第十九話 準備(後半)
"一条軍中村御所を発つ"
その知らせは逐一東土佐を監視していた長宗我部国親の心に火をつけた。
同時に伊予の河野家にとっては、一条家が攻めて来ないと分かるだけで喜んでいた。
「遂に来たか一条の童めが!」
国親は徐にその場から立ち上がった後、傍に控えていた小姓に向かって口を開いた。
「皆を集めよ、軍議を開く!事が急じゃ、急ぐように伝えよ!房基亡き今、この機を逃してはならぬ!」
「ははっ!」
そう答えると小姓は急ぎ足でその場から離れていく。
残った国親は獰猛な笑みを浮かべながら一人考えていた。
(ようやくあの忌々しい公家を討つ事が出来るわ。ひたすら目の上の瘤であったあの家を悉く潰し、我ら長宗我部が土佐の覇者とならん!我らが領内にて全てを撫で斬りにしてやろうぞ…。)
「クックック…」と国親が笑いを抑えていると、ぞろぞろと入口から多くの家臣達がやって来た。
息切れをしている所を見るに、直前まで走って来たのだろうと国親は思った。
そうして家臣達全員が集まると、国親は言葉を発した。
「よく来た。さて、皆の中には既に知っている者もいるかも知れん。この度、遂に一条が動きよった。」
「それは真ですか父上!?」
いの一番に反応したのは、元服した次期当主の長宗我部親貞。
隣には同じく元服した弟の香宗我部親泰が静かに聞いていた。
親泰だけ苗字が違うのは、国親が親泰を香宗我部家の養子に入れた事が理由である。
彼らもまた六年の歳月を経て立派な武士となっていた。
「うむ、忍びの者から聞いたのだ。間違いないだろう。」
「…兄上も御出陣なされているので?」
「そこまでは分からぬ。だが一条家と長宗我部家の決戦なのだ。恐らく出陣している筈じゃ。」
そう聞くと親貞は黙ってしまったが、国親は気にせず話を続けた。
「話を戻そう。一条軍の数は未だはっきりと判明した訳ではないが、儂の見立てでは六千余の数が来ると考えておる。そこで、儂は奴らを我が領内に引き込み一条軍を分断させ、各個殲滅するつもりじゃ。」
「父上、それは些か無理な話ではありませぬか?」
次に口を開いたのは親泰だった。
猪武者を地で行く兄とは正反対の、冷静沈着で物事を大きな視点から見ることができる親泰は、国親の言った"領内に引き込んでの各個殲滅作戦"に反対した。
と言うよりも、親泰以外が口を挟まないだけで、他の家臣達も国親の作戦に反対であった。
確かに自国の土地で戦えば、地の利を活かして被害を少なくしながら敵軍を迎撃できるし、兵糧の補給に関しても自軍の方が容易にできる。
だが自国領で合戦をすると言う事は、近隣に存在している村や集落が危険に晒される可能性も秘めており、もしも合戦で負けてしまえばその村々に住む民が蹂躙されてしまうかも知れないのだ。
いくら統制が行き渡っていても、金で雇われていたり礼儀も知らぬ末端の兵士は、合戦後は必ず暴行や略奪に精を出す。現在の京が正にそれである。そしてそれは一条軍も例外ではない。
合戦に勝てば良いのだろうが、負けた時のデメリットがでか過ぎるその作戦に、各々の家臣が難色を示していた。
「殿。親泰様の言う通りで御座いまする。ここは領内で戦うよりも、逆に西土佐に打って出るべきかと存じまする。敵もまさか我らが打って出てくるとは思いますまい。」
「某もその意見に賛成でござる!敵は我らが迎撃してくると考えこそすれ打って出てくるとは思っていない筈。何卒ご再考頂けませぬか?」
続いて反対を表明したのは、古参の吉田重俊と福留親政、福留儀実だ。
他にも公文重忠や秦泉寺豊後など、国親に降伏した後配下になった猛将達も続々と反対の意思を表明していく。だが国親の心は動かなかった。
「かーッ!!下手に打って出て被害が拡大したらどうするのじゃ!?敵は我が軍よりも多いのだぞ!?全軍を投入したくとも背後の三好家のせいで無理なのじゃ!我が軍が出せる軍の数は精々五千余。なればこそ我らは敵を奥へ奥へと誘い込み一気に包囲!後はさっき言うた通り各個殲滅じゃ!異論は認めぬッ!お前達は急ぎ戦の準備をせいッ!!軍議は終わりじゃ!」
軍議の間で全方位から反対の言葉を投げられた国親は癇癪を起してその場からそう言うと立ち去ってしまった。後に残った家臣達からは溜息ばかりがでている。
「何故殿はああも切れやすいのじゃ…。儂がまだ若い頃はあんな殿では無かったのじゃが…。」
吉田重俊が一人呟くと、すぐ近くにいた福留政親が重俊の肩に手を置き慰めた。
「重俊殿のせいではありませぬ。気に病む必要はありませぬ。それよりも一条軍に対して如何に効率よく迎撃するかを考えねばなりますまい。殿に不満を持っているのは他ならぬ今の若達にもありますゆえ。」
「全ては若…いや今は基親でしたか。あの方が出奔してからですな。長宗我部家の空気が固くなってしまったのは。」
重俊が政親に言ったその言葉には、哀愁がこもっていた。
その言葉に政親も相づちを打つ。政親も気持ちは重俊と同じだ。
「若……何故儂らに話してくれなかったのですか?長宗我部家全ての家臣が若の事を馬鹿にしていても、儂らは若の事を思っていたのですぞ…。」
重俊は廊下から見える空に向かって呟いた。その言葉に政親だけでなく、親泰や親貞もまた悲しんだ。
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やぁ。
あ、うんごめん。久しぶりと言った方がいいかな?
