男性のアレも見えている。
それのせいでこの女は男だと理解した万千代だったが、一瞬心を奪われてしまった。美しい。美しすぎる・・・・・。男でありながら女の美貌を持っている。
だが後ろから来た宗珊が駆け寄ると万千代は直ぐに冷静になった。
どうしてここにこんな人がいるのだろう。
だがとりあえず目を覚まして話を聞くしかない。
「大丈夫ですか!?起きてください!」
「う・・・うう・・・だ・・れ・・・?」
「若、少しその御仁を貸して下され。酷いですな・・・何もかも取られてしまったのでしょう。幸い抱かれた形跡は御座らぬ。急いで直ぐそこの湧き水を飲ませましょうぞ」
宗珊はいとも簡単にその男を抱きかかえると湧き水の所まで連れていく。
それに続いて万千代は薄い布を回収した後宗珊を追いかけた。
宗珊が御所から持ってきた茶碗に水を入れ、男の口に流し込ませるとそれに反応して男はゴクゴク飲み始めた。「おかわり・・・」と小さく呟いた男の声に「承知した」と呟いた宗珊はまた茶碗に水を入れて男に渡す、ゴクゴクとまた直ぐに飲み干した。そして万千代に言葉を告げる。
「若、拙者の腰に昼に取っておいた握り飯がありまする、申し訳ござらんが取って下されぬか?」
「それくらいお安い御用さ!」
万千代は宗珊の腰から握り飯を取るとそれを渡した。
宗珊は葉っぱに包まれた握り飯を開封して男の口に運ぶと男はそれにかぶりついた。よほど飯を食べていなかったのだろう・・・・。
水を飲み握り飯を食べ終えた男は徐々に目の中に光が戻っていった。
これで一安心ですな。
宗珊がそう呟くと抱きかかえられていた男は宗珊と隣にいた万千代に告げる。
「ありがとう・・ございます。今まで碌な目にしか遭ってなかったから二人が仏様に見えます・・・。失礼ですが名前を聞いてもいいでしょうか?・・」
そう呟いた男は万千代と宗珊に目を向ける。
一番初めに答えたのは万千代だった。
「俺は一条房基の嫡男、万千代だよ。こっちは家臣で俺の守役の・・・」
「土居宗珊に御座る。貴殿は一体なぜあそこにもたれかかっていたのですかな?」
万千代の自己紹介とその後の言葉を遮って言葉を告げた宗珊であったが、
その名を聞くと同時に男は目から大きな涙をポロポロと落としながら言う。
「あぁ・・・仏様は居たんだ・・・僕の願いを叶えてくれた・・・・」
そういうと男は眠り込んでしまった。
流石にここに置いて帰る訳にもいかない。そう話した万千代の言葉に宗珊は頷くと万千代が乗っていた馬に乗せる。万千代も馬に乗り、その男を支えながら手綱を握る。
急いで帰りましょうぞ。
そう告げた宗珊は馬を引きながら、万千代の腕の中で眠る男をジッと見ていた。
既に日は沈み、空は星で埋め尽くされていた。