改めまして、一条兼定です!遂にこの名前になっちゃったよ!涙しかでないよ!
いやもう万千代のままでいいと思うのよ。そっちの方が慣れてるし。
せめて通名の『房』を入れてくれたらもうちょっとやる気が出たかもしれん。もう過ぎた事なんだけどさ。
『房』を入れなかったのは、元服する時、叔父上が自身の息子の兼冬…つまりは従兄から漢字を取って俺につけたんだ。あ、俺の子供が生まれたら次はちゃんと『房』を付けるつもりだよ。
でもどうだい?酒に溺れてないぜ!というより生前も酒飲んでなかったから別に苦しくないよ。
ただ…女の子を見ると俺の息子が超反応して困るのが最近の悩みの種なんだよねぇ。
生前の記憶が薄らいでいるお蔭で色々と学べることはあったよ確かに。
でもね、毎日やることが多すぎて遊べないんだよぉッ!!!
城下町にいってコマ回ししたい!女の子と遊びたい!特に後者は子孫を残す為にする行為をしたい!
でもそうすると叔父上が血管を浮かせながら怒るの。もぅマヂ無理、春画みょ。。。
因みに、そんな俺の姿が相当酷かったのか。弥三郎がやったら薄い寝間着を着て、寝ている俺に夜這いをかけてきた時があった。その時は直ぐに目が覚めたから事なきを得たけど、あのまま寝てたら俺の初めては弥三郎に奪われていたかもしれない。でも正直アリだと感じた俺はもう末期なのかもしれん…。
それで、叔父上も色々小言を言ってくるのがウザイのなんの…。あ、いえナンデモナイデス。
当主にも自由の権利があるはずなのにぃ!
ごめん。言いたいこと沢山あるけど、今は無理だ。理由?今長宗我部領に進軍中だからさ。
ふざける訳にはいかないよ。なんたって俺は今や土佐一条家の現当主なんだから。
でも初陣だよ!陣頭指揮だよ!総大将だよ!周りの空気が張りつめてるよ!
いや、確かに領土は欲しいし、国を大きくしたいのは本望なんだけどさ、やっぱり初陣となると色々緊張するんだよね。母さんからは「この戦が終わったら嫁を取りなさい」と言ってきてるし、童貞のまま死にたくないからさ。そういう意味での緊張だよ。
合戦に対しての緊張は、なぜか殆どないんだ。なんでだろうね?ドーパミンのせいかな?
まぁそのお陰で俺は今もある程度冷静にいられる訳なんだよね。
因みに今回宗珊と監物は本国にいる。正直は軍の後方にいるよ。
「殿。敵はどうやら我らを待ち構えている様子。何処かで情報が漏れたのかもしれませぬ。」
「いや、長宗我部の奴らも俺たちの行動を逐一監視していたはずだ。漏れたのではなく、察知されたんだろう。うーむ…」
因みに今俺に話しかけてきた奴は、依岡左京進って言う俺の家臣だ。
名前が長い?この時代こう言う名前の奴ら意外と多いんだぜ?
見た目は中肉中背で、顔は少しノッポだけど。なんというか…普通の武将だ。
でもウチの家臣団の中ではまぁまぁ古参だったりする。織田家の林秀貞みたいな感じだと思ってくれ。
「殿。ここは一度、奴らの動きを見る為に進軍を止めて偵察隊を送っては如何ですか?」
弥三郎が左京進の意見に乗るように提案してきた。鎧姿がなんとも凛々しい。俺まだぶかぶかなのに。
「そうだな。下手に奥に引き込まれると自軍の分断を招くかもしれん。信頼できる人物を使いたいが、かと言って偵察隊そのものが捕まったり殺されたりしたら大変だ。誰を送れば…」
そう俺が言うと、俺の後ろの方から手が上がった。
「では拙者が行きましょう。自慢では有りませぬが、拙者の足は土佐一と自負しておりまする。敵に捕まり捕虜になった暁には、見捨てても構いませぬ。」
手を挙げた奴の名前は、小島政章だ。こいつはこの戦いが初陣のはずだ。
雰囲気でいえば清介に似ている。ただ俺はこいつの事をあまり知らない。
今回の戦いでその能力がわかるはずだ。
「その心意気やよし。だが死んでは駄目だ。命は一つしかないんだ。むやみやたらと死に急ぐような発言は慎め。それで…本当に行ってくれるのか?」
「はッ!某にお任せくださいませ!」
やる気は十分。士気も申し分無し。初陣だからこその気合もあるんだろうけど、任せて良いものか…。
「ここは小島殿に任せてみては如何でしょう?少し残酷ではありますが、彼一人がいなくなった所で大勢に影響は出ません。小島殿が偵察をしている間に、我らは小休止をして日の明るい内に陣形を整えましょう。」
「…そうだな。弥三郎の意見を聞き入れるとしよう。政章、お前に敵の偵察を命ずる。期限は今日中だが少しでも危険が及べば即座に戻ってくるべし。これは絶対だ。」
俺がそう言うと政章はパァっと顔を綻ばせた。かわいいなこいつ。いや…正直者なのか。
感情が直ぐに顔に出るタイプなんだな。頑なに無表情する奴より全然いい。
「必ずや役に立つ情報を持って戻ってきまする!それまでお待ちください!それでは行ってきまする!」
言うや否や陣を飛び出していった。確かに足が速いことはこれで証明されたわけだ。
では、俺たちもやるとしようか。
「弥三郎。此度の陣形はどの様なものが良いんだ?」
「そうですね…。」
考えながら顎に手を当てている基親もとい弥三郎。こいつ何をしても様になるなぁ。
んで玉の中には信親やら盛親とかいるんだもんなぁ。はよ千を孕ませて俺の疲労を肩代わりさせろ。
本当に当主って大変なんだよぉ…。もう一門衆に全ての部門を任せたい。俺は最後の決定だけしたい…。
うん。無理だよな。それやってたらそのうち御家乗っ取られるわ。
はぁ…嫁なぁ…どうすっかなぁ…。適当にあ行から抜き取って蘆名家からでも…いや可愛いor美人なら何処の家でもいいや。どうせ家のような格はあれど小さい勢力なんて、殆ど見向きもされないだろう。
あ、申し遅れました。俺の官位は"従三位"です。三好?武田?どっちも俺より格下ですが何か?
従三位だぞ!従三位!武家の最高位だぜッ!これ以上の位を手に入れるには、日本を半分くらい統一しないと手に入らないよ。あっでも俺は公家の流れを汲んでるからまだまだ上いけそう。次は『正三位』を目指すぞ!
すいません調子乗りました。この時代は官位が高くても弱かったら意味がないのよね。逆もまた然り。
でも格が高いと言うことは、公家のお姫様とか貴族には超受けが良い。ただ京の摂関家である一条家の関係者からは余り良い感情は持たれていないらしい…。叔父上のお蔭で史実よりかは幾分マシではあるけど、完全に嫌われたら困る。
俺が戦を行う表だとしたら、京の一条家は裏だ。流石の俺でも天皇陛下がいる周りはよく分からない。
その為にも、今の内に名声を挙げて、京の一条家から信用を勝ち取らねば!
ぶっちゃけると、それ以外の公家からは逆に変な期待をされている。叔父上が口添えに奔走している時に、叔父上から俺の事を聞いたその人達は大喜びだったそうな。特に近衛家の周辺が。
恐らく俺の『公家による政権樹立』という野望のせいだと思う。まぁ後醍醐天皇による建武の新政以来ずっと武家が好き放題にしていたからっていうのもあるんだろうね。
つまりこれからの土佐一条家の運命は俺が握っていると言っても過言ではない。
ていうか、土佐統一した後に伊予も攻め取るから、もう土佐一条氏では無くなるんだよね。
正真正銘、戦国大名一条家となる。土佐という語呂が無くなっただけなのに、何だろうこのやり切った感は…。もうこれで終わりでいい気がしてきた…。
「――――――という感じに陣形を整えれば、敵が包囲してきても対処できます。如何でしょうか兄上?」
「…………………」
「兄上?」
「あ、え、どうした弥三郎?」
「……私の話を聞いていませんでしたね?」
「あー…すまん。もう一度頼む。」
回想に浸りすぎて弥三郎の話を全く聞いていなかった…。
俺、勝てるのかなぁ…。
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そんな訳で、俺は弥三郎に言われた通りに陣形を整えた。日も丁度暮れてきた頃に終わってよかった。
陣形は魚鱗の陣形を少し薄長くした感じだ。突破力を重視するのではなく、ジリジリと敵を追い詰めていくと弥三郎が言っていた。そして、各部隊が敵に包囲された時の対処法として、なるべく陣形から離れないように命令した。流石に一条軍全てを包囲する事は難しいし、薄い包囲網を敷いてもただ被害が出るだけだ。
敵も馬鹿ではない。
現在俺たち一条軍がいる場所は"吾川郡"という、長宗我部領を少し超えた所にいる。
陣を整えた事もあって兵士達も少し緩んでいる。そんな中、俺は政章が帰ってくるまである事に気づいた。
「弥三郎。兵糧の方は大丈夫か?」
「うん。ある程度は予め兵士に持たせている。小荷駄隊にも余裕があるし問題は無いと思う。」
兵士に予め持たせてあるのか。気が回るなぁ弥三郎。でもまだ足りないな。
「長期戦になった時のことを考えた方がいい。兵糧が尽きれば補給が伸びている俺達の方が不利になり、本城と近い敵の方が有利になる。それは士気にも影響が出てしまうからな。本国にいる宗珊に逐次兵糧を送るよう伝えておけ。」
「分かった。念には念をって事なんだね。」
「勝てる戦いでも手を抜いちゃいけないんだよ。特に慢心だけは絶対に駄目だ。慢心は何も手に入らない所か、全てを失ってしまうかも知れない。お前も気を付けておけよ。」
「ああ。その注意を常に頭に置いておくよ。」
そういった後、文をしたためる為に弥三郎は陣から出て行った。
諸君。兵站…つまり補給は本当に大事だ。
よく補給隊を馬鹿にする輩がいるが、彼らがいなければ俺達は戦場で飯を食えなくなる。
飯が食えなくなるということは腹が減りやる気も落ちて、最後は餓死する。
"腹が減っては戦はできぬ"とはよく言ったものだ。
あの大日本帝国陸海軍では『精神が強ければ腹も減らないし敵の戦闘機も撃ち落とせる』『根性があればどんな問題も解決できる』とか常日頃言われていたらしいけど、根性と精神でなんとかなるなら今頃日本は様々な分野で世界一だと思う。まぁ敗因は兵站以外にもあったんだけれども…。
つまり兵站を疎かにすれば、補給がきていない百万の軍隊では、補給の行き届いた一万の軍隊には勝てないという訳だ。
因みに織田信長が合戦に強かった一番の理由は、兵站を重要視していたからだと言われている。
やっぱり信長って凄い。
閑話休題。
そうこうしている内に政章が帰ってきた。予定通りの時間なので問題は無かったのだろう。
「殿!敵は我らを挟撃しようとしておりまする!」
「挟撃だと?他にも敵部隊がいたとでも言うのか?」
「はッ!山の方に別動隊らしき部隊が複数おりました!これは間違いなく我が方の本陣が目的かと!」
ふーん。包囲戦術は止めたのか…。
まぁ今回の合戦で連れて来た我が一条軍の数は凡そ六千余りだと聞いたし、その考えは当たってるな。
下手な包囲より俺の首を取りに来たって訳だ。
「その別動隊の数までは分からなかったのか?」
「拙者の目では、そこまで多くは無かったかと。」
「ふむ…。相分かった。政章、ご苦労だった。隣の陣で体を休めよ。」
「有り難き幸せ!それでは失礼仕る。」
数が少ないとはいえ、敵に後ろを突かれると士気に関わるな…。
敵の足並みが揃う前に行動に移すか。俺は敵の準備が整うのを待つほど心は広くない。
「左京進。軍議を開くゆえ諸将に集まるよう伝えよ。」
「承りました。」
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「諸将一同。これより軍議を開く。」
『ははッ!。』
こうやって家臣が一堂に集まっている光景は何とも言えない空気になるな。
集中…集中…。変なマネしない様に気を付けないと。
「まず初めに、敵がどうやら我らを挟み撃ちにするつもりらしい。そこで、織田秀孝・依岡左京進の二名が率いる部隊には、背後に存在する長宗我部軍の対応に当たってもらう。」
「「承りました。」」
この二人には六百の兵を与えている。合計で千二百もいる。敵もそんなに多くは無いと聞いたので十分だろう。決して慢心ではない。もう一度言う。慢心ではない。
「特に秀孝。お前は初陣だ。何かあれば大いに左京進に頼れ。左京進。秀孝を宜しく頼むぞ。」
初陣で功を焦って死んだりしたら悲しいからな。
釘を刺しておかないと大変な事になるかも知れないし。そういうのはゆっくり稼いでいけばいいんだよ。
「ははッ。お任せください!」
「左京進殿。ご迷惑をおかけするかもしれませんが、何卒宜しくお願い致します。」
「うむ。先に言っておくが初陣だからと言って功を焦るでないぞ。ゆっくりしかし着実に事を運べば良いのだ。」
「ご忠告有難う御座います。気を付けます。」
余談だが、依岡左京進は保守派の筆頭だったりする。革新派の秀孝とは対立関係にあるのだ。
でも秀孝は保守派を頭ごなしに否定したりはしないので、激しく対立しているかと問われたらそうでもない。左京進もそこの所はちゃんと弁えている。議論するときはトコトン議論するけど。
さて、次に移ろう。
「長尾正直・一圓但馬守の二名には千の軍を与える。左翼から来る敵を迎撃せよ。」
「「「ははッ!」」」
合計で二千の軍だ。抑えには十分だろう。
さりげなく出たこの但馬守って家臣は、恐らくウチの最古参の一人で、名門の血筋を引いている。
この一圓家は、一条家が土佐に土着した時、つまりは応仁の乱から既に土佐一条家に仕えている。
筋は宇多源氏京極氏の支流という正に名門中の名門。ずっと土佐一条家を支えてきた家柄なのだ。
因みに【一円】とも名乗っていたりする。お金かな?
正直は…言わなくても分かるよね?
さて、次だ次。
「基親・源康政の二名は右翼を担当せよ。実質的にこの右翼が一条軍の主力となる。お前たちは右翼から攻め上がれ。指揮は康政に預ける。基親は康政の指揮を補助せよ。」
「「ははッ」」
俺の護衛隊を除いて、後の全軍はこいつらに任せる。
源康政。苗字を見れば分かると思うけど、醍醐源氏の流れを汲む末裔。こちらも名門といえば名門。
最古参の一人だ。戦下手ではないが、こっちは合戦より政務とかで力を発揮している。
十分有能。有能過ぎて後世から『兼定を陰で操っていた家臣』『兼定以降の土佐一条家体制は康政を主体とした専制』とか言われたよ。でも実際はそんなこと無い。とても良い家臣だ。
因みに基親を指揮官にしなかったのは、まだ若いからだ。頭が良いとはいえ、基親ばかり贔屓しちゃ駄目だしね。
どうせ歳をとれば自動的に筆頭家老になるんだから、今の内にこういう経験をさせておきたい。
「一応だが、各自に通達しておく。何かあれば直ぐに本陣に伝令を出せ。後はお前達を信じる。攻撃は明日の朝に仕掛ける。各自万全を期して敵軍に当たるべし。これにて軍議を終了する。」
斯く言う俺も実質的な初陣でね。軍議では大まかな事しか言えない。
前世でしていた戦略ゲームの感覚を覚えていたお陰で、戦場を広く見られるのは助かった。
俺は本陣で構えているだけ。後は本当に家臣達を信じるばかりだ…。
各諸将が本陣から出て行っている最中、そんな事を一人で考えていると、弥三郎から声をかけられた。
「万千代もそんなに気張らず、どっしりと構えておけばいいよ。その姿を見るだけで前線の兵士たちは鼓舞され心置きなく戦える。」
「分かった。弥三郎も気を付けろよ。」
「言われなくても分かっているさ。」
笑みを浮かべながら弥三郎はそう言うと本陣から退出していった。
やはり俺も心のどこかで恐怖を感じているらしい。
(そうだな…。冷静にどっしりと構えておけばいいんだ…。)
明日はどうなってしまうのだろうか…。勝てるのだろうか。負けてしまうのだろうか。
それが今、俺の心で思っている事だった。
次回の投稿は遅くなると言ったな?
あれは嘘だ。
すいません時間が空いたので今月最後の年末に投稿させて頂きました!汗
次回の投稿はまだどうなるかわかりませんが、気長にお待ちください。




